156話 実技試験場
受験の試験場に向かう時って、なんとも言えない感じがありましたね。緊張感や焦燥感とも言えなくもないですが、やっときたかって言う感じでしょうか。
2月1日。
修学院の休みを数日分取って王都を出た。
上級魔術師選考の実技試験を受けるためだ。
今は、ゴーレム馬車に乗って北西に向かっている。車中には俺とローザの他、セレナが乗っている。従者の数に特に制限は無い。が、予め登録申請が必要で、俺が申請したのは、同乗者だけだ。
そろそろ王都から20ダーデン(18km)程だ。車窓と言うよりゴーレム御者の視界には荒野しか映っていない。ただ魔獣の密度は、そこそこ高いので、狩りに来るのも良いかも知れない。
「ローザ」
ずっと下を向いていたが顔を上げた。
「はい。お茶を淹れましょうか?」
「ああ、いや。まだ良いが。それは何を編んでいるんだ?」
1時間程前から気にしていたことを訊いた。
右手にかぎ針を持って、白い糸で長細い何かを編んでいる。
ゴーレム馬車といえども、揺れないわけでは無いのだが、手元は微動だにしてない。
「ああ、これは……ソフィーさんのハンカチの縁取りに付けてさし上げようかと」
なるほど。飾りか。それで長細いんだな。
差し出してきたので、手に取って眺める。なかなか細かい模様だな。
じっと見ていると、鎖編みという言葉が浮かんでくる。
ほう……。
「いかがでしょう?」
批評をしろと。
「とても緻密でいいなあ。何やら魔術術式の構造に似てて、参考にできそうだ」
「はぁ……」
あっと、外したか。
ローザは、がっくりきたのか首を折って肩を震わせている。手芸に魔術の例えは良くなかったな。
「メイドができなくなって。義母上に趣味を見付けろ言われ、いくつか紹介された内の1つなので……がんばってはみたんですが」
……ああ、ヤバい!!
「編み物を始めてよかったです!」
はっ??
涙目だが、満面の笑顔だ!
はい??
「久々に旦那様にお役に立てました……」
おおう!
膝に飛びついて来たので、抱き締める。おっと運転は……15分程前に、街道を折れてから、馬車はおろか人通りも見えないから、大丈夫だ。
「ローザ。お前は何時でも俺を支えてくれてるぞ」
仮に役に立たなくても居てくれるだけで良い……と思っていても言わない。
ローザは、承認欲求が強いらしい。
しかも、その承認権を持っているのは俺だけだと、ガルガミシュ9世と言っていたが正しいようだ。要するにローザの価値基準の根本は、俺の役に立つか否と言うことだ。
嬉しいような、それで良いのか、俺としても断じ切れていない。
『まあ、そう気にするな。子供が生まれれば状況も変わる』
気楽に言っていたが、案外そうかも知れん。
頭を撫でていると。
「申し訳ありません。取り乱しました」
腕を解くと、ローザは躯を起こした。
「お茶を淹れてくれるか」
†
王都を離れてから、2時間半。
何も無い荒野に突如尖塔が車窓越しに見えた。
2ダーデン程離れているので肉眼ではよく見えない。
【鷹眼!】
視界が歪み、遠景が手繰り寄せられる。
教会にある塔とは違って味も素っ気も無いというか、随分殺風景な鉄骨作りの塔だ。
同じ高さの尖塔が間隔を空けて3基あるようだが何の意味があるんだろう。
「あなた、見えてきました」
【解除:鷹眼】
「ん? ああ、着いたようだな」
柵が見えて来た。
道はその柵に沿うように伸びていた。
脇をしばらく走ると、やがて門が見えた。
レプリーのまま誰何に答え、試験会場の中に入った。
中と言っても外と変わらず見渡す限り荒れ地だが、1ダーデン程先に、ぽつぽつと布張りの簡易住居が張られている。
受付が済むと、春だというのに荒涼とした土地を宿地に宛がわれた。一辺30ヤーデンで四角く縄が地面に張ってある地だ。
隣は100ヤーデン程離れたところに、テントが多数張られていて、数十人が宿営しているようだ。どうやら、候補者では無く。役員のようだ。
感知魔術によると、そういった宿営は点々と十数箇所できている。俺達は結構遅めに来たようだ。
俺達も馬車を降りると、ゲルを出して設置した。
まだ3時過ぎだが、ローザは夕食の用意を始めた。
馬車ではずっと寝ていたセレナは、まるで自分の姿を見せつけるように、境界の縄の少し内側を回り始めた。歩哨のつもりなのだろう。随分凶悪な歩哨だ。
立ち止まった。
「ゴォォォオオオオフ!! ラルフ アレ ダシテ」
低く吠えて地面を見てる……ああ、はいはい。
黒豹の毛皮を取り出して、地面に敷く。
「アリガト……ワッフ!」
嬉しそうに、敷物にして横たわる。
昨年末にセレナが斃した野獣だ。魔獣では無いので、死骸が残った。毛並みが良かったので、東門城外の店に持ち込んで鞣してもらった。
セレナが気に入って、屋外で使っている。
アリーに訊いたところでは、ローザが腹の毛が汚れるから敷けと言ったらしい。館内では使ってないから信憑性がある。
「寒くなったら、入って来いよ」
「ワフッ!」
†
次の日。
9時に選考会場に出頭した。
そこそこ整地された吹き晒しの運動場のようなところに集められた。20人程の魔術師がいる。
ほとんどが軍人で、半分ぐらいは赤白の目立つ軍服、深緋連隊だ。
面接会場の待合室に居た6番さん(仮称)も居た。
その俺達とは少し離れた位置に、生成りで足首まで隠れる長いローブに身を包んだ協会の審査員だろう人達が並んでいる。そして、例の紺色の覆面を被っている。
そこまでして守る必要がよく分からないが。
「選考事務局を代表し、魔術師協会総裁ヴァロス・テレスターよりご挨拶申し上げます」
1ヤーデンの立方体となった木の台に老紳士が登った。覆面はしていない。
白い髭を生やしており、品が良い面相だ。
「おはようございます。候補者の皆さん。ようこそ試験場へお出で下さいました。これより光神暦381年の上級魔術師選考の実技試験を始めます」
広々した土地で良く聞こえるが、無論拡声魔術は使われている。
「日頃培った魔術能力をいかんなく発揮され、多くの合格者が出ることを期待します。以上です」
短!
20秒も経たずに降壇していった。長々喋るよりは好ましいが短過ぎるのは微妙だ。魔術師は概ね社交性が低いと言われるか、そうなのかも知れない。
「では事務連絡です。実技第1次試験を早速始めさせて戴きます。試験はここから東に見える測定塔の下で実施致します」
測定塔? ああ。昨日見た、あの鉄塔のことか。
実技第1次……は、上級魔術の発動だったな。
塔が的なのか?
よく分からないな。
随分華奢な造りだったから、一発で壊れるような気がするが……。
「候補者の皆様は、各々指定されました時刻の30分前を目安にお越し下さい。では一旦解散願います」
俺の順番は面接と同じ7番で、試験は11時30分からだ。えらくまた時間が掛かるな。
まあいい。7年待ったんだ、数時間などどうということはない。一旦ゲルに戻るとしよう。
「おかえりなさいませ」
「ああ、ただいま。10時50分まで待機だ」
「はい。ではお茶に致しましょう」
「ああ、頼む」
さて、研究を進めよう。
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訂正履歴
2019/02/10 誤字訂正
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/08/01 誤字訂正他(ID:1346548さん ありがとうございます)