閑話4 ある日のローザ
2018年も押し詰まりましたね。
年内は、この閑話の投稿を最後に致します。なお、年始の投稿は1月5日を予定しています。
佳いお年をお迎え下さい。
「ふう……」
旦那様の居ない執務室に、溜息が寒々と響いた。
うーむ。やはり、お義母様のところに通って、簿記と言う学問を習った方がいいかしら。
家事をいくらやっても、肩は凝らないのだけど。どうも家計の計算をしていると疲れる。
旦那様が横にいらっしゃれば疲れないけれども。
眼を遣った椅子に主は居ない。
『金を預かって貰うだけでなく、これからはウチの財務を仕切って貰うんだ。ローザも机があった方がいいだろうな』
そう仰って、買って頂いた机だ。ちゃんと仕事をしなければ。
我が家の家計から、館の賃料がなくなった。旦那様の物になったからだ。
その代わり、土地の税金、上下水道やゴミ出し、し尿回収の料金が支出項目として増えた。
それら以外に、旦那様が貴族となったことに由来する有象無象の付き合いに必要な費えが、これから増えて行くことだろう。
あとは、来月からはソフィーさんがこの館にいらっしゃる。
こちらは、シュテルン村のご本家から養育費を戴けるそうだが、支出も増えるのは間違いない。慣れてない財務責任者としては頭の痛い問題だ。
そうは言っても、この家の収入は冒険者としてはかなり多いはずだ。つまり私の苦労など大したことはない。
ならば算術に優れた旦那様が、ご自分で財務を見ることなど造作も無いことだ。
無論面倒なことも多いだろうが。
財務を敢えて私にやらせて下さっている。多少はお役に立てていると思わせて下さっている。有難いことだ。
矛盾があるようでそうではない。
外聞もあるから仕方ないが、ご本家の意見で正面切ってメイドの仕事はできなくなった。妻として旦那様の身の回りの世話はしているものの、生まれてこの方日々時間を持て余したことなどなかったが。旦那様がお出かけになってしまうと、やることが……。
お義母様は、何か趣味を見付けなさいと言ってくれたが、急には選べない。庭で長刀の稽古でもやってみたいが、ここは人目があるしなあ。
何やら心に穴が空いてしまったようだ。
それを埋める為にも、仕事を与えて下さっているのだ。
旦那様は本当にお優しい。
だめだ。また旦那様のことを考えてしまった。
仕事、仕事。
さてさて、もう一度検算しておこう。
そう思ったのだが……。
「はい!」
ノックに応じる。
「奥様。こちらでしたか、お客様です」
マーヤさんだ。マーサさんに負けず劣らず優秀なメイドで助かっている。
「お客様?」
「エウドラ様と仰って年配の女性です。城外で孤児院を経営されているそうで……」
心当たりが無い。
「私にですか?」
「ああいえ。最初は旦那様にお目に掛かりたいとのことでしたが、ご不在なので。ご用件を承ると申したところ、アリー様のことのようでして」
「アリーの」
「はい。お姉様である奥様はいらっしゃいますがと申し上げたところ、是非にと。今ホールにいらっしゃいますが」
何の用だろう……。
「応接室で会います。お茶をお願いします」
「承りました」
ホールに出ると、経営者と言う割に質素な服装の老婦人が待っていた。大事そうに鞄を抱えている。
ちょうど通り合わせたサラが、こちらを気にしつつ階段を上っていった。
「お待たせしました。当家の室のローザです」
「ああ、どうも初めまして。エウドラと申します」
平民が貴族に対する跪礼をした。
「こちらへどうぞ」
執務室の二部屋南にある応接に入る。
勧めたソファに掛けると、私の顔をマジマジを見ている。
「あっ、ああ……失礼しました。余りにアリーさんと……いえ、アリー様と奥様がそっくりなので驚きました」
「そうですか。ああそう。アリーは、平民ですから、敬称を付けなくても問題ありませんよ。それでご用件は、なんでしょう? アリーのことと訊いて居りますが」
てっきり苦情を訴えに来たのだろうと思っていたが、呼び方と言い、表情と言い、違ったようだ。
「ああ、はい」
脇に置いた鞄を探ると、紙の包みを取り出した。
「40ミストあります」
「はあ、お金ですか」
なかなかの大金だ。
「アリーさんに、こちらをお返し願いたく」
「どういうことなんでしょうか?」
「すみません。これまでもアリーさんから、私がやっております孤児院にご寄付を頂いていたのですが。今回は流石に大金過ぎまして。よく金額を確かめずに、受け取った当方が悪いのです」
「はあ……。ただ返金ということであれば、アリー本人にして戴かないと」
「仰る通りです。それが、何度かお願いしたのですが、どうしても返金に応じて戴けませんので」
全くあの子は……。
金遣いが荒い荒いとは思っていたけど、こういう遣い方をしていたのか。
私達は片親だった。ラングレン家の皆様が慈しんでくれたお陰で、淋しい思いをしたことはないが。肩身が狭い思いをしなかったとは言えない。
だから、孤児院に寄付をするアリーの気持ちを分からぬこともないのだが。
それはともかく。この人は悪い人ではなさそうだ。
ん? 孤児院?
そう言えば……。
『ローザ。この前行った市場の近くに、孤児院があるんだが。知っているか?』
『市場ですか。ああ東門外の……いえ、存じませんが。その孤児院が何か?』
『ああ知らないのであれば良い』
あの時は、意味が分からなかったけど。
旦那様はアリーとこの婦人の関係をご存じだったに違いない。
ふう……。
「妹が常識外れで申し訳なく思います。ただ、我がラングレン家と致しましても。一旦寄付したお金を戻して戴くわけには参りません」
あぁと、老婦人は嘆息した。
「折角お越し頂きましたが、お引き取り下さい」
「……分かりました」
力なく立ち上がると、再び鞄を大事そうに抱え館を後にした。
†
「ただいま!」
「ああ、あなた。お帰りなさいませ」
再び執務室で書類を睨んで居たのだが、気が付くとお昼を過ぎていた。
「うん」
何も持っていらっしゃらなかった旦那様の手に鞄を生じた。それを机の上に置くと。
「昼食にしようか」
「はい」
立ち上がってローブを脱がせる。
「ああ、さっきサラが、誰か年配女性の来客が有ったと言っていたが。誰だったんだ?」
「はい、東門外の近くにお住まいの方です」
「へえ……」
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訂正履歴
2021/02/14 誤字脱字訂正(ID:2013298さん ありがとうございます)




