147話 女傑2人(7章本編最終話)
何に書いてあっただろう……思い出せませんが。
長らく悪政が続く国の最も罪深き者は誰か?(後書き参照)
147話を書いていて、命題だけは思い出しました。
(8章の開始は1月5日を予定しています。閑話はどうしよう?)
そんなことを喋りながら牽いていくと、館の門前まで来たので少し離れて荷車を止める。門番の所へフアナが歩み寄った。
「ハキム村のフアナじゃ。ご用命の材木を持ってきたと、御用方へ取り次ぎ下され」
「ハキム村だな、聞いて居る。前と同じ場所まで運び入れよ!」
中々横柄だ。何となく立ち姿もだらけている。
おっと、戻って来た。
「フアナ殿。では私はここで失礼します」
「大層助かった。ありがとうな」
会釈をして踵を返すと。
「おーーい、そこの男、待て待て!」
門番の声だ。まさかこの変装を見破ったのか?
身構えつつ振り返る。
「荷車を置いて、どこに行くのじゃ!」
「どこと申されても……来た道を戻ろうかと」
「ああ、いや。この男は、荷運びを手伝ってくれた親切な……
「ああ咎めて居るわけではない。見て分からぬか。まだまだ坂道は続くのだぞ!」
確かに門から先も、館に向かって登っている。
「そうでございましょうが。私は余所者ゆえ、お館内へ立ち入るは憚られます」
「問題ない! こんな婆さんに親切するんだ! 悪人には見えん」
「誰が婆さんじゃ!?」
「親切ついでに、この上の広場まで運んでやってくれ!」
「はあ……」
気が抜けた。それでは、門番としてはどうなんだ?
「誰かになんか言われたら、ドビーに言われたと返せば良い」
「まあ、そこまで仰るのなら……」
「頼んだぞ!」
思わぬ形で、館の敷地内に入ることになった。
荷車を牽いて昇りながら、なるべくきょろきょろしないように、ただ全く見ないのは却って不自然なので、ちらちら程度に留める。
石灰岩を削り出して積み上げた壁が、無骨ながら不思議と品の良い佇まいを醸している。ただ、少し薄汚れている。元は良いのだから、少し手入れすれば、良くなりそうなものだが。
「おお、そこの荷車! ここだぁ、ここ!」
別の男、兵ではなく役人のようだ……その声に随って荷車を差し向ける。
建屋の際まで持って行く。
「ご苦労、ご苦労」
「ハキム村のフアナじゃ!」
「フアナ? フアナ、フアナっと……ああ、ハキム村の分。ラゾ松の杭材40本だな」
役人は帳面を捲りながら特定すると、次は本数を数え始めた。
なるほど、この材木は杭にするのか。フアナさんが代表して持って来たと? 変だな。
「よし! 確かに40本あるな。では、ここに10本ずつ積み上げよ!」
横柄に言い放つと横を向いた。
1本7ダパルダ(5kg強)ぐらいあるのだが。手伝う気は全くないらしい。
言われた方は、むっとした顔だ
「ああ、フアナさん。手伝いますよ!」
「おお済まんのう。それに引き換え、只で材木を出させた上に運ばせて、手伝いもせんとは」
当て付けのように、大きな声で零す。
それにしても、対価無しか! それは酷いな。
ん? なんか頭上で何か音がした。2階か? さっきまで人が居たようだが。
「おお、お主。ほんに力持ちじゃなぁ!」
俺も少し腹を立てていたので、無意識に材木を竿のようにポンポンと、左手から右手に投げ渡して降ろしていた。
「いや、まあ、ははは……」
ごまかし笑いしていると、ダンと傍らの木の扉が開いた!
長い髪を靡かせ、女性が大股で出て来る。
「ガルス!」
若く容姿も整っているが男装だ。ぴっちりとしたパンタロンを穿いている。
それはともかくも、明らかに男爵の一族だ。こちらも変装している手前、フアナさんと同じように跪いて礼をする。
「……これは、レイア様」
尊大だった役人が、慌てたように謙った。
「先程聞こえて来たことは真か?」
「と、申されますと?」
「そこの者が申した、持って寄越した杭の対価を払わぬというのは、真かと訊いている」
着ている物に似つかわしい男言葉だ。
フアナさんの話を聞いていたということは、2階に居たのは、このレイアという女性らしい。
歳は、ざっと20歳ぐらいか。ローザと同じぐらいだろう。
「はっ、はあ。それが……」
ガルスと呼ばれた役人は、濁した。
男装の麗人は、こっちを向いた。
「真なのか?」
「へえ。ハキム村でも隣村でも聞いて貰えば、すぐ分かりますで」
フアナさんが少し怒気を抑えつつ応える。
「こう申して居るが?」
「はっ、はい。無償としたのは確かです。で、ですが」
「ですが、なんだ! 先週の会議で、1本20メニーを支払うと決したではないか」
「そっ、それが。布告出す直前に、対価を支払うことまかり成らぬとお達しが」
「もしや、覆されたのか?」
「はっ、はい」
レイアはぐっと息を吞んだ。
役人の方は、舌鋒が緩んでほっとしている。
「むう……兄上は政を分かっておられぬ」
唸って腕を組んだ女性は男爵の妹だった。頭を抑え眉間に皺を寄せて居たが、俺達の視線に気が付いた。
「ハキム村のフアナと申したな」
「はい」
「この件は善処するゆえ、悪いがこの場はこのまま引き取られよ」
苦虫を噛み潰したようという表情は、多分これだ。
「分かりました」
フアナさんが立ち上がったので、俺も再び杭材を降ろし始める。
むっ!
目の端に、まだレイア嬢がこっちを向いている姿が入った。
「おい、そこの男!」
俺のことだ。
「はい。なんでしょう」
「その風体、農民でも、木樵でもないな。何者だ? この領民ではあるまい」
思いっ切り怪しまれてる。
「はい。ヒューゴと申します。王都で商人をしておりまして」
「ほう、王都でな。その商人が何ゆえに、この館内に入って居る。答えよ!」
「はっ、はい。スワレス伯爵領のソノールへ商売で参りまして。仲間と落ち合う予定でしたが、2、3日遅れるとのことでしたので、近郷を遊山でもしようとエルメーダの町まで参ったのですが」
迂遠に喋って、焦っている風を装う。
「だから、なぜ館内に居るのかと訊いておる?」
「そっ、それは」
横から腕が伸びてきた。フアナさんだ。
「このヒューゴは、見ず知らずの儂を助けてくれたのじゃ」
「助けただと」
「儂は男衆が、ご領主様に工事で駆り出されとるで、代わって材木をこの町まで持ってきたのじゃ。しかし、道にできておった穴に車輪を取られて、動けぬようになってしもうた。誰も見向きもしなんだが、このヒューゴが助けてくれたのだ」
何か勢いがあるな。
なるほど何故男が持ってこないのか不審だったが、動員されているのか。
「そのまま御門の所まで牽いて来てくれた、この男がそこで帰ろうとするのを引き留めて、この荷車をここまで運べと申したは、ドビーという門番じゃ。この親切な男に咎ありと仰るなら、この婆を先に裁いて貰おうか! さあ!」
結構な剣幕で領主一族に啖呵を切った。
「あははは……」
どんな叱責の言葉が飛んでくるかと思えば、突如笑い出して、フアナさんが目を丸くする。
「これはこれは、なかなかの女傑ではないか。同じ女として誇りに思うぞ。無理な命令を出し、女子が荷車を運ぼうとするのを手伝いもしない住人や役人しか居らぬとは、いよいよここも腐ったものだ」
笑いながら、何度も頷いた。
「聞けば、至極当然な理由……館内に立ち入ったは不問に付す! 時に。ヒューゴとやら、王都から来たと申したな」
「はっ、はい」
「うむ。昨今、このエルメーダには草の者が多いと聞く。王都から来たのであれば、ありのままに伝えるが良いぞ。ではな!」
言い切ったレイアは、振り返りもせず出て来た扉を戻って行った。
なかなか聡い女だな──
「ふう……腰が抜けたわ。なにやら難しいことを仰っておったが……」
フアナが独りごちる。
「ですねえ」
顔を見合わせた。
「意味は分からぬが。長居は無用じゃな」
「ですねえ」
俺を内務省貴族局の密偵か何かと勘違いして……あながち間違いでもないか。所属は違うが。
館を出て、坂を下る。
「それにしても。なかなか綺麗な妹様でしたね」
「ふむ。エルメーダは、あの方で持って居るとは、男衆がよく言っておるわ」
「はっはあ、美人は得ですね」
「そんなんじゃねえ……いや、あるか。ともかくじゃ。本当にこの町の支えて居る。あの方が男であれば良かったのになあ」
「はあ。余所者には分かりかねますが」
「ああ、ご苦労じゃったここまでで良い!」
「町の外まで……」
「何、空荷じゃ。長く時間をとって、済まんかったの」
「いえ。お館の中も見せて貰えましたので、良い遊山になりました」
「そうか。じゃあのう。もう遇うこともないと思うが」
「はあ……さようなら」
フアナさんを見送る。
ちょっとした気まぐれで来てみたが、その甲斐はあったな。
爵位剥奪に相応しい悪政なのかまでは分からないが、領地は傷んでいることが見て取れた。後任と成る者を思い遣りつつ、帰途についた。
>長らく悪政が続く国の最も罪深き者は誰か?
悪政でも何とか国を保たせる者、だそうです。長く悪い状態を続けるよりいっそ破綻させてやり直す方がマシ。悪政の主体より悪質ということでしょうかねえ。
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2021/05/09 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
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