14話 初めての魔獣狩り!
何事も初めてってのはあるもので。如才なくこなしたことより、うまく行かなかったことの方が後々填まってしまうことが多いですね。
外に出るようになってから、近所に子供の友達が何人かできた。半分くらいは農家の子供で、僕のことを坊ちゃんと呼ぶ。別にウチの小作人ではなく、バロックさんに雇われている人の子だから、ラルフでいいよって言っているのだけど。
あとは、力も強くなったり、かなり身軽になった気がする。多分ローザ姉の稽古と、魔術の練習のおかげだ。
「ラルちゃん、どこに行くの?」
「川だよ。暑いし」
館の裏口から出たところで、アリーが待ち伏せしていた。ローザ姉とは対照的に、見た目はおっとり可愛いのに勘が良く、的確に僕の行動を読むんだよな。
「また魔術?」
「うん」
シュテルン村は、森はあるけど、あまり水場が多くない。だから、動物やら魔獣も河原にやってくる。
アリー何かもじもじしてる。川に行くのが、嬉しくないみたいだ。
「だから、アリーは付いて来なくて良いって! その白い服が汚れちゃうよ」
「やぁだ!! ラルちゃんと一緒が良いの」
だめだ。
アリーに何を言っても、決して僕から離れようとしない。
無視して僕が歩き出すと、アリーも付いて来た。
撒いて──いやだめだ。以前何回か隠れたことがあったのだが。僕を見失った後、家に帰るどころか、アリーは延々と僕を探し続けた。
一旦撒いても、ある所に留まっていると、かなりの精度で僕を見付けるし。
こっちも意地でずっと移動し続けたところ、アリーが崖から落ちかけたので根負けした。なんて言うか、のほほんとした顔の癖に執拗で根性があるのだ、この女は。時々キレるしな。
まあ、いいか。今日に始まったことじゃないし。
歩くこと20分。
家から1,000ヤーデン位離れた場所に林があって、そこを抜けたところに、そこそこ大きい川がある。まあ今は渇水期で、水が少なくなって河原が広くなってる。
大きな岩がゴロゴロ転がっている。
「ねえ。ラルちゃん。あたし、ここなら大丈夫?」
僕から5ヤーデンちょっと離れた後方の岩に隠れて、顔だけ出している。
恐いなら、帰れば良いのに。
「ああ、大丈夫だ!」
うんと頷くと、両手で耳を塞いで、頭が引っ込んだ。
前方10ヤーデン。僕の背丈よりやや低い、高さ1ヤーデン程の岩に向かい合う。
集中──
上半分を見遣り、腕を伸ばす。
【衝撃!!】
ドゥン!!!!
轟音と共に目の前が一瞬白くなり、僅かに圧力が戻ってくる。靄が風で流れると、目の前にあった岩がなくなっていた。そして向こう側に、割り栗石となった残骸が広く散っている。
「おぉぉ。ラルちゃん凄ぉぉい!!」
パチパチと手を叩きながら、アリーが無邪気に喜んでいる。
むうぅ。
だが、僕は素直に喜べない。
なんて言うか、もっと切り裂くように衝撃波を集中したかったのだが。それに、一部だがこっちにも戻ってきた。流し込む魔力を抑制しているから良いが、全力で撃ったら、自分が危険だ。
去年から差出人が書いてない手紙が時折届くようになった。
中身は魔術師の心得に関してだ。書斎に有った魔術入門書より実践的な、具体的な事柄が書いてあって、とても助かっている。
まあ差出人は、どう考えてもダノンさんに違いないけど。荒立てると手紙を送ってくれなくなるかも知れないので、領都の館に行っても、その話はしないようにしてる。
名無しのおじさんからの手紙によると、魔術の成否は具体的に思いを念じないと駄目か。
しかし、そうすると魔術発動に時間が掛かるんだよな。慣れるしかないか。
「あっ!」
ん?
アリーが、こっちへ寄って来た。
「ラルちゃん。スプーンを持つ方の手を出して」
「はっ? 右って言えよ! 右って」
「自分の右は分かるけど、ラルちゃんの右はアリーちゃんの左って……こんがらがるの! いいから、いいから」
ああと言って手を出す。
アリーは、僕の掌を掴むと、強引に捻った。
「痛ててて、何?」
「こっち……ほら、ここ。血が出てる」
「本当だ」
いつ切れたのか、前腕の皮膚が長さ6リンチくらい、薄く筋が入って切れてる。ただ深さは大したことなく、かすり傷だ。痛みもない。若干血が滲んでいるぐらいのものだ。
「こんなの舐めときゃ治る」
腕を口に近づけようとしたら。
「だめ! バイ菌入っちゃうから」
アリーに力で阻止された。
痛いって、傷よりアリーの力の方が痛い。
バイ菌か。
僕が手を洗う時によく言っているから憶えたのだろう。ローザ姉にバイ菌ってなんですかって聞かれたこともあったな。
「じっとしてて! 痛くなーい ナイナァーイ ナイナァーイ」
おい、全く呪文が違うぞ。
【治癒!!】
しかし、魔術はしっかり発動した。
そしてアリーが傷に手を翳すと、金色の微粒子が降ってきた。
そう。アリーは回復魔法が使えるのだ。
1年くらい前の話だ。
僕が魔術を使っているのを横で見て、アリーが自分もやりたいと言いだしたのだ。
お母さんに聞いてからねと言ったのだが……
『やりたい、やりたい、やりたい、やりたーーい』
そう、とんでもないでかい声で、地面をのたうち回りながら、駄々を捏ねるので仕方なく教えたのだ。本当に姉譲りの美形で、ほんわかした可愛い容姿なのに。残念なこと、この上ない。
もちろん、アリーに意味不明な呪文が憶えられるわけもなく、僕はエスパルダ語に翻訳した。最初は、僕と同じ、光魔術を教えた。
しかし、全然発動しなくて、べそをかき始め、挙げ句の果てに、ラルちゃんの教え方が悪い! とか言い出す始末。
光はつまらないとか言い出したので、風、水と来て反応が無かったので、土魔術を教えた。
『麗しくもお美しい この世界で一番淑やかな大母神様! 嗚呼 あなた様の慈悲深き恵みによりて なにとぞ傷んだ者をお救い下さいませ その香しくも匂い立つほどの艶やかな女神様! お願い申し上げます サナーレ!』
そう。
呪文は何語でも良いのだ。
ただ、意味が皆にわかると恥ずかしすぎる。痛し痒しだ。それはさておき。
1節ごとに僕の喋る通り喋らせると、なんと1回目で発動した。
掌から、光の粒子が舞い落ちる。
『おお!』
『凄い! 凄いよね? アリーちゃん凄いよね』
『うん、僕より凄いかも!』
そして、何度か発動した後は、アリーも最終節だけで発動できるようになった。驚き喜んだ僕は、別の土魔術も教えたのだが、今のところ、治癒魔術しか発動していない。
「はい。治りましたよ、ラルちゃん」
「ああ、ありがとう」
ん?
アリーは、自分のふっくらとした頬を、指差している。
「はっ? 何?」
「何? じゃなくって、分かってるでしょ。ほーら」
僕は、辺りを見回す。
「もう、早くしないと、私が……」
「わーかった!」
アリーが指差したほっぺたに、キスした。
「ファーー。嬉しい!! これで、またお嫁さんに近付いたわ」
いや、近付いてないから。
アリーは、紅くなっているが満面の笑みだ。このところ何かにつけて僕の役に立ったとアピールしつつ、報酬、つまりキスしろと強制してくるのだ。嫌ではないが、こっぱずかしいんだよな。
「ん!」
「何?」
「静かに!」
僕達の上流。30ヤーデン(27m)くらいのところに、何か居る。
水を飲みに来たのだろう。
「栗鼠?」
首を振る。
頭の上が光ってる。魔獣、カーバンクルだ。うさぎぐらいの大きさで、茶色の毛、かわいい外見だが、鋭い速度で体当たりし、子供だったら大怪我を負わせることもある。
油断ならない相手だ。
こっちを見た。
反射的に腕を向け──
【衝撃】
込める魔力を抑え、放つ攻撃。
バスッ! 空気が弾けた音と共に無色の塊が飛ぶ。
「外した!?」
カーバンクルは、軽く身を捩って跳躍、僕の魔術を躱した。
くうぅぅ。
【衝撃!!!】
やばっ!
数秒前とはかけ離れた轟音が辺りを圧する。
刹那の後──
カーバンクルの居た場所が、真っ赤に弾け、飛び散った。
数秒後、辺りの地面を紅く染め上げた液が輝きだし、宙に舞い上がった。それらが一箇所に凝結すると紅い塊になって、地に落ちた。
初めて魔獣を斃した!
魔獣は死して、魔結晶を遺す。これが、普通の動物と最も違うとこだ。
不思議と高揚感が湧いてこない。
それは、手が痺れているからじゃない。
「凄い! ラルちゃん凄いよ! まだ耳がじんじんしてる」
「うん……」
「うれしくないの? 魔獣を斃したいって言ってたよね……はい」
アリーが魔結晶を拾って渡してくれた。
そうだな。経験が足りてない。痛い程わかったけど、今は初めて魔獣をこの手で斃したことを喜ぼう。
「そう、その顔! ラルちゃんは、いつも笑ってないと嫌だよ!
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訂正履歴
2019/01/17 誤字(ID:774144さん,ありがとうございます)
2019/04/07 誤字訂正(バノン→ダノン等)
2019/10/18 誤字訂正(ID: 855573さん ありがとうございます。)
2019/10/25 バイ菌の件でご指摘を受けましたので、設定として増やし加筆しました。ありがとうございます。
2021/04/14 誤字訂正(ID:668038さん ありがとうございます)
2025/05/20 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)