145話 セレナの病?
前に書いた、拾った犬の話。近所の親父さんの友達の家へ貰われて行きましたが、勝手にウチの庭に来てよく過ごしてました。晩年はよぼよぼで、なぜか親父さんが世話してました。老衰で亡くなった時は泣いてましたねえ、親父さん。娘の結婚式でも泣かなかったのに……。
翌朝起きると、隣にローザの姿はなかった。
階下の厨房でお袋さんとメイドの3人で、朝餉の用意をしているのか。
嫁の立場は厳しいなあ。
まあ、半年前までは主にローザがやっていたから、実態としてそれほど変化はないのだが。
メイドは、俺達が王都に行った後にイネスさんという人を雇っていた。昨日紹介を受けたが、大柄で母性溢れる風体だった。
6時半か……親父さんも今日は休みだし、起きてくるには早い。
ふと見ると、椅子の上に服が畳んで置いてある。これを着ろと言うことらしい。
それにしても昨夜は結構飲んだ、というか飲まされた。シャツの前を留めながら思い出す。深酔いしない体質なので今は残っていないが。
じゃあ、外でも行ってみるか。昨夜の宴の後片付けをしているようだし。
玄関前に行くと、セレナが頭を前足で掻いている。
「おはよう」
「ラルフ……おはよう」
元気そうだが、何か頭を気にしてるのかしきりに前足を持っていく。
「頭がどうかしたのか?」
「なんか 痛い? 痒い?」
どっちなんだ?
「どれ、見せてみろ」
ぱっと見は別におかしくはないが……それより、気になるのは、ドワーフの自治村に行ってから変わった全身の毛色の方だ。蒼白かった毛色の青みが増している。
それ以上に喋り始めた方が尖烈で、二の次になっているが。
分からないので、手で探ってみると。
「アゥ!」
「おっ痛いか? 何か膨らんでるぞ! セレナ」
頭頂の少し前……。
毛を掻き分け、掻き分けして肌を見ると1リンチ(9mm)程膨らんでいる。
「おおぅ、大丈夫か。ちょっと待て、アリーを……」
「そういう 痛さ 違う」
何か手掛かりはないか……ふと、例の存在を思い出した。
────やあ、宿主殿、何かお困りか?
不本意な呼ばれ方だな。
俺に寄生した思念達に問う。
ああ、セレナの頭が膨らんで来てるのだが。何か心当たりはないかだ?
────そのことか、おそらくあれだ!
────ああ、あれだな!
あれとは、何のことだ?!
────角だ!
────我もそう思う
「角?」
────もうすぐ皮膚を突き抜けて、生えてくるぞ
「角 生えるの?」
心配そうな、セレナの声音だ。
「ああ、そうらしい……」
だが魔狼に角なんて、生えて……ないよな。
嫌な考えが過ぎる。
「おまえの母親にも生えてなかったよな?」
「……憶えて ない」
「そうか……」
まあ、俺が託された時は、まだ小さかったからな。無理もない。
魔狼って、角は生えないよな。
────普通は生えぬ
ならば、普通じゃない?
────聖獣化だ
聖獣化?
そもそも聖獣とは何だ?
────超獣は知っていても、聖獣を知らぬのか? まあ我も文献で読んだだけだが
────有り体に言えば、霊格値の高い魔獣だ
霊格か。
とりあえず俺が知る超獣と、聖獣は違うらしい。
嫌な予想は外れだ。
しかし、聖獣なんて聞いたことないぞと思っていると、脳が冷たくなり突然理解した。いつものあれだ。
超獣と聖獣の本質は同じ。
唯一の違いは、魂の正邪の違い。硬貨の裏表。
超獣は不安定、聖獣は安定。
超獣は人間の敵、聖獣は味方。
聖獣の多くが額に角を生やす……か
────便利な権能だな、宿主殿
神の気まぐれで、魔獣より生まれし者。
分かったようで分からんが。
────要するにセレナは、魔獣にして魔獣でなくなる
そう言われても、魔獣と聖獣の差の説明に具体性がなさ過ぎだ。セレナが喋るようになったのは分かるが。
────ならば、鑑定してみれば良い
この前、鑑定はやったが……特に。魔力上限が結構高かったところは興味を引いたが。
────ああ、やり方がある 魔獣としてではなく人間として鑑定してくれ
人間としてか。確かにそれはやっていない。
早速やってみるか。手でセレナを触りつつ。
【鑑別!】
知性151、体力3264、魔力上限4124。
むう……特段体調に異常はないようだが。一般人が100だから、体力、魔力は人間なら、とんでもない値だ。それはともかく。知性が成人並み以上にあるのか。
霊格値2535!
高過ぎるだろ! 自分以外では見たことがない値だ。
まあ、魔術を使う段階で霊格値を持って居るとは思ったが、気にしたことがなかった。
────なかなかだな ラルフ殿の方が高いが
俺の霊格値は、恐らく1万を超えている。
分からないと言うのが正確な所だ。
自己感知魔術の術式を確認したところ、感知可能範囲は9999までだった。王都に来た頃、8千強を確認したから間違いはないだろう。
────あの時、この魔獣の神々しさが突如高まったよな
────毛色もだが、まさか聞いたことあるか?
────いや、ないな
何のことだ?
────霊格値を他の個体に譲与できるか、否かだ
はあ? そんなことできるのか?
────天使なら、伝承にはあるが
光柛教にも、御使い様に聖人が啓示を与えられた記述が文献にいくつも出てくる。
ところで神学的には、この啓示ということに論争がある。
単純に情報を与えただけ。
同時に何かの権能をも与えた。
後者は聖職者が結構嫌がる話で、様々な奇跡や功績を為すことができたのは、そのおかげではないかという、結構下賎な発想だが。魔術師としてはなあと思ってしまう
そうだ!
与えたなら、俺の霊格値が減ってるのでは?
だが結果は変わらず不明だった。やはり術式改良した方がいいな。
「ラルフ?」
「おお。ごめんごめん。セレナをほったらかしだったな。大丈夫だ! 角は生えてくるが、問題ないみたいだ。もしも凄く痛くなったら言うんだぞ」
「うん!」
頭を撫でかけて、喉にした。
†
外に出てみたら、バロックさんが居た。
「おはようございます」
あれこれと指示を出して、うちの畑の小作(正確には契約農家)の人達と、昨夜の宴の後片付けをしてくれている。
「ああ、坊ちゃん。おはようございます。ああ……男爵様に坊ちゃんはありやせんね。ラルフ様」
「ははは。今日も朝早くから……俺も何か手伝おうか」
「とんでもない。男爵様に手伝いなどさせられませんや。それに新郎なんですから、どんと構えていれば良いんですよ」
そうか。爵位を持つと、こういう不自由さもあるのか。
俺が良くても、周囲の目がある。
男爵に何をやらせるのかと、バロックさんが批判を受けてしまうことも考えられる。他の人も、なんだか恐縮しているようだし。
「わかった。よろしくお願いする」
「はい。ラルフ様、お気持ちだけ戴いておきます。そう言えば、ギデオンから手紙が来やしてね」
王都東門外の市場の商人のことだ。
「ヤツの店にゲルと言う物を買いに来られたと書いてありやした」
「ああ、重宝してる。アリーが特に気に入ってるな」
今回も旅館よりゲルに泊まりたいとか言ってたからな。もう1張り買い足すか。
「そうですかい。そりゃあ、紹介した甲斐がありやした。ああ、それからすぐ後にラルフ様が有名人になったと、新聞を何紙も送って来やしてね」
「ははは、大したことはないよ」
「ご謙遜ですなあ、他の線からも聞いてますがねえ」
「そうか。他にも王都に伝手があるんだ。麦やら他の作物を捌く必要があるものな」
「ええ。毎年5月には大体王都へ参りやすから。主にはザルツ商会やらルーグ商会が多いでやすが」
「ルーグ商会?」
「ご存じでやすか?」
「ああ名前だけだが。世話になっている、ダンケルク子爵家出入りの商会だったはずだ」
「そうでやすか……」
何か含みがある返事だ。
「ああ、そうだ。訊きたいことがあるのだが」
「なんでやしょう」
「バロックさんは、ガスパル男爵領とは関わっていますか?」
彼の顔から笑顔が消えた。
「畑の扱いはありやせんが……商売柄、それなりのことは知っておりやす」
「そうか……では──」
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訂正履歴
2021/07/13 幻獣の表記を聖獣へまとめ
2025/04/27 誤字訂正 (イテリキエンビリキさん ありがとうございます)




