142話 星空の逢引
結婚してもデートする夫婦というのは……良いものなんでしょうねえ。
ローザを誘って、宿を出た。
空気が乾いているから、夜空が澄んでいるな。
王都から50ダーデン程離れた小さな宿場町ルーベルを貫く道に居る。国が管理する街道とは言え、第2幹線だけあって、夜ともなると人馬の往来もそれほど多くはない。
10分も歩くと、町外れまで辿り着いた。脇道に入ると、人目も反応もない。
立ち止まり、右腕に回された腕をゆっくりと解いて向き合う。
「ローザ」
「はい」
「魔術を使うよ。俺に抱き付いて」
こっくりと頷く。可愛いなあ。
【光学迷彩】
妻の腰に手を回す。
彼女も背中で腕を交差させた。
【光翼鵬!!】
怖がらせないように、緩やかに浮かび上がる。
「まあぁ」
自分の状態が分かったのだろう。
腕の力が少し強まる。でもしがみついてくる訳ではない。
「飛んでいますわ」
恐ろしくはないどころか、喜んでくれているようだ。
「もう少し上昇するぞ」
200ヤーデン程の高度を取り、水平飛行に遷る。
月も出ていないのに、ローザの顔が仄明るく浮かび上がっている。
片腕を解き、よく見えるようにローザの後ろに回る。
わわっと感嘆し、一瞬竦めた躯を弛めた。
町の灯が流れていく様は、息を吞む麗しさだ。
「ついに空を飛べるように成られたのですね」
「ああ」
身体をひねって、仰向けになった。
「星の随に来られるなんて、うれしくて涙が出そうです」
肯いて、頭を撫でる。
「旦那様は私との約束を全て叶えて下さいます。お側に居られるだけで倖せなのに」
「そうか?」
「でも……」
でも?
「私のことなど、気にされず。もっと気ままに過ごして下さい」
「むう……無理だな。この性格は変えられない」
それに──
この魔術を使えるようになったのも、遺跡で死を受け入れなかったのも、ローザを想ったからだ。
「ふふふ。今宵は一段と目映い程に綺麗です。何か佳いことがございましたか?」
視線の先は、俺の頭上だ。
綺麗と言っているのは、俺の頭上にある光の輪のようだ。
「たった今、俺の腕の中で起こっているぞ」
「まあ! 私以外には仰らないで下さいまし。ふふふ……」
妻は微笑んだ。
まあ他に無くも無い。
ゲドネス5世の現し身から、古代エルフの秘術を分けてもらった。
その代わり俺の脳内に寄生……じゃなかった、鎮座するらしい。
嫌な感じもするが、1人も2人も同じだ。
町の周辺上空を数周巡って宿へ戻った。
† † †
5連休は、あっと言う間に過ぎ去り、学院が始まった。
しかしながら、もうすぐ年末となる。その前後は春の長期休暇だ。
しばらくぶりに見る級友の顔は、皆々心なしか日焼けしており、奉仕活動が大変だったであろうことが窺えた。ただ久しぶりに外に出ることができて、楽しかったと言っていたが。
2限目の授業を終え、3限目は自主研究準備の時間だ。
教授室にやって来た。
「失礼します」
「やあ、ラルフ君。久しぶりだね。課題はやって来たかな?」
「はい。滞りなく」
仕上げてきた3冊の冊子を提出する。
「へえ」
へえ?
1冊目を捲りながら、中身を確認している。
今見ているのは神学の古文書の現代訳だ。
「うーん、凄いね。語学に関するところだけでなく、古代エルフの習俗に関するとこまで良くできているよ」
「そうですか」
確かにターセル迷宮の一件で、エルフ辞書を手に入れてから、その辺も分かるようになった。
「うん。ラルフ君って、1000年前も生きてたんじゃない?」
「はあ?」
「いや、そう思うぐらい出来が良いってね。冗談冗談……ふんふん」
この先生は鋭いからなあ。気を付けないとな。
「うん。これは大体良いかな。あとでじっくり見せて貰うよ……次!」
数分間、無言が続く。
「うん。こっちも悪くない……いや、なかなかの物だよ。試験休みに出掛けていたとは思えない位だ」
その件は、エリザ先生には言っていない。級友には話したが。
肯定も否定もせず微笑んでおく。
「どこに行ってたの?」
「ええ。同居人の出身地に招かれまして」
「ふーーん」
興味が有るような、無いような反応をしながら目は冊子から離れない。
実際のところ、あの地図のドワーフ自治村部分に印がなかったとしても、あそこには行っていただろう。ただ、優先度影響を受けたのも事実だ。
この教授は優秀な神学者で間違いはないが、何か隠し事をしてると俺は睨んでいる。少なくとも俺に何かをさせたいのだろう。
嘘はかえって墓穴を掘りそうだが、何も本当のことを打ち明ける必要はないだろう。
それに今あそこ……ヴィオーラの遺跡は、ゲドネス5世の遷座に伴って完全に休止状態に移行した。システムは、遷座先である俺が立ち会わない限り動作しないはずだ。
2冊目から3冊目に移った。
「ああ、そうだ。春休みなんですが」
「そうか、もう2週間程で休みに入るね」
12月最終週から1ヶ月ほど学期間の長期休みになる。ちょうど農繁期に当たる。
「それで、後半の1月15日なんですが。王都にいらっしゃいますか」
「ん? 1月15日? 新年の行事は終わってる頃だし。多分居ると思うけど」
「それはよかった」
鞄を探って、封筒を取り出す。
「何なの?」
「この度、私は結婚することになりまして、ぜひ披露宴にご出席戴ければと思いまして」
封書を差し出す。
「けけけ、結婚? まさか相手は、ここの生徒じゃ」
「違います」
ふぅーと息を吐いた。
「ふーん。そうなんだ」
封筒を開けて招待状を読む。
「えーと。披露宴のことしか書いてないけど。挙式はどうするの?」
「はい。挙式は、出身のスワレス伯爵領で上げます」
挙式は1回だが、披露宴は伯爵領都と王都の2回もやることになってしまった。
まあ義母上は遠出できないし、一方伯爵領都の方は爺様や婆様も居るし。あと、親父からの手紙によると伯爵様が出席される意向とのことだ。
致し方ない。
「ああ……そうだよねえ。うん、内容は分かった……けど。こういうのは初めてなので、規則を調べてから返事させて貰うよ」
「はい。よろしくお願いします」
既にバナージ先生からは出席の返事を貰っているけど、調べて貰うのも悪くない。
「そうかあ、結婚かあ……」
「はい?」
先生は遠い目をした。
「いやあ、春休みの課題は少ししか出せないなあと思ってさ」
そっちか!
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訂正履歴
2022/07/23 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




