141話 人格解離
解脱って、何ものにもとらわれない状態と聞きます。それって人間辞めてるよなあと思うのですが。うーむ、煩悩有り過ぎますね、私。
悲しげな遠吠えが響き、見上げると墜ちる前に見上げていた天井が目に入った。
かなり鮮明だ。
高低差は150ヤーデン程に見える。
シュァァァ……。
聞き覚えのない音と共に、消えた床が塞がっていく。
それが、完全に前に閉じ切る前に、何かが飛び込んできた。
蒼白き礫──
それは墜ちながらも壁を蹴りつけ、対角線に跳んだ。勢いを殺し、最後にはふわりと我が傍らに降り立ったのは、セレナだ。
心配そうに我を見上げた。
「愛いやつ」
後頭から背筋を撫でる。
手の跡が仄かに輝きだすと、全身の毛という毛の青さが際立った。
それを境に茫洋とした意識が明瞭となっていく。
思考が回り始める。
俺からセレナへ、何かが遷ったような。
「ラルフ!」
ああ。
クゥンと喉を鳴らしてまとわりつき、俺を一回りすると眼が合う。
「ラルフ! 大丈夫? 痛くない?」
「えっ……」
喋った……それもちゃんとした発音で!
念で意思疎通はできたし、”ラルフ”だけは前から言えた。が、それもアリーによれば飼い主の欲目だそうだ。
「セレナ、お前喋れるようになったのか?」
「喋れる? 私 喋ってる?」
たどたどしいが。
「おお喋ってるぞ。立派に喋ってるぞ」
「うれしい ラルフ 撫でられた 何か 入って来た 温かい」
そうかそうか!
頭と言わず、喉と言わず、思いっきり撫でてやる。
「ラルフぅーーー」
うん、うん。
「だけどな、セレナ。危ないからな。無理に俺を追ってきたら駄目だぞ! あんな高い所から……ん?」
もう一度見上げる。
抜けた床は完全に閉まって復元されていた。壁に真新しい焦げ痕があるな……いや、それより。
高低差150ヤーデン?
あそこから墜ちて……ここにぶつかるまでには、6秒と掛からないはずだ。
ありえない。あの浮遊感は何だったんだ?
飛行魔術を発動できた時でさえ、床まで100ヤーデンはあった。
深瞑を使ったと言っても、確実に20秒は落ち続けていた。
ならば仰ぎ見る天井は、1000ヤーデン以上の高さがなければならない。だが現実はは高々150ヤーデンだ。
わからん。幻でも見たというのか?
────そうだ、幻を見せたのだよ
「誰だ!」
そうだ、さっきもこの声が頭に響いていたんだった。
あの時に似てる。
「ラルフ?」
「あっちか」
声と言うよりは、念が来た方へ首を巡らせると明るい横坑があった。
セレナもそちらを視ている。
「行ってみるか?」
「うん」
横坑に向けて歩き出す。
縦坑の切れ間を過ぎたとき。
突如、真っ黒な空間に包まれる。
「ラルフ!」
横にセレナが居る。周りは黒く奈辺すら見えないというのに、セレナは、いや自分の腕もクッキリと見える。
「大丈夫だ!」
光で視ているのではないのか?
────良い推理だ!
「どう言うつもりだ?!」
────それについては、我が答えよう
別の念……こちらは、聞き覚えがあるぞ。
────おお、その声は、やはりガル! ガルではないか
────ふふふ……ゲド、久しいな。
「ガルガミシュ9世!」
「何?」
セレナが不思議そうな顔だ。彼女にも伝えようか。首筋に手を当てる。
────ああ、ラルフ殿。こやつは、ゲド、ゲドネス5世。我と同じ、エルフの領主でな。
「古代エルフ部族?」
知り合いか
────ガルだと見て反応したところ他人だ 騙されたと
「それで殺そうとしたのか」
────いや、記憶を偽ろうとしただけだが……悪かったな
────ハハハ 見事にラルフ殿に術を破られたな
────むうぅ
ふむ。そう考えれば辻褄が合わぬことも無い。一応信じておくか。
────そうか あれから千有余年 お主も現し身となったか。
それにしても、エリザ先生の地図に記された印は、ガセではなかったのだな。
現し身と言うと、このゲドネスという念の主も、既に死んだ者か。魔導具となって、千年後の現在も存在を示しているということか。
「ガルガミシュ。あんたは、ターセルの遺跡の奥空間と共に滅んだのではなかったのか?」
────うむ まあそのつもりではあったのが 貴公の振る舞いは面白くてな
「面白い?」
────渡した秘術に紛れ込ませて、貴公の中に居る
「なんだと?」
────気にするな 貴公が魔力を活性化した時しか、意識はない 普段は眠って居る
本当かよ?
────そんなことは、どうでも良い! ガルよ、この人型は天使なのか?
古代エルフが論争を始めている。
────ふふふ、そうだった ラルフ殿は人間だ! 人族だ! ただ……
「ただ?」
────確かに、さっき墜ちていた時は、これまでにない魔力の高まりがあった
────そうだな、まるで天使の如く見えたが
────何かの縛鎖を引き千切るのに必要だったのだろう
そうだ。
確かに、俺は何かに打ち克った。
そして──
────なにものにも囚われぬ境地 まさしく神の如き所業だった!
「神?」
────いや、天使だ! 神ではない!
「どう違う?」
────神は下界には降りてこない 御姿を現すのは天使だ
なぜだか興味深い。
「あんたは、天使を見たことがあるのか?」
なんでこんなこと訊くのか? 自分で自分が分からないが。
────いや、ない。
どうしてなのか、ほっとする。
────無いが 天使は力の象徴だ!
ふむ。光神教とは教義自体違う。
古代エルフ族は、人族が広めた光神教とは違う宗教を持って居たというからな。
「ならば、神とは何だ?」
────神とは数だ!
「数?」
────自然数 整数 有理数 無理数 複素数 この世にあるものは 全て数だ!
「自然を記述し、法則を司る。故に宇宙は数でできている」
そういう説を読んだことがある。
────そうだ、宇宙は神だ! したがって神は数に他ならない
────まぁた始まった! ゲドの謎理論が
────貴公も 今の我も 皆、神の一部だ
「つまり、俺も数と言っているのか? 面白いこと言う」
────我に言わせれば 貴公こそ面白いがな
────だろう どうだ、ゲドも?
† † †
気が付くと、遺跡の丸い部屋に居た。
全てが夢? そうも思えたが……セレナは人間のように喋った。
遺跡から戻り歓待された俺達は、次の日ドワーフの自治村を後にした。
ヴィドラやシュクルさんは見送りに来たが、スパルナさんは姿を見せなかった。
臍を曲げて出てこないかと思ったら、シュクルさんに鉄拳制裁を受けて倒れているらしい。
『いい気味です!』
そうサラも言っていた。なかなかドワーフの家族は過激だ。
帰り道も一泊になる。
サラを含めて4人で夕食を済ませ、宿へ戻ってきた。
「なかなか、美味しゅうございましたね」
2人の部屋に入る。ローザの機嫌は良さそうだ。
「そうだな」
「では、お着替え致しましょう」
「まだ宵の口だ。2人で外に出ないか?」
「はぁ……はい」
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訂正履歴
2022/09/24 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2025/05/03 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




