139話 鐵起請(下)
いつもより親切だなぁ、この人? どういうことだろうと思ってると、バータで頼み事されて。なるほどと却って安心することが……上司に多いです。
139話のサブタイトルは、「鐵起請(下心)」にしたほうがよかったかな。
─── ラルフの視点 ───
「グァァァアアア…………!!!!」
ヴィドラの腕に灼けた鐵が食い込み、呻き声が山々に響く!
苦悶の表情──無理もない。腕が今まさに灼かれているのだからな。
5、4。
「まだ負けて……」
往生際が悪い。このままだと利き腕が使い物にならなくなるぞ。
「愚かな!」
ならば──
1度腕を戻し、倍する力で捻った。
関節が余程剛いのだろう、ヴィドラの巨体が浮びあがる。肘を軸に半回転。そのまま勢い余って芝生の上を転がっていった。
少しやり過ぎたか。
「ひいぃぃヴィドラの旦那!」
タルガが駆け寄っていく。
呆気にとられていた村の皆は、一様に口を開けたまま、こちらを見る。
「アリー! 治してやれ!」
ヴィドラを指差す。
「えぇぇ……だってサラっちを軟禁してたヤツだよ……仕方ないなあ」
真顔で対応すると、翻意したようだ。
確かに軟禁されていたようだが、サラの様子を見ても酷い目に遭ってたどころか優遇されていたらしい。何らか裏があるのは想像に難くない。
「アリーちゃんが、厳つい髭面嫌いなの知ってるはずなのになあ!」
ドワーフ男性をほとんど敵に回す愚痴をいつもの調子で零すと、脱力した様子で、仰向けに伸びたヴィドラの元に歩いて行き治癒魔術を発動している。
「ラルフ様……」
呼び声に振り返ると、にこやかに笑うローザと茫然としたサラが立っていた。
「ここまでお強いとは……いえ、魔術師として強いことは存じ上げてましたが……」
「超獣には、魔術無効化できるモノが居るらしいからな。膂力も必要なんだ」
幼児の頃は面白がって、身体強化魔術を使いまくっていただけだったが。基礎学校に上がった頃からは、魔術技術向上と共に鍛えていた。残念ながら、筋骨隆々な身体にはならなかったが。
それでも何か閾値を超えたようで、第2次性徴の頃に体質ごと変わってしまった。魔術を使うことも、魔力を意識して印加せずとも体力値は2000を超えている。これに追随する筋力も同様だ。
「はあ……先程は要らぬ差し出口でした。申し訳ありません」
「旦那様、お疲れ様でした。汗は掻いていないご様子、ローブをお召しになりますか?」
「いや、まだ勝負は着いていない」
「そうでしょうか?」
ヴィドラの方を見ると、ちょうど治療終わったのか、しゃがんで魔術を行使していたアリーが立ち上がる。
「おーい! いい加減起きろ! アリーちゃんが折角治してやったのにいつまで寝てるんだ!!」
相当不機嫌だ。
「うぁぉぁおあ……すいやせん。姐さん。おおう、本当に腕が治ってる。ありがとうございます」
アリーは大きく肯くと、こっちへ歩いてきた!
姐さんねえ……。
「ラルちゃん、ワイン1本だからね!」
「ああ」
ヴィドラが立ち上がり、こちらに近付いてきた。
「ああ。クラクラする……参りました」
人族風に、胸に手を当てて礼をした。
「参ったと言ったのか?」
「ええ、何度やっても勝ち目がありませんや。負けを認めます」
えらく殊勝だな。
「分かった。サラが村を出る許可を貰えるか?」
「俺が親父に掛け合います……なので」
なので?
「兄貴と呼ばせて下さい!!」
はっ?
背筋を怖気が走った。
「こっ、断る!」
「いや。ここまで力と力でぶつかる漢に、邪なヤツは居ません」
ガキの頃バルガスさんのところで、ドワーフ達とは接触があったから、負けたら態度を改めるとは思っていたが……変わりすぎだろ。
後ろで爆笑していたアリーが急に黙り込む。
振り返ると涙目で後頭部を摩っていた。ローザに叩かれたようだ。
見た目は貴婦人然としているが、中身は変わっていない。
その時、銅鑼の音が3度響いた。3時だ。
「ちょうど良い。休憩時間だ、親父にお引き合わせしましょう。こちらへどうぞ、兄貴。ああ皆さん方は、あちらの方でお休み下さい。タルガ! ご案内しておいてくれ!」
「へい!」
ローザ達は入って行った母屋の右側にある、高い煙突が幾つも聳える建屋前に行くと、何人も大男が出て来た。
みんな、ヴィドラに頭を下げながら手拭いで汗を拭きながら、歩いて行く。
入れ違いに俺達は建屋に入る。鍛冶場だ。
熱っ!
結構離れた奥の方から、輻射熱が来ている。
6ヤーデン程筒状の炉──多分高炉だ──が並んでいた。
木炭と鉄鉱石を上から入れて、側面から魔導具で風を送っている形態だ。
そこから出て来た銑鉄を、さっき出て行った男達が金槌を打ち付けて鍛えるのであろう、デカい金床が並んでいる。
赤黒い土間を横切り奥に進むと、壁際の椅子に座っている一際デカい人影が見える。
壮年のドワーフだ。貫禄が凄い。
「なんでぇ、ヴィドラ! 休憩時間でもねーのに出て行きやがって!」
おお、口が有った。いや、有るに決まってるが。
鼻の下はというか、どこからどこまでが髪か髭か分からない程、ごく一部を除いた顔が褐色で埋まっている。その先は、ヴィドラに負けず劣らぬ腹回り辺りまで伸びてる。
「済まねえ。頭! 王都から客人が来まして」
「客?」
「ええ、こちらのラルフェウス・ラングレンさんです」
「こんにちは」
軽く胸に手を当て敬意を表する。
「儂は、ヴィドラの父、ここの工房の頭と自治村の長をやっているヴァーリンという」
目付きと言い、動作一つ一つが頑固そうだ。一瞬だけこっちを見たが、また目を細めて火の方を見ている。
「それにしても、ヴィドラ……喋りがえらく丁寧じゃねえか? 人族なんざ蹴散らすって息巻いてたんじゃないのか?」
「いやあ面目ねえ。鐵起請で、逆に蹴散らされちまって。いやあ、外の役人でも連れてきたら意地でも思ってたんだがな、正々堂々」
「ほう……そいつはまた……馬鹿力だけが取り柄のおまえに勝つとはな。ああ? そういやあ、スパルナんとこの娘ッ子が熱を上げてる、人族ってのは」
「ああ、それがなんか誤解だったようで……」
「誤解だぁ? スパルナが頼んで来て、娘ッ子を足止めしてたんじゃないのか? おっ母ぁが世話で大変だったんだぞ。間違いだったって言うのか」
ははぁ……。
「ええ。そうなんですよ、頭。兄貴には偉く別嬪な奥さんも居るし」
さっきサラの様子に違和感が強かったが。そういうことか。
ヴィドラに誰が俺のことを吹き込んだのか確証がなかったが。やっぱりスパルナさんだったか。
軟禁自体も、あの人がグルなら……いや主犯なら納得が行く。娘が危ないとき、父親の方がムキになるのが普通なのに、何やら引き気味だったし。
おまけに、俺とヴィドラと戦わせたのも……ざっくり言えば、サラを王都に行かせたくなかったのだろう。
後でとっちめよう。
「頭……じゃなかった。村長! サラの退出許可をお願いします」
ヴィドラがちゃんと約束通り頼んでくれた。
「お前が、そう言うなら構わんがぁ。スパルナには釘を刺しておけよ」
「へい!」
「ところで、お客人」
ああ、俺か。
「はい」
「どうやら、あんたには迷惑を掛けたようだ。折角遠路王都か来たんだ、今日は我が家に泊まっていくが良い。部屋はなんぼでもある」
「ありがとうございます」
まあ、ゲルに泊まるよりいいだろう。
「甘えついでに、お願いしたいことがあります」
「何じゃな……?」
もうひとつの目的を。
「この自治村の外れに、祠があるとサラから聞いたことがあるんですが」
ドワーフの巨漢親子は、顔を見合わせた。
「ああ……」
「ありますよ、兄貴。古い遺跡が」
だから兄貴はやめろ。
「できれば、中に入ってみたいんですが。お願いできますか?」
「構わねえが、入ってどうするね」
「調べてみたいのですが」
村長が肯いた。問題ないようだ。
「ですが、中には部屋があるだけで、がらんどうですぜ。政府の役人やら、偉い学者達が何回も来てやすが。何にも出てこねえ」
「ヴィドラ! 四の五の言ってねえで、客人をご案内しろ!」
「へっ、へい!」
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2020/02/15 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
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