138話 鐵起請(上)
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ああ、世の中は3連休なんですね。昨日朝、なんで休日ダイヤ?とか思いました。
─── サラの視点 ───
ああ。なんてこと。全て私が悪いのだわ──
やはり、ヴィドラが……。
誰かが嘘を村に広め、それを信じたのであろう村長が、私の村外行きの申請を拒絶してきた。しかも、ラルフ様に申し開きさせろと要求されたので、3日も待たされた私は、つい王都へ手紙を書いてしまった。
それで、ラルフ様一行が私のお願いにを聞き届けて村に来てくれて、村長の家に押し掛けた軟禁された私をアリーさんが助け出してくれた。
そこまでは良かったのだけれど。
ドワーフ男の、どうしようもない習性。腕っ節が全て。
揉め事は、腕力で決着を付けようとするわ。
私を軟禁したヴィドラが、案の定ラルフ様に鐵起請を挑んだわ!
「受けて立とう!」
「ラッ、ラルフ様!」
信じられない。
「鐵起請をご存じなのですか?!」
「知らない」
知らないですって? バカな……。
なんで、知らないのに受けるのよ!
本当にラルフ様の自信家ぶりにも困ったものだわ。
十中八九、いえ、それ以上に過信ではないのが、凄いと言えば凄いのだけど、それにしても。
助けて貰った身で言うのは憚られるけど、ドワーフに! それもよりにもよって、この村一番の怪力ヴィドラの挑戦を受けてしまうなんて。
無謀すぎる!
でもなぜだろう?
アリーさんはともかく、いつも冷静な師匠すら全く止める気配はない。皆、ヴィドラの強さを知らないのだ!
私が、私がなんとかしないと!
「てっ、撤回して下さい。アリーさんも止めて下さい! 鐵起請でヴィドラに勝てる者など……いくらラルフ様でも」
「さあぁぁぁ、それはどうかな?」
「えっ?」
「ラルちゃんは、負けないよ!」
「アリーさん……」
挫ける。
皆知らないのだ。
私の幼馴染みヴィドラ。
彼は力比べで誰にも負けたことはないのだ! 10歳にして以前の強者、現村長の自らの父を破ってから1度も。
ラルフ様も確かに力は強い。それは知っている。
が、ヴィドラは段違いなのだ。
見よ! あの腕、ラルフ様の腹回りの倍程もあると言うのに……勝てるはずがない。
「何の勝負かは知らないが。ドワーフの漢が揉め事を決するやり方なのだろう? それを受けろとのスパルナさんの注文だ。やって見せるさ!」
なんという自負心だろう。
「良い度胸……と言いたいところだがな。無謀なだけだ。大口を後悔するんだな! タルガ! 用意しろ!」
「分かりやした! 行ってきます。へへへ!」
「場所を変えるぞ! あっちだ」
ヴィドラが指差したのは庭の一角。
芝生が植わった地面に腰高の岩がある。
高さ1ヤーデン強の上面が、誰か加工して平面になっている。
あれは忌まわしき岩なのだ!
ラルフ様の意思を変えるには……。
「ローザ様! ローザ様!」
「サラ!」
「止めて下さい、ラルフ様を。とても酷いことになります!」
私の言い方のどこが間違っていたのだろうか? 師匠は、薄く微笑みさえ浮かべて、私を宥めた。
「旦那様が決めたことです。何があろうとも、信じて待つのが私達の役目ですよ」
「しかし、それ……」
「サラ、旦那様の勝負を邪魔立てするなら……」
ひっ!
ついぞ感じたこともない程の、殺気が師匠から放たれた。
背筋に怖気を走らせる明確な威嚇だ!
分かった、分かりました!
ラルフ様も師匠もそこまで言われるのであれば……もう、何も言うまい。
にやりと笑った、ヴィドラが試し岩を前に講釈を始める。
「鐵起請のやり方を説明してやろう。試される2人が、この起請岩を挟んで立ち、この面に右肘を突いて右掌を握り合い、互いの左へ倒し合うんだ」
「で? この上面に相手の手の甲を付けたら勝ち、自分のを付けられたら負けか?」
「いいや、違う。答えはタルガが来てからだ……」
そう違う。
ラルフ様が仰ったのは、ドワーフでない者達がやっている腕っ節比べだ。やることは同じかも知れないが、鐵起請はそんな生やさしい物ではない。
恐ろしくも凶悪な神事なのだ!
「おお、来たな」
タルガという男が両手に何かを持って、小走りでやって来た。
凶悪の源を携えている。
鐵だ。
只の鉄ではない。赫赫と輝きと熱を放つ塊を、火挟み2つ運んできた。敷地の一角にある鍛冶場の炉から、焼いていたのを持って居たのだろう。
息を弾ませたタルガが駆け付けると、2つの塊を岩の上面、色が変わっていた部分に下ろした。
「タルガ、ご苦労! 分かったようだな。腕を返されれば、この塊が腕に食い込む。だかそれで音を上げねば負けではない。5秒耐えれば、もう一回だ。何、言い分が正しければ、炉神の加護がある」
この黄色に灼けた鋼が腕に当たれば大火傷だ、耐えられるわけはない。
「ひとつ、言い忘れていた。魔術を使うと、この起請岩に含まれた隕鉄が輝く。その段階で反則負けだがな……お前はどうやら魔術師のようだ、どうする」
そう。ラルフ様が勝てない所以だ。
純粋に力だけで、誰がドワーフの巨魁に勝てよう。これで、ラルフ様も翻意されるはず。
「変える必要はない!」
えっ……。
「ラルフ様!」
決然とした言葉に、我ながら悲鳴めいた声が出た。
「ふん。いいだろう! 腕を捲れ!」
するとラルフ様は、白いローブを脱ぎローザ様に渡した。ボディスの袖ボタンを外し、右腕を露わにする。
よく締まった筋肉質の腕だ。しかし、いかんせん細い。人族の成人男性としても見劣りはしてしまう。
対してヴィドラは、丸太の如き太腕を剥き出しにした。ゴツゴツと隆起した筋肉が黒光りしているが、恐るべきは前腕の美しさだ。幾度も鐵起請を実施しているのにも拘わらず、火傷の痕1つない。
止められないなら──
「アリーさん、治癒魔術の準備を! お願いします!」
「あぁぁぁ、そうだね」
素直に聞いてくれた。
2人は脚を踏ん張り、前傾して肘を試し岩に付いた。互いの掌を合わせ握り合わせる。大人と子供以上の歴然差。
「タルガ!」
「はい! ああ畏くも尊き炉の神々に申し上げる! 御前にて繰り広げ申す 懸命なる膂力験しにご加護有らんことを 何とぞ何とぞお頼み申し上げる…………2人とも腕を構えでぇぇ」
「いくぞ!」
「おう!」
ついに始まった。始まってしまった。
ギシっ!
力が漲る音が響く。嗚呼予想に違わず、いきなり拳が傾く。
ラルフ様が負け……えっ?
拳が止まった。前腕が鐵塊の数リンチ手前で、ピタリと。
ジリジリと灼いているだろうが、ラルフ様は顔色1つ変えない
「ほう……やるではないか、人族!」
ヴィドラは余裕綽々だ。ここに居るドワーフは皆知って居る、赤ヴィドラの異名を。
「……面白い俺の本気を見せてやろう……フグァァァァアア!!」
ヴィドラが膨れた。
いきり立ち、相貌に赤味が差していく。
まるで赤鬼のようだ!
腕がすっと天を突くまで戻った。筋肉が強烈に盛り上がり腕まで赤らむ。
「ラルフ様ぁぁあ!」
必殺の一閃が来る。
「ウゥゥゥラァァァアアア!!!」
気合い轟声と共に、腕が返った。
全力──
技も間合いも何も無い。唯々、力──
ドワーフの、ドワーフによる原初の能。
「なにぃぃ?!」
ヴィドラが片目を見開いた、驚愕と共に。
「とっ、止まった」
誰かが呻くように呟く。
またしても両者の腕は鐵塊の数リンチ手前で固まった。
「なっ、何だ?! なぜ動かん??」
誰もがそう思っただろう。
ヴィドラの顔色が赤黒くなっても、びくともしない。
皆、息を飲んだ。
「ヴィドラ。あんたは闘った人間の中では最も怪力だ……」
総毛だつ笑みを浮かべたラルフ様の言葉が耳を拍った。
「……人間ではなぁあああ!」
拳が見えなくなる程の勢いで弧を描いた。
「グァァァアアア!!!!」
ヴィドラの腕が、灼けた鐵に食い込まれ、呻き声が山々に響く!
ドワーフの巨魁が苦悶の表情だ!
信じられない。何が起こっているの?
5、4。
「まだ負けて……」
そう、5秒耐えきれば……バツバツと何かが沸騰する音、肉が焦げる匂い。
2、1……。
「愚かな!」
なぜか拳が垂直に戻った刹那、恐るべき速度で返った。
ヴィドラの巨体が勢いに負け、脚が持ち上がり、投げ技を喰らったように地面に叩きつけられる。
「うっ、嘘だ!」
誰の言葉かは分からないが、同じ気持ちだ。
ヴィドラは2度、3度と芝生を転がり、四肢が伸びきって、ようやく止まった。
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訂正履歴
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)