135話 馬車の旅
貴族の乗り物と言えばやっぱり馬車! 高級馬車はステータスシンボルですよね。
今日でも乗ってみたいですもんね……長時間は勘弁ですが。
11月も押し詰まり、1年生の前期も終わりが見えてきた。
皆がピリピリしてた教養教科の試験も、少なくとも俺は滞りなく終了し、週末に加えて試験休みを迎えた。
級友達は皆寮生なので、神学生といえども5日間の奉仕作業を始めている頃だ。それには参加しないので申し訳ないなと思っていたのだが……学院外に出られる貴重な時期らしく、却って喜んでいる者が多かった。
「いやぁ。良い天気! お出かけ日和だなあ!! ふんふんふん……」
アリーがいつになく上機嫌で、前を歩いている。
後ろからは、しずしずとローザが付いて来ているが、以前と違ってメイド姿ではない。俺と夫婦というよりは貴婦人とその従者に見えてるのではないだろうか。それにしては歩く順序が違っているが。最後尾は、辺りを睥睨しながら進んでくるセレナだ。
王都東門を抜けて、冒険者ギルドの厩舎へ向かう。
「こんにちはぁあ」
勝手知ったる厩舎で、受付も顔で通れる様になっている。
「ああ、アリーさん。ラルフさん、こんにちは。聞いてますよう。楽しみにしてました」
若き厩務員ニコロが近付いてきた。
玄関を入って左が馬房だが、そちらにはには行かず、そのまま建物を通り抜けて通路に出る。
「じゃあ、ここらで」
「そうだな。ああローザ。アリーも、もう少し脇に避けてくれ」
出庫と念じて、魔収納から2頭立ての馬車と馬を出す。
生き物は入らない魔術だが、誰も驚きはしない。皆知っているのだ。
「おおぅ。思ったより立派だねえ」
アリーが、行ったり来たりして馬車を眺めている。
馬車は購入した物だ。
いつものようにギルドの2階でギルマスと雑談中に、クランとして機動力が欲しいなあと告げたところ、馬車はどうだと言われて紹介された物だ。
ギルド出入りの工房で完成間近に貴族から注文が取り消され、数年間倉庫で眠って居るものがあると知っていたそうだ。
見せて貰ったところ、なかなか出来が良かったのと、工房主に安くしときますと言われ買うことにしたのだ。そして、仕上がってない内装を設えて貰ったのが、先週のことだ。
馬車は貴族向けだったことも有って、2頭立てで引っ張るにはやや大きいのだが……。
感慨深そうに、ローザが眺めながら扉に触っている。そこには本来紋章を描く意匠だったのだろう。意味ありげに空間がある。
彼女に馬車を見せるのは初めてだが、買うことは伝えてある。ローザとしてはウチの紋章を描いて欲しかったようだが、俺は却下した。
無論理由はある、現状余り目立ちたくはないのだ。
ミストリアには、細かいしきたりがいくつかある。
そのひとつとして、自家用の馬車に紋章を描くには、持ち主が男爵以上の爵位を持って居る必要がある。
つまり、貴族の馬車は誰の持ち物か、見ただけで分かるようになっている。
が、まあ古いしきたりのようで、士爵だと微妙だが、准男爵だと紋章が描かれていても咎め立てされないようだ。それに、俺はプロモスの名誉男爵だしな
ギルマスも描くか? そう買う時に訊いてきた。不要と答えたが。
それでローザを却下した時に……。
『そうですね。もう数ヶ月もしたら、晴れてこの国の男爵様になられるのですから。その時でも遅くありませんわよね』
ローザは、来年2月に受ける上級魔術師に合格し、俺が男爵位を授与されることを毫ほども疑っていないようだ。まあ、俺もそのつもりだが。
「それにしても、この馬達は素晴らしい。駿馬ですよ」
ニコロが背をしきりに撫でている。
確かに、胸前がしっかりしていて、脾腹に適度に肉が付いている。
「しっかし、これがゴーレムとはねえ。驚きました……」
横で、訳知り顔でアリーが、大きく肯く。
「でしょ! ゴーレムなら、給水や休憩も必要ないので、普通の速度で走らせても距離が稼げるんだよ。すごいでしょう、ウチのラルちゃんは!」
「そっ、そうですね」
ニコロが、少し引いてるぞ。
「アッシとしては、これがゴーレムとわかっていても、この手で世話したいですよ。それぐらい良い馬です」
確かにゴーレム馬は馬車ごと魔収納に入れられるから、馬房は借りてない。
「ああっと見惚れている場合じゃなかった。装具の確認でしたね。やりましょう!」
ニコロの点検に皆で付いて回り、コツを聞いた。
†
「これで大丈夫ですね。少なくとも1日1回ぐらいは、使う前に点検して下さい」
「助かった、ありがとう」
銀貨を3枚渡す。
「こんなにいいんですか? いやどうも! では良い旅を」
たしかに多いだろうが、ゴーレム馬を褒めてくれたしな。
ニコロがホクホク顔で仕事に戻っていった。
「これで馬車の方は準備万端だけど……御者は誰がやるの? まだ寒いんだよね」
交代制にしても、嫌だなあと思っている顔だ。
確かに、少し春めいてきては居るが、御者台で間断なく風を受け続けるのはちと辛い……というのは分かっている。サラが居たら引き受けたがるだろうが。
「こいつだ」
人形のゴーレムを出庫する。
【起動!】
革の防寒着を着込んだ青年が馬車の裏から現れ、俺達に恭しく挨拶した。
「えっ? 誰?」
「ゴーレムさ」
「おっ、おおう。人間もできるんだ。流石ラルちゃん、抜かりないねえ……あれ?」
「なんだ?」
「何と言うか……髪は黒いけど、顔と言い、背格好と言い。ラルちゃんに似てない?」
「確かに似てるわ」
ローザも肯く。
「面倒だったから、基本俺に似せて多少変えた」
「なあぁぁ……どうせなら、きっちり似せて造って、1体頂戴」
「だめよ!」
ローザが勢い込んで否定する
「なんでよ、お姉ちゃん。良いじゃない!」
「俺もそっくりに造る気はない」
「ラルちゃんの意地悪!」
貰ってどうするんだ。
「さて出発するぞ」
「畏まりました」
御者は、きびきびと馬車に寄って扉を開けた。
無言で佇んでいたセレナがすっくと立ち上がって中へ入り、最後尾の荷台に陣取る。
「奥様。お手をどうぞ」
「まあ、ありがとうございます。あなた」
踏み台に足を掛けてローザが優雅に乗り込んだ。
すかさず、俺も後を追う。
「ちょ! アリーちゃんは? 忘れてない?」
「置いていくぞ」
「もう!」
馬車内部は、座席が2列向かい合わせで6人乗りだ。その後ろは平たく荷台になっている。既にセレナが安らかに寝ている
座席は全て倒すことができ、やや窮屈だが4人ぐらいは雑魚寝も可能だ。
アリーが不満そうに乗り込んできた。
ゴーレムが扉を閉め、御者台に上がる。
「フンっだ。でも今日は、めげないもんね。じゃあ、サラっちの実家へ向かってしゅっぱぁつ!」
馬車が走り始めた。
そう。
サラの苦況を知らせてきた手紙には、実家の里で足留めを食っているとあった。王都に帰るためには、長の許可が必要なのだが貰えない……そこからは遠回しにだが、できたらで良いので俺に来てくれないかと書いてあった。
よく分からないが、許可をくれない理由に俺が関係あると臭わせてあった。
「でもさあ、ラルちゃん忙しかったんじゃないの?」
「そうだな。サラに頼まれたからというのが半分……」
「残り半分は?」
「前にサラと話したときに、家の近くに遺跡が有るって言ってたろ」
「……ああ、言って言ってた。ターセルの迷宮から帰る時ね。でも、大した遺跡じゃないって言ってたような。じゃあ、ラルちゃん、そこにも行くつもりなんだ?」
「ああ」
「ふーん。物好きだねえ。まあ、いいけどね」
物好きだけではないが。
そんな会話の間にも馬車は走り、東門広場を後にした。車窓には放射状の大路の両側に並んだ城外の街並みが流れていく。
「そだ! ラルちゃん。御者君の名前は?」
「付けてない」
「ええぇー、かわいそう」
いや、ずっと使うかどうか分からないから、付けても仕方ないだろう。
「じゃあ、アリーちゃんが考えてあげる」
「あなた。レプリーという名前は如何でしょう」
「レプリー……な」
ラーツェン語で人造人間を示す言葉から、一部分を取ったのだろう。
「悪くない。そうしよう」
「もうお姉ちゃん! アリーちゃんが考えるって……」
「それはともかく。この馬車、本当に揺れませんね」
「うんうん。それはアリーちゃんも思った。レプリーは御者が上手いね」
めげないヤツだ。
実のところ、御者が居ようと居まいと馬車は走る。ゴーレム馬が、俺の指令を受けつつ自律的に動いているからだ。とは言え、御者台が無人で走っていると見た人を驚かすことになる。紋章もそうだが、目立つのは得策ではない。
「魔導具を使って揺れを抑制しているし、今のところは路面の状態も悪くないからな」
「そうなのですね。では悪くなる前にお茶にしましょう」
俺は、壁に倒してあった折り畳みテーブルを立ち上げる。ローザが魔導鞄からカップを出し、お茶の入った水筒を魔収納から出して彼女に渡す。朝、出掛ける前に、ローザが淹れてくれた物だ。
紅い茶が注がれ、馨しい香りが鼻腔を擽る。
「ああ、ありがとう……いつもながら美味いな!」
左を向いて礼を言うと、ローザが微笑み、アリーは生温かい目付きを浮かべた。
やがて馬車は緩やかに速度を落として周回路を左に折れ、それからは一路北へ向かった。
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訂正履歴
2022/01/30 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




