134話 姉妹と書いて好敵手と読む
強敵と書いて友と読むらしいです(実感無し)。134話のサブタイトルは、それとはちょっと違いますが、肉親で相争うのは怖いっすよねえ。
スパイラス新報社の社章だ! ならば、あの女記者がこの辺りに居るに違いない。
妙に運が……勘が良いからな。
【光学迷彩】
門から50ヤーデン程離れた位置でゴーレム馬から下りた。
「ゥオォロロ……」
匂いはするのに、姿は見えないのが合点が行かないのか、セレナは不安そうな鳴き方だ。
「俺はここに居るぞ。しばらく、セレナはここに居てくれ」
「ワフッ!」
門が人混みで通れないので、土塀に跳び乗る。
母屋に納屋、それに蔵か、典型的な農家の庭だな。
居た!
庭の一角に人が集まっていて、半円の人垣ができている。囲みの中に、大きな筵が敷いてあり、そこに法衣姿のアリーが居た。
なんで頭巾に覆面?
いや、前も光柛教会の依頼では被っていたけど、ここでやる必要があるのか? そう訝しんだが理由が分かった。
やはり女記者のカタリナが居たのだ。
アリーはエヴァトン村で顔見知りになっているからな。素顔を晒していれば、その治癒能力の高さと魔力量の多さで、最近話題の頭巾巫女とアリーがカタリナの中で結びついて居たことだろう。
頭巾と覆面から覗くアリーの目が慈しみ深い。
ローザと姉妹なんだなあと思い知らされる。性格は対照的のようで根は同じだ。まあ、いつもはその良さが発揮されないのだが。
やはり、修羅場には連れて行かなくて良かったな。神聖魔術の使い手は殺生を厭うべしと言うからな。
治療が終わったようだ。礼を言いながら爺さんが立ち上がる。と言っても、既に怪我人の治療は終わっていて、神経痛か何かを診てやっていたようだ。
次の順番を争うように、今度は数人の老女が身を乗り出す。
「はいはい! 頭巾巫女様は怪我人を治療しに来て下ったのよ。本当に具合の悪い人だけにしましょうね!」
おっ、カタリナが仕切っているのか。囲んでいる老人に言い聞かせている。
土塀の上を伝って移動し、離れた位置で庭に降りた。そこから回り込んでアリーのすぐ横まで近付いた。
掌から黄金の光粒子を降らせなから、不意に頭巾巫女がこっちを向いた。
回りに居る人達は全く反応しないが、アリーには俺の姿が見えるようだ。俺が肯くと、アリーも小さく肯いた。耳元に顔を寄せる。
「……オークはみんな斃した。治療が終わったら帰るぞ」
頭巾巫女は微かに肯いた。
「皆の衆! お告げが降りた。先程、冒険者によってオークの群れは討伐されたとのことじゃ。危機は去った」
おおぅ!
響めきが上がった。
ああ、爺ちゃん婆ちゃん達、拝んでるし。
まあ、自分たちを診てくれる巫女だからなあ。気持ちは分からなくもない。
一方、奥で控えて居た分限者に見える小太りの男、村長だろう──顎を決っると、周りに居た若い者達が飛び出していった。
オーク達の危機が本当に去ったのか確かめに行かせたのだろう。巫女の能力は利用しても、お告げまでは無条件には信じないか……上に立つものは、そうでないとな。
それから30分。
頭巾巫女は、なおも集まった者達に取り囲まれていた。
それを捌いて脱出させてくれたのは、カタリナだった。
門を出てすぐ、頭巾巫女は魔術でその姿を消した。
数百ヤーデン離れると、ゴーレム馬を出庫した。アリーも後ろに乗せて走り出すと、すぐ横をセレナが跳ねるような歩様で駈けてくる。
「待たせてごめんね。でも早かったんだもん、ラルちゃん」
確かに夕陽は、大分傾いてきてる。
「もうちょっと掛かるかなと思ってさあ、怪我人以外も見始めたのは良くなかったね」
「いや、アリーの魔力に問題がなければ、別に悪くない」
抱き付く腕に力が籠もる。
「ラルちゃん、やさしぃぃ……やさしいと言えば」
「ん?」
「ああ、カタリナさん、意外と優しくて良いヤツだった」
「そうなのか?!」
「うん。アリーちゃんが着いたら、もうあの屋敷に居てさあ」
「ふぅん……ちょっと待て。その時アリーはもう頭巾巫女の姿だったのか?」
じゃあ、カタリナにばれるのを嫌ったわけではないのか。
「そうだよ」
なんでそんなこと訊くのという感じだ。
「いや今回は、教会の依頼じゃないだろう」
「ああ。教会の神職なら、冒険者が治療に来ましたって言うより信用があって、話が早いからさあ。でも法衣で顔出しはマズいし」
なるほどな……いや違う。
「いや、そうかも知れないが、勝手に神職を名乗ったら駄目だろう」
「ん? ああ、もちろん許可は得てるよ。だって名誉司祭女なんだよ! アリーちゃんは!」
「本当なのか? 初めて聞いたぞ」
「あれ? 言ってなかったっけ……? でさあ、この前! 優しそうな司教様にすんごい褒められてね。任命してくれたよ。ラルちゃんが、准男爵になった日だよ……」
司教? それも優しそうな?
司教って王都に何人も居たか?
「それは知らなかった……で、司教様って?」
「ああ、名前は……痩せたおっちゃんで……うーん、名前は……そだ! デイモス司教様だった」
思わないでもなかったが……眉間に皺が寄った。
しかし、あの司教がなぁ。
「肯いてるけど、ラルちゃん知ってるの?」
「ああ。この前、学院に来た……その司教様は、何か言ってたか」
「ああ、民衆を助けるときは、この神職の法衣を着て貰って構わないって言ったよ」
「へえー」
それは、法衣を着て人助けすれば、光神教会の名声も上がるっていう解釈は穿ち過ぎか? いずれにしても、アリーに言うのはやめておこう。
王都に戻り、ギルドに寄って報告した。
オークの群れの偵察と調査のつもりだったが、結果的に1000頭程を殲滅したと。
流石に半信半疑だった。
ギルマスが言うには、上級魔獣1匹を斃すのと、下級魔獣千匹を全滅させるなら後者の方が難しいらしい。まあ取りこぼしがどうしても出るからな。
だが、獲ってきた夥しい魔結晶を見せることでようやく信じてくれた。とは言え、本当に全滅させたかどうかは調査が必要と言うことで、別の冒険者を急遽送ることになった。報酬もその結果で変わるため、魔結晶を預けて今日の所はギルドを後にした。
夕暮れの中、館へ帰ってきた。
「マーヤさん。たっだいまあぁ」
「まあまあ、アリーお嬢様。お帰りなさいませ」
館で出迎えてくれたマーヤさんが眼を顰めた。
「差し出がましいと思いますが、もう少しお淑やかにして下さいませ。お嫁入り先が……その」
アリーが、キッとこちらを向く。
「ラルちゃん、笑いすぎ! ああ、マーヤさん。お転婆でも、ラルちゃんがもらってくれるから大丈夫だよ」
マーヤさんが複雑な顔をした。
「そうだとよろしいのですが」
取り合ってない。
「ブーー」
「あれ? お姉ちゃんは? どっか出掛けた?」
「いえ、そのようなことは」
ああ、ローザは裏庭に居る。隣家との境近くだと魔覚が告げてくる。
「早く来ないと、ラルちゃん取っちゃうぞー」
何言ってるんだ!
無視して執務室に入る。
そこでしばらくいると、ローザが入って来た。
「お帰りなさいませ、あなた。お出迎えもせず済みません」
「ああ、いや。それでお隣がどうかしたのか?」
ローザは一瞬眉が上がったが、すぐ平静に戻った。
「ご存知のように、お隣はほぼ空き家だったのですが……」
「ああ」
俺達がここに来て以来、ほとんど人気を感じたことはなかったなあ、確かに。
「……この度、本格的に引き払われるようで。主立った家具などを整理されていたようで、気になったものですから……」
それを見ていたと。
「ふーん。そうなんだ」
「お召し物を……」
ローブを脱がせて貰う。
何気なく振り返ると、ローブに顔を当てていた。
なぜか少し不機嫌そうな表情だったが、目が合うと和らいだ。
クローゼットに仕舞わないところを見ると、洗濯してくれるようだ。汗臭かったか?
「ああ、それからサラさんから、あなた宛にお手紙が届いておりました」
「ほう。そう言えば、ここを発ってから大分経ったな」
「そうですね、2週間になりますね。あなたもお忙しそうにされていたので、アリーが淋しそうにしていました……さっきは機嫌が直っていたけれども」
そう。エリザ先生に研究内容を承認して貰い、研究者登録されたので、晴れて王立図書館の一般人進入禁止の区画に入れるようになった。それで神学……ではなく、魔術関連の禁帯出本を読み漁っていたのだ。この前ロッカゴーレムを斃したのも、さっきオーク達を斃した地極垓棘も術式を入手したのもそこでだ。
2月の上級魔術師試験までには、ある程度使い熟しておく必要がある。
その代わりに、この一週間はほぼ狩りに行かなかったので、アリーやセレナを構えなかった。まあ、他にやることもあったしな。
そうだ。サラの手紙。
封を切って、中の便箋を読む。
「むぅ……」
「いかが致しました?」
心配そうに寄ってきた。
「少々まずいことになっているようだ」
便箋を渡す。
「まあ……これは」
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訂正履歴
2018/11/10 隣家との境近くだ。→隣家との境近くだと魔覚が告げてくる。
2019/06/30 誤字訂正(ID:496160さん ありがとうございます)
2022/07/23 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/10/09 誤字訂正(ID:1119008さん ありがとうございます)
2025/05/03 誤字訂正 (ferouさん ありがとうございます)




