133話 緊急依頼(下)
急ぎの仕事が回ってくるのって、できるかどうかの能力ももちろんあるんですが、頼む人に忙しそうか余裕そうに見えるかと言うのが大きいそうです。急ぎって面倒臭いけど、短期間で結果が出せる美味しい仕事も含まれることもあるんですよね。だからいつでも余裕ぶっておけと、先輩が言ってました。
数年経って、先輩の雑用を断るな! って意味もあるなあと気が付きましたけど。
グォォォォーーーーーー!
セレナが吠えて傍らから飛び出していった。瞬く間にオーク共を蹂躙していく。
俺の魔術が吹き上げた血煙りが、そのまま綺羅綺羅と輝く粒子に変わる。
ほんの数秒前まで周囲を睥睨をしていたハイオーク達は、この平原からまとめて退場した。
天霰錬成と衝撃波と2つの魔術。前者で氷の弾丸を生成し、後者でそれを発射する連携魔術だ。
俺は同じような魔術として氷礫や萬礫も使える。
前者は威力が低いので無視するとして──後者は威力もあるし、瞬時に発動できる利点がある。だが欠点もある、有効射程が短いのだ。
氷の弾丸は空気抵抗で加熱される為、長く飛べば重量が減り威力が落ちていく。
さっき使った魔術は、2段で発動する分時間が掛かるが、それぞれに制御が効くと言う利点がある。冷却温度、礫の数、加速度、集束度、それぞれ自由自在だ。
それはともかく。
視覚と魔覚─拡張感覚─によれば、中央円陣にハイオークは居なくなった。
だが……おかしい。
指導者を失ったというのに動揺が小さ過ぎる。
それに何やら圧迫感のような、直接頭に作用する圧を感じるが……ん?
20ヤーデン程先に居るセレナの攻撃が止まり、空を見上げている。
どうした? おまえも何か感じているのか?
その姿は、まるで何かを聴いているようだ。
……聴く?
魔狼が聞こえるのだ、あれに違いない。
【魔感応!!】
──聞こえていなかった、高い音、雑音が聞こえ始める。
超音波だ……。
キーァキーァ……と甲高く不快だが我慢して聴き続ける。果たして10秒も聞き続けた頃──やはり頭の芯が冷たくなった。そして雑音に意味が乗り始める。
【ヨソモノ コロセ イヌ コロセ……】
ハイオークが使う言葉が理解できてしまった。
舌打ちしつつ、覚悟が決まった!
中央円陣以外もにも上位種が居る。
別の円陣に居るのであろう、ハイオークを見つけ出し、それを斃し……とも思ったが。
駄目だ。
この上位種の存在は脅威だ。近隣住民の掣肘できる範囲を超えている。
群れを大規模化させるだけでなく、軍とも言える組織運用まで可能なのだから。
それに存在するハイオークだけを斃せば良いということでは無い。残ったオークがハイオークへ進化しないと保証できないからだ。
殲滅以外無い──それが覚悟だ。
【音声拡張!】
【アーーーー】
他人の喉のようだ。
【マンナカ テキ イル ツツミコメ ツツミコメ!!】
俺は偽命を発すると、光学迷彩を中断して姿を曝け出す。
「セレナァァ!! 俺から離れろ! オークの輪から外に出て、距離を取れ!」
疾駆する蒼白い魔狼が、止まってこちらを向く。無論、オーク達も俺を見つけた!
「ワフッ!!」
セレナは不満そうに承諾し、突進を始める。
殺到して来たオークの奔流を、何の苦も無く突っ切っていく。セレナが造った一筋の痕跡は瞬く間に埋め尽くされた。
【ニンゲン テキダ テキダ ……】
【コロセェ クイコロセェ ……】
【ハラワタ クイタイ メダマ クワセロ クワセロ ……】
聞こえるようになってしまったオーク達の怨嗟が、耳朶を打つ。
剣を振り上げ怒号と共に押し寄せたオークの波は、俺に飛びかかる間際、衝撃音を奏でて止まった。見えない壁に堰き止められた。
【モット モット オセ ニンゲン フミツブセ!】
容赦ない圧力は、自らの先鋒を結界に挟みつけても飽き足らず拉げさせる。野太い断末魔すら無視され押し合い圧し合いは止まない。ついには体液を噴き出し圧死させた。
それが、結界表面を汚し星屑と化しても一層潰されるだけだ。
数分が過ぎて、オーク達は一塊の集団となった。もはや陣形と呼べる物ではなくなっている。残存の指導者の命よりも、俺の偽命が克ったからだ。
既にセレナは300ヤーデンも向こうで、こちらを窺っている。
潮時……か。
「……大地に満ち満ちよ …… 大母神の怒りに触れて 怖れ戦き 竦み上がれ! 地極垓棘!
不完全な上級魔術を行使!
地鳴りと共に、地面が揺れる。
突如ガリガリと擦過音が響き、地面から無数の棘が5ヤーデンも突き上がった。直径30ヤーデンの範囲に居た不運なオーク達が例外なく串刺しになった。
からの──
【地極垓棘!!】
直前とは比べものにならぬ揺れが襲い、立っていた者は総て倒れ伏した。
天変地異──
魔力を供給する俺にも、瘧のような寸時の痙攣が来る。
大地の揺れが嘘のように止まった刹那、耳を劈く轟音を従え、大地が弾けた。
鉾だ!
地から鋼を凌ぐ鋭利な切っ先が、爆ぜるように飛び出した。
数え切れない程の鉾棘が僅かな間隔で屹立し、眼に見える地面を埋め尽くしていく。
阿鼻叫喚が聞こえたような気もするが掻き消えた。
鳴動が止み、魔力供給を打ち切った。
周囲に見えるは壁!
上を向けば、空は丸く狭まって、さながら井戸の底に居るようだ。
さてどうやって登ったものか……と考え始めた時、壁がチリチリと光り始めた。
まさか?
上の方からベールが外れるように消えていき、極光の如く消え失せた。まるで魔獣が魔結晶に化ける時のようだ。
自分で発動しておいて何だが、信じがたい。確かに、地から棘が無数に生えたのだ。そして無くなった。間違いない。
幻想──いや、そんなことはない。
その証拠に、草原だった場所は、大勢の農民が一斉に耕したように土が露わになっている。俺を中心に半径150ヤーデンが黄褐色の耕作地に化けた。
棘が生えなかった自分の足下だけが草地だが。
第一、オーク共もその眷属達も消え失せている。
僅かに生き残った魔獣も、気が付くとセレナが走り回って葬っていた。
任そう。少しで悪いが、生気を吸収してくれ。
しゃがんで土を触るとしっかりほぐれている。しかも草が細切れになって鋤込まれていた。後は堆肥を入れれば、麦が作れそうだ。
うーむ。使い勝手が悪い上級魔術だが、農耕手段としては使えるかも知れないな。
また一声、セレナが吠えた。白い息を吐きながら走って来る。狩り尽くしたようだ。
現実逃避は切り上げないとな……。
「よーし、よし。よくやったぞ!」
一頻り頭から胸にかけ撫で上げると、ちぎれる程尻尾を振る。
「さて、アリーの方を手伝いに行くか?!」
「ワフッ!」
ゴーレム馬に乗って駆け、集落に入った。
アリーの居所を魔覚で突き止めて、大きめの屋敷にたどり着いた。
門の前に人集りしている。居るのは、老人と子供だ。
その向こう……あれは、馬車だな。それが止まっている。人の頭に遮られてよく見えないが、側面に紋章が描かれている。
あの渦巻の図案は!
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訂正履歴
2018/11/07 (誤)少しで悪いが、魔力を吸収してくれ。
→(正)少しで悪いが、生気を吸収してくれ。
2022/07/23 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




