130話 能弁
普段訥弁(ボツボツと喋る)人が、いざとなると突如能弁に成って吃驚することがあります。
まあ何かのマニアな場合が多いですが、それは察知しているのでそれほどでもないですが。
普段物静かな人なのに、仕事上のイベントとかで大丈夫かなと思っていると、能弁に成るパターンはちょっと見直します。と、ここまで書いてきて、本来そういう人が能弁と言うんじゃね? と思えてきました。
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内務省に行った翌々日の月曜日。
修学院に登院して、教室へ行く前に教員室へ向かった。
そしてバナージ先生に、准男爵に叙爵されたことを報告した。
南前門事件の功績が認められてと説明して納得して貰った。
嘘と真相半ばだ。
その後、実はプロモス国の名誉男爵も叙爵されたと言った段階で、先生の目が点になった。
はっ、男爵?
なんでプロモス?
そう質問攻めに遭ったが、朝会の時間が近づいたので、再度報告となった。
「それでは失礼します。ん?」
教員室を辞する。あれは……。
廊下に出た途端、脱兎の如く走って去って行く女生徒の後ろ姿が、10ヤーデンぐらい先に見えた。
ウチのクラス、神学科1年のアネッサだよな。感知魔術に頼るまでもなく間違いない。 あの逃げ足、悪い予感しかしない。
溜息を吐きつつ教室に入る。何か起こるかと思ったがすぐ始業の鐘が鳴り、バナージ先生が入って来た。連絡事項の伝達が始まって暫く後、教室の扉がノックされて、シスターが入って来た。
「これは……エリザベート先生。何か御用ですか?」
「はい。ラルフ君を、院長がお呼びです」
げっ?
院長と言えば、無論修学院の最高責任者だ。
教室のあちこちで、院長? なんで院長? と、ささやき声が上がる。
何の用かは知らないが、行かざるを得ないよな。諦めて立ち上がる。
「よろしいですか? バナージ先生」
「ああ、この後の宗教史の内容は別の者のノートを見せて貰うように」
「わかりました」
扉を出る時、再び教室がざわついていた。
廊下を歩きつつ、先達に話しかける。
「エリザ先生。呼び出された理由を何か聞いていらっしゃいますか」
「さあ、呼び出されたのは、私ではなくラルフ君ですし、聞いてませんよ。ただ……院長に来客があったようですよ。連れて行くところは応接室ですし」
来客……。
まあ行けば分かるか。
神職科の建屋に移って、応接室の扉を敲く。
「ラルフェウス・ラングレンを連れて参りました」
胸に手を当て会釈しながら、中に入ると2人の人物がソファーに座って待っていた。 総白髪と一繋がりになったこれまた長い髭を蓄えた老年の男。
修学院のグスターブ院長だ。
彼も俺の顔を覚えてはいるだろう。この前表彰を受けた時に表彰状を授与してくれたからな。
もう1人は、痩せ型で40歳ぐらいの壮年男性だ。初めて見る顔だが法衣を着ている所を見ると光神教会の聖職者、しかも襟の刺繍は司祭より上位であることを示している。
「彼がご指示の生徒です」
「うむ、こちらに来て座り給え……ああ、エリザベート君、どこに行くんだ。君も同席だ」
会釈して帰りかけた所を引き留められた。
俺が院長の対面に座ると、エリザ先生は、露骨に嫌そうな表情で隣に座り、遠慮なく問うた。
で、この人は?
「見知っては居ると思うが、私は王都教区司教デイモスだ!」
いや知りませんけど。
えーと、王都の光神教会の最高責任者は大司教で、ミサの時に遠目で見たことはある。この人は、光神教会で大司教に次ぐ地位というわけだ。
「ふむ、君が王都の正門で魔獣を斃し、この度男爵に成ったという生徒かね?」
「えぇええ? 男爵?」
ああ、エリザ先生もう少し自重しないと、出世できませんよ。
ほら、司教が不快そうだ。
「その件は、私も報告を受けて居らぬが……」
校長も零した。
「ああ。申し訳ありません。プロモス国の名誉男爵を受けたのが、先週の金曜日。ミストリアの准男爵を受けましたのが、一昨日。それで本日朝会の前に担任のバナージ先生に報告は致しましたが」
「まあ、それなら……」
司教はダンとテーブルを叩いた。苛ついている。
「宗教者に爵位は関係ない。そんなことよりもだ。内務省より通達を受けて知ったが。ラングレン君、君は神学科だそうだな!」
「はい」
「おかしいではないか!」
えっ?
「調べに依れば入院時の適性検査結果で、1000を超える霊格値を出したそうじゃないか?! 非常識過ぎであろう!」
何か詰られているようだ。
「何故神職科を志望しなかった!? 答えなさい」
「神職に成るつもりはありませんでしたから」
司教の片眉が上がる。怒りが充満しているようだ。
「霊格値が高い者とはすなわち、光神に額ずき人々に奉仕できる素養の高い者のことだ。なぜそうしない、聖職者と成って然るべきだ!」
眼が強い。この人の確信なんだろう。俺の考えとは相容れないが。
「デイモス君!」
君?
それを聞いた司教はギロッと、院長を睨んだ。
「確かに私は、先生の教え子ではあるが。今や立場は違うことをお忘れなきよう」
そういうことか。この司教は修学院の卒業生らしい。
「そもそも修学院は、最高の霊格値を出した新入生を、教団に報告する約定になっていたはずだが。何故それを違えられたか?」
「慣例では報告してきたのは神職科の生徒のみ」
「それは、これまで必要がなかっただけのこと。ええい、過ぎたことは良いわ! それより、今すぐ転科するのだ!」
勝手に決めるな、言いたいところだが、どう反論するかな。火に油を注ぎそうだ。
「あぁぁああ……」
えっ? 変な声を挙げたのはエリザ先生だ。
「なんだね、君は。先程から失礼だな」
それは言える。
「ああ、あなたの後輩で、エリザベート司祭と申します。さっきから聞いていれば、霊格、霊格。人間の価値は霊格値で決まるんですか?」
「何を言っている?」
「簡単なことですよ! 人間の価値が生まれた時からほとんど変わらない霊格値で決まるなどと仰る訳ですか?」
「神職にとって、霊格が光神の御心に沿うため重要な指標であることは疑いのない真実だ。それを否定するつもりかね?」
「でも、もし! もしですよ。その論理が正しいなら司教様より霊格値が高い、ラングレン君の選択が正しいってことになっちゃいますよね! そんなバカな話はありませんよね!」
「むぅ! 勘違いして貰っては困るが、教団の意思としてはそうなっているのだ。私がどうということではない」
「そうなんですか? 彼の有名な聖パルダスは、職業選択の自由を持って居るとおっしゃいましたが!?」
「何!」
「どこに書いてあったラルフ君?」
丸投げですか、先生。しかし、そんなの有ったか? 近そうなのは……。
「リザヤ書4章28節」
「リザヤ書?」
「聖パルダスは、出家せよと叔父達に唆された少年に語った。『まずは自らの父母を支えなさい。自分の好きな石工をやると良い。出家するのは自らを救いたくなったあとでも遅くない』と……あります」
「ふむ。それは職業選択の自由ではなく、出家の心得だ。私の知る限り聖パルダスがそのようなことを語った他の記述はない」
「そうでしたっけ? しか……」
「しかし、同時に出家を強制してはならないとの戒めでもある」
ん? 司教、自分で否定?
「それで、私をやり込めたつもりかね? エリザベート司祭」
「滅相もない!」
いつも通り淡々としているな、この先生は。
司教は、俺の顔から院長まで視線を巡らせると立ち上がった。
「今日の所は帰ることにする。ラングレン君。転科の件、よく考えて置いてくれ! ああ、見送りは結構!」
のっしのっしと大股で応接室を出て行った
「ああ、ラングレン君」
「はい。院長先生」
「転科の件は、我々に任せなさい。まあ、彼がその気になれば、私の首をすげ替えることができるがな」
えぇぇ……。
「よろしいんですか?」
「ああ。光神教宗立と言えど修学院は教育機関だ。学ぶ者の為にあるのだからな」
「おかしいなあ……」
エリザ先生がぼそっと呟く。
「何がですか?」
「うーん。他になかったかな?」
「もしかして、聖パルダスの件ですか?」
「うん。何かしっくりこなくて」
「他には思い当たりませんが……」
「うーん。聖ジョズランだったかも」
偶然だったのか!?
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2019/06/30 誤字訂正(ID:496160 様ありがとうございます。)
2021/05/08 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2021/08/25 誤字訂正(ID:800577さん ありがとうございます)
2022/11/23 誤字訂正(ID:1439312さん ありがとうございます)
2025/11/14 誤字訂正 (日出処転子さん ありがとうございます)




