129話 情けは人の為ならず
500ブックマークありがとうございます。
最近、情けない失敗をしてしまってます。接する方に助けて貰っています。
直接でもなくても返ってくるものですね。
「まあ、本当なのですか?」
夕方になって、俺とローザはダンケルク家の館へ来ている。
そして応接間にて、子爵夫人と対面しているのだが。
夫人は喜色満面だ!
「婿殿は、それはそれは非凡であることは存じ上げておりますが。流石に、プロモスという国より名誉男爵に叙せられ、また明日我が国より准男爵に序せられることになったとは、正に吃驚仰天とはこのことですわ。ねえ、マーサさん」
「はい、奥様。従妹が大層鼻が高いと何度も申しておりました」
「あら! あなたがあちらの館へ行きたかったのではなくて?」
「まあ、奥様ったら」
しかし、すっと真顔になった。
「さて、喜びは喜び。準備は準備として進めねば相成りません」
流石は子爵夫人。
「義母上、式典の衣装はどのようにすればよろしいでしょう?」
そう、夫人の呼び方を変えた。夫人はローザを猶子にしたわけなので、妻にした俺から見れば義理の義理の母だ。
どう呼ぶべきか迷っている時に、義母上と呼ぶように本人より指示されたので、本人に接する場合はそうしている。
「そうねえ。男爵以上の場合は、陛下がご出席になるので大礼服だけれども。今回は内務卿主催ですから、通常の礼服で構わないはずです」
「わかりました。では今ローザがお目に掛けている、礼服と言うことに」
「よろしいですね。ただし、首には白いクラヴァットを巻かねばなりません」
「クラヴァット……」
「慣わしでは長靴下と同じ絹でレース編みとしなければなりません。お持ちでなければ、使ってないものがありますゆえ、お譲りしましょう」
「よろしくお願い致します」
その他、会場での身の処し方、返答の仕方などいくつも教えを戴いた。夕方になって帰ろうとしたのだが、帰してくれなかった。館に着いたのは21時の鐘が鳴った時分だった。
†
翌日。
「ラルフェウス・ラングレン殿」
「はい!」
司会に名を呼ばれ、数歩前に出る。
内務省本庁舎第一小会議室。
木目が綺麗なオーク材の壁に囲まれた落ち着きのある部屋だ。
「それでは、閣下よろしくお願い致します」
壁際に座って、恰幅の良い壮年の男が立ち上がる。
仕立ての良いジュストコートに暗紅色のベストの組み合わせが上品だ。
羊皮紙を手に持ち、俺の3歩程前まで近付いた。
俺は左脚を引いて跪く。
右手を胸に当て上体を前に倒した。
低い声が響いた。
「汝、ラルフェウス・ラングレンを王国准男爵に叙するものなり。光神暦380年12月3日。ミストリア国王クラウデウス6世。代読、王国内務大臣 侯爵マグヌス・サフェールズ」
さっぱりした内容だ。
「ありがたき幸せに存じます」
言い終わり顔を上げる。
むっ! あれは──。
気を取り直して内務卿が差し出した、証書を受け取る。
再度上体を倒したまま立ち上がり、2歩後ろに下がって、ようやく正対した。
昨日ダンケルク家館で練習した通りやったが、問題なかったようだ。
「勿体なくも閣下は、喫茶への同席を御所望である。ありがたくお請けせよ」
「はっ!」
別室へ案内され、内務卿とソファーセットに向かい合って座った。
さっきはよく視なかった、というか見ないように言われていたが、もうお姿を見ても良いだろう。
重厚な体躯に、やや顔は厳ついが、眼は結構優しそうに見える。
「ラングレン殿」
敬称付けられた……やや顔が引き攣る。
「過日は世話になったな……」
「執事の方にお渡しした手鏡の件でしょうか?」
「その通りだ。その主人が私と気付いていたか」
俺がターセル迷宮にて、斃した魔獣フンババが落とした手鏡のことだ。
「ええ。先程確信しました。証書を授与戴くときに閣下の指輪が見えましたので……」
「この指輪が?」
右人差し指に填められている、金の指輪を触った。
「戴いた礼状の封蝋に捺された紋章の鏡像になっております故」
報償の額の多さや執事の存在で大貴族と察しは付いていた。そして、迷宮の所管省庁は内務省だったからな。多分そうではないかと思っていた。
そうか! 封蝋の色とベストの色が同じだ。
「ふふふ。優れた魔術師とは、観察眼に長けているとグレゴリーが申して居ったが、真実のようだな」
グレゴリー……深緋連隊の上級魔術師の中でも屈指の三賢者の長老か。
「そう。これは断絶した祖母の家系が使って居た紋章だ」
断絶……。
「あの鏡は、我が大叔母が使って居た物だ。行方不明になったと聞いたが。それがあの迷宮だったとはな」
「それは、ご愁傷様です」
「ははっ。儂には子供の頃、数度会った記憶しか無い。とは言え。ありがたい。母が喜んでおった」
「それは何よりでございます」
「此度は、少し借りを返すことができたかな」
その時、扉がノックされた。
「おう。来たか。テルヴェル卿」
げっ!
外務卿が入室してきた。慌てて立ち上がり跪礼する。
「マグヌス閣下。失礼致します」
「顔見知りのようだから紹介はしないが、そなたの叙爵を推挙した男だ」
「座りなさい」
「はい!」
テルヴェル卿が話しかけてきた。
「うむ。今回の活躍も見事だった。もう一度会って礼が申したかったのだ」
「はあ……」
「うーむ。ああ見えてクローソ殿下は頑固でな。毒を盛った件で拗れれば、我が国の立場がなくなるところであった。そなたの嘆願で事なきを得たがな」
「お役に立てたのであれば光栄に存じます」
「そうだな。レガリア大使襲撃でかなり悪化しておるからな」
内務卿が、人事のように言う。
「これは手厳しい」
「その割に、2事件の功労者たるラングレン殿に対する外務省の扱いは如何かと思うが?」
「ええ。遺憾ながら我が省はいくつもの派閥がありましてね」
「まあ、伝統的にそうだからな」
あれ? この大臣2人はそこそこ仲が良さそうに見えたのだけど。そうでも無いのか。
「それはともかく。私としては、その埋め合わせと言うこともありましてね。准男爵で申し訳ないが」
「ふん。それは不要であろう。自力で男爵に成ることであろうよ」
「なるほど。そうかも知れません」
†
「お帰りなさいませ」
「ただいま」
貰ってきた証書を、ローザに渡す。
それを一読して、隣に居たマーヤさんに渡した。
「おめでとうございます。あなた!」
飛びついてきたので抱き締める。
何度か口付けしたローザの頬に涙が光っていた。プロモスの名誉男爵の時より嬉しそうだ。
さほど嬉しくもなかった准男爵叙爵がありがたみを増した。
† † †
ミストリア王国の貴族と世襲制と封禄に関する補足
ミストリアでは、世襲可能な永代貴族と、不可な一代貴族の2通りが存在する。
両者には、(表向き)襲爵つまり爵位相続以外の扱いに差は無いことになっている。
なお爵位は複数持つことができる。
そのため、貴族がなんらかの功績を挙げた場合、爵位が上がる陞爵と、一代爵を授爵される場合のいずれもあり得る。後者は世襲不可なため代替わり時には爵位が戻される。(例:永代子爵+一代伯爵→代替わり→永代子爵)
封禄とは封土(領地)と、金銭または物資で与えられる禄の両者をまとめた言葉である。領地とは、直轄領と間接領があり、後者について領主は徴税権を持つ。
なお領主が万一爵位を剥奪された場合、領地についても返還する必要がある。
伯爵以上の爵位を大貴族と呼ぶが、彼ら(彼女ら)は領地を持つ場合がほとんどである。
また領地は持たないが、禄を貰う貴族も居る。
禄の多寡は概ね爵位に依存するが、貴族は公職を務めることが多く、報酬を合わせて支給されるため逆転も有り得る。
貴族の内、男爵以上は原則として封禄を受ける。ただし名誉爵は、公職報酬以外の禄を受けない。なお一代爵は襲爵できないため、ごく一部を除き封地を持たず禄を受け取る。
准男爵のほとんどは永代名誉爵、士爵は一代名誉職に相当する。
(一代准男爵はほぼ存在しない)
ラングレン家は准男爵家で封録はないが、私有財産として土地を所有している。
おまけ……
貴族の別の分け方として、王(君主)に直接繋がる王国(直参)貴族と、貴族の家臣である陪臣貴族の2種がある。直参貴族の内、領主でなく、王都に在住する者を、特に宮廷貴族とも呼ぶ。
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2021/05/08 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2021/09/11 誤字訂正
2022/07/23 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)