128話 上意!
思いがけないことは、良いことも悪いこともあるはずですが、小生の場合はほぼ後者しか来ません。
嬉しいことは予定調和の中で、来るべくして来る場合しかないと言っても過言ではありません。
被サプライズが不足してますねえ……。
通事の役目を終えて4日が過ぎた、金曜日の昼だ。
修学院の授業を終えて館に戻ってくると、ウチの館の庭に馬車が停まっていた。
あれって……
傍らにベスターさんが立っている。
そして、家の周りの辻に認識阻害結界を張った警備員が立っている。
黒衣連隊の面々だ。
そちらに軽く会釈して、門から入る。
【こんにちは】
【おお、ラングレン殿。久しぶりだな。本当に学生だとは思わなかったぞ】
【来られるなら来られるで、先触れが欲しいのですが】
【それは、正使様に申し上げてくれ!】
【中にいらっしゃるので?】
【ああ】
【では、そうします!】
そう言うとプロモスの歩哨は苦笑いした。
館に入ると玄関にルンガさんと、アリーが仁王立ちで待ち構えていた。アリーは見たことのないドレスを着ている。なかなかに美しいが、怒りが籠もった顔つきが台無しにしている。
「どういうことよ。王女様って! びっくりしたんだからね。2時間前に突然やって来たんだから!」
なんで小声だ? アリー。
「俺もお越しになるとは聞いてない……【ああルンガ殿、お久しぶりです】」
【久しぶりだな。ラングレン殿】
【あのう、正使様は?】
【昼食を饗されるとのことで、食堂にいらっしゃる】
【分かりました】「アリー、これを!」
ローブを渡して、食堂へ向かう。
食堂に入ると、いつも俺が座る場所にテーブルの端に正使様が座り、すぐ左横にホルコス通事、右横に侍女が立つ。さらに左にメディナ副使が座って居る。
メディナさんの正面には、ローザが座ってた。
【ただいま戻りました。正使様。我が家に行啓賜り、恐悦に存じます】
恭しく跪礼して、再び立ち上がる。
「ラングレン殿。待って居ったぞ! まあ座られよ。訊けば奥方もラーツェン語を解されるとのこと、今日はそれで行こう」
俺の家だけどな。まあ仕方ない。
「はっ、申し訳ありません。ローザ、修学院へ連絡をくれても……」
「ああ奥方殿が、修学院とやらへ連絡すると言うのを止めたのは、妾じゃ! いつも沈着なそなたを驚かせようとな。それにしても、このように綺麗な、奥方が居たとは……そなたも隅に置けぬ」
厨房から、マーヤさんにマーサさん、あと見知らぬメイドが料理を運んできた。
ダンケルク家に応援を頼んだのだろう。
これはまた、子爵夫人にいろいろ訊かれることになるだろう……。
それに合わせて、アリーも食堂へ入ってきて、ローザの左に着席した。既に正使様には挨拶を済ませてあるようだ。
「ところでラングレン殿は、准男爵の子息とは聞いておったが、なかなかに立派な館に住んで居るではないか。妾もプロモスの王城に住まうが、部屋住みの身ゆえ羨ましい。さっさと嫁ぎたいものじゃ」
その言に、メディナさんが眼を白黒させた。
「いえ。この館は、妻の義母より借りている物でございます」
「そうか。先程子爵殿と聞いたが、そうなのか」
うむ。今日の正使様は饒舌だな。
運ばれてきたスープの毒味が、侍女にて済んだようだ。
ようやく一匙口へ運ぶ。
大変だな、王族も。
「うむ。なかなかに美味じゃ」
「恐縮です。ところで我が家に行啓賜りました、ご用向きは如何に?」
「ははは。まあ、そう構えるな。そなたが通事の職を辞してより、交渉が上手く行ってな、満足な結果が得られた」
それで機嫌が良いのか。
「何よりにございました」
関税率がいくつになったか少し気になったが、満足したと仰るのだ、それで良い。
「うむ。テルヴェル卿の御差配よろしきを得てな。それをそなたにも伝えたかったのと、本国に戻る故、もう一度挨拶……と言うよりはそなたの顔が見たくてのぅ。やって来たのじゃ」
「ありがたき幸せっイッ」
ローザに太股を抓られた。
食事は、サラダ、昼食ということで軽い白身魚のソテーと進み、焼き菓子と紅茶で締めた。材料は、おそらく子爵家から運んできたのであろう。突然お越しになった割には、しっかりとした、お持て成しができた。子爵夫人に感謝しないとな。
場所を応接室に改める。正使様、メディナさん、俺の3人が部屋に居る。食堂では先程饗応できなかった一行に饗応が行われていることだろう。
「ふむ。事件のあらましは、テルヴェル殿より聞いた」
ふーむ。
「左様ですか」
「うむ、そなたも強力なゴーレムを斃すなど、なかなかの活躍であったとな」
「はあ……」
「それなくば、ブリオット商会へ同心した官僚共も一掃できなかったとな。つまりは、今回の交渉が上手く行った立役者は、そなただ。改めて礼を申す」
「恐れ入ります」
ん?
正使様は、隣に目配せした。何だろう。
メディナさんが立ち上がった。
「これは、ミストリア内務省からも承認を得ていることだが……」
内務省?
「ラルフェウス・ラングレン! 立たれよ。そしてこちらに」
「はぁ……」
何事かと思いつつも、言われた通りにする。テーブルを回り込んで、正使様の御前へ。失礼なので跪く。
すると、メディナさんは、鞄から巻いた羊皮紙を取り出し開いた。
ん? なんだ?
【汝を、プロモス王国名誉男爵に叙するものなり】
【男爵!?】
感状だと思っていたので、思わず口を突く。
【暫し、暫し、お待ち下さい!】
俺が男爵?
一瞬かっとなったが、何とか収める。
えーと。ミストリアの貴族として、外国の爵位を兼ねることはできる。前例もある。
【なに、男爵と申しても、名誉男爵じゃ。俸給も禄もやることはできぬ。よって、何らの義務を求めぬゆえ安心せよ。テルヴェル卿もかえってその方が良いと仰った。そなたが目指して居るという上級魔術師に成るにも障りはないとな】
確かに身分的に必要な資格はミストリア国籍のみだ。
【分かりました。謹んで承ります】
「それでよい。ふふふ、ようやくラングレン殿を驚かせることができたわ! 愉快じゃ!」
「受け取られよ」
メディナさんから、証書と鈍く輝く腕輪を受け取った。
「まあ妾ができることは、ここまでだが……」
だが?
†
その後、1時間程して、ご一行は帰途へ就かれた。
玄関で見送る。
「はあ……嵐みたいだったわね。まあ、アリーちゃんはおいしいもの食べられたから良かったけどさ」
「ああ、ローザ。それにアリーも、迷惑掛けたな」
「いいえ。我が家に外国の王族を迎えるなど、これほど名誉なことはありません。まあ少し驚きましたが……ところで先程、王女様から何やら巻紙を受け取っていらっしゃいましたが、あれは一体?」
ああ、そうか! あの時はプロモス語で話してたな。
証書をローザに、腕輪をアリーに渡す。
「なんでしょう? えーと」
ローザに渡すと、広げて読み始めた。
アリーは、手に取って繁々と見回している
「んん……これ。ミスリルだねえ。そんなに高いものじゃないねぇ……」
おい!
「何か刻んであるけど読めないわ、お姉ちゃんの方は」
横からアリーがのぞき込む。
「こっちも読めないし!」
「名誉男爵に叙すると書いてある」
「名誉……」
「男爵ぅぅうううう! ラルちゃんがぁ??!!」
アリーの声が、ホールに響き渡った。
「おめでとうございます!」
ローザが恭しく胸に手を当て会釈した。
「ああ、ありがとう。ローザとアリーのお陰だ!」
「うん。おめでとう! ああぁびっくりした……ん?」
遠巻きにしていた、メイド達も喜びつつ会釈してくれる。
アリーの声に、窓ガラスの向こうの門を見ると、そこに黒塗りの馬車が停まった。
「まあ、まあ。今日はお客様の多いこと」
マーヤさんが、小走りに駆けていく。
「えっ? 誰?」
正装に身を包んだ中年男性が降りてきた。
マーヤさんが何事か話すと、こちらへ案内してきた。
これは……。
玄関に入ってきた。
「内務省貴族局の使者である。ラルフェウス・ラングレン殿はご在宅か?」
「私です」
表情を引き締める。
「うむ。上意である!」
えっ? と思うが、すかさず跪く。
「ラルフェウス・ラングレンを、王国准男爵に叙することに決した。明日10時、内務省本庁舎へ出頭せよ! ミストリア国内務大臣」
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2022/07/23 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)
2022/08/28 誤字訂正(ID:1039612さん ありがとうございます)




