127話 教唆犯には正犯の刑を科する!
刑法第61条
1.人を教唆して犯罪を実行させた者には、正犯の刑を科する。
2.教唆者を教唆した者についても、前項と同様とする。
物語世界でも同様の法令があるとご理解下さい。
月曜日。3連休の最終日だ。
前2日間と同じく迎賓館の離れへ、7時10分前に入った。
【おはようございます】
【おお、ラングレン殿】
こちらを向いたメディナさんと、もう1人初対面の中年男がいる。
「ホルコスさんですね」
【ええ、あなたがラルちゃん……ですな!】
メディナさんが、ラルちゃん? と口を動かし首を捻った。
【ははっ。アリーがそう言っていましたか】
【はい。ああ副使殿。昨晩話した、私を治療してくれた若い女性というのが、このラングレン殿の……】
【義妹です】
そう。彼がこのプロモス外交使節の本来の通事だ。近くの町の宿屋で療養していた彼の所に、アリーを派遣して治療させたと言うわけだ。
【おおう!】
【そうなのか! 妾に留まらず、何から何まで世話になったの】
麗しい声に振り返る。
【【【おはようございます!!】】】
正使様がお出ましになった。
【ラングレン殿。改めて礼を言う】
正使様まで敬称付けてるぜ……って、聞こえてますよ、ベスターさん!
【お役に立てて、光栄です。ホルコスさんが復帰した今、私の仕事は終わりました。今日は、その報告と……ひとつお願いがあって参りました】
【うむ。奥で聞こうか】
場所を奥の居間に移動し、正使様やメディナさんと向かい合った。
【昨夜、正使様に毒を盛った迎賓館職員カロリーナの弟、つまり誘拐されていたロラント君を保護しました】
正使様のガラス細工のような美貌が少し和らぐ。
【それは喜ばしい……が、なぜ、そなたがそれを知っておる】
【私も人質奪還作戦に参加しましたので。無論上首尾に終わりましたが】
【そなたは何者なのかのぅ。して……その犯人は?】
【はい。今朝、ブリオット商会王都総支配人ゼルマン以下7人が捕縛されたと連絡がありました。また同商会の会頭のブリオット一族も自宅にて拘束されています】
【ブリオット……なにやら聞いたことがある名じゃ】
正使様の片眉が上げ、メディナ副使に顔を向ける。
【はっ! ブリオット商会と言えば、ミストリア内で鉱物を扱う商人です】
【仰る通りです。人質確保に併せ、ブリオット商会がプロモス国とのミスリル交渉を妨害する動機となる証拠品を確保しました】
【そうか。証拠品とは?】
【申し訳ありませんが。捜査当局より固く口止めされておりまして……ですが、ご想像の通りです】
申し訳ないが、こう言っておけばミスリルとは察しが付くだろう。しかし、国家備蓄品とまでは分からないはずだ。
【ならば、敢えて訊かぬことにしようか……それで、我等の交渉にどのように影響が出ると思うか?】
【はい。ミストリア側の関税を高くする動機が潰えたかどうかまでは分かりかねますが、悪い方向には向かわないと存じます。気休めで申し訳ありませんが……】
【ラングレン殿の予想だ、期待できるのぅ】
【ただ……】
【ん?】
【……おそらく本日の交渉は、取りやめになると思いますが】
ブリオット商会側が、パエッタ子爵の関与を認めたと連絡があったからな。きっと今頃外務省に捜索が入っているだろう。逮捕まで行かなかったとしても、少なくとも交渉役変更は避けられないところだ。
【ふむ。そうやも知れぬ……して、先に申した願いとは?】
【はっ。誠に申し訳ないことながら、正使様に毒を盛った事件につきまして。不問として戴けないでしょうか?】
流石に正使様は表情を強張らせ、上体を背もたれに預けた。
メディナさんが乗り出す。
【ラングレン殿に言いたくはないが、いくら肉親を人質に取られようとも正使様を害すなど許し難い。承服できかねる】
もっともだ。
後に立って居たルンガさんも口を開いた。
【我が国では、正犯と教唆した者は同罪だ。ミストリアでも、あの女官を赦せば、その背後に居る者達も罪に問えぬではないか?】
【ミストリアでも同じです】
重々しく雰囲気が部屋を占拠した。
それを破ったのは。
【よいではないか。妾が食当たりにでもなったとしておけば】
【お戯れを……そのような】
【メディナ。妾達はこの国に何をするために参ったか。長旅の末、諍いを起こしに参ったのか?】
【しかし、その諍いはミストリアから仕掛けられたもの】
【それを、正してくれたのミストリア人であるラングレン殿だ】
【ううむ……】
【それに……妾が毒を盛られたとなればじゃ。本国に戻った暁にはそち達も罪に問われることであろう。妾はそうはしたくないがのぅ】
確かに罪はミストリア側にあるが、そこから護りきれなかった警備担当、侍女、そして補佐すべき副使も罪に問われることは免れないだろう。
皆黙り込んでしまった。
その時、ベスターが部屋に入って来た。
【失礼致します。ただいまミストリア代表より使いが参り、時間通り9時に議場へお越し下さいとのことでした】
予測が外れた……。
審議官の代わりが見つかったのか? まさか、無罪放免となったと言うことは……?
そうなれば、折角折り合いが着いた件も……。
仕方ない。がしかし、俺の仕事もここまでだ。本来の通事殿が復帰したのだからな。
【ああ。それから、通事のラングレン殿も必ず同席戴きたいとのことでした】
†
9時。
ミストリア側の指定通り、俺も交渉陣に随って議場にやって来た。
【これは、テルヴェル卿……お一人か?】
なんと議場には、テルヴェル外務卿だけが待っていた。正使様がこちらを振り返る。
正使様の疑いももっともだ。この男は関与していないということか?
メディナさんも俺も聞いてないと首を振った。
「合い済みませぬ。クローソ殿下。ラーツェン語でよろしいですかな?」
「ふむ。よろしかろう」
正使様がラーツェン語で応じた。やはり喋ることができたんだな。
「して、貴殿が1人でいらっしゃると言うことは、今日の交渉は中止かや?」
「はい。そこにいる、ラングレン君よりお聞き及びかと存じますが、恥ずかしながら、外務省の交渉担当が、刑事事件に連座したとの疑いがあり拘禁されました。そのため、本日の交渉につきましては実施不可となりました」
「それならば致し方ないが。では妾をここに呼び出したのは何故か?」
「はい。殿下の殺人未遂事件に対し、ミストリアを代表し謝罪をするためです」
おおっと外務卿自ら認めるか。
「謝罪のぅ……」
外務卿は、毅然として立ち上がると、膝を屈して拝跪した。
「大変申し訳ございませんでした」
「ふむ。謝らせて置いて悪いが、殺人未遂とは、なんのことであろう。とんと思い当たることはないが。のう、メディナ」
振られたメディナさんは、眼を何度か瞬いた。
「はあ。あっ、あのことではありませぬか? 一昨日の食あたり……」
「ああぁ! あれか。ははは……。テルヴェル殿。誤解じゃ。妾が一昨日食あたりとなり苦しんだのじゃが。他でもない、この通事として雇ったラングレン殿に助けられたのであった。そうであったの!」
「御意!」
そう答えた俺を、外務卿が睨んだ。
数秒間沈黙し、正使様に向き直った。
「ありがたきご配慮。このテルヴェル、心より感謝致します」
外務卿は、立ち上がり席に戻った。
その後、会談は和やかに終始し、交渉の日時とミストリア側の担当を改めて実施することになった。
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訂正履歴
2021/08/25 誤字訂正(ID:800577さん ありがとうございます)




