12話 連立方程式
子供の頃、おやじさんから連立方程式ではなく鶴亀算を習いました。
乗合馬車は東に走っている。
おかあさんと、アリー、ローザ姉の4人で乗っている。
行先は、おじいさんの館と、バロックさんの店舗兼住居だ。領都城壁内にある。
だけど、おかあさんが行きたいのは、後の方だけだろうなあ。
そのおかあさんは。
「奥様、良く眠ってらっしゃいますね」
ローザ姉が、蹄と車輪が軋る音より少し大きい声で言った。
おとうさんが一緒にじゃなく、おじいさんの家に行くのは初めて、はあぁって溜息吐いてたからなあ。
今回行くことになったのは、バロックさんのお誘いがあったからだ。しかも、僕ではなくて、おかあさんを誘って、坊ちゃんと一緒にお越し下さいと言ったそうだ。
最初は、2人で行く予定だったのだけど、知らないうちに、残る2人も一緒に行くことになった。それは、ともかく。領都へ出かけるのに、おじいさんのところに行かないってのは、おかあさんの立場としてはできないだろうし。
それで、夕べは寝付きが悪かったのかもなあ……。
「見えてきました」
ローザ姉の言葉で、僕とアリーは車窓をのぞき込む。
「でかいねえ、お城」
窓のどっちを見ても、黄土色の城壁が伸びている。
「うん」
「領都って、伯爵様が居るんだよね」
「アリー。いらっしゃると言いなさい。それから伯爵領の政庁があるから領都なのですよ憶えておきなさい」
「へえ、一番大きい街だから、領都と呼ばれるのかと思った」
「おじさんは、毎日ここに通っているのよねえ。すごいなあ」
えっ? 尊敬するとこは、そこ?
「アリー」
「何、おねえちゃん?」
「これから伺う、お館の大伯父様は、あの中にお住まいなのよ」
「それはすごい! で、おおおじさま……って誰?」
どこ行くか分かってなかったのかよ!
「僕のおじいさんだよ」
「白髭もじゃ?」
「ふふふ、そうだけど……大伯父様に言っては……いけませんよ」
ローザ姉、笑うのを我慢してる。
なんで、おじいさまが、おおおじさま? とアリーは首をひねっていた。
程なく、馬車は城門を通り抜けた。
「すっごい分厚い壁だねえ。魔獣が来てもへっちゃらだね」
確かに厚さが8ヤーデン(7.2m)はある。
「街だあ! すごい。建物高いよ。あれは、お店? ずぅーと並んでる。なんか人いっぱい居るよ? お祭り? 今日はお祭りなの?」
「お祭りではないよ」
アリーは、すごいはしゃぎようだ。僕は、ついこの前も来たから、そこまで興奮しないけど。
「何? 着いたのかしら?」
アリーの声で、おかあさんが起きた。
「もうすぐだと思います。奥様。ソノールの2番街ですよね」
「そうそう。本当に頼りになるわねえ、ローザちゃん」
その時、前の方の御者台と客室と通じる小窓が開いた。
「お客さーん。まもなく2番街ですよ」
御者の言通り、数十秒で馬車は減速し、停まった。
運賃は前払いだが、チップを渡して馬車を降りる。石畳の道、車道と歩道が段違いで分けられている。
「この辻を左でしたよね」
「そうそう」
僕とアリーは手を繋いで歩く。ローザ姉とも繋ぎたかったけど、前から来る人もいるので我慢だ。
「そこを右よ!」
生け垣を沿いを歩くと、細い鉄格子の門がある。中が見えた。
古風な石造りの建物。小さいけど品の良い庭に幾つも枝振りの良い庭木が植わっていて、その前は一面芝が覆い尽くしていてが思わず寝っ転がりたくなる。
おかあさんが、ギーと音立てて当てて門を開いてくれたので中に入る。
あっ。
戸外の木のベンチに、おじいさんが座ってた。影にはなってるけど、暑くないのかな? 3ヤーデンまで近づいても反応がない。うたた寝しているようだ。
「おじいさん。こんにちは!」
大きめの声を出す。
「おっ、おお……ラルフ来たか」
表情が一気に明るく変わる。
おとうさんが、僕らが来ることは言っておいてくれた。
「御義父様、こんにちは」
「ルイーザ殿、よく来られた。奥であれが待っとるぞ」
「はっ、はい」
お母さんが少し固くなった。
「大伯父様こんにちは」
「こんにちは」
「おお、ローザにアリーもよく来たな」
おじいさんは、終始にこやかだが、アリーは少し引き吊った笑いだ。
前にどうして、バロックさんが嫌いなのって訊いたら、髭の生えてる男、厳つい男は苦手と言ってた。おじいさんは髭もじゃだ。
おかあさんは、おばあさんが待つ奥の台所に1人で行くのが、気が重いようで、ローザ姉を一緒に連れて行った。
窓幕を透かして淡い光に包まれた居間に通される。おじいさんに向かい合って座る。
「ディランから聞いたが、ラルフは算数が得意だそうだな」
「うん。少し得意かな」
おとうさん、余計なことを。
「そうか。アリーはどうかな?」
「わっ、私は、30まで数えられます」
私?……いつも自分をアリーちゃんって呼ぶのはどうした?
「おお、そうか。4歳ではなかなかだな」
アリーは、あからさまにほっとした顔だ。
「では、ラルフに問題を出すとしよう。そうだな、7人の男が剣を3本ずつ持っている。全員の剣は合わせて何本だ?」
「21本です!」
しまった!
余りに簡単だったので、反射的に答えてしまった。隣にいたアリーが、指を曲げて数え始めてたが、びくっとなった。驚いた顔でこちらを向く。
「ほう、乗算ができるか……では、次だ。2本の矢を持つ兵と、3本の矢を持つ兵が、全員で9人いる。矢の合計が20本だったとすると……」
「2本持ちが7人、3本持ちが2人です」
もう隠してもしょうが無いと思って、開き直って即行で答える。
「正解……だが。どうやって解いた。ラルフ」
おじいさんがちょっと怖い顔になった。横で、アリーがえぇーーって顔してる
「ウチの書庫に初等数学と言う本があって、それを見て簡単な代数、連立方程式を憶えました」
「ああ、あれか。あれは儂が中等学校の時に、買ってもらった本じゃ。我が孫ながらな……よくよく恵まれた子よの」
「だって、ラルちゃんは、神様に……」
「神様?」
「なっ、なんでもないです」
あっ、良い匂いがしてきた。
「あらぁ! ラルフ、アリー、良く来たわね」
「おばあさん、こんにちは」
「こんにちは」
僕達は立ち上がって挨拶をする。
「お茶と、お菓子を持ってきましたよ。まだ昼までには、間があるからお上がりなさい」
「「ありがとう」」
紅茶とクッキーだ。
アリーが横目で、僕に早く食べてと見てるので、手を伸ばして1つとって食べる。
アリーが安心したように、皿に手を伸ばした。きっと何か出してくれたら、僕より先に食べたらだめよとか、ローザ姉かマルタさんに言われてたのに違いない。
「とってもおいしい! おばあさんが作ってくれたの?」
「そうよ。朝焼いたのよ。良かったわ」
おばあさんが、にこやかに笑う。
「ねっ、アリー」
「おいしいです。ありがとうございます」
「おばあさんの作るお菓子はおいしい。この前の林檎のパイも……」
あっ。
アリーは無言で、ギロっと僕を睨んだ。
「ほほほ。じゃあ、今度ラルフちゃんの館に行くときは、焼いて持って行きましょうね」
「「うん!」」
「ロザンナ。それで、ルイーザ殿とローザは?」
「ええ、ジャイナ芋の皮を剥いてくれているわ。ローザちゃんと一緒に。ふふふ。でもローザちゃんの方が手付きが良いのよ」
「まあ、そう言うな」
「何も言ってませんよ。ローザちゃんが料理に才能がありそうって言っているだけよ」
お昼は、芋と挽肉のパイ包みを戴いて、おじいさんとおばあさんの館を後にした。
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訂正履歴
2018/12/5 脱字訂正
2020/02/17 誤字訂正(ID:716417さん ありがとうございます)
2021/11/21 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)