124話 毒を盛った理由
毒殺が成功しても、今度は自らがやられるのではないかという恐怖するような気がします。
人を呪わば穴2つ。
推理小説とか読んでいると、大昔の呪いのいくつかは、案外毒だったりしてなあとか妄想します。
正使様が回復し始めたことが、使節内に伝わり、皆々安堵したようだ。
副使のメディナさんと武官が居室に集まっている。
【ラングレン殿。この女が本当に? 確かに、昨夜給仕した者ですが……】
副使のメディナさんが、流石に疑わしそうな目を向けてくる。
呼び方が殿になってるけど……。
【ですが、副使殿。この女はさっき、扉の前でこちらを窺っていたんですぜ。それにラングレンが気付いて、引っ張り込んだんです】
【そうなのか……分かったが、それとこれからラングレン殿を呼ぶ時は、敬称を付けるんだ! 我が使節の救世主様なのだからな】
【そうですね。確かに……それにしても魔術に、通訳に、医術まで。随分多才なんだな、ラングレン……殿!】
【いえ、別に呼び捨てで構いませんよ】
【そうは、参りません】
おっと。それどころではなかった。この女官を余り長く拘束していると、騒ぎになるかも知れん。
【では尋問を始めます! 催眠術を使いますので、大きな声を出さないで下さい】
皆が肯くのを待って始める。
「今から、いくつか質問する。全てラーツェン語で答えろ!」
皆が聞けるように、共通の言語で回答させる。
「……わかりました!」
【おおっ! この女、寝てたんじゃないのか!?】
とりあえず観衆の反応は無視だ。
「名前、年齢、所属、役職を答えろ!」
「……カロリーナ、28歳、外務省儀典局迎賓館勤務接客係、主事2級」
ふむ。改めて見ると、地味目だがそこそこ整った顔だ。
「カロリーナ。昨日の夜、やったことを列挙しろ。晩餐の前後だけでいい」
「……言えません」
ん? 対抗した……。
やや危険かも知れんが。カロリーナの眼前に手を翳し、魔圧を上げる。
「もう一度訊く。昨日の夜、やったことを列挙しろ!!」
「ううぅぅ……」
涎を流した。印加する魔圧が結構ヤバいところまで来ている。
「……私は受け取った液を、宿泊客の内、最も身分の高い女性のスープに混ぜて提供しました」
【なんだと!】
【お静かに!】
激昂した武官のベスターさんを窘める。気持ちは分かるが後でいくらでも怒ってくれ。
「その液とはなんだ?」
「……わかりません」
「わからないとはどういうことだ?」
「……小瓶で受け取った物です。なっ、中身は分かりません」
「その小瓶は今どこにある?」
「……私達の控え室のロッカーに……」
【だっ、誰から受け取ったか……】
ベスターさんの小声を視線で圧する。
「その瓶を誰から受け取った?」
「……わからないのです。繋ぎの者としか……」
繋ぎの者?
「誰とも分からぬ者の言うことを、なぜ実行するのだ?」
「…………」
既にアリーはおろか、ローザですら抗し得ない強度を印加している。余程のことがあるのか。
催眠中にも拘わらず目が動き回る。これ以上魔圧を上げるのは危険だ。
「どうした?」
「……弟が……」
「弟?」
「……弟が行方知れずになって、返して欲しければ言うことを実行しろと脅されて」
誘拐!
思わずメディナさんや武官の人達と顔を見合わせる。
数秒前まで、カロリーナに厳しい目を向けていた皆の顔から、急速に怒気が抜けていく。
「それで、どうやったら、人質を解放すると言っているのだ?」
「……夕食に受け取った液を食事に混ぜ、客の主人に食べさせ、状況を探って知らせよ! そう命じられました」
なるほど、それでこちらを探っていたのか。
「どのようにして知らせるのか?」
「10時半で一旦勤務が終わりますので、11時に繋ぎの者と待ち合わせしています」
11時?
【メディナさん。今日の会議は14時からでしたよね?】
【そうだが……】
【それまでには戻ってきますから、一時離任させて下さい】
†
10時45分。
カロリーナが、迎賓館の通用口から出て来た。
思い詰めた表情で、歩き始める。
俺は辻の片隅に立つ男に手で合図を送る。彼らと共に尾行するのだ。
彼女は脇の公園を突っ切り、大貴族御用達の商店が並ぶ通りに出ると、小さな辻を曲がって脇道に入っていった。
それを見届けた俺は、指を上に立てると、音も無く商店の屋根に飛び乗った。見下ろすと、細い路地が長く続いている。馬車が通れそうにもない幅員の小路は薄暗い。彼女が行った方へ、小走りで移動すると捉えた、上空へ近付く。
そこが、待ち合わせ場所のようだ。カロリーナは不安なのか、辺りを何度も見回している。数分も経たぬ内に、そこそこ身なりの良い男が、木戸から出て来た。
指向性を持たせた聴覚を強化する。ちょうど声が聞こえてきた。
「時間通りだな」
ん?
男は、何か棒状の物を取り出した。カロリーナに翳すと蒼く輝いた。
あれは!
「これは特殊な魔導器でな、嘘を吐けばすぐさま紅く変わると言う代物だ。その辺りを承知の上で答えろ! 首尾は? あれを飲ますことができたのか?」
あれはギルドの資料室で見たことがある。
確か咎人の告解杖! 偽証判別魔導器──
古い代物だ。
「指示通り、例の液が入った料理を食べさせました。急病と騒いでいました。未だ伏せっているようです」
途中から事実とは異なる。
「そうか。成功したようだな。ご苦労!」
男は満足そうに肯いた。水晶杖は変わらず、蒼いままだからだ。
「ロラントは! 私の弟は?!」
「大声を出すな……もちろん無事だ。だがまだ返せん。お前は監視を続けるのだ!」
「そんな!」
「いやなら……」
「わっ、分かりました」
「いつ迎賓館に戻る?」
「今日は夕方から、また戻ります。弟は……」
「役目を終えたら返すさ。速やかにな」
「本当ですか!?」
「さあ、もう行け。言うことを聞かずば、保証はできないぞ!」
「わっ、わかりました! 言うことをききます」
カロリーナは、慌てた様子で路地を後にした。
上手く行ったようだ。
繋ぎの者とやらに尋問を受けるであろうことは想定の範囲だった。
だからカロリーナがボロを出すことのないよう、彼女が嘘を吐かないで済ませるよう対策した。
そのため、俺達に捕まって自白させられたこと自体を認識させず、毒を盛ったことが上手く行ったという偽の暗示を与えてあったのだ。
魔導具を使われることまでは予想していなかったが、事なきを得た。
おっ! 繋ぎの男が動き出した。
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訂正履歴
2022/07/23 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)




