122話 読めない交渉
最近貿易交渉で関税が話題になっていますね。この話を投稿するにあたり思うところがあります。実際このあたりは本来5章(3月頃)書いていたのですが、先送りになって今の時期になってしまいました。
会議1日目夕刻。
プロモス陣営で縷々話し合ったが、そもそも結論の出る議題ではなかった。
関税自主権。
大ざっぱに言えば、輸入する国側に関税率を決める権利があるということだ。
輸出国であるプロモス側が、輸入国のミストリアへ指図はできない。そう表向きは。
逆に他の物品を輸入国から買っているのであれば、報復関税を掛けるという手段も考えられないことはないが。
【我が国は、ミストリアから特段の輸入品目がないため、報復手段がないことは十分知ってのことでしょう】
メディナさんはそう言った。
無論、その対価は輸入する国民が支払うのだから、輸入国にとっても高すぎる関税は好ましいはずはない。
逆に輸出国としては、関税が低い方が良いに決まっている。高ければ取引量に負の影響を与えるし、競合国があればそちらに需要が持って行かれかねない。
ミスリルは、もう少し北でも採れる。
そう言えば、例のレガリア王国や少量だがウェルテン公国からも輸入していたはずだ。
【それにしても遅い!】
予め外務卿は欠席と聞いていたが、外務省の儀典系の官僚、漏れなく貴族だ……と会食をすべく待っているのだが、定刻を過ぎているはずなのに取り次ぎが来ない。
いや廊下の向こうに気配が来た。
ノックがあり、数秒後扉が開いた。
随分待たされたな。
「失礼致します」
おや? ラーツェン語だ。しかも女性の声。
やはり女官が入ってきた。無論交渉相手ではない。
「大変申し訳有りませんが、本日予定しておりました晩餐の出席者ですが。来られなくなったとの連絡がございました」
なんと。
これは、嫌がらせか? いや、それとも、この使節に対する別系統からの接触を減らしたいのか?
「これは、重大な欠礼にございますぞ!」
おっと、言葉が通じる副使さんが、流石に怒って喰って掛かった。
【これ、メディナよ……】
【はっ、失礼致しました】
メディナさんが、一瞬で我に返った……違うな、示し合わせてあるのか。
「本件は、しかるべく抗議致す。して、ご夕食は?」
「はっ、はい。ご準備できております」
突然、この後の予定がなくなった。
【メディナさん。私は下がらせて戴きます】
【なんだ。君の分の食事も用意されているが……そうか。ご苦労。明日もここに7時で頼む】
【失礼致します】
胸に手を当てて礼をして、正使様一行を見送った。
†
「それで、ラルちゃんは迎賓館の晩餐を食べずに帰って来たって訳?」
「ああ」
館のホール。
帰って来た所に居合わせたアリーが、なぜだか怒りだした。
「バッカじゃないの! いくら新婚だからと言っても、迎賓館よ、迎賓館! それとも、もうお姉ちゃんのお尻に敷かれてるわけ!? あぅち!」
アリーは、頭に手刀を落とされた。
「痛ったぁ……頭凹んじゃうよ、お姉ちゃん!」
アリーの察知能力もなかなかの物だが、なぜだがローザには発揮されない。
「お帰りなさいませ、あなた」
「ただいま」
礼服の上に羽織ったケープを渡す。
「お食事の用意ができています」
いつもより嬉しそうだ。そして勘が良い。
役人との会食がすっぽかされなければ、食事の用意は不要だったのだけれど。
思わず頭を撫でると、ローザはすうっと目を細めた。
「ああぁぁ、やってらんない! お風呂入ろう……ああ、そだ! ちゃんと調べといたから。結果は執務室の机の上ね」
「おお、ありがとう!」
「面倒臭かったんだからねぇ。ワイン2本よ! 忘れないでよ、良いヤツだからね。良いヤツ!」
「忘れちゃ居ないが……」
「何よ?」
「10ミストの仕事があるんだが」
「やる!」
即答かよ!
「それで、何の仕事?」
「それはな……」
†
迎賓館の晩餐より、俺にとっては価値の高いローザの夕食を堪能して、執務室へ来た。
暖炉前から付いて来たセレナが、俺の椅子の横に座って、脚に身体をすり寄せてくる。
「なんだ、甘えん坊だな」
そう言いつつも、頭を撫でてやる。さっきのローザと同じように。見ていたからな。
紙束を手元に引き寄せ、一番上をめくる。
アリーの書いた読み易い文字が並んでいる。がさつに見えて実は嫋やかな性格が良く現れた文字だ。
今日、俺の代わりに、冒険者ギルドの資料室へ行って調べて貰ったのだ。その対価が年代物のワイン2本だ。最近飲酒量を減らしたと思っていたが、単純に金が無いのかも知れない。
無論クランの報酬分配は、ワインをグロスで買っても全然余るはずだ。他の使途か……まあそれは、アリーの自由だ。借金で首が回らないとかでなければ。それはともかく。
ミスリルは、様々な成分が含まれるミルリースという鉱石から採れる。それを溶解して酸化物を作り、還元して精製する。
昨日頼んだ時には、さほど焦点が絞られていなかったこともあって、冗長な範囲までしっかり調べてくれている。
次は……統計か。
光神暦350年。30年前、つまり俺が生まれる15年前から数値が書かれてある。
ミルリース鉱石産出量、バステス地域、ファアルス地域……生産地ごとにまとめて書いてくれている。酸化物、精製ミスリルもだ。
我が国は平和な国だ。周辺国との仲も悪くない。
それでも貿易額、鉱工業生産額の統計資料の閲覧一般国民には公開していない。
今欲しいのは、細かい個別値よりは流れ。傾向だ。
ぐるるる……。
セレナが気持ちよさげに喉を鳴らす。
ああ今日は、魔術を使って無いからな。魔力が余っている。ついでにセレナに補給して置くとしよう。
ふむふむ。
30年前、ミストリアは輸入量より輸出量が大幅に多いミスリル純輸出国だった。しかし、20年程前から、ミスリル材の輸出が減り始め、ミスリルを原材料に使った武防具を中心とした製品輸出主体に変化。その後、酸化物、ミスリル材の輸入が増え、7年程前からは純輸入国に転落している。
なぜだ?
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なるほど。輸出減少と同じ時期に国内需要が大幅に増えている。さらに鉱石採掘量も落ちているな。
とは言え、最新の一昨年の時点でも往事の7割は維持している。掘り尽くしたと言うわけでもないな。
単に鉱脈が劣化したか、意図的に採掘量を減らしたか。
後者なら、何か他の用途がある。あるいは何かに備えて温存しているか……。
いずれにしても関税を大幅に引き上げる理由にはならない。
国全体の見地でみれば、その必要があるとは思えない。
あとは国内鉱業の保護か。
無論国内消費を犠牲にしてだが。おそらく税収の面では付加価値が付いた川下産業に割を食わせる方が不利なはずだが。
それに5年に一度くらい、価格が乱高下している。最近は去年だ。
うぅぅ…………む。
よくわからないな。
アリーが調べてきたことを分析しても意図が掴めなかった。
考えられるのは……。
新しい鉱脈が見つかった?
プロモス以外の有利な買い付け先ができた?
だとしてもだ、ミストリアは買う立場。プロモスを虐げる必要性があるのだろうか? 迎賓館に居たときと同じく、結論は得策とは思えないだ。
「ウォフ……」
「んん?」
【モウ イイ】
考えながら魔力譲渡していたら、いつの間にかセレナが満腹になったようだ。
「おお、そうか。よしよし」
首筋から肩に掛けて、何度も撫で下ろす。
こっちをじっと見てる。
【どうした? セレナ】
額に意識を持っていき、セレナの意識を読む。
【ラルフハ ナニヲシリタイノカ ナンデモシッテイルノニ】
ははっ。
「そんなことない。知らないことばかりだ」
【タトエバ?】
「例えば? そうだなあ。一番分からないのは、女の心だな」
【オンナ?】
「ああ、論理より感情が優越する場合がなあ……」
ん? 待てよ。
今回の交渉に国家として合理的な動機があるはずと、それを前提にしてきたが、違うのか。
誰か、特定の個人、集団の利得のみを目指すものだとしたら──
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訂正履歴
2021/05/08 誤字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2025/05/20 誤字訂正 (コペルHSさん ありがとうございます)




