120話 根回し
根回し……不得意ですねえ。
でも重要さは分かってるんで、がんばってやります。でも苦手。
襲撃を受けた後は、何事もなく南前門へたどり着いた。
元々15時には到着の予定だったらしいが、通事の問題で出発が遅れ、東門に行っていたりしたので、18時をだいぶ回っていた。大分時間が遅れたが、外郭内に入って簡単な入場審査の後、さらに王都正門を通って内郭へ入城できた。
普段、俺は王都に住んでいると思っているが、本来外郭は王都ではない。
外壁の倍する高さと頑強さを誇る内壁の内側。
内郭こそが真の王都──
外郭は、螺旋状の裳。外壁を超獣に突破された場合に、そこで勢いを衰えさせる緩衝地に過ぎない。況んや城外など……。
その際、王都内壁に入る外交官特別査証を受け取った。これを見せることで、本来資格のない俺でも門を通行できる。無論、使節一行が王都を去る段階で返還しなければならないが。
防衛隊の先導で、王宮にほど近い迎賓館のいくつかある離れの一つへ案内された。国賓待遇なら本館だが、離れということは小規模な外交使節という扱いらしい。
俺も一行に随って中に入る。
離れとは言え流石は迎賓館、調度は立派なものだ。特に絨毯は目が詰まっていて、高そうだなあと妙に感心させられた。
あとは迎賓館で世話をしてくれる女官達はおおよそ、西方の国々で広く使われるラーツェン語が話すことができた。 こちらも副使のメディナさん……馬車の正使様の左に座っていた文官さんと、正使様の侍女が、ラーツェン語を使えるので、細かなことまで通訳する必要は無かった。
今夜の予定は大幅に見直され、夕食は19時からとなった
それまでに30分以上時間があったので、メディナさんと依頼内容とこれからの予定を打合せた。その後、待っていたギルドの外商担当との打ち合わせが終わった頃には大聖堂の19時の鐘が鳴った。3日間拘束に対して、異例の90ミストという契約金でまとまったので、ギルドの人はほくほくしながら帰っていった。俺の取り分は70ミストだ。前金で30ミスト受け取った。
会食は明日以降、今夜は内々の晩餐なので、俺にも食べて行けと言われたのだが断り、迎賓館を通用門から外に出た。
少し歩いて、白亜の建物を観る。
青銅の柵の間から、魔石灯で浮かび上がる大理石の壁は幻想的ですらあった。
実は王都に来た頃、この辺りを一通り回ったことがある。
もちろん歩いてではない、観光馬車に乗ってだ。
内郭に居ても良いのは、王族、伯爵以上の大貴族およびその一族、政府の人間、その者達の周りに傅く者達だけだ。
それ以外の俺は、この区画では降りることは許されなかった。
さほど行きたい場所でもなかったが、ローザが勧めるので来てみたのだったが。こういう世界もあるのだなと淡々と思ったが。今もそうだ──
さて余り暇はない。行くところがあるのだ。そこから5分程歩き、乗合馬車に乗って内郭の東門へ向かう。貰った査証で問題なく外郭へ出た。
このまま真っ直ぐ東へ向かえば、館があるロータス通りがあるが。右、つまりは南の方、官庁街へ足を向けた。
†
ああ。来たようだ。
軽く手を挙げて呼び込む。
やや薄暗いバーのカウンターに座って居る。
「ああ、エールを!」
男は注文して、ジョッキを持ってこっちへ来た。
「こんばんは」
他の客とは少し離れているが、遮音結界魔術を張る。
「ああ、お呼びだてして済みません。中佐殿」
黒衣連隊こと治安維持部隊の上級軍人、以前俺を尋問した男だ。
「いや、階級は勘弁して……ん?」
中佐は気が付いたようだ。キョロキョロと周りを窺う。
「これ?」
「ええ。結界を張っています、外に俺達の声は聞こえません」
「ふーむ。ウチの旅団に入って貰えませんかねえ。あの鷹にもびっくりしましたが」
ゴーレム鷹のことだ。
結構興奮してる。
「窓がコツコツ鳴ってるなと思ったら、アイツが居まして。ここが分かったんですが。この前はあれを使ったんですね。あれウチの者にも使えるように……って済みません。私を呼んだのは、どういった件で?」
「ええ。今、プロモスの大使であるクローソ殿下が、迎賓館にいらっしゃるんですが……」
片眉を上げた中佐に、貰ったばかりの査証を見せる。
「ほう、外交官用じゃないですか」
「ええ、その使節一行の通事になりました。明後日までですが」
ふむと、考え込んだ。
「そのプロモスの大使が何か?」
「ついさっき周回路で襲われました」
「ああ、18時前の騒ぎですか」
流石に耳が早い。
「俺が通事になったのも、元の通事が急病になったからなんですが」
「そっちも怪しいんですか?」
「おそらく」
「ふむ、そうですか。流石に迎賓館の中は……今のところ無理ですが、捜査官を周囲に張り込ませますよ」
「そうですか。よろしくお願いします」
†
21時過ぎ。館に戻るとローザが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ」
「うん。ただいま。ローザ」
差し出された手に、脱いだローブを渡す。
「お食事を、ご用意してありますが?」
これは食べてきたか? と言うことだろう。
「うん。食べる」
バーで、酒を飲んだが、食事はしていない。
食堂へ移動すると暖炉が焚かれていて、とても暖かかった。
テーブルに着いて一息吐いていると、すぐさまスープが出て来る。
良い香りだ。琥珀色の汁に,薄く切った冬瓜の果肉が浮かんでいる。一口含むと幸せな気持ちで包まれた。
「おいしい……ローザ」
「それは、ようございました」
「ああ、アリーは?」
「ふふふ。帰って来るなり、あなたに急に外国の使節の通訳をされることになったと、何やら怒っていましたが……」
ああ置き去りにしたからな。
「……遅くなるということでしたので、先に夕食を摂って、少し前にお風呂へ」
「そうか」
おっ。
気配を感じた直後、廊下に通じる扉が開いた。
「ああ、なんだラルちゃん、帰って来てたの?」
「なんですか? アリーその姿は」
寝間着のまま食堂に来たのを咎めているのだ。
「だって、奥の階段から部屋に戻るつもりだったんだもん。それより、仕事の方は?」
「明日から3日間迎賓館だ!」
「げっ、迎賓館?!」
「ああ。使節なんだから当然だろう」
「ってことは、迎賓館で食事とか?」
「状況によってはな」
「ええぇ……いいなあ。自分だけ卑怯!」
「俺は、ローザが作ってくれた物の方が良いけどなあ」
ローザは、まあと破顔して少し紅くなった。
「はあぁ。新婚さんはいいよねえ。やってらんない。でも元はと言えばアリーちゃんが、門衛さんに紹介したお陰なんだからねえ!」
「アリー!」
「なによ!」
「仕事だ」
「仕事?」
「ギルドで調べてきて貰いたいことがある」
「何を?」
「ああ、まとめて書いた物をローザに渡して置くから」
「分かった……報酬はワインでね!」
そう言って、食堂を出て行った。
「まったく、あの子には困ったものです」
「まあ、アリーのお節介に始まったと言えるしな。俺達には甘えて我が儘しているけど。外では結構上手くやっている」
ローザは、嬉しそうに肯いた。
サラダと肉料理を食べて夕食を終え、一緒に執務室に行く。
「それにしても迎賓館ですか……」
「ん?」
「いえ。あなたにふさわしいお仕事が巡ってきたなと思いまして。もしかして国王陛下への謁見されるとかは」
うーむ。ローザは、満面の笑みだ。
常々、俺には戦いよりも、学術的、文化的な営みが相応しいと言っているからなあ。
「それはない。急に決まったが。まあやってみるさ。折角の3連休の大半が潰れてしまうが」
穏やかに微笑んでくれた。
「先方より衣装について、注文がございましたか?」
「ああ、誕生日にやった、元服の礼服でいいそうだよ。逆に派手にならないようにって言われたけど、あれなら大丈夫だと思う」
ローザが選んだ品の良いやつで。
「では、後程用意してきます」
「うん」
「明朝のご出仕は?」
「迎賓館に7時」
「承りました。では5時半にお目覚め戴きます。もう少ししたらご入浴下さい。他に御用は?」
「ああ、そうだ。これ」
外商担当から受け取った、前金を手渡す。
「30ミストも。これまでの分含め400ミストを超えますが」
「うん。上々だな」
「ところで、あなた。今どれだけお金をお持ちなのですか?」
金?
懐から巾着を出す。大銀貨2枚銀貨8枚と大銅貨3と銅貨1枚、つまり……。
「28スリング31メニーだね」
「先日も申し上げましたが。所持金を増やし、あなた自身のために使って下さい」
あれ、叱られてる?
「いや、奨学金返済で150ミスト使ったし」
そう。ターセル遺跡物品の賃借一時金で276ミストが入金されたのを機に、修学院へ返済したのだ。
「奨学金は、この館であったり、私達のために使ったのですから、その返済は家計です」
「まあ、そうかもしれないが……心掛けるよ。うーん」
「なんです」
「なんだか、基礎学校の頃を思い出したよ」
「もう! あの頃のように口うるさい保護者ではなく、妻なのですからね」
少し口を尖らせたローザをかわいく思った。
お読み頂き感謝致します。
ブクマもありがとうございます
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
叱咤激励、御賛辞関わらずお待ちしています。
ぜひよろしくお願い致します。
Twitterもよろしく!
https://twitter.com/NittaUya
訂正履歴
2018/10/01 査証の記述乱れを訂正
2019/06/30 誤字訂正(ID:496160さん ありがとうございます)
2020/02/20 余分な文字混入を抹消(ID:702818さん ありがとうございます)
2021/04/14 誤字訂正(ID:668038さん ありがとうございます)
2021/05/08 誤字・脱字訂正(ID:737891さん ありがとうございます)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)
2022/07/23 誤字訂正(ID:1346548さん ありがとうございます)