11話 外で遊ぶのもいいことだ!
でっかい水ぶくれができました。左手の親指ってのが唯一の救いっす。
読書禁止は無くなって良かったけど、2つも交換条件が付いた。
1つは、外で遊ぶことだ。
天気が良くて、元気なら、1日数時間は外で遊ぶことと約束させられた。
億劫だよね。
しかし、約束は約束なので外に出た。今は家のすぐ近くの畑の前に居る。
傾きだした陽の光を浴びて輝く黄金色の小麦が、広々とした畑一面に稔っている。豊作みたいだ。
いつものように横にはアリーが居るけど、さっきママゴトをやろうってのを断ったので、むくれている。
「やあ、坊ちゃん。こんにちは!」
男の人の低い声がした。
「あっ! バロックさん、こんにちは」
この人は、ウチに出入りしている商人のおじさんだ。
あれ?
アリーは、いつの間にか、10ヤーデン位離れたところに居た。
バロックさんが、僕の近くまで歩いてきた。
この人、体付きも逞しいし、眼が鋭くて厳つい顔。その上、髭も生えているから、ここらの子供はおろか、大人も道で会うと震え上がるそうだ。アリーも、バロックさんが苦手らしい。
でも、よーく観察すると、子供を見てるときは目尻が下がるし、僕には優しい。バロックさんは、本当は子供好きだと思う。
おとうさんに聞いたところでは、バロックさんの商売は、主には農業代理業というらしい。ウチのような地主から土地を借り上げ、人を雇って、農業してくれるんだって。
似たような商売の代行業は、地主が決めた通りやるのだけど。代理業は、それとは違って、どの作物作るとか、いつ収穫するかとか、バロックさんの裁量が大きいそう。だから、農家の人にも睨みを利かせるために強面なんだって。
「いやあ、坊ちゃん。しばらく見ない間に、また大きくなりやしたね」
「もう4歳だもの。そうだ。この前の誕生日に果物を届けてくれてありがとう。おいしかったよ」
「ああ、そりゃあようございやした。ときに、坊ちゃん。今日は珍しく外に居るんでやすね」
「うーん。イタズラしてバレちゃって。子供は本ばっかり読んでたらだめだって、おとうさんが」
「あはっはは! それで、外で遊んでるんでやすか」
「笑うことないでしょ。バロックさん!」
「こりゃ申し訳ありやせん。でも4歳にして本の虫って、旦那が仰ってやしたが。子供のうちは、外に出て、身体を動かすってのが良いですぜ」
「うん。外で遊ぶし、この間からローザ姉に剣術を教わってるんだよ。やっ! とう! って。お陰で色んなところが、痣だらけになっちゃった」
そう。これがもうひとつの交換条件だ。
「ローザって言うと、あのかわいいお嬢ちゃんが。へぇぇ。前から剣術はできたんでやすか?」
「1年くらい前に学校に来た、女の先生に習ってるんだって」
「そうなんですかい。最近の学校ってのは、そういうことも教えるんでやすか」
カカカと笑ってる。
「ねえ。バロックさんは、魔術師のダノンさんを知ってる?」
「ええ。直接話したことはありやせんが、5、6年前まではスワレス領軍の首席魔術師でやしたね。まあアッシが知ってるのはそんなところでやすが」
「ふーん」
やっぱり魔術師なんだ。何かそんな気がしたんだよな。
それも首席って、結構凄そうな人だなあ。
「ダノンさんが、どうかしやしたか?」
「うん。この前、家に行ってきたの」
「そうでやすか……」
「ところでバロックさん。ウチに何かご用?」
「ええ、ラングレンの旦那と収穫後の談合があったんでやすがぁ。ちぃとばっかし早く来過ぎましたかね」
「おとうさんは隣村に出かけてるよ。待っていれば、この道を通ると思うけど」
「じゃあ、坊ちゃんと、もう少しここで話でもしてますかね」
聞こえたのか、アリーが顔を顰める。
「そうだ! もう1つバロックさんに聞きたいことがあったんだ」
「アッシにですかい。何でやしょう?」
「あのね。こことさ、あっちの畑で作ってる麦が違うよね……」
少し離れた畑を指さす。どっちもウチの土地って言っても、ちょっと遠くに見える林までは全部ウチのだけど。
「どう違いやすか?」
「あっちは茎が太くて背が少し低いの。こっちは背が高くて細長いけど茎が固いよ」
「ほぉお、よく観察しやしたね」
「……なんで、わざわざ、そんなふうにしたの?」
「ははは、そんなふうに……ですかい」
バロックさんは、少し真顔になった。
「確かに、あちらはバラケス小麦、こっちはダーゲンス小麦でやすが。適当に混ざっちまったとかは、坊ちゃんは思わなかったんでやすね」
「おとうさんがね。元締めのバロックさんは、とっても頼りになるって言ってたから、ちゃんと理由があると思ったの」
裁量が大きいけど、責任も重い。たとえ不作でも、決まった賃料を払うのが代理業。
その中でもバロックさんは、やり手と言われてるからね。
笑いながら、ゲシゲシと頭を撫でられた。
「めぇーりやしたぁ。作ってる小作のやつらも、気が付いてねーですぜ。ようがす。お教えしやしょう。なあに、簡単なことでさあ。ひとところで、同じ作物ばっかり作ってるとしやしょう。そうすっと、作物の出来が悪かったり、病気にやられやすくなったりするんでさあ」
──連作障害!
突然、その言葉が頭に浮かんだ。まるで忘れていたことを思い出したように。
「ちょっと難しい言葉ですが、連作障害って言いやす。なので、違う小麦をわざわざ育てるってわけでさあ」
さっき浮かんだ通りだ。
うんうん。
「やっぱり、バロックさんは凄いや。しっかり考えてるんだね」
「気付く坊ちゃんの方がよっぽど凄いとは思いやすが。なにせ、こちとらは商売でやすから……ふーむ」
今度は、バロックさんが大きく肯いた。
「ん? なあに?」
「いやあ、なに。坊ちゃん、こんどウチに遊びに来やせんか?」
「うん。どこにあるの?」
「ああ今は城壁の外に屋敷がありやすが……お越しになるなら、前に使ってた壁の内の方がいいかも知れやせん。どうです。ウチには、果物もたくさんありやすよ」
おおっ!
「……あと6歳と3歳の娘が居るんですが……ああ、でぇ丈夫です。アッシには似ず、器量良しでやすから」
なにが大丈夫かわからないけど。
「バロックさん!」
うわっ、びっくりした。アリーが近くに居た!
顔色変えて、怒っているような。
「アリーさん……でやしたか。こんにちは。なんでやしょう」
「ああ、こんにちは……じゃなくて、娘さんが居るの?」
「居りやすが……それが何か?」
その時、大きな馬の蹄音が聞こえてきた。
「おお、旦那お待ちしてやしたぜ!」
振り返ると、馬に乗ったおとうさんが50ヤーデン位のところに見えた。
「ドウ! ドウ! これは、元締め」
「おとうさん。おかえり」
「おお、ラルフ、アリー。ただいま! はは、今日は外に出てるな」
バロックさんは、さっと馬に寄ると手綱を持った。
「やあ、バロック殿、約束の刻限には、まだあると思うが」
「いやぁ。アッシの方が早く来過ぎたんでさあ。おかげで、坊ちゃんと大事な話ができやした」
「ラルフと?」
「そうなんでさあ」
「それは、また聞かせて貰うとして……この小麦だが」
「旦那はどう思われやす?」
「ああ。実が重くて、量も多い。上等だな」
「でやすね」
「うん。バロック殿が手塩に掛けてくれたお陰だ」
「あはっはは。さっきも坊ちゃんに、褒められやした」
「ほぉ。ラルフは、麦の善し悪しが分かるのか? それより、どうだ、外も良いものだろう?」
「うん。本に書いてないことも分かるから、面白い」
「そうかそうか。もっと外で遊びなさい。おっと元締めを待たせたら悪いな。今日は小麦収穫後の大豆の作付けの件だったよな。さっそく館で話そうか」
「そう致しやしょう。じゃあ、坊ちゃん。是非ウチの家にも遊びに来て下せえ!」
「うん!」
おとうさん達が馬を牽いて館の方へ歩いて行った。
手を振りながら見送っていると、横にアリーが並んだ。眉が吊り上がってる。
「なに怒ってるの?」
「怒ってないもん。でも、ラルちゃん!」
「何?」
「1人でバロックさんの家に行ったら、駄目だからね」
「え?」
「絶対絶対駄目だからね!」
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訂正履歴
2018/01/09 バロックの屋敷の記載が分かりづらいので訂正
2020/06/05 誤字訂正(ID:1850747さん ありがとうございます)
2021/11/21 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)
2022/09/19 誤字訂正(ID:288175さん ありがとうございます)
2022/09/24 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)