113話 けじめ (6章本編最終話)
何事もけじめは大事ですね(書いてて心が痛い)。
やはりちゃんとした大人は、この辺にそつがない気がします。出処進退だけじゃないですけど。
億劫だな。
俺は1人でダンケルク家へ向かっている。
昨日ウチの館へ来たマーサさんには、今日10時に伺うと伝えてある。
そんなに遠くない道程を、気重で歩いたとしても所要時間が変わりようもなく、子爵家の館へ到着した。
マーサさんが、門扉の向こうで手を振っている。
「こんにちは」
「ラルフ様、ようこそ。奥様が首を長くしてお待ちです」
「はぁ」
早く会わせたいのだろう、早足で応接へ通される。
逆に俺の方は、いつもより足取りが重い。
「では、奥様をお呼び致します」
1人になると気が滅入る。
扉が開いて、夫人が入って来た。
「ドロテア様、お久しぶりです」
「ラルフさん。良く来てくれました。10日と経っていないけれども、随分長く感じたわ。でも何やら心持ち顔色が良くないけれど……」
「身体の方は……特に」
「そう。スパイラス新報で、皆さんの活躍はある程度知っているつもりだけど。来てくれたのは、そのことかしら。やっぱり本人から聞きたいわよね。マーサさん」
「はい。奥様」
「ああ、本日参りましたのは……申し上げておかなければならないことができまして」
「んん……どうやら良い話ではないようね」
「はい。姪御様との交際を勧めて戴いておりましたが。お付き合いさせて戴くことができなくなりました」
「まあ……ディアナが何かしましたか?」
「いいえ。偏に私の問題です」
そう断言すると、自然に目線が傾き、頭も下がった。
「今度のことで、どこからか圧力でも掛かったの?」
かえって心配されてる。心苦しいなあ。
「いいえ。包み隠さず申し上げます。先日、私は結婚致しました」
「結婚ですか? また、いきなりのお話ですね」
夫人の眉尻が思いの外、下がった。
そりゃあ、そういう反応するよな。
「眼を掛けて戴いておきながら、お心に添えず」
「うぅぅぅむ……事の推移が急過ぎて、頭が付いていきませんわ」
だよなあ。
ドロテア夫人の表情がさらに曇っていく。
これは、来るときアリーが言っていた通り、館の退去もあり得るかもなあ……。
「お相手を聞かせて貰ってよろしいかしら?」
むむぅ。
「ローザです」
「ローザ? あのこちらにも来て下さるローザンヌさんのことですの?」
夫人は、横に立つマーサさんを視たが、マーサさんも驚いて首を振っており、聞いていないと理解したようだ。
「はい」
「まあ、そうでしたの……」
結果的に夫人の意を無にすることになってしまったし、ローザを妻にするということは示し合わせて隠していたと思われる可能性もある。
「大変申し訳ありません」
家族以外にしっかり謝らなければならないことになったのは、生まれてから初めてだ。立ち上がって、跪き胸に手を当てて、申し訳ない気持ちを身体全体で示す。
「一つだけ、申し開きをさせて戴くなら、9月まではこのようになるとは思っていませんでした。ローザのことは、物心付いたときから変わらず好きだったのですが」
そんなの言い訳にならないし、俺の責任は重いのは分かっている。が、言っておかないとローザに恨みが向くことも十分あり得る。まあそれもあって、同行すると言ったローザを置いてきたのだが。
「大変正直でよろしい」
「えっ?」
「確かにディアナが袖にされたのは残念だし、なんと言い聞かせるかは頭が痛いけど、婚約していたわけではありません。したがって! そこまで謝って頂く必要はありません」
「はあ……」
「それに、これは、おめでたいことだわ!」
「はっ?」
伏せていた顔を上げると、夫人は微笑んでいた。
「そもそも。ここに来られたときに、ラルフさんがローザさんを好きだと言うことは分かっていたし……」
えっ?
「もちろんローザさんの方も、使用人として分を弁えているという態だったけど。ラルフさんを慕っているのは、端で見ててもあからさまだったわよねえ。マーサさん」
「はい、奥様」
むう。
「ローザンヌさんは、少し探りを入れては見たけれど、なかなかに頑なだったからねえ。その間隙を狙って、ディアナを嗾けては見たけれど。上手くは行きませんでしたか。それにしても、よくあのローザンヌさんを同意させたわね。流石だわ、ラルフさん」
「はっ、はあ……」
結構な荒療治というか、無理したけどな。
それにしても、なかなか人が悪いな、ドロテア夫人。
「結婚されたと聞いたときに、どこかの貴族のお嬢さんがお相手だったら、ひっぱたいてやろうかしらと思ったけれど。本来収まるべき所に収まったのだと考えましょう。私からもお祝いするわ!」
「恐縮です」
想定外に良い方向に転がった。何とか乗り切ったか?
「ああ、でも。困ったことになったわね」
乗り切ってなかった?
「と、おっしゃいますと」
「うーん。マーサさん、あれを!」
あれって、なんだろう?!
数分して持ってこられたのは籠だ。
「何が入っていると思いますか?」
「さあ」
「うふふふ……」
でかい封書が、何通も出て来た。
「これは、デゥワルフ男爵。そして、ベルゼード子爵だわ……」
「えーと……」
「ラルフさんとの縁談申し込み状です」
「縁談?! これ全部ですか?」
何十通とあるぞ。
「そうですよ。マーサさん何通でしたか?」
「27通です」
「いや、私宛ての……なぜこちらに? どうして、ドロテア様がお持ちなんですか?」
「ダンケルク家とラルフさんの縁が深いということが、どこからか広まってしまって……」
どこからか、ねえ……詮索するのは止めよう。
「それに、これからもどんどん増えそうな気がするの、ラルフさんの縁談の申し込み」
「はあ。でも俺は結婚したわけですし。どうにかして公表すれば……」
そうだ、例の新聞社に漏らすとかはどうだろう。
「そうね、仮にディアナが相手で有れば、それで済むかも知れませんが。ローザンヌさんでは、簡単にいかないでしょう」
うーむ。
「そうなのですか?」
「ええ。貴族とはそういう習性の生き物なのですよ」
田舎の准男爵の小倅の考えより、何十年も王都の社交界に居る夫人の見解が正しいのは明らかだ。
ではどうするか……夫人の顔を見る。
「いいでしょう。私に考えがあります」
「わかりました。お任せします」
夫人はにこやかに肯いた
「それとラルフさんの所にも直接申し込みが来るでしょう。それは私を通すように言いなさい。決して悪いようにはしません」
胸に手を当てて、請け負うわという姿だ。
「分かりました。よろしくお願い致します」
「うん。それから、できるだけ近いうちに、ローザさんご自身に、ここに来て戴くようにして下さるかしら!」
さて長く続いた6章も、このお話で終了です。御通読ありがとうございます。
7章にもご期待下さい。
また皆様のご評価、ご感想が指針となります。
章の区切りですので是非ご感想とご評価をお願い致します。
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訂正履歴
2019/4/17 誤字訂正(ID:1191678さんありがとうございます。)
2022/02/14 誤字訂正(ID:1907347さん ありがとうございます)