108話 黒き制服の治安維持部隊
遅くなりました。
治安維持の組織は必要なんでしょうけど、活動内容がよく分からないので、なんとなく恐いイメージはあります。
「ううっ、あぁぁ……」
瞼を開くと冬空が見えた。青くも鉛色が混ざった色。
気絶して倒れていたようだ。
「あなた……」
優しい声音に少し首を巡らせると、愛しいローザの顔が見える。泣いているようでもあり、微笑んでいるようでもある。
枕になっているのは彼女の腿。倒れた俺の頭を膝で支えてくれたのだ。
髪の奥に指の感触が残っている。
乱れた髪を梳いてくれたのだろう。
子供の頃を思い出した。
あの時もそうしてくれたな。
ふふっ。俺の気持ちは変わっていないが、彼女は親戚のお姉さんから妻に変わっている。
あれ?
でも複数回あった……アリーだったこともあるなあ。
何だか少し複雑な気持ちになった。
「ラルフ様!」
サラとセレナの顔も見えた。
「ええ? ラルちゃん、気が付いたぁ?」
少し遠くからアリーの声も聞こえた。皆無事らしい。
「ラルフェウス様は私に任せて、しっかり治療を続けなさい」
「むうぅぅ」
姉には逆らえないようだ。
「ああ、ローザありがとう。起きるよ」
上体を起こすと背中を支えてくれる。
アリーは、石化し始めている負傷者に治癒魔術を掛けて居るみたいだ。負傷者は沢山居る、及ばずながら俺もと思いたったが、その必要はないようだ。
辺りを見回すと回復魔術師が何人も広場に居て、魔術を使って居る。
「ラルフ様。大丈夫なんですか?」
サラが心配そうだ。
「ああ、少し魔力を一気に使い過ぎて、少し拒否反応を起こしただけだ。久しぶりになったけどガキの頃はたくさん経験した」
まあ今回、最後は魔力の印加と言うよりは、強制的に吸われた感覚があるが。
12時40分か。魔力は、現在5割強あるが、数十分も倒れていた。
魔収納を確認したが、バジリスクの魔結晶は3頭分しかなく、それ以降は入庫した物も無かった。やはりあれは……。
「そっ、それなら良いんでしょうけど……いや駄目な気も……」
「サラさん。ラルフェウス様に常識を当て填めないように」
「あっ、はい! 師匠」
さて一段落したら、ギルド東支部に顔を出して館に戻ろう。
そんなことを考えていると、南前門の脇、通用門から黒い軍服を着た軍人の一団が出て来た。
あの制服は──
陸軍第2師団第2旅団。通称黒衣旅団。
主任務は治安維持活動。多分に漏れず、評判は良くない。
確かに国の重要拠点であるこの門で、おそらくは外国使節が被害に遭った訳だから、彼らが出て来るのは納得が行くが。ちなみにミストリアには海もあるので海軍も一応あると言う規模だ。
その軍人達はいくつかに別れたが、先頭の5人程が真っ直ぐこっちにやって来る。
どうやら、俺に用があるようだ。黒い以外は士官服だが、全員が兜の下に面体を着け、目だけを出している。
「ラルフェウス・ラングレンだな」
「そうだが。貴公達は?」
「陸軍の者だ。この制服を見れば分かるだろう。同行を命ずる!」
「ちょっと、どういう積もりよ?!」
瞬間的にアリーが俺の横まで来ていた。
ギョッとしたのか、1人が踏み出すのを別の1人が止め、アリーはローザが止めた。
「非常事態だ。軍は民間人を徴用することが許されている。重ねて命ずる同行せよ!」
彼の言うことは嘘ではない。いくつか条件はあるが。
「わかった! 俺だけで良いのか?」
「そうだ」
「ローザ。後を頼むぞ」
「はい」
暴れるアリーと羽交い締めしているサラに、微笑みながら後に同行する。
連れて来られたのは、王都の城内にある軍の施設。
殺風景な部屋だ。真ん中と入り口にそれぞれ机と椅子が3脚しかない。
真ん中の机の奥に座らされる。
連れてきた者が入り口の机に座る。
そこへ同じ制服ではあるが、明らかに上官が入って来て、俺の対面に座った。
尋問官だ。
面体は着けて居らず顔が見える。渋い眼の鋭い40歳代位の男だ。
「初めに言って置くが、当方は役目によって名乗ることはできない。名前、年齢、職業、現住所を答えよ!」
広場で俺の名を呼んだよな。知っているはずだが、名前以外も。
「まるで罪人扱いだが?」
「その通り、君は告発されている。そのつもりで!」
告発ねえ……。
「ラルフェウス・ラングレン。15歳、学生兼冒険者ギルド所属魔術師、東街区ロータス通り2丁目だ」
「では、ラングレン君」
「早速だが、告発内容を述べる。これに対する事実認否と見解を訊くので、そのつもりで」
肯く。
「1時間程前、本日12時に南前門前広場にて発生した魔獣による襲撃事件に居会わせたな?」
「はい」
「ふむ。その前は、どこにいたのか?」
「今朝は、パルヴァンの町の東南6ダーデンの森の中に居ましたが、9時半頃に発って12時少し過ぎに王都に来ました」
「パルヴァンと言えば、君が魔獣を斃したエヴァトン村のさらに東だな」
「よくご存じで」
「それを証明してくれる者は居るかね?」
「10時過ぎに、パルヴァンで冒険者ギルド西支部のペレアスという人物にあって、馬車を借りました。そこで彼以外のギルド職員にも複数接触しています」
「なるほどな」
もう1人に目配せした。
「では、民間人でありながら、同地において魔獣へ魔術を行使したな」
「はい」
「王都、公共地にて致死可能性のある魔術の行使は、ミストリア刑法に違反することは知っているか?」
「冒険者ギルド員かつ魔術師協会員として、魔獣による緊急事態と判断しました。刑法28条第3項は一時停止される例外事案です。私が駆け付ける前に数名の死亡者が出ていたので蓋然性が高いでしょう。つまり、刑法違反には該当しないと考えます」
「ふむ。法的根拠まで開陳痛み入る。次に……」
次か……。
てっきりごり押しの別件逮捕かと思ったが。違うらしい。
「君が広場に着いたとき、魔獣は何頭居たか?」
「5頭です」
「着いた直後、5頭の内2頭が居る場所、つまり広場の西側へ行ったとの証言があるが、事実かね?」
「はい」
「理由は?」
「逃げ惑う広場の端の見物人が、その2頭の魔獣に襲われようとしていたからですが」
「その見物人は何人居たかね?」
「さて、数えては居ませんが……」
瞑目する。
尋問官が何か言い掛けたので、手で制する。
「広場の中央を通り越えた段階で、バレーム通りから2筋南の周回路まで157人から168人の間です」
「さっき数えていないと言わなかったか?」
「ええ。今、数えました」
「むう」
「ああ。下1桁は、影になっている人が居ましてね、誤差としておいて下さい」
「貴様、ふざけるな! 今ここでどうやって数えたと言うんだ!」
入り口の士官が激昂して立ち上がった。
「その時の記憶上の光景を数えましたが、それが何か?」
「そんなことができるはずが!」
尋問官が、もう1人を手で制する。
「尋問官は本官、貴官の任務は記録だったはずだが」
「しっ、失礼しました」
この人、結構階級が高そうだな。まあそんなことでは恐れ入らないが。高いと言えば、怒った人は一般人より魔力保有量が高いな。
「確かに見物人は、100人以上は居たとの証言もある。さほど間違っては居ないはずだ」
「そうですか」
「ふむ。それで、本題だが。2頭の他に3頭の魔獣が居たとのことだが。まずそちらに行かなかったのはなぜだ」
これが本題?
「言うまでも有りませんが。そちらの方が切迫度が低かったからです。馬車は停止していたとは言え、王都守備隊と馬車の随行兵が17人が守っていましたからね」
ギロっと俺を睨んだ。
「馬車に乗っていたのは、身分の高い人物だと当然分かるはずだ」
「ええ。否定はしません」
「君は、魔獣を全て斃した。その武力はあの広場に居た者中で最も高かったろう。その君が、最も優先すべきは、馬車であったとは思わないか?」
「全く思いませんが」
それで罰せられるとしたら、甘んじて受けよう。
「そうかね。告発者の見解とは異なるな」
「告発者とやらは、馬車に乗っている誰か、完全防備の多くの軍人が守る誰かを、武器も持たない一般人より優先すべきだったと言いましたか?」
「その通りだ」
「そうですか。その人とは解り合えそうにありませんね」
「ふふふ……全くだ」
はっ?
驚いて目前の顔を見る。
「はあ。君と同意見だよ。仮に本官が君であってもそうする」
「はあ……」
「そう言ったわけで。尋問は以上だ」
「よっ、よろしいのですか? 部長!」
部長?
「ああ、責任は本官が取る。役目によって尋問したが。全く馬鹿馬鹿しい……ああ、今の発言は調書に記載しないでくれ」
先入観が強かったか。治安維持の部隊にも話せる人が居るようだ。
「ああ。尋問は以上だが。今回の事件は、かなり根が深い。もちろん単純に偶然魔獣が現れたとは思っては居ない。協力してはくれないか?」
「ええ。少なくとも何人かの犠牲者が出ているでしょうから。そうさせて戴きます。手始めに……」
俺は、とあるものを魔収納から出庫した。
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訂正履歴
2022/09/24 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)