100話 表裏
ご通読ありがとうございます。100話まで来ました。連載開始から半年です。精進して参りますので、引き続きお付き合い下さい。
15時。
2時間程前に東方面に出る馬車に乗って、途中の貯木場まで送って貰った。
その貯木場の周辺までは営林、つまり林業が営まれていた。だが、そこからこっちは2代前の王妃実家系の荘園領があったとのことで、200年程手が入っていない。ぱっとみ原生林だ。
その中にある73地区に向かって、1時間ばかり進んできた。もちろん馬車が通れる様な道はない。下草を踏分け道を徒歩で移動だ。歩きづらくはあるが、地面の勾配が緩やかなのが救いだ。
感知魔術によると、そろそろ持ち場の地区に入っている。すぐ近くには、人も魔獣も反応はない。俺達の他には──
サラが疲れたのか、少し息が荒い。
「この辺で良いか」
魔収納から取り出す。
「それは何なの? ラルちゃん。粘土細工?」
「鷹だ!」
「それが鷹? あははは、かろうじて鳥かも? って思ったけど。下手過ぎだよ、あはは……鷹だって。ひぃ、お腹苦しいよ!」
アリーが爆笑する中。
「私には、立派な鷹に見えますが」
ローザが真顔で答える。
「はっ?」
一瞬眼が泳いだサラは。
「わっ、私も鷹に見えますぅ!」
この娘、師匠が黒と言えば、白に見えても、その通りとか言いそうだ。
俺でも鳩なのか鷹なのか形では区別は付かないが、別に似せて作ってないし。なぜなら──
【召喚 ゴーレム!!】
「えぇぇええ!」
稚拙な土人形が、鷹そのものの姿形に変態していく。次第に外観も羽毛ぽく変わり、眼、首そして翼まで動き出すと、本物の鷹と区別が付かなくなった。
「うぉぅ。生きてるみたいって言うか、魔術で似せるの卑……」
アリーは卑怯と言い掛けたのだろうが、ローザが睨んでいるのに気付いて止まる。
「ラルフェウス様。このゴーレムはどう使うのでしょう」
「こう使う!」
俺は、ゴーレム鷹を投げ上げると、そのまま自力で高く舞い上がって行った。
「へえぇ。土でも飛ぶんだ!」
飛ばない鷹を作ってどうする。鳥が飛んでいる理屈以外の力も使っているが。
視界はゴーレムの物と二重写しになる。鬱陶しいので現実の視界を切る。バルサムさんのゴーレム魔術を盗用しているが、なかなかに素晴らしい。
蒼穹が広い。
爽快だ。
視界のみでこれだ、自ら飛行できれば、風を切る感覚がこの上ないだろう。
だが、これはこれで難しい。
どうしても操作に対して行動に遅延がある。遮る物や敵がないからまだ良いが。
バルサムさんは、オーク3頭をそれぞれの兵科で操って見せた。
今更ながらに、その熟達振りに感心を禁じ得ない。
さて、十分な高度まで昇った、
視線を眼下に転じれば、森林の程が見渡せる。
壮観だな。
地形に線が見える。旧荘園とそれ以外の境界だ。人間の材木を切り出す経路が無数に見える。さながら桑の葉を囓る蚕の如き光景だ。
それが、旧荘園にはない。
樹木の分布に粗密はあれど、人為的な侵入が見受けられない。
手付かずの土地。逆に言えば踏破しづらい土地だ。
鷹を降下させ、真下を向かせる。
その画像に白地図を被せると、余裕で73地区の全域が入る。
【戻って来い!】
帰還を命じて視界を切ると、眼前に掌があった。ひらひらと動いてる。
「何してる!」
「いっ、いやあ。ラルちゃんが、目を開けて立ったまま気絶したのかと思って」
「上空から、73地区がどんな地形か見てたんだよ」
「本当に? あの鷹の見てる物が見えてたの?」
「まあな」
ん?
「少しじっとして下さい」
ローザは艶然と微笑んで、ハンカチを俺の額に当てる。風は冷たいが、汗を掻いて居たようだ。
鷹は意外と魔力を消費した。魔石に充填した魔力が少し減っている。翼を羽ばたかすよりは画像の伝送にだが。もう少し伝送を間引くか。術式の改変が面倒だな……。
「はい、これでようございます」
ローザは昔から変わらないな。俺の世話をする時、とても嬉しそうな顔をする。
「ああ、ありがとう。ローザ」
「んで、ラルちゃん。魔獣は居た?」
ぶっきらぼうに訊いてきたアリーには応えず腕を上げる、上空から気配がしたからだ。音も無く舞い降り、最後だけバサバサと羽ばたいて減速して鷹が止まった。軽く頭を撫でてやってから魔収納に入れる。
「あまり、大きいのは見当たらなかった。担当の地区にはな」
「ああ、そうなんだ」
むすっと頬を膨らます。
「ああ、ほぼ東2ダーデン先に、少し開けたところがある。そこに拠点を置こうと思うが」
「了解です」
ローザが答えると、サラも大きく肯く。
だがアリーは、相変わらずむくれてる。
「なんだアリー、不服なのか?」
「だってさ。偵察はアリーちゃんの仕事なのにさ」
地面を蹴った、拗ねていたのか。
「後で、魔術を教えてやる」
「やったぁ。ラルちゃん、大好き」
俺に抱き付こうとして、寸前で止まる。無表情なローザが横に居たからだ。
「じゃあ、移動するぞ」
たった2ダーデンの行程に、1時間余り掛かってしまった。勾配はあまりないが、樹でまっすぐ進めないし、落葉が折り重なっているので歩きづらいのだろう。
普通の野獣やら魔獣も7頭ばかり遭遇したが、いずれも小者で、前者は逃がし、後者はセレナがほぼ瞬時に斃したので、そちらは支障にならなかったが。
「着いたぁ。ふーん、ちゃんと有ったねえ、開けた場所」
なんだ疑ってたのか、アリーめ。まあいつものことか。少しむかつくが、簡単に信用しないと言うところは冒険者の素養としては悪くない。
それはともかく。
この場所は、73地区のほぼ中央で、上空から見て分かっていたが、木々の梢も途絶え空が見える。窪地でもなく、ここに水が流れ込むと言うこともないようだ。開けていると言っても、差し渡し50ヤーデン程だ、風は周りの木々が遮ってくれるだろう。
野営する場所としては悪くない。
「ここを拠点にするぞ! みんな少し下がってくれ」
【地壁!!】
本来地面を数ヤーデンも隆起させて障壁を作る魔術だが、今回はたった10リンチ弱(9cm)ばかり隆起させた。空いた場所に直径10ヤーデンの円形だ。
その上に、ゲルを魔収納から出庫して配置する。
「やっぱり凄いです、ラルフ様。こんな大きい物をそのまま運べるっていうのは」
サラが褒めると、ローザも横で大きく肯く。
「確かに凄いけどさあ。もう中に入っても良い?」
アリーは寒そうにしてる。
まだ16時前だが、西から張り出してきた雲に日が隠され、少し冷えてきた。
「ああ……じゃあ、少し気になるところがあるから、先に着替えてくれ」
「うん」
そういうやいなや、さっさと中に入っていく。
「お気を付けて……」
「ああ」
ローザとサラが入って行った。
「さて、お前は着替えられないし、一緒に来るか?」
「ワァフッ!!」
セレナは嬉しそうに鳴いた。
20分ほど森の中を北へ走る。
「探す手間が省けた」
徒歩に変わる。
俺の進路に、向こうから出て来た。
人面獅子──
体高(肩の高さ)は俺の背ほど。セレナよりも大分でかいな。
ここは73地区ギリギリの場所。
さっき鷹の目で見た範囲に辛うじて引っ掛かっていたのだが、その時は地区の外だった。まあ移動のベクトルからして、遅かれ早かれ入ってくるのは分かっていたが。
へえ……まあ人面に見えなくもない程度。さほど気持ち悪くはない。
うなり声が響く!
横にいるセレナは跳び掛からんと重心を下げた。首を軽く押さえる。
「こいつは、俺に任せてくれ」
喉を鳴らしながらもセレナは下がった。物わかりが良くて助かる。
明日は、二手に分かれて調査の予定だ。
実力なら問題はないだろうが、森の中だ。不意を突かれる可能性もあるからな。
【虚穿!】
不可視の鎌が乱舞しつつ、マンティコアへ殺到!
が。
避けた?!
むぅ。流石は森の獣王!
2、3発は直撃したはずだが、耐魔したか。
何事もなかったように、睨んできた。
低級ながら手数で勝負の魔術を、大半は避け、残りは堪えた。意外とやるじゃないか。
【虚穿!!!!】
雨霰と撃ちまくる。
ヤツの動きを右腕が追い、魔術の軌跡が随う。
大気が震え、掌の周りが白く煙っていく。
なんだ? 意地か?
もっと効率の良い斃し方が……駄目だ!
森の樹木にもっとも被害を与えない方法だ、これが!
逐うのではなく、先回りしで弾幕を浴びせる。飽和攻撃がようやく功を奏し、マンティコアの動きが鈍ると、加速度的に喰らって滅多打ちとなり光と散った。
ん?
セレナが俺を見上げる。何も念を送ってこないが。
「どうした?」
【……】
何やら俺に不満があるらしい。
「もしかして、斃し方か?」
そう言えば、前にも同じようなことが。5年ばかり過去の出来事が蘇った。
シュテルン村近辺では、俺に敵う魔獣は居らず、魔術の練習台としか見えない時があった。
「魔獣を苦しめず、一撃で斃せ……か?」
セレナの目には、嬲っていると映ったのか。
そうだな。樹木に気を使いすぎて、魔獣と言えど生物をぞんざいに扱うのは駄目だ。驕りだ。
忌むべきは、行き過ぎた執着。
超獣を殺せるなら、森を焼いても……も、そう。
樹を守るためには、魔獣を惨殺も是……も、そうだ。
全くの正逆のようで、表裏に過ぎない──悍ましき執着……だ。
「ありがとうな」
「ワフ?」
「セレナ! 次、俺が醜かったら、喰い千切れ」
「ワフッ!」
「そういうわけで。君達には、やり方を変えさせて貰おうか……」
夕闇迫る木立の間、幾対もの眼光を睨み返した。
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訂正履歴
2018/07/14 脱字訂正(Knight2Kさん ありがとうございます)
2020/02/15 誤字訂正(ID:1523989さん ありがとうございます)
2022/01/29 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)