9話 暴走
危ないことを何気なくやっちゃうことありますよね。
さっきIHクッキングヒータの横にあった、鍋の蓋を掴んだらジュっていいました。熱かった。
呪文が……読める。エスパルダ文字に頼ることなく。そして。
「うわぁ。意味も分かるぞ」
天に……? 天に居ます、いや。天にしろしめす 神々の……中でもアマダー様、貴方ほどの美男子は、他にはいらっしゃらないことでしょう。
はぁ?
頬ぺたが熱くなる。
その美しくも、寛大なる御心をもって、いと小さき僕をお助け下さいませ。なにとぞなにとぞ、お願い申し上げます。よろしければ、言霊の口舌を通じて、僅かなる魔力をお捧げ致しますので、僕が左の人差し指を輝かせ給え。
畏まって申し上げます。
ルーメン!
カッコ悪ぅぅう!
はずかしいぞ、この呪文。
アマダー様……って、僕が洗礼して貰った光神教会の神様じゃないか。その神様を誉めまくって。その見返りに魔術を叶えて貰おうって言う呪文だよね。
魔術ってそういうもの?
うーむ。唱えたくなくなってきた。
そっ、そうだ。呪文の全部がそうと決まった訳じゃない。
ページをめくる。
水を湧かせる魔術。
おお、大いなる水を司る神ヴァッサー……。
……これもだ。思いっ切り下手に出て、さっきと違う神様におべっかを使ってる。
少し速く動ける魔術……。重いものを持てる魔術……。風を吹かせる魔術………。地面を盛り上がる魔術……。
うぅぅ、全部そうじゃないか。
酷い。これが魔術の正体なのか。
絵本で見た毅然として凛々しい魔術師の姿……あれって何なの?
はあぁぁぁ。
呪文の意味が分からなくても、魔術は発動できるみたいだし。
意味なんて分からない方が良かったなあ。
いつものことだけど、知らなくても良いことってあるよね。
僕はなぜだか、知らないことが突然分かるようになることがある。ローザ姉とかお母さんとかに話したら、そんなことは無いって言ってけど。
僕はありすぎて、慣れっこになってる。
そうだ、慣れだ!
慣れればなんとかなる、呪文が恥ずかしいことぐらい。
それより、もっとこう。魔術って、サクサク使えるような気がするんだけどなあ。
なんでそう思えるのか、分からないけど。
そう言えば。
僕は、慌ててページを戻す。
これだ!
無詠唱発動。
呪文を頭で考えるのみでも、発動は不可能ではない。ただし、それができるのは上級者のみと知れ。
へえ、上級者はできるんだ。いいなあ。
無理だと思うけど、一応やってみよ。
声に出さずに、呪文を思い浮かべる。
『ਖਨਗਏਡਕਛ ਠਛਞਗਙ ਅਮਅਡਢ ਠਏਚਕਠਤਧਟਘਙ ……… ਘਨਦਖਰਥਫਟਲਣਝਥਨਣਡ ਲਉਮਏਙ』
頭の中で唱えきる前に、眼を瞑って左手を後へ持って行った。
恐々薄目を開けて、左手を見てみる。
おお、光ってる!
ぼんやりとだが、でも光ってる。
やったあ!
無詠唱でもやっぱりいけるんだな。
うーむ。発動が多少速くなるけど、大した違いは無い。だけど、口が回らなくて発動失敗ってことは無くなるのかいいかも。
まあ恥ずかしいことには変わりないけど、他人に聞かれないだけマシか。
さて、ローザ姉が帰ってくるまで、あまり時間ないし。
まずは光っているのを消そう。中断中断……待てよ。何か、大事なことを忘れてないか?
そうか。
光ってることは光ってるけど、あの眩し過ぎるまでの輝きはどうした?
この程度の光ってのは、物足りないよな。
何が違う。思い出せ! 途中から何であんなに輝いた?
ああぁ、念だ!
いつもアリーとかに送っている念を込めたんだ。
【光輝!!】
ぐぁ!
あああぁぁぁぁ。痛ぁぁぁい! って、馬鹿か? 僕は!
あの輝きを、また見ちゃったよ。
眼が灼ける。慌てて左手を、背中に回した。
【解除!!:光輝】
ああ、眼がチカチカする。失明したくないぞ。
それはともかく。できたな。ばっちり輝いたな。もう一回やってみよう!
【ルーメン!!】【ハァルト:ルーメン!!】
【ルーメン!!】【ハァルト:ルーメン!!】
【ルーメン!!】【ハァルト:ルーメン!!】
【ルーメン!!】【ハァルト:ルーメン!!】
【ルーメン!!】【ハァルト:ルーメン!!】
壁の反射が輝いたり、消えたりするのが面白くて、何回もやってたら、ちょっと疲れた。もうやめておこう。
「ううぅぅぅ」
おっと、アリーが起きそうだ。
【眠れ!!】
よしよし。眠りが深くなったようだ。
なんか、今のアリーを寝かしたヤツも、魔術みたいだ。
それにしても、魔術発動には念じることが肝心なんだなあ。
うーーん、よく分からないけど。
恥ずかしくも無いし、あっと言う間に発動できるし、良いことばっかりだ。
これなら魔術師になっても良いなあ!
ああっと。ローザ姉がそろそろ帰って来そうだ。
他の魔術もやってみたい。
ページをめくると、風魔術が出てきた。
『西風』
あっ、あれ?
キョロキョロと周りを見回してみたが、特段何も起こっていない。
「駄目じゃん」
念を込めるのが、大事なことじゃないの?
取り敢えず、恥ずかしいけど、1度地道に発動してみよう。
『ਥਕਬਞਧਇਧਮਤਇਬਰ ਫਉਪਠਉਸਤਢਠ ਕਉਨਨਵ………… ਞਹ ਵਤਸ ਜਏਫਯੜਓਸ』
おおう、恥ずかしい呪文を全部唱えたら、やっぱり発動した。そよ風が、僕の右手から吹き出している。
よし、できた!
後は、呪文の末尾に念を込めてみよう!
いや、待て待て。さっきの光魔術で何を学習した?
今ぐらいの風なら良いけど、もっと強風だったら、この部屋が酷いことになるよな。
窓を開ければ良いよな。
外に向けて魔術を行使すれば、最悪すぐ解除するということで。
むう。窓の取っ手に背が届かないのだが。ああ、あの木の椅子を台にすれば。
おっかなびっくり、椅子移動して登る。窓を……うーーん……堅かったが何とか開いた。窓の下を覗いてみたが誰もいない。
よし、今だ!
【西風!!】
ん? うわっ!!
手の先から、猛烈な風が吹き出した。
直後、ふわっとした感覚になった。
時間がゆっくりとなった。
風の反動!
そうか僕は吹っ飛ばされたんだ。風を止めなきゃ!
【解除!!:西風!!】
バリバリッバリ!!!
咄嗟に解除したものの、突風は室内を一部巻き込んでしまった。
アァァァアアア。
魔術が停まり、時間の歩みが戻ると、僕は背中から床に落ちて転がった。
痛てぇぇ。
痛いけど、怪我してないみたい。だけど、凄く疲れてる。
起き上がるのが億劫で、身動きしたくない状態だ。その時、カチャっと音がして突然僕の視界が暗くなった。
きゃっ!
少女の高い声が聞こえた直後、再び明るくなった。
「ラルフェウス様。見ましたか?!」
顎を上げて、廊下の方を見たら、ローザ姉が、スカートの前を押さえていた。少し、顔が紅い。
よく分からないけど、ぶんぶんと首を振る。
「わかりました。ところで、ラルフェウス様。この部屋で何をなさったんですか? 窓が壊れていますが」
窓……。
今度は、首を曲げて足の方を見た。
あちゃあ。
カーテンはビリビリに破れ、窓に至っては戸ごとなくなっていた。おそらく、ちぎれて外に吹っ飛んでいるのだろう。
あれだけの風が起きたのだ、このぐらいの被害で済んで幸いなんだろうが。
「ああ、ちょっとそのご本を読んでいたら、突然風が起きて……」
極力可愛らしく言ってみる。
「分かりました。勝手にこの部屋にお入りになり、読んではいけないご本を読んで、魔術を発動してあのように壊してしまったと」
バッサリ、切り捨てられる。
「はい。僕がやりました」
「ねえ、ローザ。凄い音がしたけど、何があったの?」
遠くから、のんきなマルタさんの声が聞こえてきた。
「母様ぁ。ラルフェウス様がおいたをしただけです」
「あらそう。お昼にしますから、ラルフ様と、アリーを連れて降りてらっしゃい」
「はーい」
声で答え終わると、こちらに振り向いた。
「それだけですか? 私と母が聞いたあの大きな音を、そこに寝ている、アリーが起きないはずはないのですが?」
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訂正履歴
2018/01/07 呪文のルビを表示不具合を訂正
2021/11/21 誤字訂正(ID:1897697さん ありがとうございます)




