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アウト・サイド・チルドレン  作者: 土斑猫
弐夜・光貴と梨沙
7/34

 それは、光貴(みつき)梨沙(りさ)が互いに睦み合っていた頃。


 時は同じ。場所は、梨沙の病室から丁度正面にあるビルの屋上。

 そこに設置された、転落防止用のフェンス。その上にユラリと立つ人影があった。



 「……青春してるわねぇ。結構、結構ぉ」



 その影が漏らしたのは、少女の声。光貴が聞いたら、即座にその正体を察しただろう。


 影の正体は、魅鴉(みあ)だった。


 彼女は高いフェンスの上から、光貴達のいる病室の窓を見つめていた。常人であれば目眩でも起こしそうな高み。常人であれば、見通す事も困難な距離。そこで彼女は、時折クスクスと笑いながら、彼らの様を”観察”していた。


 ――と



 チリン



 不意に響く、鈴の音が一つ。



 「……出歯亀かい?相変わらず、趣味が悪いね」

 「あらぁ?」



 かけられた声に、魅鴉はわざとらしく素っ頓狂な声をあげた。狭い足場を気にする事もなく、軸足一本でキュッと身体の向きを変える。


 向き直った先で、漆黒の外套と髪が揺れる。


 夜を纏った少年が、そこに立っていた。



 「お久しぶりぃ、煌夜(こうや)。元気してたぁ?」



 そう言いながら、スカートの両端をつまんで優雅にお辞儀する。



 「こっちは、そう会いたくもなかったけどね」



 言いながら、煌夜と呼ばれた少年は、狭いフェンスの上をスタスタと事も無げに歩いてくる。



 「あいかわらずぅ、つれないわねぇ」



 おどける魅鴉を無視して、煌夜は眼下の窓に視線を向ける。



 「彼らが、今の君の担当かい?」

 「そぅよぉ。初々しくてぇ、可愛いでしょお?」



 クスクスと笑うと、魅鴉もその視線を窓へと戻す。



 「国屈指の大財閥の御曹司とぉ、不治の病を患った少女の道ならぬ恋ぃ!!そそられるわぁ!!」



 キャラキャラとはしゃぐ魅鴉。けれど、煌夜の顔は能面の様に無表情のまま。



 「この病院も、彼の財閥の経営らしいね」

 「そうよぉ。あの子が便宜を図ってるのぉ。でなきゃあ、そこらへんの小娘がぁ、こんな良い所入れる訳ないじゃあなぁい?」

 「世知辛いなぁ」



 そう言って、煌夜は溜息を一つ。



 「原因不明の多臓器不全。国内水準最高レベルの医療設備と医師陣。それをもってしても、対処療法が精一杯……か」

 「皆、承知の上よぉ。光貴もぉ、当然、あの娘自身もねぇ」



 酷く面白そうに、魅鴉はなおもケラケラ笑う。



 「光貴のお父上もぉ、あの娘が長くない事知ってて、我侭許してるのよぉ。跡取りのぉ人生経験くらいにぃ、思ってんじゃないのぉ?」

 「いい加減、笑うのやめてくれないかな?君の甲高い声は耳に障る」

 「あらぁ、失礼ぃ」



 言葉とは裏腹に、抑揚のない煌夜の声。魅鴉はわざとらしく口を両手で覆う。

 と、煌夜が目を細めた。


 その視線の先では、光貴が梨沙に小さな瓶を渡していた。渡された梨沙は、随分と渋い顔をしている。



 「”あれ”かい?」

 「そうよぉ。エナジードリンクに混ぜてるんだけどねぇ。そんなんじゃあ、あの香りは誤魔化せないわねぇ」



 いかにも、渋々と言った感じで飲み干す梨沙。その顔を見て、魅鴉はまた笑う。



 「特別な薬だって言って飲ませてるらしいけどぉ、本当の所知ったら、あの娘ぉ、卒倒するんじゃあないかしらぁ?」

 「まあ、いい気持ちはしないだろうね。けど……」



 煌夜の黒い瞳が、きゅうと細まる。



 「それも、じきに御終いか」

 「……そうよ」



 不意に、魅鴉がその笑いを止める。



 「ストックは、もうないわ。あれの供給が止まれば、あの娘の命は幾ばくとも持たない」


 魅鴉の瞳が、黒曜石の様に光る。それが向けられる先は、隣りに立つ煌夜。しかし、その斬り込む様な視線を受けても、彼は微動だにしない。



 「昨日飛ばした式が、落ちたわ。貴方の仕業でしょう?」



 それに応える様に、夜色の外套が揺れる。するりと出てきた白い手には、無残にも切り裂かれた折り鶴が乗っていた。



 「過剰干渉だよ」



 煌夜は言う。



 「僕らの役目は、あくまで見届け人だ。こんな事は、する必要もない」

 「魅鴉は、もう少し見ていたいだけよ。あの二人の時を」



 それを聞いて、また溜息を一つ。



 「君、そんなに情が深かったかな?」

 「もっと時間が欲しいだけ。硝子の塔は、高く積み上げれば上げるほど、崩れる時が美しい」



 その言葉に、煌夜は冷ややかな視線を向ける。



 「結局、自分の趣味のためじゃないか。建前くらい立てたらどうだい?」

 「魅鴉は、自分に正直なだけ」



 ボウ……



 途端、魅鴉の顔の横に黒い光が灯る。



 ボウ ボウ ボウ



 光は瞬く間に数を増す。それとともに、聞こえ始める奇妙な音。



 ガチガチ……ガチガチガチ……



 何か、硬いものが打ち鳴らされる音。それまで静寂に包まれていた夜を、咀嚼する様に侵食していく。



 「ねえ、教えてくれない?」



 魅鴉が言う。



 「もう一寸でいいのよ。そうすれば、あの子達の時はもっと美しく組み上がる」

 「君は、どうもこの仕事に不向きだなぁ。内仕事に変える様に、切人(きりと)に言っておこうか?」

 「冗談」



 ゴウッ



 瞬間、宙で揺れていた光が空気を裂いて煌夜に踊りかかった。

 けれど、煌夜は身動ぎ(みじろぎ)もしない。ただ、黒い髪が数本、パッと夜闇に散った。



 「わざとよ」

 「知ってるよ」



 魅鴉が放つ殺気を、そよ風の様に受け流しながら、煌夜は言う。

 それを訝しむ事もなく、魅鴉も言う。



 「教えてよ。貴方の担当でしょう?”あの娘”は、何処?」

 「言ったろ。過剰干渉だ」

 「教えてくれたら、何でもしてあげるわよ?」



 言いながら、胸元のホックをプツリと外す。白い肌が、月明かりの中に妖しく浮かぶ。



 「遠慮しとくよ。後が怖そうだ」

 「いけず」



 途端、魅鴉の周りを舞っていた光が煌夜に殺到する。



 バチィッ



 黒い光が閃き、辺りの闇を払う。眩い閃光の中、魅鴉は瞬き一つせず、その光の中を見つめる。



 バチッバチチッ



 やがて、光が闇に溶け消えた時、煌夜の姿はそこにはなかった。


 仕留めた訳ではない。仕留められる、筈もない。それを知る魅鴉は、グルリと辺りを見回す。けれど、求める気配はとうにない。



 「チッ」



 小さな舌打ちの音が、夜の闇に溶けて消えた。





 つきなは、今日も眠らずにいた。


 時は夜半を超え、ゆっくりと月が西へと流れていく。窓からそれを見つめながら、ただ無為な時を過ごしていた。


 眠るのは、好きではなかった。

 眠りは、これまでの取り留めの無い時を想起する。


 永劫に近い時は、彼女に相応の記憶を与えている。良いと言える記憶もない事はないが、それを塗りつぶす程に陰鬱な記憶は多い。事、人間(ひと)に関しての記憶は、ろくなものがなかった。


 時に餓欲に任せて、あらゆるものを暴食し。

 時に色欲に飢えて、弱き者を蹂躙し。

 時に強欲に駆られては、禁忌を犯し。

 時に憤怒の赴くままに、殺し合い。

 時に怠惰を求めて、世界を浪費し。

 時に傲慢に、万物を踏みにじり。

 嫉妬に狂っては、隣人を傷つける。


 幾百もの間、見続けてきたその醜態。数え上げれば、キリがない。そんな記憶達が、眠る度に姿を現しては彼女を苛んだ。


 正直、うんざりだった。


 だから、随分と長い間、眠るのは止めていた。眠りさえしなければ、その記憶達も思考の隅に押し込む事が出来た。


 だからつきなは、今日も月を見つめる。


 明りの消えた部屋で。

 冷たい床に座り込み。

 月を見つめて、取り留めもなく思考を回す。

 と、



 「また、起きてる」



 その声が、聞こえた。 

 振り向くと、いつの間にかあやなが立っていた。



 「眠れないの?」



 その問いに、黙って首を振る。



 「じゃあ、眠らないの?」



 今度は、黙って頷く。



 「……ふうん」



 そう一人ごちると、あやなはつきなの隣に腰を下ろした。



 「あんた、ここに来てから一度も寝てないよね?」

 「……寝てない……」



 小さく、答える。



 「嫌なの?眠るのが?」

 「……嫌い……」



 答えは単純。あやなは「そっか」と答えると、何気なくつきなの視線を追う。

 それは、窓の外に浮かぶ月に向けられていた。



 「好きなの?月」

 「………」



 口には出さず、ただ頷く。

 それを見たあやなが、ニコリと微笑む。



 「そう。あたしも、好きだよ」

 「え……?」



 つきなが、キョトンとした目をあやなに向ける。



 「月の光は好き。か弱くて、冷たくて、頼りないけど、優しい。見たくないもの、知りたくないもの、隠してたいもの、忘れたいもの。皆、そのままそっとしておいてくれる。太陽の光は、暖かくて力強いけど、厳しすぎる」



 そう言って、自分も月に目を向ける。



 「……そう……」



 つきなも返事をすると、視線を月に戻した。

 二人は月を眺める。

 一緒に。

 黙って。

 そんな二人に気を使うかの様に、痩せこけた月は雲に隠れる事もせず、深々と光を降らし続ける。


 しばしの間、そうやって時を流した。


 やがて、東の空が薄らと白み始めたころ――



 グイッ



 突然肩を掴まれ、抱き寄せられるつきな。そのまま二人いっしょに、床の上に倒れ込む。



 「……何?」



 目を丸くしていると、頭が胸に押し付けられる様に、両手でぎゅっと抱き締められた。



 「ねえ。一緒に、寝てみない?」



 あやなが言った。



 「嫌な夢、見るんでしょう?こうしとけば、見なくて済むかもよ?」

 「でも……」

 「いいから」



 薄いタンクトップの布越しに、あやなの体温が冷たい肌に直に染みる。その温もりが心地良く、それに身をゆだねる様に目を閉じた。


 しばしの後、静かに聞こえ始める寝息。


 夢は、見なかった。

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