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アウト・サイド・チルドレン  作者: 土斑猫
壱夜・あやなとつきな
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 暗い部屋だった。


 周りを囲むのは、無機質な漆喰の壁。高い天井には、頑丈な鉄格子がはめられた窓が一つ。そこから差し込む、月の光。それだけが、かろうじて部屋の光景を認識出来る程度に照らし出していた。


 もっとも、それは酷く味気が無い。


 剥き出しの床に、埃を被って積まれた荷物。その間に張り巡らされた、沢山の蜘蛛の巣。どう見ても、人の居住空間ではない。恐らくは物置として使われ、その後は長い事放置されているのだろう。


 と、幾重にも積まれた荷物の間。そこに、動く人影があった。

 影は二つ。

 一人は学生服を着込んだ少年。もう一人は、黒い洋装を身に纏った少女だった。



「さてさてぇ。どうなるのかしらねぇ。光貴(みつき)ぃ」



 頭の脇で結った長い髪を揺らしながら、少女が言う。



「……うるさい……」



 光貴と呼ばれた少年が、苛立たしげな声で答える。

 けれど、少女は動じない。切れ長の目を面白げに歪めながら、言葉を続ける。



「ストックもぉ、そろそろ尽きるんじゃないのぉ?」

「うるさいって言ってるだろ!?」



 少女の声の、からかう様な響き。それに耐えかねた様に、光貴が声を荒げる。



「あらぁ、怖い怖いぃ」



 言いながら、身をすくめる少女。けれど、その様子に怯えの色はない。むしろ、光貴の挙動を楽しむ様に、その顔をニヤつかせている。



「やめてよぉ。八つ当たりはぁ。魅鴉(みあ)、困っちゃうぅ」



 何処までも人を食った態度。光貴が、忌々しげに息を吐く。



「くそ!!」



 振り下ろした拳が、床を打つ。素手の拳が軋みを上げるが、気にもしない。



「あらあらぁ。大丈夫ぅ?」



 それを見て、己を魅鴉と呼んだ少女が覗き込む。しかし、その顔には相も変わらずの薄笑みが張り付いたまま。心配している訳ではないのが、明白だった。


 そんな彼女を、光貴が怒鳴りつける。



「大体、どういう事なんだよ!? “(あれ)”には、こうして封じておけって書いてあったんだぞ!? それが何で、こんな事になるんだよ!?」



 激情のままに喚く彼の横で、身を屈めた魅鴉が細い指で何かを拾う。



「そうねぇ。それも、”(すべ)”の一部ってぇ、事かしらぁ……」



 拾ったものを手の中で弄ぶと、キチキチと硬質な音が鳴った。



「“(あれ)”に書いてある事にぃ、間違いやぁ、まやかしはないわぁ。あんたがぁ、書いてある通りにしてたんだったらぁ、この事態もぉ、あるべき(すべ)の一つなのよぉ」



 魅鴉の手の中にあるのは、一本の鎖。赤茶けた色に染まったそれには、奇妙な文字らしきものが幾つも刻み込まれている。



「大変だったのにねぇ? 『封呪の縛鎖』。手に入れるのに、幾ら掛かったのかしらぁ。でもぉ……」



 薄く朱に塗られた唇が、クスリと笑う。



「こんな真似されちゃあ、意味ないわねぇ」



 言いながら、辺りを見下ろす。



「全く、無茶するわぁ……」



 その視線の先には、大量の血の跡と蛇の死骸の様に転がる鎖。手にしていたものを擦ると、干からびた肉片らしい欠片がガサリと指に纏わりついた。



「千切れないからってぇ、自分の身体の方を“削って”すり抜けるなんてねぇ。いくら痛みを感じないからってぇ、大概、イカれてるわねぇ」



 自分の言葉に、クスクスと笑う魅鴉。その口が、「好みだわぁ」などと漏らしたのは、気のせいだろうか。

 そんな彼女を睨みつけながら、光貴は苛立ちを抑えられない声で言う。



「お前の好みなんか知った事かよ!! それよりも、何とかならないのか!?」



 その悲鳴にも近い声に、魅鴉は困った様に指を頬に添える。



「怒られてもぉ、困るわねぇ。少しは待ちなさいなぁ。いずれ、事は必ず動くからぁ」

「そんな悠長な事言ってられるか!! こうしてる間にも、効き目は消えていくんだぞ!!」



 今にも掴みかかってきそうな勢いの光貴。そんな彼を片手で制すると、魅鴉はやれやれと息をつく。



「全くぅ。堪え性がないわねぇ。そんなんじゃあ、女の子に嫌われるわよぉ?」

「他の女なんか、どうでもいい!!」

「あらあらぁ。お堅い事でぇ」



 光貴の言葉を聞いて、魅鴉はケラケラと笑う。笑いながら、しばし考える振り。やがて、ハァ、と小さく息をつく。



「まぁ、いいかぁ。あんた達にはぁ、楽しませてもらってるしぃ。特別よぉ」



 言いながら、懐から何かを取り出す。見れば、それは幾枚かの黒い折り紙。それを口に咥えると、一枚を引き抜き手早く折り始める。魅鴉の手の中で、紙は見る見るうちに形を変え、一羽の鶴となる。一羽折り終わると、それをポトリと地面に落とし、次の紙を引き抜いて折り始める。一羽折っては落とし、一羽折っては落とし。それを繰り返すうちに、魅鴉の足元には十羽の黒い折り鶴が転がった。



「さぁてぇ。こんくらいでぇ、いいかなぁ?」



 言いながら、魅鴉は自分の左手首に右手の人差し指を添える。白魚の様な指には、長く伸びた爪。それを手首に食い込ませると、鋭く滑らせた。

 血漿の花が、真っ赤に散り咲く。



「あははぁ、痛い痛いぃ」



 その行為にそぐわぬ表情で、血の滴る手首をブンと振る。赤い滴が幾つも宙を舞い、地面に転がる折り鶴の上に降りかかった。



「文字通りぃ、出血大サービスぅ」



 おちゃらけながら、己の血が折り鶴に染み込むのを見届ける。そして魅鴉は、片足を上げるとダンッと地面を踏み鳴らした。



「起きなさいぃ」



 その声が響いた途端、異変が起こる。

 地面に転がっていた、十羽の折り鶴。物言わぬ物体である筈のそれが、ピクリと動く。



 パタリ



 薄紙の羽が空を打ち、その身がフワリと舞い上がる。



「さあ。お行きぃ。血の一滴ぃ、髪の毛一本、見逃すなぁ」



 泡沫の命を得た鶴達は、その言葉に従う様に高度を上げる。その姿は見る見る小さくなり、月明かりの差し込む窓から外へと飛び去っていった。



「これでぇ、よしぃ。後はぁ、待ちましょう」

「あんな紙切れ、あてになるのかよ?」



 鶴達が飛び去っていった窓を見上げながら、疑わし気に光貴は言う。



「あらぁ。酷いわねぇ。魅鴉がこの身を削って産んだ子達よぉ? 心配、いらないわよぅ」

「……時間がないんだ!!早く“アレ”を連れ戻さないと、梨沙(りさ)が……!?」



 途中で途切れる、光貴の声。魅鴉が右手を上げ、その細い指で彼の口を塞いでいた。



「少しぃ、落ち着きなさいなぁ。テンパる男の子なんてぇ、見ていて気持ちの良いものじゃあ、ないわよぅ」

「うるさい!!」

「大事な事よぉ。聞きなさいぃ」



 喚く光貴に向かって、魅鴉は教え諭す様に言う。



「言ったでしょう。”(アレ)”に書いてある事はぁ、間違いなくあんたの願いの具現。今、こんな事になっているのもぉ、全てはあんたの願いに到達するための術道(すべみち)の一部。余計な事をしてぇ、道を歪ませれば、辿り着く場所にも、着けなくなるわぁ」

「だけどな……」

「信じなさぃい。あの”(すべ)”はぁ、間違いなくあんたを選んだのだからぁ」

「………」



 そこまで言われては、もう反論する意味もない。

 光貴は己を落ち着かせようとする様に、大きく息をついた。それを見た魅鴉が、その顔に笑みを浮かべる。



「そうそう。いい子ねぇ」



 軽口を叩く魅鴉を一瞥すると、光貴は踵を返して出口へと向かう。


「何処へぇ、行くのぉ?」

梨沙(りさ)の所へ行く」

「こんなぁ、時間にぃ?」

「就寝前には、会って話をするのが約束なんだ。あいつは、待ってる」



 それを聞いた魅鴉が、笑みながら茶化す様に言う。



「あらあらぁ。お熱い事でぇ」



 からかいの混じった声を無視し、光貴は部屋を出て行った。



「可愛いわねぇ。全くぅ……」



 遠ざかる少年の背を見送りながら、魅鴉はそう言って笑った。



                              ◆



 目覚めると、いつもと同じ光景が目に入ってきた。

 白い天井。毎日、変わらない色。

 ずっと。ずっと。変わらない朝。

 けれど、今は違う事が一つ。



「……おはよう……」



 視界の下から、声が聞こえた。



「ん……?」



 ベッドをギシリと軋ませて身を返すと、ベッドの端に座ったつきながこちらを見つめていた。

 カーテン越しの陽射しの中で、彼女が訊く。



「……今日の、予定は?」

「ないよ。そんなもの」



 思ったとおりの答え。

 つきなは、少し嬉しそうに微笑む。



「……学校とかは?」

「一昨日、行ってないって言ったじゃん」

「不登校なの……?」



 少し、意地悪げに訊くつきな。

 そんな彼女に、あやなはベッドに身を埋めながら、ムニャムニャと答える。



「普通に、行ってないんだって。あたし、戸籍もないし」

「……ふぅん……」



 その言葉に、つきなはコクリと小首を傾げる。



「なら、あやなは日本(ここ)にはいないんだね」

日本(ここ)だけじゃなくて、世界中にいないよ」

「そうか……」



 するりと動く身体。

 ベッドを鳴かせながら、つきなが這いよる。



「それなら……」



 ツと伸びた指が、あやなの髪を絡める。



「あやなが在るのは、わたしの前だけだね……」

「あー……。そうなるかねー……」

「ふうん……。なら……」



 ムニャムニャしながら、枕に顔を埋めるあやな。そんな彼女の頬に、つきなは慈しむ様に手を這わす。



「あやなは、わたしだけのものだね……」

「何言ってんのさ……。所有物は、あんたの方……」



 あやなの声が、尻すぼみに消えていく。どうやら、また眠り込んだらしい。

 それを見とめ、つきなはそっと身を屈める。



「……一緒だね。今日も、明日も。ずっと、ずっと……」

「……あー、そうだね……」


 眠りの吐息に混じる様に、あやなが呟く。

 つきなはほくそ笑むと、彼女の手を取り、そっと唇を寄せた。



 物憂げな朝の、ささやかな一時(いっとき)だった。

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