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アウト・サイド・チルドレン  作者: 土斑猫
終夜・理外れノ宇
34/34

 そこは、酷くおかしな空間だった。


 一切の光も。

 一切の音も。


 何も、無い。


 まるで、深海の様。


 けれど、その異様さを一番印象づけるのは、また別のもの。


 グルリ、と周囲を見渡す。暗いのに、視界は妙に明瞭。そして、その中に映るのは――


 「棚」だった。


 一つ一つが馬鹿馬鹿しい程に大きな、黒塗りの棚の群れ。それがいくつも列を成して、視界の果てまで延々と続いていた。その全てが書架の様で、中にはギッシリと書が詰め込まれている。


 小説。漫画。随筆。図鑑。様々な体を装っているけれど、その題にも著者にも、覚えのあるものは一つもない。


 日本語、英語、中国語、フランス語、ラテンにハングル。中には、何処のものかも知れない、奇怪な言語も。


 その様は図書館の様にも思えるけど、どうにも気配が異質。

 全くもって、得体のしれない空間。


 そんな中を、“彼女”はスタスタと歩いていく。


 満ちる異様に、気を取られる事もなく。平然と。


 と――



 「お帰りなさい」



 突然、静寂が揺れた。

 不意にかけられた声。

 唐突に終わりを告げる、書架の列。



 クス クス クス



 薄闇の向こうから、声が響く。



 「随分と、遅れましたね。そんなに、別れが惜しかったですか?」

 「馬鹿言わないでぇ。あんなぁ、世間知らずの青瓢箪。全然、タイプじゃあないわよぅ」



 そんな事を言いながら、書架の群れの中から歩み出る魅鴉(みあ)


 その彼女を迎えるのは、円卓の中心に座する少年。そして、円卓の周りに立つ三人の人影。



 「そうかい?君にしては随分とご執心の様に見えたけどね」

 「そうそう~。かな~り、本気(マジ)だったよねぇ~」



 夜色の少年、煌夜(こうや)の言葉に水波模様の着物の少女、流凪(るな)が頷く。



 「五月蝿いわねぇ。抉るわよぉ?」

 「おやおや、そんなに怒るあたり、当たらずとも遠からずだった様だね。あんなジュブナイルに惹かれるとは、君にしては珍しい事だ」

 「五月蝿い。黙ってろ外野!」



 白髪の少女、叉夜(さや)にまでからかわれ、流石に魅鴉の声に怒気がこもる。



 「おお、怖い。煌夜、助けておくれ」



 おどけた声でそんな事を言いながら、煌夜の影に隠れる叉夜。煌夜が迷惑そうに溜息をつく。



 「姉さん。そうやって他人をからかうのは結構だけど、その後始末を押し付けるのはやめてくれないかい?」

 「おや、つれないね。久々の邂逅だ。甘えさせてくれてもいいだろうに」

 「生憎、近親相姦の気はないよ」



 それを聞いた魅鴉が、ボソリと言う。



 「よく言うわねぇ。十分シスコンなくせにぃ」



 ギロリ



 その言葉に、今度は煌夜の目が剣呑に光る。



 「……やっぱり、君とは一度話し合う必要があるかな?」



 ザワリと立ち昇る殺気。

 魅鴉が、楽しそうに身構える。



 「あらぁ、珍しいわねぇ。そっちから、その気になるなんてぇ。図星だったぁ~?」



 バチバチバチッ



 顕現する八雷(やかづち)。ケタケタと笑いながら、魅鴉は言う。



 「良いわよぅ。こっちもぉ、あんたにゃ色々言いたい事あるしぃ」



 ガチリ



 主の意思に沿う様に、八雷(やかづち)達が牙を鳴らしたその時、



 シュルリ



 唐突に、脇から伸びてきたマフラー。それが、魅鴉の視界を塞いだ。



 「げっ!?」



 途端、魅鴉は引きつった悲鳴を上げる。



 「ちょ、ちょっと!!何すんのよ!?切人(きりと)!!」

 「すいませんね。でも、”ここ”で荒事は控えてもらいましょう」



 慌てる魅鴉に笑いかけながら、マフラーの少年――切人は言う。もっとも、その声音は笑っていないが。



 「下手に暴れられて、天姫(あき)の髪に汚れでもつけられたら困ります」



 静かな圧の篭った声。それに応じる様に、魅鴉の視界を覆うマフラーの表面にピシピシと幾筋もの光が走る。



 「わ、分かったわよ!!分かったから、やめて!!」



 必死にマフラーから目を逸らしながら、叫ぶ魅鴉。そんな彼女を見て、切人は今度こそ本当の笑みを浮かべながら言った。



 「いい子ですね」





 「さて、皆さん。この度も、ご苦労様でした」



 円卓の中心に座した切人は、そう言って自分を囲む少年少女達に向かって頭を垂れる。



 「お陰さまで、“代価”の回収も滞りなかった様で。感謝いたします」



 そして、自分の後ろを肩越しに振り返る。


 そこにいるのは、寝椅子に横たわる一人の少女。


 新月の色よりなお深い黒に彩られた、長い髪。小柄な身を、黒と白が混沌と絡み合った奇妙な模様の和服が包んでいる。髪の間から覗く顔は、ぞっとするほどに整っている。眠っているのだろう。その瞳は薄く閉じられ、寝椅子に委ねられたその細い身体は身動ぎ一つしない。


 そんな少女を愛しげに見つめると、切人はツと上を見上げた。



 「さて。来たようですね」

 「ん~?」

 「ああ、その様だね」



 切人の言葉に応じる様に、四人が上を見た。


 薄闇に包まれた空間。そこに、四色の光が舞っていた。


 切人は、それらを見て頷くと、誘う様に手を差し上げる。



 「さあ。おいでなさい」



 彼がそう言った途端――



 シャン……



 涼やかな音と共に、光が連なる様に降りてくる。



 シャラララララ……



 鈴なる音と共に降りる光の行先は、眠る少女――天姫。静かに上下する、彼女の胸。

 そこには、翡翠色の勾玉が一つ、飾られている。

 降り来た光は、その勾玉の中に吸い込まれ、そして――



 ララン……



 消えた。


 そして、しばし。



 ニコリ



 眠る天姫の顔に、微かに笑みが浮かんだ。

 それを見た皆が、口々に言う。



 「あっきー、笑ってるね~」

 「苦労したんだものぉ。当然でしょ」

 「姫君のお気に召した様で何より……と言った所かな」



 天姫の笑む様を見て取った切人も、満足げに微笑む。



 「今宵の夢、”対価”として確かに受け取りました」



 その言葉に、場の何人かがホッと息をついた。



 「じゃあ、今回はこれでお開きと言う事かしらぁ」

 「あ~あ。くたびれた~」



 口々に勝手な事を口走る少女達に、切人は苦笑する。



 「はい。皆さん、どうぞ普段の生活にお戻りください。また、事があらばお呼びしますので」



 それを聞いて、叉夜が言った。



 「それではせいぜい、遠い事を祈ろう。自分の時間は大切にしたいからね」



 そして、帽子を被り直しながら身を翻す叉夜。魅鴉と流凪も、それに習う様に背を向けた。





 薄闇の向こう。遠ざかっていく足音達。それを見送った切人は、ふと傍らに目を向ける。

 そこには煌夜が一人、その姿勢のまま佇んでいた。



 「君は、行かないんですか?」



 切人の問いに、頷く煌夜。



 「少々疲れたからね。ここで暫く、休んでいくよ」



 その言葉に、切人が微笑む。



 「構いませんよ。それなら、お茶の一杯も提供しましょうか?」

 「じゃあ、頼もうかな」



 そう言うと、煌夜は円卓に頬杖をついて身を預ける。



 「どうぞ」



 しばしの間の後、出されたのは淡く香る紅茶。それを一口啜ると、煌夜は切人に向かって囁く様に問うた。



 「……天姫は、起きないのかい?」

 「起きませんよ」



 答えは、酷く簡潔だった。



 「世界は、天姫(この娘)が知るには些か汚れが過ぎます」



 そう言って、眠る天姫の髪を一束すくうと、切人はそれに唇を寄せる。



 「この娘は、このままでいいんです。このまま、夢だけを見ていれば」

 「……意味のない事だね」

 「意味を求めますか?ぼく達、理外れ(アウト・サイド)に?」



 切人の問い返しに、今度は煌夜が即答する。



 「その問いも、意味ない事だよ」

 「……ですね。でも、それが理外れ(僕達)でしょう?」

 「………」



 煌夜は、黙ってお茶を啜る。


 それを肯定と受け取ったのか、切人は薄く笑う。それは、何処か諦観した様な、薄い、薄い笑い。


 途切れる会話。


 二人共が、しばしの静寂を楽しむ。


 と――



 ピクリ



 お茶を飲んでいた煌夜が、視線を上げた。



 「切人……」

 「ええ、お客様です」



 そう言って、切人は薄闇の向こうに視線を向ける。



 「さて、次は誰に行ってもらいましょう。唱未(となみ)さんにでも、頼みましょうか?」



 独りごちる様に呟きながら、チラリと後ろを見る。


 そこには、変わらず寝息を立てる天姫の姿。その愛しい姿に、語りかける。答えはないと、知りながら。



 「さあ。かの方は、どんな夢を見せてくれるのでしょうね……?」



 辺りに満ちる薄闇。果てなく伸びる書架の群れ。その奥から、微かに、だけど確かに足音が響いてきていた。





                                 終わり

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