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アウト・サイド・チルドレン  作者: 土斑猫
玖夜・後語り
33/34

 その夜、吉羽光貴(よしばみつき)は夢を見た。


 夢の中には”彼女”がいて、ニヤニヤ笑いながら話しかけて来た。



 「見たわよ。彼女とは宜しくやってる様ね」



 言いながらカツカツと近づいてくると、彼の顎に手を当ててクイッと上に上げた。



 「良い顔になったわね。今なら、仕事抜きで付き合ってあげてもいいわよ?今晩なんか、どう?」



 顔を赤くして「何を馬鹿な」と返すと、フフッと笑って額を指で弾いてきた。



 「当たり前でしょ。OKなんてしてたら、この場で頭かち割ってるわ。筆下ろしの相手なら、お姫様に頼みなさいな」



 本気か冗談かも分からない言葉を口にして、ケタケタと笑う。半ば憤慨しながら一体何をしに来たのかと問うと、彼女は右手を上げた。


 その手に持たれていたのは、”本”だった。ハードカバーの小説の様な外観に覚えがあった。そう。それは、自分に”(すべ)”を示したかの本だった。


 「“見届け”に来たのよ。最後の仕事」


 そう言う彼女の手の中で、本が光に包まれる。輝きに溶けて、宙に昇るそれを見送ると、彼女は笑みを浮かべる。


 らしくない、穏やかな笑みだった。



 「何だかんだで、役に立ったでしょう?あんたの願いは、成ったのだから」



 確かに、そうだった。梨沙を永らえる(すべ)も、彼女を救う(すべ)も、結局は本の示す通りに動いた結果。その本がなければ、自分はただ無力に梨沙を送る事しかできなかっただろう。全ては、”彼ら”の掌の上の事。彼がそう思った時、



 「勘違いするんじゃないわよ」



 ”彼女”が言った。



 「”あれ”はあくまで”(すべ)”を示しただけ。実際に行動したのは、あんた。胸を張りなさい」



 その言葉に、ポカンとする。今までとは別人の様な言い様。思わず、何か悪いものでも食したのかと訊いてしまう。


 それを聞いて、彼女は「酷いわね」と言ってやっぱり笑う。



 「まあ、らしくはないわね。これで最後だし、少し感傷的にでもなったかしら?」



 ”最後”。その言葉が、妙に切なく響いた。



 「何、しょげた顔してんのよ。そんな仲じゃなかったでしょうに」



 そう言うと、彼女は彼の髪をかき上げる。



 「まあ、これで本当に最後。あんた達の劇、悪くなかったわよ」



 額に感じる、唇の感触。そして、彼女はクルリと背を向けて手を振る。



 「じゃあねぇ。せいぜい、大事に生きるのよぉ」



 いつしか聞き慣れた、鼻にかかった甘い声。その声が、最後だった。



 光貴が目覚めた時、窓の外はまだ月明かりに満ちていた。

 机の上を見ると、そこにあった筈の本は跡形もなく消えていた。

 残るのは、額の甘い感触と微かな香水の香りだけ。


 微かに残る、胸の痛み。それを抱いて、光貴はまた眠りについた。





 ……待っていた。ずっと、待っていた。この身が滅びる、その時を。


 全てを見限り、全てに絶望して幾星霜。どんなに傷つけても。どんなに求めても。死する事が出来ないこの身体。


 不変なんて、無意味なもの。

 永遠なんて、空虚なだけ。


 だから、不変のわたしに意味は無い。

 だから、永遠のわたしには何も無い。

 意味の無いものは、在ってはいけない。

 何も無いものは、在ってはいけない。

 だから、あたしも在ってはいけない。


 なのに、あたしは在る。在り続ける。

 その真理と矛盾に気づいてから、わたしは探し続けた。

 わたしの在る意味を。

 わたしが持つべきものを。


 でも、そんなものは見つからなくて。

 そんなものは、何処にもなくて。

 そして、わたしは知った。


 わたしは、理外(ことわりはず)れなのだと。この世界に、在ってはいけない存在なのだと。


 理外(ことわりはず)れは、歪ませる。この世界の規律を。あるべき姿を。だから、わたしは探した。探し続けた。色んなものを、歪ませながら。わたしが、消える術を。


 その果てに行き着いたあの場所。そこでわたしを求めた(すべ)は、導いてくれる筈だった。わたしが求める、滅びの場所へ。


 でも、違った。その(すべ)が導いた場所にあったのは、遥か昔に求めたもの。幾万の時の果てに、諦めた筈もの。


 そこで、わたしは知った。わたしはまだ、求めていたのだと。諦めては、いなかったのだと。


 だから、もう違えない。もう、間違えない。


 わたしの在る意味。わたしを埋めてくれるもの。

 離さない。なくさない。逃がさない。

 

 絶対に。永遠に。滅日の果てまで。


 貴女はわたしのもの。わたしだけのもの。


 共に在ろう。共にいよう。

 星の生命(いのち)が絶え、神の御霊が薄れるその時まで。


 ねえ。


 ――あやな――





 ……その部屋には、灯りが無かった。代わりに満ちるのは、開け放たれたベランダから差し込む、蒼い蒼い月明かり。


 月色に染まる空間。その中で、一人の少女が、一人の少女を組み敷いていた。


 吹き込む夜風に混じる、ギシギシと軋む音。その中に、あえかな()が鳴る。



 「やめて……。やめ……ングッ!!」



 すすり泣く様な声が、くぐもった息遣いに塞がれる。


 組み敷く少女が、組み敷かれる少女の口を吸っていた。


 否。吸っているのではない。かの少女は、組み敷いた少女の口に何かを含ませていた。


 まるで、親鳥が雛に餌を与える様に。



 クチ……クチュ……



 しばしの間続く、湿った音。

 重なる二人の口から溢れる、朱い筋。

 強く香る、金木犀の香り。


 やがて、湿りを帯びた声が甘く囁く。



 「ほら……、これで、大丈夫……」



 優しくなだめる様な言葉。けれど、すすり泣きの()は止まらない。



 「やめてよ……。もう、やめてよ……」

 「どうして……?これは、貴女が求めた事……。そして、わたしが望んだ事……」

 「違う……。違うよ……。こんなの……違う……」

 「違わないよ……」



 懇願する声は、けれど優しく否定される。



 「あやな(貴女)が求めたから、かの”(すべ)”はここへ導いた。わたしが望んだから、あの”(すべ)”はここに導いた……」

 「でも……でも、これじゃつきな()が……君が……」



 なだめる声は、酷く冷たい。



 「わたしなら大丈夫……。わたしは、永遠。貴女の糧に、なり続けられる……。ずっと……ずっと……」

 「違うよ……。そうじゃない……。そんなんじゃあ……」

 「大丈夫だよ……」



 聞く耳は、持たれない。



 「狂うと言うのならば、一緒に狂ってあげる……。だから……」



 話す言葉に混じるのは、もはや確かな狂気の色。



 「逃げちゃ、駄目……」



 冷たい声が、優しく告げる。



 「逃げないから!!何処にも行かないから!!だから――」



 ギシリ



 また響く、軋む音。そして――



 「んんっ……!!」



 小さく鳴る、湿った音。

 静かな、笑い声。

 金木犀の香りが、さらに強く、鮮やかに香った。





 甘い香りと声に満たされる、薄闇の部屋。

 その部屋の床に、一冊の文庫本が落ちていた。

 無造作に。顧みられる事もなく。

 放り出されていた。


 と――



 ポウ……



 本が光に包まれる。


 ベッドの上で、身を重ねていた少女が、長い黒髪の間からチラリとそれを見る。けれど、すぐに興味なさげに目を逸らすと、また行為へと身を委ねていく。


 捨て置かれた本は、寂しげに。ただ寂しげに。差し込む月の明かりの中へと溶けていった。





 「行ったか~……」



 かの少女達が睦み合う建物の下。一つの人影が立っていた。

 長大な包みを背負った影は、藍色の髪をした少女。

 彼女は、月空へと昇っていく光を見届けると、ホウ、と一息、息をついた。



 「これで~、ボクの仕事も~終わりだね~」



 そう言って、建物の一番上の窓を見る。



 「確かに、望みは成ったよ。あとは、君達次第。離れるんじゃ、ないよ。もっとも……」



 紡ぐ言葉は、もう一つ。



 「それが、本当にあるべき姿かは知らないけれど……」



 そして、彼女はクルリと踵を返す。



 「さ~て。帰って寝よ~っと~」



 そんな声と共に、少女の姿は夜闇の向こうへと消えていった。

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