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アウト・サイド・チルドレン  作者: 土斑猫
漆夜・月の願い
27/34

「動きが、止まった……?」



 目の前で起こっている事を信じられないと言う様に、流凪が呟いた。





 今まさに、つきなを呑み込もうとしていた天牙(あまきば)。その動きが、あと一歩のところでピタリと止まっていた。


 流凪るなも。そして、全てを受け入れようとしていたつきなも。皆が、その挙動に戸惑う。


 そんな中、煌夜(こうや)だけが何かを得心した様な眼差しでその様を見ていた。



 「そうかい。それが、君の本当の望みかい……」



 彼が、呟いた瞬間――



 ジュウァアアアァアアアッ



 耳をつんざく様な声を上げ、天牙(あまきば)がつきなから身を逸らした。



 「あやな!?」



 後を追う様に、叫ぶつきな。そんな彼女から目を逸らす様に顔を振ると、天牙(あまきば)はその四眼を煌夜達の方に向ける。



 「こっちを、見た!?」



 今まで、餌であるつきなにしか興味を示さなかった天牙。その行動の変化に、流凪は驚きの声を上げる。けれど――



 「驚く事じゃないよ」



 平坦な声が、混乱する流凪の心を凪ぐ様に響く。

 声の主は、煌夜だった。

 彼は、息を荒げてこちらを睨めつける天牙を、真正面から見つめていた。

 その眼差しが、妙に満足げに見えたのは、気のせいだろうか。



 「これでいいんだ。彼女は、本当の願いを掴んだ」

 「煌くん……?」

 「この先、彼女が狙うのは僕さ」

 「……何故?」



 威嚇する様に身体を震わせる天牙(あまきば)を見つめながら、流凪は彼に問う。そして、その答えは至極簡単。



 「お膳立てをしたのが、僕だからだよ」



 煌夜が、平然と言ったその時、



 『煌夜……』



 大気を震わせる様な声が、辺りに響いた。昏い、昏い、奈落の底で呻く呪詛の様な声。



 『アンタ……ヨクモ、アタシ二つきなヲ……』

 「否定はしないよ」



 背筋を凍てつかせるその響きに、しかし煌夜は平然と答える。



 「君の真の願いが何処にあるのか、確かめたかったからね」



 どこまでも平々然とした声音。それに苛立つ様に、天牙(あまきば)は唸る。それは、獣の怒りではない。大事なものを壊されかけた、純粋な人としての怒り。



 『許サナイ……!!』

 「許してもらおうとは、思ってないよ」

 『ソウ……。ソレナラバ……』



 ズル……ズルリ……



 天牙(あまきば)の背後から、十本の尾が巨蛇の群れの様に蠢き出る。



 ピキ……ピキキ……



 尾の先に開いた口が、ひび割れる様な音を立てる。そして、



 ゴブゥアァアアアッ



 洞窟の様な口腔が仄昏く染まり、漆黒の炎が溢れ出した。



 「――――っ!!」



 まだ、腰の立たない流凪。彼女を庇う様に、煌夜が迫る十本の炎閃の前に身を晒す。彼を飲み込む、漆黒の炎の群れ。しかし――



 キュバッ



 黒衣の中からまろびでた白蛇の群れが、黒炎の巨蛇を絡め消した。



 「ソロモンの指輪……!!」



 指輪を繰る煌夜を、黒い影が覆う。宙を舞った天牙(あまきば)が、彼に向かって踊りかかる。迎え撃つ様に伸びる、ソロモンの指輪。



 ガギギッ



 ぶつかり合う、破界の獣と制魔の宝具。しばしの拮抗。そして打ち勝つのは、破界の力。



 バチィッ



 指輪を蹴散らかした巨体が、煌夜に襲いかかる。四本の前肢の爪が、少年の身体を引き裂こうとしたその時――



 「言っただろ。一張羅なんだ。破かれると困るんだよ」



 床に突き刺さる爪をすんででかわした煌夜の身体が、宙を舞う。目で追う天牙(あまきば)。その視線の先で、煌夜が外套の下に隠れていた右腕を引き抜いた。



 ザワ……ザワザワ……



 細い右腕の先にあったのは、蠢く白帯――ソロモンの指輪の塊。細長く、鞘の様な形で蠢くそれを、煌夜がブンと振るった。途端、千々にほつれ散る指輪。そして、



 ――チリン――



 響く、鈴の音。それと共に、指輪の群れの中から現れたのは――



 「抜いた……!!」



 息を呑む様に声を上げる、流凪。


 彼女達の目に映るのは、煌夜の右手に握られた”それ”。


 その形は、細身の刀。しかし、その形を構成するものは金属ではない。それは、黒く蠢く漆黒の塊。闇と言うにはあまりに黒く、夜と言うにはあまりに深く。その様は、例えて言うなら混沌。正しく、刀の形を成した混沌だった。



 ゴバァッ



 上向いた天牙(あまきば)が、濁流の様に黒炎を吐き出す。しかしそれは、形を成した混沌の前にあえなく散り消える。



 「―――ッ!?」



 それを見た天牙(あまきば)の四眼が、驚きに見開く。



 『オ前……ソレハ……マサカ、オ前ハ!?』



 驚愕の色を見せる天牙(彼女)に向かって、煌夜は言う。



 「用は済んだからね。またしばらく、大人しくしておくれ」



 何でもない事の様に、煌夜は言う。



 ――チリン――



 混沌の柄につながれた鈴が、囁く様に鳴る。


 迫る天牙(あまきば)の形相が、憎悪に歪む。


 そして――



 ズガンッ



 混沌の刃が、天牙(彼女)の身体を貫いた。





 グガァアアアアアアアアン……



 建物全体を揺らす振動と衝撃。もうもうと立ち込める灰塵の中から、大きく凹んだ床と、その中心に横たわるあやなの姿が現れる。



 「ゲホゲホ……ホント、無茶苦茶ねぇ……。煌夜あいつ……」



 落ちる埃を払いながら、魅鴉(みあ)煌夜(こうや)の足元に伏すあやなを見る。。



 「さて。こっからか……。どうなるか、見せてもらうわよ」



 そう言って、魅鴉はその顔に薄笑みを浮かべた。





 「殺しちゃったの?」



 フラフラと近寄ってきた、流凪(るな)が訊く。



 「この程度で死ぬなら、とうの昔に滅ぼされているさ」



 言いながら、煌夜は横たわるあやなの向こうを見やる。



 ズル……ズル……ズル……



 聞こえてくる、何かが這いずる様な音。床に真っ赤な跡を残しながら、つきなが血染めの身体を引きずってきていた。



 「あやな……あや、な……」



 鮮血の滴る口からうわ言の様な声を絞り出し、あやなに向かって履い寄っていく。その鬼気迫る様子に、流石の流凪も一歩下がる。けれど、そんな彼女とは反対に、つかつかとつきな(彼女)に近づいていく者がいる。


 煌夜だった。


 彼は這いつくばるつきなの前に立つと、彼女を見下ろす。



 「流石に、世の(ことわり)の外に立つ存在の一柱だね。指輪の拘束を受けた身で深手を負って、まだそれだけ動けるなんて」



 そんな煌夜を、つきなは昏く燃える眼差しで見上げる。



 「……どいて……。あやなの所に、行かなくちゃ……」

 「そんなに大事かい?君を、()として求めていた娘だよ?」

 「貴方には……分からない……」



 床にギリリと爪痕を残しながら、つきなは言う。



 「あの娘は……初めて、わたしを必要としてくれた……。”時無(ときなし)”としてのわたしじゃなく、”つきな”としてのわたしを、必要としてくれた……」



 カハッ



 その口から血の塊を吐き出しながら、煌夜の足を掴む。



 「……どいて!!どうせ消えるなら、わたしはあやな(あの娘)のために消える!!」



 足にギリギリと血染めの爪が食い込むも、煌夜は動じない。ただその半分だけの眼差しをつきなに向ける。

 と、



 ヒタリ



 煌夜の首に、冷たい刃が触れた。見れば、いつの間にか近寄った流凪が、背後から露羽(つゆばね)を煌夜の首に突き付けていた。



 「……行かせてあげてくれないかな?煌くん」



 ククッ



 その言葉に、顔を微かにほころばせて煌夜が笑った。



 「やれやれ。想いに変わりはなしかい?本当に、今回の事案は面白いなぁ」

 「そうだね。ボクもそう思う。でも、自分に嘘はつかないよ。これが今の、ボクの気持ちだから」



 言いながら、流凪はその刃を煌夜の首に立てる。



 「君に勝てるとは思わないけれど、せいぜい抵抗させてもらうよ」



 クククッ



 煌夜は笑う。その顔を微かに、けれど確かにほころばせて。嬉しそうに。楽しそうに。煌夜は笑う。



 「別に、邪魔する気なんてないよ」



 そう言うと、煌夜はフワリと外套を揺らす。途端――



 シュルルッ



 つきなに巻きついていたソロモンの指輪が解けて、煌夜の外套の中へと戻った。


 瞬間、発動するつきなの”不変”。


 袈裟懸けに身体を割っていた傷が瞬時に消え、流れて続けていた血も止まる。



 「!!」



 自分の身体が元に戻ったと見るや、つきなは床を蹴ってあやなへと走り寄る。



 「うわぁ、早ぁ」



 遠くで揶揄する魅鴉の声も、その耳には入らない。倒れるあやなの元にたどり着くと、その身を抱き起こす。



 「あやな!!しっかりして!!ねえ、あやな!!あやな!!」



 必死に搖するが、ダラリと下がったあやなは目を閉じたまま微動だにしない。咄嗟に胸に耳を当てるが、感じる鼓動は酷く弱い。



 「まさか……そんな、そんな!!」



 生まれてから、初めて感じる心の揺れ。身体の底から、震えが来る。それが恐怖と言うものだと知る由もなく、つきなはただただ、乱れる。



 「嫌だ!!逝かないで!!お願いだから!!お願いだから!!置いていかないで!!」



 あやなの身体を抱きしめ、泣きじゃくる。そんな彼女に、近づく人影。



 ギッ



 その気配に、射殺す様な視線を向ける。立っていたのは、煌夜だった。



 シャアァアア……



 あやなの身体を守る様に抱き締めながら、威嚇音を放って身構える。そんな彼女に向かって、煌夜は言う。



 「心配しなくていいよ。もう、何をする気もないから」

 「それを、信用しろと言うの?」



 つきなの懐疑は晴れない。”あの場所”にいた者達と同じ。考えが、心が読めない。ならば、この場で一番警戒すべきはこの少年。先のやり取りで、力が及ばないのは分かっている。けれど、それでも引く訳には行かなかった。



 ザワリ



 つきなの髪が、騒めく。白い肌が蒼白く染まり、その表面に無数の梵字や呪禁(じゅごん)が浮かび始める。


 先にも見せた、神鬼化が始まっていた。


 しかし、それにも煌夜が動揺する事はない。



 「う~ん。もう少し柔軟になってくれないかなぁ。それじゃあ、落ち着いて話も出来ない」



 今までの所業を、引っ絡めて棚に上げる様な言葉。つきなはますます、警戒を濃くする。けれど、そんな彼女に声をかける者がもう一人。



 「大丈夫だよ。煌くんは酷いぶっきらぼうだし、考えてる事は分からないけど、嘘だけはつかないから」



 煌夜の後ろに立った流凪が、そう言った。



 「褒めるか貶すか、どっちかにしてくれないかな?」



 辟易した様にぼやく煌夜に、つきなは問う。



 「……貴方は、一体、何……?」

 「僕かい?僕は”僕”さ」



 はぐらかす様な答えに、しかしつきなは誤魔化されない。



 「あやなは、訃世(ふぜ)よ。この世の(ことわり)の外にいる存在。それを、一方的に打ち倒すなんて、普通は考えられない」



 そして、つきなは改めて問う。



 「”貴方”は何?」



 その言葉に、煌夜は目を細めて言う。



 「……答えは、出てるんじゃないのかい?」



 ザワリ……



 途端、一変する辺りの空気。つきなの髪が、一層大きく騒めく。



 「そう……。そうだね……」



 昏く光を放つ、つきなの双眸。蛍緑の眼差しが、煌夜を映す。



 「”理外(ことわりはず)れ”を害せるのは、”理外(ことわりはず)れ”だけ。なら、貴方も理外(ことわりはず)れ。そして、そんな存在、いくつもありはしない……なら……」



 そう。物質は、同じ位相の物質にしか干渉出来ない。


 つきなは時無(ときなし)と言うなの理外れ。故に、世の(ことわり)の内に在るもの達に、彼女を殺める事は出来ない。


 あやなも、訃世之天牙(ふぜのあまきば)と言う名の理外(ことわりはず)れ。


 だから、彼女は同じ理外(ことわりはず)れのつきなを喰う事が出来る。ならば、そのあやなを容易に打ち倒す、煌夜と言う名の存在は?



 「……あやなをこんな形に押し込んだのは……封じたのは……」



 そして、つきなと言う名の理外れはたどり着く。目の前の、少年の姿をした”それ”の真理に。



 「煌夜(貴方)、だね……?」



 長い髪に覆われた煌夜の半面。漆黒の髪の奥で、見えない筈の左目が、淡く光った様に見えた。

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