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アウト・サイド・チルドレン  作者: 土斑猫
陸夜・訃世ノ牙
24/34

 流凪(るな)は思っていた。


 目の前の彼女を。


 訃世之天牙(ふぜのあまきば)と言う、存在を。


 世界が創ったと言う、今世最凶の調律者(バランスメーカー)を。


 よほどその味に魅せられたのか、天牙(彼女)は床に広がるつきなの血を啜り続けている。


 床にへばりつく様にして血を貪る、その姿。

 その歪な造形が、流凪にある思いを起こさせる。



 「……(いびつ)だ……」

 「うん?」



 流凪の呟きに、隣りに立つ煌夜(こうや)が視線を向ける。



 「(いびつ)なんだ……」

 「何がだい?」

 「天牙(あの娘)に、同胞(はらから)はあるの?」



 その問いに、煌夜が目を細める。



 「いや。天牙(彼女)に同類はいない。今世で唯一無二の存在だ」



 その答えを、しかと咀嚼する流凪。そして、もう一つ問いかける。



 「じゃあ、天牙(あの娘)に、滅びはあるの?」



 その意を察しているのか、煌夜は淡々と。ただ淡々と答える。



 「ないよ。死という概念も、滅びという事象も、天牙(彼女)にはない」

 「どうして?」

 「天牙(彼女)はね、強力すぎるんだ。だから、同族の存在も、種を増やす事も、世界は良しとしなかった。かと言って、天牙(彼女)が滅びれば、事は元の木阿弥だ。だから、世界は天牙(彼女)に滅びを与える事もしなかった」

 「………」



 望む答えの、全てを得た流凪。それを理解し、そして、再びその言葉を口にする。



 「(いびつ)なんだよ。煌くん」

 「………」

 「種としての保存本能もなければ、死による終わりもない。いつまでも……どこまでも、貪り続けるだけ……。生物と言う位相において、こんなに(いびつ)なことはない……」



 その言葉を、黙って聞く煌夜。



 「あの娘がいたら、そのままでいるのなら、世のバランスは、文字通り壊されてしまう。当たり前だよね。ただ、喰らい続けるだけなんだから。何よりも己の均衡(バランス)を重んじる世界が、そんなものを生み出すなんておかしいよ……」



 それを聞いた煌夜が、わざとらしい顔と声でもって言う。



 「いつも寝とぼけてるだけかと思ったら、意外と考えるじゃないか。少し、見直したよ」

 「何それ。酷いなぁ」



 天牙を凝視したまま、憤慨する流凪。そんな彼女を、煌夜は優しげな目で見やる。



 「天牙(彼女)は間違いなく、世界が生み出したものさ」

 「………」

 「でもね、一つだけ、計算違いがあったんだよ」

 「計算違い?」


 それを聞いた煌夜が、ククッと笑う。今までの様な、抽象的な笑みではない。それは彼が見せる、確かな感情の吐露だった。


 「世界はね、甘く見てたんだよ」

 「何の事?」



 途端――



 チリン



 鈴の音が、鳴った。





 ――そこに、地獄が広がった。


 在ったのは奈落。

 上も。下も分からない。

 ただ、昏い。昏い。

 限りない、奈落。


 そこに、響く。

 声だけが、響く。



 ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛………


 ヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモヨクモ………


 カエシテカエシテカエシテカエシテカエシテカエシテ………


 ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ………


 オ゛オ゛ォ゛オ゛オ゛オ゛オ゛ォ゛オ゛オ゛………


 ホロベホロベホロベホロベホロベホロベホロベホロベホロベ………


 クラエクラエクラエクラエクラエクラエクラエ………



 ――ク イ ツ ク セ――



 怨嗟だった。


 終わりもしない。

 途絶えもしない。

 途切れる事すらない。


 怨嗟の声。


 それが、奈落を満たしていた。

 夜を、闇が満たす様に。

 延々と。

 昏い奈落を、満たしていた。



 「……煌くん……。これは、何……?」



 吹き乱れる、負の叫び。常人であれば、聞き続ける事すら困難であろうその中で、流凪は平然と立っていた。


 立ちながら、隣りにいるであろう煌夜に向かって、問いかける。


 それに応じる様に、笑みを含んだ声が聞こえた。



 「流石だね。この中で、正気を保っていられるなんて」



 「おべんちゃらはいいよ。質問に、答えて」

 「ここはね、天牙(彼女)(彼女)の中さ」

 「中?」

 「そう。彼女の、『訃世之天牙(ふぜのあまきば)』の腑の中さ」



 答える声に、乱れはない。この事象を見せている煌夜自身も、何の負荷も感じていない事は明白だった。



 「天牙(彼女)の中では、常にこの憎悪の嵐が吹き荒れている。これが、天牙(彼女)の絶えなき飢えを駆り立てているんだ」

 「……こんなものを見せて、どうしようっていうのさ?」

 「これが、君の問いに対する答えだからさ」

 「………?」



 怪訝そうな顔をする流凪に、煌夜は言う。



 「言っただろう?天牙(彼女)は、(いびつ)だと」

 「……うん」

 「それはね、天牙(彼女)が既に(ことわり)から外れているからだよ」



 ピクリ



 それまで微動だにしなかった流凪の肩が、ピクリと揺れた。



 煌夜は話す。ゆっくりと、けれど確かな嘲りの意を込めて。



 「確かに、天牙(彼女)に滅びはない。その代わり、世界はある(プログラム)を架していた」

 「プログラム?」

 「神や妖魅の数を適当に減らしたら、天牙(彼女)は眠りにつく筈だったんだ。次にバランスが崩れるその時までね。だけど、天牙(彼女)は止まらなかった」

 「何故?」

 「簡単な話さ」



 答える煌夜の声が、微かに揺れた。それが、笑みの気配だと気づける者はどれほどか。



 「言っただろう?天牙(彼女)は、神や妖魅に対する憎悪を純化して生まれたと」

 「そうだね」

 「それが、仇になった」

 「どういう事?」

 「天牙(彼女)の身を成す、人々の憎悪。それが、世界の組み込んだ理を凌駕した」

 「!!」



 軽く目を見開く流凪。

 煌夜は言う。嘲りを微塵も隠さない声音で。



 「とどのつまり、世界は甘く見てたのさ。心ある存在。人間(ひと)の想いの怖さって言うものを」



 オ゛ォ゛オ゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ァ゛ア゛ア゛ア゛



 夜を象る少年の言葉に呼応するかの様に、怨嗟の意思達が狂喜の叫びを上げた。





 気付くと、流凪は元通り、常夜灯の照らす夜の廊下に立っていた。

 隣りには変わらずに、煌夜が立っている。

 目の前では変わらずに、天牙が血を貪っている。



 「説明は、これで終わりだよ」



 煌夜が問う。



 「納得は、出来たかな?」」

 「うん、ありがとう。煌くん」



 スラリッ



 言葉と共に、流凪が鞘に収めていた露羽(つゆばね)を抜き放つ。



 「何をする気だい?」

 「分かるでしょ」



 愛刀を構えながら、流凪は言う。



 「天牙(彼女)は、すでに“理外(ことわりはず)れ”。(ことわり)から外れたものに殺められれば、その魂は転生の流転から引き剥がされてしまう」

 「だから、止めるのかい?つきな(あの娘)が、喰われる前に」



 頷く流凪。その髪が、ザワリとざわめく。その気配の昂ぶりに答える様に、露羽(つゆばね)の刀身が微かに鳴り始める。



 リィイイイイイ……

 ザザザザザ……



 露羽(つゆばね)の鳴き声に呼応する様に、周囲の大気が揺らめく。

 揺らめきは波となり、水流と化して露羽(つゆばね)の刀身に絡みついていく。

 その様を見ていた煌夜が、ククッと笑った。



 「らしくないね。魅鴉(みあ)と言い、君と言い。今度の案件は、随分と面白い」

 「……あんな快楽主義者と同類に扱われるなんて、甚だ不本意だよ」



 クシュンッ



 少し離れた所で、小さくクシャミの音が響いた。



 「“同類”かい?」



 クククッ



 珍しく、声を出して笑う煌夜。酷く愉快そうに、言う。



 「それを言うなら、ここに在る皆のほとんどがそうじゃないのかな?天牙(彼女)も。つきな(あの娘)も。そして、僕達(・・)も」

 「………」



 流凪は答えない。

 ただ、その意思を表する様に、露羽は透麗な水の衣を纏っていく。



 「もし、君の手で天牙(彼女)が倒れれば、さっき君が言った事が、今度は天牙(彼女)に降りかかる事になる」

 「………」

 「担当者としては、天牙(彼女)にもつきな(あの娘)に比肩する程度の思いは持って欲しい所なんだけどね」



 ギュルルルルルル……



 流凪の手の中で、集まった水は凝縮し、先鋭し、形を成していく。その様は、まるで麗水に模られた長槍の様に見えた。



 「駄目だよ。煌くん」



 心なしか、苦しげな声で流凪は言う。



 「ボクは一人だ」



 渦巻く麗槍の切っ先が、天牙に向けられる。



 「二つの事は、抱えられないよ」

 「……そうかい」



 煌夜が、溜息をつく。



 「邪魔、しないでね」

 「しないよ」



 流凪の懇願にも似た言葉に、煌夜は返す。



 「どうせ、それもまた……」



 研ぎ澄まされた麗槍が、引き絞られる。

 向けられる先は、天牙の脇腹から斜め。恐らくは心臓の位置。



 「ごめんね……」



 小さく、紡ぐ言の葉。そして――



 ズボァッ



 大気を抉る音と共に、渦巻く麗槍が打ち放たれる。

 血に魅せられ、気づかないのだろうか。天牙は、振り向きもしない。

 解き放たれた槍は、キラキラと輝く水滴を散らしながら、狙い外さず、天牙の急所へと抉り込んだ。



 それを見届けながら、煌夜は最後の言葉を呟く。



 「”(すべ)”の導く、ままだから」



 瞬間、澄んだ水滴と朱い珠が、同時に夜の闇を飾った。

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