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アウト・サイド・チルドレン  作者: 土斑猫
伍夜・籠ノ中
17/34

 「何!?」



 突然の事に、つきなが驚きの声を上げる。それが、隙になった。



 「キャアッハハハハァ!!いっただきぃ!!」



 ゴキャアッ



 甲高い笑い声と共に、米神に鋭いつまさきがえぐり込んだ。



 「―――っ!?」



 予想だにしていなかった痛打。小柄な身体は軽々と吹っ飛ばされ、廊下を転がる。



 「―――っ、ゲッ、ゲホッ!!」



 掴まれていた咽喉を押さえながら、咳き込む光貴(みつき)。そんな彼の前に、人影が立つ。



 「ほらほらぁ。しっかりしなさいなぁ。お坊ちゃん」



 酷く、聞き慣れた声。思わず上げた視線の先で笑む、黒衣の少女。



 「魅鴉(みあ)……どうして……?」

 「どぉしたもぉ、こうしたもぉ、ないでしょう?助けに、来てあげたんじゃなぁいぃ」



 いつものちゃらけた声で言いながら、足元で蠢いている髪の毛をザスッと蹴り飛ばす。



 「まぁねぇ。あんたとぉ、お姫様のお話ぃ、こぉんなつまんない形でぇ、終わらせるのもぉ、癪だしねぇ」

 「魅鴉……」

 「ったく。いつまでも、呆けてんじゃないわよ」



 突然、ガラリと変わる口調。その視線の先には、ユラリと立ち上がるつきなの姿。



 「まだ、終わった訳じゃないのよ。早く、お姫様ん所に行ってあげなさい。でないとあの娘、マジで逝っちゃうわよ」

 「!!」



 魅鴉の言葉に、我に返る光貴。振り返った先では、身体に巻きついた髪もそのままに、苦しげに息をつく梨沙(りさ)の姿。



 「梨沙!!」



 痛む身体を無理に起こすと、梨沙の元へと駆け寄る。絡みつき、今だに蠢く髪を取り払って抱き起こすと、真っ青になって震える顔が顕になった。



 「梨沙!!梨沙!!しっかりしろ!!」



 必死に呼びかけるが、声が返る事はない。限界が近いのは、明らかだった。

 光貴は、魅鴉に向かって懇願する。



 「魅鴉、頼む!!血を、あいつの血を採ってくれ!!じゃないと、梨沙が!!」



 その言葉に、魅鴉はチッと舌打ちする。



 「そんな余裕、あればいいけどねぇ」



 その視線の先では、完全に起き上がったつきなが、蛍緑に輝く瞳でこちらを睨みつけていた。



 「……貴女、何……?」



 つきなが、問う。


 この一瞬の間に、断ち切られた筈の髪は、もう元の長さにまで戻り、米神に穿たれた傷も消えている。あれだけの攻撃を食らっても、ダメージは、残っていない。


 それでも、彼女から漂う気配には、今までにない警戒の色が強く出ていた。


 魅鴉は、呆れた様に溜息をつく。



 「嫌になるわねぇ。どうせ、死にゃしないんだから、もう少し呑気に構えてもいいでしょうに」



 そんな魅鴉の愚痴に構わず、つきなは問いかけ続ける。



 「貴女、何?……どうやって、ここへ……?」

 「質問は一つにしてくれない?」



 鬱陶しそうに髪をかきあげながら、魅鴉は言う。



 「隠里世(かくりよ)への侵入なんて、初歩の初歩よ。こんな仕事やってりゃ、嫌でも身につくわ」



 その言葉を聞いたつきなの目が、キュウと細まる。



 「仕事……?貴女、まさか……」



 カッ



 彼女の言葉を遮る様に響く、床を蹴る音。


 瞬間、魅鴉がつきなに肉迫する。



 「!?」

 「あんまりお喋りに付き合うつもりないのよね!!悪いけど!!」



 つきなの髪が追いすがる様に襲いかかるが、それよりも早く、魅鴉の蹴足が彼女の腹に突き刺さる。


 再び吹っ飛ぶ、つきなの身体。しかし、こんどはその途中で体勢を整え、伸ばした腕で床を掴む。



 ガギギギギッ



 鋭い爪が床に食い込み、滑る身体を固定する。



 「もう!!悲鳴の一つくらい上げなさいよ!!面白くないわねぇ!!」



 ギュンッ



 愚痴る魅鴉に向かって、無数の髪の束が槍の様に伸びる。途端、



 バチンッ



 魅鴉の周りで光が弾け、殺到する髪を尽く焼き散らす。

 髪が焼ける匂いの中で、魅鴉は叫ぶ。



 「大雷(おおいかづち)!!火雷(ほのいかづち)!!黒雷(くろいかづち)!!」



 バチンッ バチンッ バチンッ



 その声に応じる様に、魅鴉の周りに三つの黒い光球が現れる。



 ガチガチ…… ガチガチ…… ガチガチ……



 渦巻く光の中から響く、怪しい音。それは、漆黒の雷火に包まれた獣の頭骨。鋭い歯牙を噛み鳴らしながら、昏い眼窩で獲物たるつきなを睨めつける。



 「……式神……!?」

 「抉れ!!貪れ!!喰い散らせ!!」



 交錯する、二人の声。三つの雷獣が走り、つきなに襲いかかる。


 つきなは咄嗟に飛びずさるが、雷獣の群れは文字通り雷光の速さ。あっという間に追いすがり、そして――



 ガシュッ ガシュッ ガシュッ



 鋭い牙が、つきなの足を噛みえぐった。



 ガクリ



 肉の焼ける匂いと共に、体勢を崩す。見逃す筈は、なかった。



 「柝雷(さくいかづち)!!若雷(わきいかづち)!!土雷(つちいかづち)!!鳴雷(なるいかづち)!!伏雷(ふしいかづち)!!」



 バチッ バチチッ バチィッ



 「縛れ!!」



 新たに顕現する、五つの雷獣。主の命に従い、牙を鳴らしながら獲物へと殺到する。何とか傷の再生を間に合わせたつきなが、迎撃しようと身構える。しかし――



 「遅いわよ」



 視界を覆っていた雷光の影から、怪鳥(けちょう)の如く躍り出る魅鴉。死神の鎌の様に構えていた手を、袈裟懸けに振り下ろす。



 ザキュキュキュキュキュッ



 猛禽のそれの如く研ぎ澄まされた爪が、つきなの胸を5重に引き裂く。再び体勢が崩れるのと、別の衝撃を感じるのは同時だった。



 ガガガガガッ



 「―――っ!!」



 首。両手。両足。牙の群れがつきなの五体に食い込む。目まぐるしく揺れる視界。電熱を伴った牙が喰い込む感触と、四方に引っ張られる感覚。



 「………!!」



 気が付けば、つきなの身体は四肢と首をくわえられ、宙に磔になる様にぶら下げられていた。





「やれやれ。やっと大人しくなったわね」



 身動きのとれなくなったつきなを見上げ、息をつく魅鴉。



 ザワッ



 唯一、自由のきく髪が襲いかかる。しかし、魅鴉の周りを飛び回る三つの雷獣が牙を剥き、その全てを焦がし散らす。



 「あんた、意外と馬鹿ね。今更そんな手、喰らう訳ないでしょうが」



 つきなはその身を捻るが、喰い込んだ牙の枷は、人間を遥かに超える彼女の力をもってしてもビクともしない。



 「にしても、しぶといわねぇ。その子達、ずっと電流流してるのよ?全身麻痺しても、おかしくないのに。」



 そう言って、パチンと指を鳴らす。



 バチィッ



 喰いこんだ牙から一際眩い閃光が流れ、つきなの身体を貫いた。


 流石に効いたのか、グッタリとするつきな。それを確認すると、魅鴉は傍らで見守っていた光貴に声をかける。



 「済んだわよぉ」

 「………」



 返事はなかった。


 無言の彼の目に浮かんでいるのは、恐怖。先刻まで、自分達を蹂躙していたつきな。それを、圧倒した魅鴉。そんな彼女に対する恐れが、ありありと現れていた。



 「あらあらぁ。ちょっと刺激強すぎたぁ?」



 しかし、そんな事は気にもとめない。魅鴉は飄々と言う。



 「まあねぇ。このくらいの荒事はこなせないとぉ、やってけない世界に住んでますんでぇ」



 自分達を見つめる眼差しの鋭さ。思わず光貴が後ずさろうとしたその時、その腕の中で梨沙が震えた。



 「!!」



 我に帰った光貴は叫ぶ。



 「魅鴉!!血を!!」

 「はぁーいよぉーっと……言いたいとこだけどぉ……」



 光貴の訴えに、魅鴉が首を振った。



 「今は、ダメね」

 「な……!?」



 思いもよらない言葉。光貴は愕然とする。



 「何言ってんだよ!!早くそいつの血を飲ませないと、梨沙が……」

 「アンタ、ホント馬鹿ね」



 憤る光貴を、魅鴉の冷淡な声が押しとどめる。



 「忘れたの?あの娘の血はあくまで時を留めるもの。苦痛を癒すものではないわ」

 「あ……」



 光貴は、自分の身体から血が引くのを感じる。


 そう。つきな――時無(ときなし)の血は、癒すものではない。時を、留めるもの。時の流れを、止めるもの。それが意味する事は一つ。


 今、発作に苦しむ梨沙にそれを与えれば、発作を起こしたまま、彼女の時を止める事になる。


 終わりのない苦しみに、彼女を閉じ込める事になるのだ。



 「分かるでしょ?分かるわよね?」



 冷たい眼差しで見下ろしながら、魅鴉は問う。その問いに、光貴は無言で答える。



 「せめて、今の発作が治るまではお待ちなさいな。それからでも、遅くはないでしょう」



その言葉に、光貴はしかし頷く事が出来なかった。そう。彼には分かっていた。今、梨沙を襲っている発作は――



 「……構いません……」



 不意に聞こえた声に、魅鴉と光貴の視線が彼女へと集まる。梨沙が苦痛に潤む眼差しで、二人を見上げていた。



 「構いません……。あたしに、血を……ください……」

 「梨沙……お前……」

 「あんた、何言ってるか分かってんの?」



 冷えた声で、魅鴉が言う。



 「今の状態であの娘の血を飲んだら、その苦しみが固定される。血の効力が尽きるまで、一秒たりとも途切れる事なく苦しみ続ける事になるのよ」



 淡々と紡がれる、冷淡な言葉。

 けれど、梨沙は揺るがない。



 「分かってます……けど……」



 強い光を放つ、少女の瞳。



 「死ぬ事も……ないん、ですよね……?」

 「!!」



 目を見開く光貴。魅鴉は、その瞳をキュウと細める。しばしの沈黙。そして、魅鴉は言う。



 「そうね。時が止まる以上、死ぬ事もないわ。でも……」



 魅鴉が、グイッと梨沙に顔を寄せる。



 「それは、地獄よ」



 漆黒の瞳孔が、梨沙を映して冷たく光る。



 「時による終わりもなければ、死による解放もない。ただ、ただ、今の苦痛が延々と続くだけ。耐えられるのかしら?貴女みたいな、小娘に」

 「……耐えます……!!」



 一拍の躊躇いもなく、梨沙は答える。



 「口だけなら、何とでも言えるわよ」



 間も置かず、魅鴉は言う。そんな彼女の心を挫く様に。

 けれど、彼女は揺らがない。苦痛にひくつく肺に精一杯の力を込めて、震える唇で決意を紡ぐ。



 「……この発作は、もう……治りません……」

 「!!」



 その言葉に、光貴はビクリと身体を震わせる。それは、彼が感じていた事そのもの。長く、梨沙の発作を見てきた彼にも、分かっていた。


 この発作は……。


 魅鴉は、今度は何も言わない。ただ黙って、次の彼女の言葉を待つ。


 そして、そんな二人に向かって梨沙は続ける。



 「……分かるんです……この発作は、いつもと違うって……」



 紡ぐ言葉は、途切れ途切れ。それが、彼女の苦痛と疲弊をものがたる。そして、



 「きっと……これが、最後……。これが終わる時は、あたしが、終わる時……」



 彼女は弱々しく、けれど逸らす事なく、己の運命を言い切った。



 「――っ」



 咽喉が引き攣る様な声を上げ、震える光貴。そんな彼をいたわる様に、梨沙はその頰にそっと触れる。


 そんな二人を見下ろしながら、魅鴉は言う。



 「ホントに、(さか)しいわね。でも、それだけ悟れるなら、分かるでしょうに。」



 告げる言葉は、何処までも冷淡。



 「さっさと死んだ方が、楽って事よ?それ」

 「お前……!!」



 怒りにまかせ、食ってかかろうとした光貴を、梨沙の手が制する。そして、虚ろに揺らぐ瞳が真っ直ぐに魅鴉の目を見つめた。



 「分かってます……でも……約束、したんです……」

 「約束?」



 喘ぐ口が、「ハァ」と大きく息をつく。今にも途切れそうなそれを振り絞り、決意の形を具現する。



 「光貴と、ずっと一緒にいるって……」

 「!!」

 「……へえ……?」



 わざとらしく声を漏らす魅鴉。嘲る様に問う。



 「そんな事?そんな事のために、終わりのない苦しみを背負うっていうの?」

 「貴女にとってはそんな事でも、あたしには……あたし達には、全てです……。だから……」



 心を試す問い。梨沙は揺らぐ事なく、言い放つ。



 「どんな事をしても、どうなっても、あたしは、生きます!!」

 「………」

 「………」



 しばしの沈黙。魅鴉は梨沙の顔をジッと見つめ、そして――



 「クフッ!」



 破顔した。



 「アハ、ハハハ、ハハハハハ!!」



 この上なく、楽しそうに。そして嬉しそうに笑う魅鴉。



 「前言撤回!!」



 笑いながら、唖然としている梨沙達に言い放つ。



 「(さか)しいどころの話じゃないわ。あんた、大馬鹿。そんで、大概イカれてる」



 白い手が伸び、血の気の失せた梨沙の頬をなでる。



 「でもね」



 頬を嬲る、冷たい手。主の心根を表す様なそれが、今は熱を持った身体に心地良い。



 「好みよ。そーゆーの」



 そう言うと、魅鴉はすっくと立ち上がる。



 「待ってなさい。今、持ってきてあげるわ」

 「魅鴉……」



 踵を返しながら、自分を見つめる光貴に言い放つ。



 「あんたには勿体無いくらいの上玉ね。そんなんじゃなければ、寝取ってやりたいくらい」

 「な、何言って……!?」



 慌てる彼を、楽しそうな声が笑い飛ばす。



 「最期まで、見せてもらうわよ。貴方達の演ずる、とびっきりの悲哀劇(グランギニョール)



 そして、孕凶(ようきょう)の姫は時無き少女へとその足を向けた。

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