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アウト・サイド・チルドレン  作者: 土斑猫
参夜・妖姫
11/34

 また、夜が来た。


 月明かりが差し込む、漆黒の空間。

 その中で、羽柴光貴(はしばみつき)は待っていた。


 約束の時間は、とうに過ぎている。

 それでも彼は、待っていた。


 様々な手を探って、ようやく見つけた仕事人達。

 金さえ払えば、どんな汚れ仕事でもやってのける。

 そんな彼らを、破格の報酬で抱き込んだ。


 いくら財閥トップの息子とはいえ、出来る事には限度がある。今回動かした金は、明らかにその限度を超えている。発覚すれば、ただでは済むまい。最悪、勘当された上に一族からの追放と言う事も考えられた。


 けれど、彼にとってはそれも些細な事。彼に、光貴にとって必要なのは、梨沙(りさ)だけだった





 彼が、幼少の頃からの幼馴染。そして、将来を誓い合った恋人。

 両親親戚が金繰りに没頭する中、常に孤独だった彼の側にいてくれた、唯一無二の存在。


 彼女さえ側にいてくれるのなら、地位も金もどうでもよかった。あらゆるしがらみから解き放たれたなら、彼女を連れて何処か片田舎で静かに暮らそう。そうとすら、考えていた。


 けど。

 けれど。


 それを叶える為には、壁があった。

 とてつもなく固く、厚く、高い壁。


 それは、梨沙の抱える病。

 彼女が高校生になった時、その災禍は何の前触れもなく現れた。


 急に襲った、耐え難い全身の痛み。

 光貴に出来るのは、救急車で運ばれる彼女に付き添う事だけだった。


 原因は不明。当然、治療法も不明。

 手の施しようもないまま、謎の病は梨沙を蝕んでいった。


 普通の病院では手の施しようがない事が分かった時、光貴は自分の財閥が経営する総合病院へと彼女を転院させた。そこには名だたる名医が幾人も在席し、世界クラスの医療機器が揃っている。間違いなく、国内で最高の治療が受けられる場所だった。


 けれど、そこであっても事態は好転する事はなかった。


 梨沙に宿った病は、邪悪だった。本来、病に邪悪と言う形容はふさわしくないかもしれない。けれど、その有様はまさに邪悪としか表し様がなかった。


 発作は死に勝る程の苦痛を伴いながら、決して最期をもたらす事はなかった。その苦しみは、命が掻き消える手前で止まり、それを日に幾度となく繰り返す。


 まるでいたぶる様に。弄ぶ様に。終わりをもたらす事なく、少しずつ、本当に少しずつ、病は梨沙を苛み続けた。


 そんな、ある夜。もう、幾度目かもしれない発作。強い鎮痛剤ですら抑えられない苦しみの中で、梨沙は脇に座る光貴の手をひしと握った。握りながら、霞む眼差しで彼を見つめた。見つめて、ニコリと笑った。綺麗に、とても綺麗に笑った。


 その笑顔を見た瞬間、光貴の中で何かが切れた。


 逃げる様に病院を飛び出した彼は、当てもないまま夜の街を彷徨った。


 漠然と霞む思考の中で、彼は己の死を考えていた。どの道、梨沙が死ねば自分の生きる意味もなくなる。それならば、先に逝って彼女を待っても同じ事ではないだろうか。


 心が、壊れかけていた。フラフラと歩きながら、彼は死に場所を探していた。

 何処を、どう彷徨ったのかも覚えていない。


 そして、どれほどの時間が経っただろう。

 いつしか、彼は”そこ”に立っていた。





 その時から、道は開けた。


 “そこ”で手に入れた“(すべ)”を元に、彼は“あれ”を手に入れた。


 その姿に、最初は罪悪感を覚えもした。けれど、その痛みも安らいで眠る梨沙の前では些細な事だった。


 そう。

 “あれ”が必要だった。

 梨沙が生きる為には、“あれ”が必要だった。

 取り戻さなければいけない。“あれ”を。絶対に。


 だから、彼は待っていた。

 彼らが戻るのを。彼らが、“あれ”を持ち帰るのを。

 待ち始めて、既に数時間が経っていた。彼らは、まだ戻らない。だから、待つ。いつまでも。いつまでも。“あれ”がこの手に戻るまで。


 ――と、



 ユラリ



 闇が、揺らいだ。

 その気配に、光貴は思わず身を乗り出す。


 しかし、



 「無駄よ」



 聞こえてきた声に、光貴は肩を落とした。



 「魅鴉(みあ)……」



 その声に答える様に、黒衣の少女が闇の中から現れる。



 「何の用だよ……?お前の相手をしてる暇は……」

 「言ったでしょ。無駄よ」



 自分の言葉を遮った、魅鴉の声。いつもの浮ついた調子がない。それに、光貴は違和感を覚える。妙な胸騒ぎを感じ、問いただす。



 「何の事だよ?」

 「あんたの雇った連中、全員死んだわ」

 「………!!」



 息を呑む光貴に、魅鴉は言う。



 「あんた、意外と馬鹿ね。いくら腕に覚えがあったって、ただの人間にあの娘がどうにか出来る筈ないでしょう?」

 「そんな……馬鹿な……!!」

 「だから、馬鹿はあんただって」



 容赦のない言葉が、光貴を打つ。



 「あんたがあの娘を捕まえられたのは、”あれ”で得た”(すべ)”があったから。そして、何より……」


 冷めた声で、魅鴉は言う。



 「あの時のあの娘に、抵抗の意思がなかったから。何故かは、知らないけどね」



 足から、力が抜ける。光貴は崩れ落ちると、冷たい床を拳で叩いた。



 「ちくしょう……!!ちくしょう……!!」



 ガンッ



 そんな光貴の目の前の床を、魅鴉の足が踏み砕いた。



 「!?」

 「ヘタレてる場合じゃないわよ」



 見上げると、見下ろしてくる猛禽の様な目と視線が合った。



 「まったく。早まった真似をしたもんだわ。おかげで、マズイ事になった」



 らしくない、淡々と語る口調。その事が、光貴に妙な不安を与える。



 「……どういう事、だよ……?」

 「今度の事で、あの娘が“あんた達”を排除対象と認識したわ」

 「……?……」



 ポカンとする光貴。

 言われている事の意味が理解出来ない。それとも、意識がそれを拒否したのかもしれない。けれど、魅鴉は容赦なく現実をねじ込む。



 「分からない?あの娘、殺す気よ。あんたも。そして、あんたのお姫様もね」

 「……お姫、様……!?」



 その言葉の意味を理解した瞬間、全身から血の気が引くのを感じた。



 「馬鹿言え!!あいつは梨沙の事なんて、知らない筈だ!!」

 「あんた、本当にあの娘を甘く見てたのね」



 溜息をつきながら、魅鴉は言う。



 「あんた、何度、あの娘と顔を合わせた?」

 「……え……?」

 「あの娘、見た相手の思考を読めるのよ」

 「な……!?」



 魅鴉は、冷淡に告げる。



 「知ってるわよ。全部。あんたが、何のために自分を必要としてたかも。あんたが、誰のために必死になってたかも」

 「そんな……そんな……」



 乾いた喉に、舌が張り付く。引きつる様な嘔吐感が襲うが、それを呑み込んで叫ぶ。



 「お前!!そんな事一言も言わなかったじゃないか!!」

 「仕事じゃないもの」



 浴びせられる怒号を微塵も気にせず、魅鴉はサラリと言い放つ。



 「勘違いしないで。魅鴉は見届け人。(すべ)を得たあんたの行く末を見届けるだけ。必要以上に干渉は出来ないし、するつもりもない」

 「―――っ!!」



 あくまで冷静。そして、冷淡な物言い。光貴は言葉を失う。

 そんな彼に向かって、魅鴉は続ける。



 「ほら。不抜けてていい訳?こうしている間にも、あの娘は動いてるわよ」



 虚ろだった光貴の目が、ハッと見開く。



 「もうすぐ、街が眠りにつく。あの娘は、それを待ってた筈」



 魅鴉の顔が、薄く笑みを浮かべた。



 「最初に狙われるのは、どっちかしらねぇ?」



 ダッ



 立ち上がった光貴が、弾ける様に走り出す。

 自分の横を駆け抜け、外に飛び出していく光貴。その背を肩越しに見送りながら、魅鴉はボソッと呟いた。



 「まぁ、これも、道筋の一つでしか、ないんでしょうけどねぇ」



 そして、彼女の姿も夜闇の中へと掻き消えた。

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