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アウト・サイド・チルドレン  作者: 土斑猫
参夜・妖姫
10/34

 「皆……!!」



 咄嗟に、リーダーの男が声を張り上げる。しかし、その声が形を成す前に、



 ブシュッ



 奇妙な音が響いた。


 思わず向けた目の先で、仲間の一人が首から赤い飛沫を上げていた。


 自分に何が起きたかを知る間もなかったのだろう。悲鳴はなかった。


 絶句する皆の視線の中、倒れた男の背後で屈み込んでいたつきなが身を起こす。ギトギトとヌメつく肉片を飲み下すと、彼女は汚れた口をグイと拭った。



 「ひ、ひぁあああ!!」



 男の一人が、引きつった声を上げて腰からソファーの上に崩れ落ちる。



 「ば、化け物がぁ!!」



 もう一人の男が激昂し、取り出した警棒でつきなに殴りかかる。迫る鋼の棒を視界に捉えながら、けれど彼女は微動だにしない。



 ガツッ



 響き渡る、鈍い音。警棒の一撃はつきなの頭を削り、肉片とも血漿ともつかないものをキラキラと散らす。けれど――



 キョロリ



 ガクリと傾いだ頭が元の位置に戻った時、そこに穿たれた筈の傷は、もう跡形もなく消えていた。



 「うぉあ!?」



 驚きと恐怖の混じった声を上げ、男はがむしゃらに警棒を振り回す。



 「死ね!!死ね!!死ね!!死ねぇえええ!!」



 ガスッ ボクッ ボキッ ゴキッ メチャッ



 鍛え上げられた男が、渾身の力で振り回す警棒。それが、華奢な少女の身体を打ちすえる。幾度となく響く、骨が割れ、肉がえぐれる音。


 けれど、それは全てつきなの身体に痕を残す事なく消えていく。



 「何なんだ!!何なんだよぉ!!お前はぁああ!!」



 半狂乱の(てい)で、男は凶器を振るう。



 「死ねよ!!死んでくれよぉおおお!!」



 男は泣き叫びながら警棒を投げ捨てると、懐に手を入れる。引き出された手の中には、鋭く光るナイフがひと振り。



 ザスッ



 つきなの胸に、無骨な刃が突き立つ。


 一瞬、彼女の動きが止まる。男の顔が安堵した様に緩み、そして――



 「……うるさいなぁ……」



 固まった。



 「ヒッ!?」



 声を引きつらせながら、身を引く。しかし、それはかなわない。

 ナイフを握る手に、蠢く髪の毛が幾重にも絡みついていた。



 「―――っ!!」



 ザグゥッ



 悲鳴よりも早く、異音が響いた。


 長い黒髪が意思を持った様に踊り、男の身体を細断していた。



 バチャァッ



 「ひぃいいいっ!!」



 床に水をぶちまける様に広がる、血と肉片。腰を抜かしていた男が、散った飛沫を受けて悲鳴を上げる。



 「………!!」



 凄惨な光景の中、リーダーの男は呆然と立ち尽くしていた。


 人々が裏と呼ぶ世界に生きる道を見出して以来、血生臭い修羅場は何度も超えてきた。人が聞けば眉を潜める様な仕事も、幾つもこなしてきた。人、特に子供の拉致など、さして珍しい仕事ではない。


 異常嗜好者の玩具。金だけが有り余った病人の、部品取り(ドナー)。需要は、いくらでもある。今度の件も、いつも通りの事だと思っていた。依頼人にこそ多少の違和感は感じていたが、破格の報酬の前では些細な事だった。


 易く高い仕事。断る理由などなかった。


 しかし――



 サクッ



 彼の目の前で、”それ”が胸に刺さったナイフを無造作に引き抜いた。


 心臓を貫いていた筈のそれは、抜いた瞬間にほんの数滴赤い滴を散らすだけ。血が噴き出すどころか、服に染みた跡すらも広がらない。



 「破れちゃった……。あやなの服……」



 服にあいた切れ目を見つめながら、悲しげに呟く”それ”。


 異常だった。

 何もかもが、異常だった。


 知り尽くした筈の裏の世界。表通りの常識から逸脱した、汚泥の溜まり場。そこにおいてすら、なおどうしようもない、”異端”だった。



 「……一体、お前は、何だ……?」



 命のやり取りの場で、相手に質問をするなど馬鹿げている。そんな事、当然の様に心得ていた。けれど。それでも。彼は問うた。純粋な好奇心か。恐怖による逃避か。それは彼自身にも分からない。ただ、自然とその言葉を口が紡いでいた。


 “それ”が、キョロリと視線を彼に向ける。

 淡く蛍緑に光る瞳孔。人間の目ではない。


 もっと早く気づけば、結果は違うものだったろうか。それすらも、今は些細な事だけど。



 「……どうしようかな……」



 ”それ”が言う。



 ピチャリ



 湿った音が聞こえた。


 それが、広がる血溜りの中に一歩踏み出していた。



 ピチャリ ピチャリ



 一歩。また一歩。近づいてくる、”それ”。



 「……部屋。あやなのなのに。無茶苦茶になっちゃった……」



 独りごちる、声。

 その目が見回すのは、真っ赤に染まった部屋の惨状。



 「ねえ。どうしようか?」



 困った様に、言う。



 ピチャリ ピチャリ



 その姿はもう、目の前。



 ザワリ



 水音とは、別の音が聞こえた。

 ”それ”の髪が、ざわめいていた。


 たった今、一人の人間を細切れにした黒い髪。それが、赤い滴を散らしながら、ザワリ、ザワリと騒いでいる。



 「何なんだ……お前は……?」



 逃げようとは思わなかった。それがもう、叶わないと知っていたから。だからせめて、答えを得ようとする。

 けれど、そのあえかな願いも叶わない。

 ”それ”は、ただ囁く。



 「ねえ。どうすればいい?」



 ザワリ



 黒く長い髪が、大きく広がる。血を被った照明が、ジジと明滅する。その中で烏の濡れ羽の様に輝くそれは、死を誘う天使の翼の様に見えた。



 「本当に」



 天使が詠う。



 「困ったなぁ」



 そして、それが彼の見た最後の光景となった。





 「ひぃ……ひぃいいい……」



 つきなは、血に染まったソファーで腰を抜かしている男を、色の無い眼差しで見下ろした。その男も武器を携帯していたが、それを振るう気力は完全に萎えている様だった。



 「よ、寄るな!!化け物!!」



 泣き叫びながら手を振るが、懇願はつきなには届かない。



 「ひぃっ!!」



 成す術なく、泣き叫ぶ男。そんな彼に、つきなは身を屈めて視線を合わせた。



 「ねぇ」



 怯える男の顔を真正面から見つめながら、問う。



 「貴方達は、雇われ人?」



 ここに至って、もはや偽証も黙秘もありえない。男はぶんぶんと頭を縦に振る。その行為に、あえかな望みを託しながら。



 「ふうん……?それじゃあ……」



 蛍緑の目を細めながら、もう一問。



 「貴方達を雇ったのは、だぁれ?」

 「あぅ……あぁう……」



 答えようとするも、震える口から出る声は、うまく言葉の型をなさない。それを察したつきなが、両手を伸ばす。冷たい手が、男の顔を挟む様に固定した。



 「ひっ!!」



 上ずった悲鳴を上げる男を、つきなは見つめる。

 しばしの間。

 やがて、つきなはその手を男の顔から離した。



 ホゥ。



 小さく息をつくと、つきなはうんざりした様に呟く。



 「やっぱり、か……」

 「?」

 「ありがとう。全部、分かった」



 当惑する男にそう言うと、つきなは男の頭を撫でる。男の顔が、微かに綻んだ。



 「そ、それじゃあ……」

 「うん」



 頷きながら、薄く笑む。そして、一言。



 「もう、いらない」



 瞬間、赤い花が部屋いっぱいに咲いた。






 「はぁ……」



 顔に散った鮮血を拭いながら、つきなは独りごちる。



 「このままでもいいかと、思ってたんだけどなぁ……」



 その目には、かの姿がありありと焼き付いていた。

 少年。

 見知った顔。見慣れた姿。



 「放っておく訳には、いかないか……」



 薄い唇の間で、白い牙がキチリと鳴った。


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