Right now ha ha !
暫く、狗恋山の絶景を眺めていると…
「鉄治、久しぶりだな、元気か?」
目が湯気に慣れたようで、今度は相手の顔がハッキリ見えた。
「お久しぶりです!冴木さん!俺は元気です、冴木さんはお変わりないっすか?」
「あぁ、元気だ… 」
冴木 猛 … 年齢:50才・職業:重機オペレ ーター・過去は一切不明・重機オペレータ ーとして数々の伝説を持つ …
冴木さんは、社長が会社を立ち上げた頃から、社長の右腕として働いている。
社長のように一流の解体工が、マシーンと呼ばれるのに対し、冴木さんのような一流の重機オペレーターはロボット、又はロボと呼ばれる。
鉄虎で働き始めた頃、俺が実際に目にした冴木さんの仕事なんだが … 腰が抜ける程驚いた。
重機にはフォークと呼ばれる部分があるんだ、そうさな、人間で言うと手と指だな、そこで物を掴んだり放したり出来るんだが 、解体現場では建物の骨組みとして使われていた鉄や鉄屑がよく出るんだ、それをな団子にしちまうんだ、出てきた鉄や鉄屑をワチャッと掴んでなポ~ンポ~ンと空中に放り投げて受け取る、又、放り投げて受け取る、これを繰り返し、楕円形の鉄筋団子を作るんだ、そうすると塊っているからトラックに積み易くなる。これを冴木さんは1人でや っちまうんだ、鉄筋団子作りもトラックに積むのも全部1人で 、簡単そうに思うだろ ?ところがな、鉄や鉄屑を掴んで放り投げる迄は行けても、受け取れねぇんだ、バラバラ落としちまうのさ、やってみてくれと言いたい所だが、難しいだろうから 、俺等みたいな仕事をしている知り合いがいたら聞いてみな、出来る人間はまずいないぜ …
あっ、もし居たら紹介してくれよ、社長に話して鉄虎に来て貰いたいからよ!宜しく頼むぜ!
「鉄治、仕事はどうた?」
冴木さんが俺に聞いた
「はい、何とか頑張っています!冴木さん、又、ご指導お願いしますっ!」
正直、俺は社長よりも、冴木さんの方が緊張してしまう …
冴木さんは普段から人を寄せつけない所があって、近寄りがたい存在なんだ …
会社でも、冴木さんに話し掛ける同僚はいても、冴木さんから話し掛けられる事は極端に少い、無いに等しい …
誤解しないでくれよ、意地が悪いとか嫌われているとかじゃなくてオーラが凄いんだ
「鉄治、まだ俺に指導とか言うのか?俺は指導なんかしないぞ欲しけりゃ見て盗め… 其が俺達のいる世界、職人の世界だろ? 」
「はっ、はいっ!すいませんっ!」
格好いいっす!冴木さん!俺 、何か、血圧上がって鼻血が出そう …
「フッ… 鉄治、お前はいいな… 」
「はっ?何がすか?」
冴木さんは目を細め
「お前を見ていると 思い出す漢がいてな、お前そっくりだ … 鉄虎社長と俺とそいつと3人で色々な現場行った … 懐かしいな … 」
「… あの、冴木さん、それでその俺に似てる人ってのは?別の会社に行ったとかですか?」
俺は会った事がないから、俺に似ていると言う人が、社長や冴木さんを裏切りでもしたのかと思い少し腹がたった。
「他の会社ならいい… 死んだんだ …」
あっ…
俺は1人で勘違いをして腹を立てて… 不味い事を冴木さんに聞いてしまったなと後悔し俯いた。
「何もお前が悪い訳じゃないだろ?殺した訳でもあるまいし… よしっ、上がるか」
ザバッ冴木さんは立ち上がった
「お疲れ様ですっ!話し、有り難う御座いますっ」
俺は、何か言わなければと思い、冴木さんに声を掛けた
冴木さんは目を細めて、悲しそうに微笑み
「鉄治、イラタカ似合ってるぞ… 大事にしろよ … さっきの話しの漢はな病気で死んだんだ… 癌でな …そいつが、俺と鉄虎社長に遺してくれた形見のイラタカだ… 事故や災いなんて全て吹き飛ばしてくれるからな 」
冴木さんは、俺に背中を向け歩いて行ってしまった …
そんな大事なイラタカ…
何で俺なんかに …
ずっと気になっていた…
社長が俺を助けてくれた時、
流した一粒の涙 …その訳が解った …
俺は、胸を締め付けられるような想いがした …
イラタカを社長に返そうか… とも思ったけれど …
それも何だか気が引ける …
どうしたらいいもんかな …
考えながら、狗恋山を眺めていたら …
本当に逆上せて鼻血が出てきた。
「うわっ、ヤベッ!」
俺は慌てて頭に置いたタオルを鼻にあて、露天風呂から飛び出し、渡り廊下を走った
「あっ、鉄さん?」
「鉄治、どうしたの~?」
「鉄治さん?」
「鉄サン?鼻血カ?」
天野と矢野さんと政に清にジミーが渡り廊下を露天風呂に向かい歩いて来たが、俺には余裕が無く脱衣場へ急ごうとした。
「もぉ~鉄治♪ 」
ググッ!
「わ~!矢野さん何 ?」
矢野さんはいきなり、俺の鼻の付け根を親指と人差し指で押さえた
「1~2~3~4~5~6~7~8~9~10♪ はいっ、止まった♪」
矢野さんが、俺の鼻の付け根から指を離すと、鼻血が本当に止まった …
「へっ、垂れてこない …」
「ねっ、止まったでしょ♪」
矢野さん… 貴方はきっと、目に見えない力を何か持っていますよ … 俺、保証します …
皆は、鼻血が止まったなら、もう一度、露天風呂へ行こうと俺を誘ったが
「ごめん、俺、頭洗って上がるわ、本当、 ごめんっ」
皆と別れ内風呂へ急いだ
内風呂の洗身場で、頭と顔、血のついたタオルを洗う、顔を下に向けても鼻血は出ない、すっかり止まったようだ。
「凄ぇな矢野さん、出会えて良かった~」
俺は内風呂に短めに入り風呂場から出た。
脱衣場で、籠の中に置いたバスタオルを使い躰をよく拭き着替えを終えると、脱衣場にある洗面所へ向かい、備え付けのドライヤーを使い、鏡を見ながら手櫛で髪を乾かし整えた。
「よしっ、髪OK、イラタカOK!後はリュ ックを持って出ればいいな …」
貴重品を入れたロッカーから、リュックを取り出し、返ってきた100円を小銭入れに入れた。
「風呂上がってから何処行けばいいんだ? まぁ、玄関横の受付で聞けばいいな 」
風呂場を出ると、模造紙にデカデカと案内が書かれていた。
有) 鉄虎 様
お食事は2階「秋の間」にご用意させて頂きます。2階へは一度玄関ホール迄お越し頂き、玄関ホール横の階段をご利用下さい 。
お食事処 羽波
「貼り紙、風呂を出て真正面だし… これなら、まだ風呂に入っている皆も大丈夫だろう、すぐ解るな…」
俺は一度玄関ホールへ戻り、階段を上り、秋の間を探した。
階段を上ると、突き当たりの真正面に、有) 鉄虎 様と毛筆で書かれた垂れ幕が下げてあ ったので直ぐに目につき迷わずに済んだ。
秋の間の引き戸を静かに引く…
先に風呂を上がった皆は、一杯やりながら話しをして盛り上がっていた。
食事には手を付けずに、ビールかソフトドリンクを飲んで談笑していた。
俺は遅い方だろうと思っていたが、秋の間には、まだ10人くらいしか集まっていなかった。
席は決められていて、1人1人の御膳に名前の書かれたプレートが置かれていた。
秋の間の上座には、社長と冴木さんと矢野さんに熊谷さんの席がある。
上座より少し離れた右側に、酒や瓶ビール・ソフトドリンク等の飲み物が置かれている 、飲み物はセルフらしく、皆、好きに飲んでいたので、俺も飲み物コーナーへ行きグラスに氷を入れ、水を注いだ。
その場でグビグビ水を一杯飲みほし、今度は烏龍茶を注ぎ、名前の書かれた席を探した。俺が席に座り10分も待たずに鉄虎の従業員が皆、席に着いた。
俺の右の席の豊川さんも、尊敬する解体工の1人だ。大黒様のように、何時も笑顔を絶さない優しい雰囲気の人なのだが…
20代前半頃迄は、札付きの悪だったらしい …
豊川 賢… 年齢:54才・職業:解体工・重機も時々乗る・若い頃は、とにかく喧嘩が好きだったらしく、少年院を出たり入ったりしていた・勤続年数6年…
今は、温厚そうに見える豊川さんだが、昔はかなり有名な悪だったらしく、以前、豊川さん自身から聞いた話しだが、お巡りに駐車違反の切符を切られた事に腹が立ち、夜な夜な警察署に忍び込み、セーバーソ-でパトカーを天井から真っ二つに切り離したと言う… 今程、監視カメラだなんだと煩くはなかったらしいが …
本人が話したのだから間違いないだろう …
豊川さんは、その話しを俺に聴かせている最中も、ニコニコ大黒様のように微笑んで話していた。
俺は豊川さんを見る度に …
仏を見ているような気持ちになる…
温厚な笑顔の下に秘められた恐怖 …
まぁ、若い頃の話しを聞いて、俺が勝手に思っているだけだけどな …
俺の左は天野だ、あっ、そう言えば、俺、天野の名前教えたか?
記憶が確かなら、教えてねぇ筈だな …
すまねぇ … 天野の名前は浩司だ!普通だろ ? となると … 政と清の名字も教えた覚えがねぇから…
えぇと、政が里中で、清が河瀬だ!
まぁ、改めて宜しくな!
皆が揃った所で社長が
「皆、乾杯だけ一応合わせて、まぁ、後は 堅い事抜きで好きにやってくれ、言うまでもないな、ガハハ!」
羽波の中居さんが、冷えた瓶ビールを3人に1本の間隔で渡してくれた、ビールを受け取ったら左右にビールをついで、今度は交代して、どちらかにビールをついで貰う 、ビールが全員のグラスに行き渡った所で
「乾杯の音頭は、鉄治、お前やれ!」
社長からの突然のご指名に、多少、緊張しながらも…
「では、角田 鉄治、乾杯の音頭を取らせて頂きます! 皆さんグラスをお持ち下さい、 乾杯!」
「乾杯!」
隣同士、カチン!グラスを合わせて、一気にビールを飲む、くっはぁ~ 美味い!
羽波の料理は、山の幸がふんだんに使われた料理で、肉類がない訳ではないが、どちらかと言えば、精進料理のような感じだ。
俺はこういう料理が大好物で、洋風もいいが、やっぱ和風だよな~熟、そう思った。
狗恋山の山頂に着いたら話そうと思った話しを、今此処で、話す訳にはいかないので 、俺は隣に座る天野に
「天野、悪いが帰りに話しがあるんだ…大丈夫か?」
俺が聞くと天野は
「えっ、何言ってんの鉄さん、さっき、露天風呂へ向かう渡り廊下で別れてから、直ぐ戻って来て、俺と政と清に帰り家寄ってくれって声掛けて行ったでしょ? 政なんか 彼女とモメているから、鉄さん家に泊まる って言って… 鉄さん、しゃぁねぇな1泊 だけだぞ!って …」
えっ? 俺は露天風呂へは戻っていない …
言葉が出かかったが、俺は言葉を止めた …
「あれ~?俺、言ってたか?ド忘れしてたな、悪い悪い 」
天野の顔から血の気が引いたので、俺は天野を不安にさせてはならないと思い、天野の話しに合わせた。
ドッペルゲンガーか … ?
「もう鉄さん、冗談キツイわ、俺、また怪奇現象かと思った、ホッ」
天野、すまない、多分… 怪奇現象だぜ…
俺は安心する天野を見て、苦笑いをしていた。
その後は、社員旅行の宴会のノリで、各々談話したり、秋の間にあるカラオケで歌の好きな仲間は歌っていた。政や清が無理矢理E○ILE歌わされたのは笑った。
政は慣れているのだろうが、清なんて顔が真っ赤でカミカミだ、笑ったぜ。
おもむろに社長が立ちあがり
「俺も唄う!」
自らリモコンで曲を選び送信 …
社長の歌なんて聞いた事がねぇ
皆もそうらしく、緊張が走る …
スピーカーから流れる曲は、半端無く激しい …
社長はマイクを握り、曲に合わせて歌い始めた
Right now ha ha!
(行くぜ ハハ!)
I~am an Antichrist!
(俺は反キリスト教徒さ!)
I~am an anarchist !
(俺は無政府主義者だ!)
こっ、この歌は!えーっ!
冴木さんも立ち上がり、社長と肩を組み歌い出した。
矢野さんと熊谷さんも、頭飛ぶんじゃね ? ってくらいに、ノリノリで首を振っていた
I~ wanna be~ anarchy!
(俺はアナーキストになりたいんだ!)
And I ~wanna be~ anarchy!
You know wrat I mean
(そうさ、アナーキストに分かるだろ)
And I~ wanna be ~anarchist!
l get pissed. destroy!
(アナーキストになりたいんだ!俺は酔っぱらってぶっ壊してやるのさ!)
社長と冴木さんは、有名過ぎる海外パンクバンドの歌を歌い、政や清みたいな若い奴等は歌を知らないのか、迫力か?とにかく圧倒されていた。
大盛り上がりと大爆笑の渦の中、宴会? 否 、食事会は終了した。
羽波を後にし山の麓まで、歩いて戻る。
皆、多少はアルコールを飲んではいたが、泥酔してしまうような仲間はいない、酔っていると言っても、ほろ酔い程度だ。
狗恋山を下る、気にして歩いてみると急な登り坂や、妙に岩がゴロツク所もあるが …
日々、危険と背中合わせの仕事をしている俺達にしてみたら、些細なもんで、気にしたもんでも無い。
1時間ちょっとで麓に着き、来た時と同じようにバスに乗り込む。
社長が点呼をとり、全員乗車したので帰路へ向かう午後3時過ぎに狗恋山を出発した
帰りのバスの中じゃ、殆どの従業員が寝ていた。
まぁ、する事が無い時ゃ、寝るに限るよな
俺も皆を見習って、少し寝るとするか…
バスの揺れ等気にもせずに、鉄治はうつらうつら眠り始めた …