お食事処 羽波
「あ~ぁ… 鉄さん行っちゃたよ …」
「鉄治さん、何で急に… 」
天野と政は首を傾げた …
「どうしてですかっ!どうして僕は滝に入れないんですかっ!」
「清君、止めなさいよ~怒っちゃダメ♪」
「清… 天野達と先行ってろ、なっ!」
社長と矢野さんが困った顔をして清に言うが、清は羽波行者に突っ掛かる
「納得できませんっ!」
羽波行者は厳しい顔をして、
「貴方に滝行は必要ないと言う事が、そんな不満ですか?」
清は悔しそうに羽波行者を睨みながら
「はいっ!」
羽波行者はフッと笑い
「お二人は滝へどうぞ… 貴方は此方へ…」
天野と政が着替えを終え、更衣室を出ると 、竹のベンチに清と羽波行者が座っていた
「お二人とも此方へ…」
羽波行者は、清と天野と政の3人を竹のベンチに座らせると
「清さんと仰いましたか、貴方が滝に入れない変わりに、今から貴方達に、狗恋山に伝わる話をお聞かせ致しましょう… 」
「云われならバスの中で聴きました!」
清が突っ掛かるが羽波行者はニコッと微笑み、
「はい、その云われは、伝えるべき話しを省いているのです… あの話しには、こんな続きがあるのです… 多行者は5匹の犬達が殺されてから49日後に亡くなられました … 農民達は、夜な夜な聞こえる多行者の声に悩まされる事もなく、ホッと胸を撫で下ろしたのでが… 翌朝、多行者の犬を喰 ってしまおうと、農民達に悪事を持ちかけた男が 、床の中で喉を掻きむしり、血ヘドを吐いて死んでるのを見つけたのです。
恐れを感じた農民達は、多行者の家を訪ねました … 多行者は座禅を組んだ姿のまま亡くなられておりましたが、多行者の前には 、護摩壇があり、5匹の犬の名が書かれた5本の護摩木が何故か、各々、犬の名前の半分まで焼かれ、護摩壇の四隅と多行者の前に立てて置かれていたのです、多行者の座禅を組んだ足の上には …
我犬の肉を貪りし者、血を啜りし者、我陥れた者、誰一人赦さぬ!其の数、四十九 … 紙に血文字で書かれた文書が置かれていました。多行者の死姿を恐れた農民達は、直ぐに供養を始めたのですが、犬の肉を口にした農民達は1日に1人、もがき、苦しみ死んでいったのです… 48日間、農民48名が命を失い、その後、奇っ怪な死は無くなったと云います。 農民達はこの出来事を 、多行者の呪いと話し、多行者と5匹の犬の墓を建て手厚く葬ったそうです …」
「えっ人数おかしくねっ?49でしょ? 何で48人なの?」
政が羽波行者に聞いた、天野も清もウンウンと頷く …
「さぁ… 多行者を含め49人ではないか? と云われていますが、本当のところは私にも解りません … 」
羽波行者はニッコリ笑った…
ザーザーザーザー
「あのっ、すいません!羽波行者さん、俺達は何時まで滝ですか?」
「ワシ~お花畑がみえる~♪」
社長と矢野さんが叫んだ
「もう、結構です!さぁ、此方へ…」
羽波行者はバスタオルを広げ、社長と矢野さんの肩に掛けた。
「お前達ちょっと待っていろよ…」
社長は3人に声を掛け、矢野さんと2人更衣室へと入って行 った。
清は羽波行者に
「お話しありがとう御座いました 。でも… 何で僕は滝行しちゃダメなんですか ?」
しょんぼりしながら聞くと
「滝から落ちる水を触ってごらんなさい」
羽波行者は優しく清に話した
清は滝の淵に立ち、滝から落ちる水に手を伸ばした。
ビリッビリリリッ!
激しい痛みと痺れが電流のように、清の躰を走る
「うわぁっ!」
清は慌てて手を引っ込めると、呆然と滝を見つめた。
「お分かり頂けましたか?」
羽波行者は穏やかに言った
「でも、何で …」
清は涙目になり羽波行者に聞いた
「貴方の御先祖様の中に、大変熱心に修行を行われた方がいるようです、ですから、先祖からの徳を受け、貴方は滝行を行う必要がないのですよ… 何も悪い事はありません、私は羨ましいくらいですよ」
羽波行者は優しく微笑んだ
「すいません…ありがとう御座います! 」
清は羽波行者に頭を下げ、満面の笑みで微笑んだ …
名の通り、清らかな素の心で …
社長と矢野さんが着替えを終え、更衣室から戻ると羽波行者にお礼を言い、5人で山頂を目指し歩き始めた。
「まったく、鉄治の奴は …」
社長の言葉に矢野さんが
「間違いかも知れないけれど … 鉄治、男の人を追って行ったんじゃな~い?チラッと男の人の後ろ姿だけ見えた♪」
矢野さんの言葉に政が
「えっ!鉄治さん、そっち?ホォモォ?」
政の言葉に天野が
「だから、彼女の話し嫌がるのか…」
天野の言葉に清が
「僕、気をつけよう …」
その後5人は、各々悶々と如何わしい妄想をしながら、無言で険しい顔をし山頂を目指し歩いた。
その頃…
ホォモォの濡れ衣を着せられた事を知らない、鉄治は …
多田氏を追っていた …
カサカサッ!
多田氏は山頂を目指す道を逸れ、脇の獣道へと入って行った
何だってこんな道へ?
鉄治は少し距離を置き、足音を立てないように静かに多田氏の後を追った…
多田氏は薄暗く鬱蒼とした山奥をどんどん進み、鉄治はそろりそろりと後をつける。
暫く後をつけると洞窟が見えた
多田氏は躊躇する事なく、洞窟の中へと姿を消した。
鉄治の心の中に一抹の不安が過ったが、好奇心に駈られ、そっと洞窟へ近づき中を覗き込んだ
多田氏は大きな磐座の前でロウソクに火を灯し、小声で何かを呟いていた
その形相は恐ろしく真剣で緊迫していた 。
鉄治は覚悟を決め聞き耳をたてた …
「御許し下さい… 御先祖様 … 私の家族を呪いから解放して下さい…お願いします!御先祖様!」
多田氏は磐座に詫びるように、洞窟の足元に頭を擦りつけ涙を落としていた …
呪い? 御先祖様? 家族を呪いから解放?
洞窟の中からブワッと風の塊が吹き、鉄治の躰を冷気が襲った…
「 うっ… 」
思わず声を漏らした鉄治に
「誰だ!誰かいるのか!」
多田氏が振り返った。
多田氏の声は、車の中で話した時とは別人のように野太く洞窟内に反響する。多田氏は棒のような物を手にし警戒しながら、ゆ っくりと立ち上がる
何か不味い感じだ… 逃げるか …
鉄治は獣道をフルスピードで駆け抜けた。
息つく間も惜しみ、獣道から登山道へ出ると、そのまま、山頂を目指し砂利道を駆け登る。
はぁ、はぁ … 糞っ!何か躰が重てぇ …
ひたすら駆け登ると、社長と4人の後ろ姿を見つけた。
「おーい!皆ー!待ってくれー!」
鉄治は大声で皆を呼んだ。
「あぁ?鉄治?」
「鉄さん?」
「鉄治さん?」
皆は振り返り足を止めた。鉄治が皆に追い付くと
「何してたの~鉄治~?」
矢野さんがニヤニヤしながら俺に聞いた
「はぁ、はぁ… 何って… ? 」
俺はリュックからスポーツドリンクを取り出し、がぶ飲みした。
「ふぅ~!とにかく山頂へ …」
俺の言葉に皆は頷き歩き始めたが、どうも様子が変だ…
チラチラ俺の尻を見たり目を反らしたり …
皆の態度に、堪り兼ねた俺は、
「何すか?何か皆、変すよ!」
矢野さんが、ニヤニヤしながら
「鉄治~あのね、とっても聞きずらい事聞いていい? 皆でジャンケンしてね、ワシ負けち ゃったから… 」
「何すか?」
何を聞かれるのかと不安になったが
「あのね、鉄治って~ その、ホォモォなの ?アハッ♪聞いちゃった♪」
皆が一斉に俯く …
「俺がっ… ホォモォ… ある訳ねぇじゃねか !誰が言ったんすかっ?」
「う~ん、だって鉄治~男の人追いかけて行ったでしょ~?ワシがその事を話したら政君が …天野君も…」
「てめぇら!ぶっ殺す!」
「わ~違う違うよ!鉄治さんっ!ごめんて 、ごめんなさい!」
「落ち着いて鉄さん、誤解だから、悪かったって…」
政も天野もワ~ワ~と逃げ惑う
社長も矢野さんも清も、逃げる天野と政、そして、2人を追う俺も、何時の間にか笑 っていた。
そのまま大笑いし転げるように、6人で山頂へ辿り着いた。
「社長、遅いですよ~飯、まだですか?」
鉄虎の仲間達が、腹を空かせて待ち構えていた。
「遅かないだろ?今、えっと…12時10分だ、昼飯にピッタリの時間だろ、よしっ 、皆な、看板見えるだろ?お食事処、羽波 、名前で解ると思うが、羽波行者のご実家だそうだ。此方で風呂と昼飯を頂くぞ 、それじゃ、 皆行くぞ!あっ、先に風呂だからな!」
社長は皆を先導し歩いて行ってしまった。
和風の佇まい、狗恋山の絶景、最高だな!
山頂に着いたら、さっきの多田氏の話しをしようと思ったが…
後でいいよな… そうだ、後にしよう …
「だ・か・ら!判らないって!」
何だ? 何かモメてんのか?
「ネェ、判ルヨネ? 顔ガ痛イヨ!今チョット寝テタラ、赤イデショ?俺ノ顔…日焼ケ ダヨ!赤イヨ」
ジミーが自分の頬の辺りを指差し、日焼けで顔が痛いと騒いでいた
「日焼け止め塗れよ!」
「持ッテネェモン、ネェ、誰カ日焼ケ止メ持ッテナイ?顔ガ痛イッテ、マジダヨ!」
「持ってないって!今更日焼け止め塗って 効くのかよ!しつこいぞ、生まれた時に塗 って来いよっ!」
「中で日焼け止め売ってるかも知れないだろ!行けよジミー!」
鉄虎の仲間に悪気は無いのだが…
ジミー … お前は肌が黒いから、俺達には、お前の日焼けが判らないぜ…
皆、困ってキレかけてるよ …
解るか?ジミー …
お前、鉄虎の皆に愛されてるんだぜ …
皆、何て言ったら良いか解らないだけなんだぜ …
「顔、痛イヨ!風呂入ッタラ、ヒリヒリダヨ…」
「ジミー落ち着け、そんな時にはコレ♪はいヨモギ♪」
「アァ矢野ッチ!熊ッチィー!矢野ッチ生キ還ッター!」
「ワシは死んでない!まぁ、ジミーの言う事だしな、ジミー、風呂に行ったらヨモギ を水で洗って、揉むんだよ、それを顔に貼る、暫くすると、多分治る♪」
「アリガト、矢野ッチ … ヤッテミルヨ!フンフ~ン♪」
ジミーは矢野さんからヨモギを受け取ると鼻歌を歌いながら、羽波へ入って行った。
凄ぇ!矢野さん、メディスンマンか?
俺は感動しながら、お食事処 羽波の風呂へ向かった。
靴置き場に靴を置く
「いらっしゃいませ~」
二部式の着物を着た女性が、中身が透けて見える透明バックを1人1人に渡した。
バックの中を見ると…
タオル・バスタオル・歯磨き粉付き歯ブラシ・小さな石鹸・T字の剃刀が入っていた。
剃刀入りなんて、結構、気が利いている…
廊下を真っ直ぐ歩く 、廊下の突き当たりを曲がる。左が男湯、右は女湯、壁に矢印つきの案内が貼られていた。
左に曲がると、紺色の暖簾に平仮名で「ゆ」の文字が見える。暖簾を潜り脱衣場へ進んだ。
脱衣場の中は、檜のいい香りがする…
「和むな …」
俺の口から一言漏れた
檜の棚に籠が置かれているので、そこに脱いだ服を入れる、言い忘れたが、暖簾を潜り右側に貴重品を入れるロッカーもある。先に100円入れて荷物も入れてキーを抜く、キーには手首や足首に巻いておけるように、ゴムバンドが付いていた。キーを差し込み荷物を出すと、金は戻って来ると注意書きに書いてあった。
脱衣場には他にも、飲み物の自販機とマッサージチェアが3台設置されている。
座って躰を休められるベンチや椅子も並んで置かれていた。トイレも勿論ある。
俺はリュックから替えのシャツを出し、脱いだ衣類の上に置いた。玄関先で渡された透明バッグの中からバスタオルを引っぱり出すと、替えシャツの上に二つ折りにしてのせた。
100円出してリュックをロッカーに入れ
ジャリンッ!
バスタオルを抜いた透明バッグを持ち、風呂へ入る引戸を開けた。
モワモワァ~ン …
うっすらとした湯気が風呂場全体を包む…
内風呂は三ヶ所あり、既に鉄虎の仲間館が占領していた。
「あっ!露天風呂もあんのかっ!」
風呂場の左に渡り廊下が見えた。
渡り廊下は外の露天風呂へと続いていた。
俺は湯を汚しちゃならねぇと、急いで洗身場に備え付けてあるボディソープを手に取り、ザッと躰に塗りたくるとバシャッとシ ャワ ーで流し、渡り廊下へ向かった。
フンフフ~ン♪
鼻唄なんぞ歌いながら渡り廊下を進む、渡り廊下は左右の囲いが無い…
狗恋山の絶景の中を素っ裸で歩き、アダムな気分になる…
恥らう奴なら隠すだろうが …
俺はタオルを首に掛け、振って振って振り歩く!
説明が難しいから察してくれよなっ!
渡り廊下は下って行く、廊下の真ん中にはグリーンカーペットが敷かれていた。
下りきると、ゴロゴロとした岩に囲まれ湯気が立ち昇る露天風呂に着いた。
俺は湯の色を見た …
「おぉ!乳白色の湯だぁ!うひょう~! 」
俺は嬉しさのあまり、ザブンッ!と風呂に入った。
露天風呂はかなり大きめだ、俺は腕を伸ばし、足を伸ばし、寛ぎ、狗恋山の絶景を見渡した。
「おぉ、凄ぇ… 絶景かな絶景かな!春の … 違うぜ… 今、秋だな、へへッ! 基 、絶景かな絶景かな!秋の宵は値千金とは 、ちぃせ ぇ…」
「ちぃせぇちぃせぇ、この目にゃ、値万両 、万々両!… 石川五右衛門か … 鉄治、俺もその台詞好きだぜ …」
この声は …
湯気でよく見えないが …
「鉄治、若い頃は俺も五右衛門に憧れたけれどな… 今は、そうさな、人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如くなり…だな、人生は儚いもんだ、時間なんてあっと言う間に過ぎちまう、今を大事にな鉄治 … さて、そろそろ上がるか!」
ザッバッン!
「じゃ、鉄治、お先な…」
「はいっ…」
白タオルを腰に巻き、勢いよく立ち上がったのは鉄虎社長だった。
鉄治は鉄虎の哀愁漂う背中を見送った。
社長の姿が見えなくなると
「格好いいよな社長 … 鉄治、今を大事にな … だってよ、痺れるぜ… 」
鉄治は頭に白タオルを乗せ、湯に浸かりながら、狗恋山の景色を再びゆっくりと眺めた 。