主へ届け
「こらぁ!鉄治ー!何、死ぬ気になっている-!」
… 社長の声が… 聴こえる …
ジャリッ!ジャリッ!ジャララッ!
「あっ … あち…ぃ… 」
「観~自~在~菩~薩~行 ~深~」
… 経が聴こえる …
… やっぱ、俺 … 死んだんだよなぁ …
… でも… ? 死んだにしても…?
熱過ぎる! 何でこんなに熱い訳よ!
「般~若~波~羅~蜜~多~時~照~」
「熱いよっ!首が熱いっ!なんだってんだよっ!」
えっ? 手が動く、首に数珠?
「鉄治、おはよう!ご機嫌如何だ?」
えっ?社長っ?って此処は?
「鉄さん目開けたっ!鉄さん起きたぞ!」
天野の声だ…
「うぇっくっ… 鉄治さ~ん… 良かった~貸していた人妻乱乳返して下さいね~うわぁ~ん!良かったぁ~!」
あっ!すまん政…
エロDVD借りたままだったな … 本当にごめん … お気に入りって言ってたもんな…
いったい何がどうなったんだ?
「鉄治!躰動くか?」
「はぁ… あのっ、俺…」
「ひっくり返った車、怪力出して戻したって?ガハハ!お前は阿相か!それから…天野それから何だった?」
社長が天野に聞いた
「はいっ、それから宮司さんを救出しましたが、そのっ…宮司さんを締め付けていた シートベルトが蛇みたいに、こう…ニュルニュルと鉄さんに巻きついて、ナイフで切ろうとしても全然切れなくて、鉄さん返事しなくなって… 」
天野の息づかいは過呼吸かと思う程、激しかった…
「おうよ!現場の御清めがあるからと思って、向かって来たら、お前伸びてるからよ 、何故か解らないが出掛けに手に取ったイラタカをお前の首に掛けたらシートベルトがガチャって外れてな、目を覚ましたって訳だ 、不思議だな~あるんだなこんな事が …」
社長は首を傾げた、
「経!経が聴こえたっ!あれはっ?」
「あ、経? 誰も経なんか読んでないぞ… 」
社長が困惑した顔で俺を見つめる
「いや、聴こえたんすよっ!あれは…」
「あれは、般若心経です。社長にイラタカ念数を贈った方が、社長に降りかかる災いを払う為に念を込めた念数です…」
清は胸を張りハッキリとそう言った …
ピトッ …
えっ? 涙 … ? 社長…?
俺の手の甲に一粒の涙が落ちた …
「ガハハ!ガハハ! そうか!何でもいい、命拾いしたな鉄治!どれ、車から降りてみろ!」
俺は社長に言われ軽自動車を降りた。
足も躰も腕も頭も…どこも痛くない…
全て曲がるし、全て伸びる … 不調は無い
「よし!大丈夫だな!明日の霊山修行も大丈夫だ、良かったな鉄治!」
ボンッ!
社長は俺の背中を軽く叩いた
「あっ… 4人ともな、今日は帰っていいぞ、他の現場行っても仕事にならないだろう?今日は帰って、明日7時迄に会社に集合だ、遅れるなよ !昼飯は心配ないが飲み物忘れるな!」
「あっ、社長!数… 違う、念数!」
俺は慌てて首から外し、社長に念数を渡そうと後を追った
「あぁ… その念数 … 鉄治、お前持っておけ… それで首飾 っておけ… それがいい … 」
社長は哀しそうに微笑んだ…
その後、車に乗り込み右手を上げ、
プッププー!
クラクションを鳴らして走り去った。
天野が俺に
「鉄さん、救急車が来なくて、俺、電話したのに… 社長が宮司さん病院へ連れて行ってくれて、行く前に念数渡されて鉄さんの首に掛けておけって言われて… 宮司さん気を失っていただけで躰に異常は無いけれど 、念のために今日だけ病院に入院すると社長が言っていた、社長の携帯に病院から電話があったんだ、社長が病院から此処に戻 って直ぐに… それで、鉄さんも目を覚ました… 俺、訳わからないよ… 何で救急車来ないんだ? 未だに来てないんだ…」
天野は携帯電話を差し出し俺に見せた
画面には確りと119番と発信時刻が映っていた
「天野、誰も疑ってねぇって、気にすんな ! 偶々(タマタマ)、何か重なったんだろ… 所であの軽自動車あのままか? 」
「あぁ、社長が後で運ぶから、そのままでいいと言っていたよ」
天野は気にしているが仕方ない…
此処に居るのも変だろうなと思い
「よしっ!皆、帰ろうぜ!政! 清!」
天野の運転で会社に戻る、
帰りの車中は通夜の晩みたいに静で…
きっと皆も俺と同じで…
頭の中の整理が出来なかったんだろうなと思う…
言葉では理解しているつもりでも、不思議な事が起きたのは事実だからな …
会社の車庫に車を戻して解散 …
「じゃ、明日な!」
俺は家に向かい歩き始めた。
んっ? 後ろに人の気配がする …
俺はバッと振り返った。
「何? どうした?」
「いや、鉄さん、俺早く帰れないんだよ… 仕事サボったと思われるし… 彼女、今日休みで俺の家に居るからさ… ハハッ」
天野は困った顔をして笑った
「俺は、お宝のDVD返して貰おうと思って … 」
政は威張って言った
「僕は… そのぅ … 鉄治さんに話したい事がありますっ!」
清は少し胸を張った
「何? 要は俺ん家に来たいって事か?じゃ 、行こうぜ !」
野郎4人でスーパーへ行き、
食い物、飲み物、各々買って俺の部屋へと向かった。
ガチャ!
部屋の鍵を開けて室内へ入る、
「あぁ、冷蔵庫に入れる物入れろよ、勝手に開け閉めしてくれな、後は好きに過ごしてくれよ」
TV台の横に置いていた人妻乱乳を政に返した。
「政、本当にごめんな、すっかり忘れていた …」
政はニコニコしながら頷き
「俺も何か言いずらくて… 気が動転して騒いで、すいませんでした …」
謝りつつも政は、嬉しそうに笑っていた。
まぁ、確かに人妻乱乳は傑作だよな…
天野は、おもむろにバックから弁当を取り出し食い始めた。
俺が寛ごうかと、ゴロッとベッドに横になると清がソロソロと俺に近づき、
「鉄治さん … 話をしていいですか?」
「あぁ、話しあるって言っていたな、いいぜ、どうした?」
清は真剣な顔で話し始めた。
「鉄治さん… 昨日の夜バロンが僕の夢に出てきて、断片しか解らないけれど… あの家には近づくな、近づけば呪われる!と言うんです… 僕はバロンに何の呪いなんだ?と聞きましたが、バロンは応えてくれませんでした。でも、天野さんに憑いたり車の横から飛び出した大きな犬はバロンではないと言っていました。僕、思ったんですが 、バロンは僕達を助けようとしたんじゃないかなって… 鉄治さんに突進したのも、早くあの家から離れろって警告したんじゃないのかなって … 僕は…バロンを感じるから … 何かバロンが可哀想で …」
清は目に涙を溜め、
今にも泣き出しそうに俺に話した。
「う~ん… 清の言ってる事解るけどよ、あの家に向かっただけで、この始末だぜ… 俺達で何とか出来る問題じゃねぇだろ?」
清には悪いが、正直、関わりたくないと言うのが本音だ…
宮司でさえ酷い目にあっているだろ?
毎日、祝詞読んで神に遣えているのにだ…
無傷なのが不思議なくらいだぜ …
俺だって、本当にシートベルトが絡み付いて来たんだぜ、グィグィ締めつけられるし
…恐いさ… 普通に …
「清、俺も不味いと思う … 関わらない方がいい… 」
天野が清を嗜めた
「社長調べるって言ったじゃん!何とかしてくれるって …」
政は清を慰めるように優しく話した
ニャーオ!ニャーオ!
キキキュィィ― ! キュッキュィィ―!
猫の鳴き声と硝子を爪で引っ掻く嫌な音が響く、
「うわぁ!何だ? えっ?玉五郎? 硝子止めろよ!」
音の聴こえたバルコニーの窓を見ると、玉五郎がベタッと張りつき、チラチラと中を覗いていた。
ニャーゴロッ!ニャーオ!
玉五郎は何か言いたいのか、チラ見を繰り返し再び爪を硝子に押しあてた
キュィッキュィィ―!
「解った解った!開けるから!」
玉五郎が家に訪ねて来るなんて、初めての事だった …
「何か、この猫… 玉デッカッ! 鉄治さん飼 ってるんすか?」
政はニヤケながら聞いた
「いゃ、家に来る途中公園あるだろ?あの公園で、朝、時々合うんだ … だから勝手に玉五郎 って名前をつけて、でも、 こんなの始めてだぜ… 」
天野が気を利かせ玉五郎に水を運んだ。
ミャ~ォン♪
ペチャパチャッペチャパチャ ッ!
玉五郎は喉が渇いていたのか、天野の差し出した水を喜んで飲んでいた。
「お前、玉デカイけれど可愛いな!ハハハ !なぁ、玉五郎! 」
天野は水を飲む玉五郎に話し掛け、頭を撫でた。
ミャォン♪ミャンミャン♪
「可愛いなハハハ!ハハハ!」
天野と玉五郎はすっかり互いに気に入ったらしい …
何か、ホッとするな …
政が、ふざけて玉五郎の玉に手を伸ばした
「玉五郎、お前、玉に何入ってるんだ~? 」
「シャーッ!触ンジャネェヨ!ボケェ!糞ガキガ!」
えっ? 今のは …
俺達は顔を見合わせた
「おぃ… 今喋ったの玉五郎… お前か?」
俺はじっと玉五郎をみつめた
「ハハハ!ハハ!そんな訳ないでしょ、皆 、今日、色々あったから疲れているんだよ 、なぁ~玉五郎~」
天野は玉五郎の頭を撫でた
「ゴロゴロ!オ兄サン気使ッテクレテ、アリガトヨ 、水モアリガトナ… 偽ッテモショウガナイ … 喋ッタノハ、俺ダ …」
「あっ!えぇー!」
俺は驚き
「っと驚く玉五郎~!」
天野は必至のギャグを飛ばし
「天野、違うよ為っ!為っ!古いな… 」
再び俺は訂正し
「玉五郎?為?」
清は悩み
「猫の名前だろ?」
政はオチをつけきれなかった … 平成生まれだもんな…
玉五郎 … 年齢不詳・毛・黒毛で艶々・特徴 ・玉がデカイ ・白い蛇革の首輪をつけている・時折、オアシス公園に出没 …
「ニャンデモイイカラ、黙ッテ聞クニャン !主カラノ伝言ニャン… アンタラ悪イモンニ目ツケラレテマッセ―死ニタインデッカ ー バロン言ウ犬モ、アンタラノ気イ引クタメ ノオトリデッセ― コレ以上関ワッタラ、命落トシマッセー公園掃除ノオ礼デス、ホナ 、サイナラ… ニャオン♪」
玉五郎は何事も無かったように、ペロペロと前足を舐め始めた。
俺達は暫く沈黙し
「なぁ … 何で関西弁なんだ?」
俺が疑問を投げ掛け
「鉄さん … 突っ込むの其処?」
天野が引っ張り
「何で蛇革?」
政も突っ込み
「さぁ … …」
清でお開き …
振り出しに戻る …
「今、玉五郎喋ったよな?関西弁で… バロンも俺達の気を引く為だって … 多田家の事だよな?」
俺達の目の前で玉五郎は確かに話した。
「でも、じゃぁ、バロンはどうなるんですか?バロン悪くないのに…」
清は半泣きし鼻水を啜った
「だって関わったら死ぬって!今、玉五郎言ったじゃん!」
政がキレかけた
「あっ、皆さん、こんなのは、どうですかね 、玉五郎の主に手紙を書いて解決方法を教えて貰うと言うのは …」
天野が提案した
俺は天野にメモ紙とボールペンを渡した。
何がどう動くか考えたって解らねぇ…
それなら思いついた事、何でもやってみる事も解決策の一つだろ?
天野はペンを取り …
玉五郎の主 様
貴殿、
益々ご清栄の事とお喜び申し上げます。
さて、この度、玉五郎を遣いご忠告頂きました件につき
誠に恐縮ではございますが、お伺い致したい事がございます。
この一件、
私共の身に災いが生じる事なく、全てを丸く穏便かつ的確に解決し、
私共の本職でございます解体工事を進め、終了致します為には、
どのような方法が御座いますのでしょうか
無知なる私共に、ご指導頂きたく思います
どうぞ、宜しくお願いいたします
角田 鉄治
「さっ… 流石だな … 脱リーマン!」
俺は天野を褒めた
「いゃ~お恥ずかしい、それ程でも…」
おい.顔がニヤケているよ接待かよ!ゴルフか?突っ込みたくなったが
「俺のも一緒に渡して欲しい!」
政が、先月終わった現場の地図の裏に
玉五郎の飼い主さん
俺と東京行きませんか?
苦労掛けますが、仲良く2人で稼ぎましょうよ、運命共同体と言う事でヨロシク!
メアド :lunch-bakuhatu@.○○○.jp
MASA
メアド迄書いた紙を差し出した
「政さんが書くなら僕も書きたいです!」
清は自分のバックの中からメモ帳とペンを取りだし
玉五郎の飼い主 様へ
呪われた家の皆さんを成仏させる方法を教えて下さい!
バロンを助けたい!
このまま、見て見ぬ振りなんて…
貴方だって本当は
悪霊なんじゃないですか ?
玉五郎を遣って…
動物愛護協会に訴えますよ!
貴方が解答をしないなら、僕は貴方をインチキでペテン師な動物虐待者?霊?だと一生思ってやりますから!
解体見習い 清
「あっ… う~ん … そうだな… 政、お前何でそんなに東京に拘る訳?」
俺は正直、困っていたが聞いてみた
「東京在住格好いいじゃん!鉄治さんは東京にいた事もあるから何とも思わないだろうけど…」
「東京行ったって金なきゃ何も出来ねぇし 、お前が変わる訳じゃねぇだろ?本気で東京出たいなら人に頼らず自力で出ろ!技術磨けよ、政… 所でよ、メアドはそうやって軽々しく教えてるのか?何時も?」
政は頷き
「だって、スカした女なんか肉体労働者ってだけで引くんだ、出会いって解らないし 一応、教えるよ… TELは警戒するからメアド …」
だからか、政は妙に女から連絡が多いなと思っていたら、そう言う事か …
「でも、お前、彼女いるだろ?」
俺が聞くと
「やっぱな~鉄治さんは言うと思った…彼女いるけど、俺だって色々あるんです!」
政はぷっと口を尖らせた
「何、むくれてるのか? お前な、1人の女を大切に出来ねぇでハーレム創ろうったってそうは行かねぇよ、平等な愛と金がなき ゃ、一夫多妻は無理だぜ… アフリカ民族の本で読んだんだけど、凄まじいぜ女の闘い !恐ろしい!身も凍るね … 俺には無理!」
俺は政に現実を教えようと、力説したつもりだったが … 皆、唖然としていた …
「まぁまぁ、鉄さん!何れか一つでも玉五郎の主が反応すれば、先が繋がるって事でさ… 」
まぁ、それもそうだなと俺は納得した
それから、皆が書いた玉五郎の主へのメッセージを封筒に入れ、汚れたり濡れたりしないようにラップで巻き、更に俺の持っていたペイズリー柄の赤い大判バンダナにくるみ 、泥棒の唐草風呂敷みたいに玉五郎の背に括った。
玉五郎は察していたのか、
「頼むぜ玉五郎!」
声を掛けバルコニーの窓を開けると
ニャオン♪
可愛く一声鳴いて俺の家を後にした。
そんなこんなで時間は過ぎて行き、午後6時を過ぎると3人とも帰って行った。
「じゃあな、明日7:00集合な!」
玄関先で皆を見送り、皆が帰って気が抜けたのか、ホッと一息ついた。
まぁ、生きてりゃ、色々あるけどよ…
人の思いってのは強いんだな …
呪いだって、悲しみや憎しみ、怨み辛みの思いだろ?
俺が逝く時には …
そんなもん一欠片だって残したくねぇ…
「あー嫌だ嫌だ!明日の用意しとくかな… 」
クローゼットを開け、棚の上からリュックを下ろし、タオル3本・ハンカチ・ちり紙 ・薄いナイロンジャンパー・消毒液と絆創膏・着替えのシャツをリュックに詰めた。
「飲み物は、明日出掛けに入れると… 後は 小銭持ちゃいいだろ… 終わった終わった、 洗濯して飯食って風呂入って寝るか…」
何時もの癖で11:30には眠っていた。