原始の力だ!ご利益、阿相 !
「コーチ? 矢野さん清にボクシング教えてたんすか?」
矢野さんはニコニコしながら
「うん♪だって、見掛ける度に何時もヤられているから~ヤられるの好きなの?って聞いたら~ 違いますっ!僕だって強く成りたいんですって… だから可哀想になってね~ でも良い線行っているでしょ?初めて1 ヶ月だよ♪若さっていいよね~♪」
この温厚ふわふわ超自然体の矢野さんが、どうやって格闘技であるボクシングを教えるのだろう …
俺には全く想像が出来なかった …
「あっ、清君も知っているよね♪明後日、 全員参加で霊山へ行くんだって♪」
矢野さんはニコニコと笑った
「いぇ、知りませんでした… 教えて頂けて助かります… でも… 僕が行ってもいいんですか … ?」
清は戸惑いながら矢野さんに聴いた
「うん♪いいんだよ♪全員参加だし~来なかったら社長に絞められるだけだから~♪ 何か用事ある?」
社長に絞められるって …
矢野さん …その言葉が脅し …
「いえ!無いです!僕も参加できて嬉しいです !」
清もニッコリ笑っていた…
「もう暗いし帰ろうかな~♪じゃ、現場違うから、鉄治は明後日ね~♪」
「お先に失礼します!」
矢野さんと清は家の方向が同じらしく、孫と爺ちゃんみたいに仲良く並んで帰って行 った…
「お疲れ様でした!」
俺は2人の背を見送りながら、刃物の欠片が落ちていないか辺りを探り、欠片はビニール袋に入れ自宅へ持ち帰った 。
小さな子供が遊ぶ公園だ、
分別のつく年になって汚しちゃいけねぇ…
俺の話し読んでくれている皆も頼むぜ!
マナーやモラルってのは、
思いやりや気遣いで出来た秩序だから…
優しさの塊なんだぜ!ヨロシクなっ!
家に帰り今晩は何を食おうか…
昨日買った魚にするか…
それとも肉がいいか…
俺は、わりと料理好きだ、面倒になると店屋物やスーパーの惣菜を買うけれど …
基本的には自炊している。
だから…
料理の出来ない女は …
まぁ、惚れちまったら仕方ないけれど…
好みじゃねぇな …
料理大好き♪って女も何か妖しいが…
此は、○○入れると美味しいのよ♪とか
此は、○○して作るのよ♪とか言われて、二人で料理してみてぇな…
楽しそうだろ?
考えてるだけで相手は募集中だけどな…
独身男の1人暮らしなんて淋しいもんだ…
風呂入っている間に洗濯機を回して、
飯を作りながら洗濯物干して …
飯食い終わったらTVかネットを見て …
朝が早いから、
毎日夜中まで起きていたら死んじまうし…
1日なんて本当にあっと言う間だよな…
ビールや酒も少しは飲むが、休みの前の日だけだな… 高い場所にも登るし判断力が鈍ると命に係わる事故になりかねないからな 、そう言う面じゃ堅物だな。
さて、そろそろ明日の為に寝るかな …
鉄治は携帯電話の目覚まし設定を確認し、部屋の電気を消した。
ピピッピピッ!ピピピピッピピピピッ!
「う~ん… 眠っ … 起きねぇとな …」
目覚ましを止め躰を起こし両肩をグリグリと回し肩の調子をみる
「よしっ!異常なし!」
布団から立ち上がり片足ずつ上げる、
「足も異常なぁ~し!」
それから洗面所へ向かい顔を洗う、生まれて此の方、顔をお湯で洗ったのは数える程だ、春夏秋冬どの季節でも洗顔は水と決めている。
水の方が、爽快な朝を迎えられ目もパッチリ開く、何故か、お湯で洗うと2度寝をしてしまう…顔を洗いに躰を起こしているのに2度寝って笑えるよな?
それから、作業着を着てっと…
あっ、俺のお気に入りはhardと言うメーカ ーの作業着ね、そのまんまのネーミングで勝負する此のメーカーの社長は、直球勝負なんだろうなとか想像したりして …作業着 って言うけれど、普段着でもOKの優れものも意外に多いんだぜ、今度機会があったら覗いてみてくれよ!
そんな寄り道も楽しいもんだぜ!
さてと、5:30だ家を出るかな…
靴は安全靴かゴム足袋、
俺はゴム足袋の方が好きだ。
足を動かした時の密着力が全然違うから、軽快な履き心地ってやつだな。
テクテクと歩いてオアシスの横を通る
ニャーォ!
「よぉ!玉五郎久しぶりだな、じゃぁ行って来るぜ!」
玉五郎は俺が会社に向かう途中、オアシスに通り掛かると気紛れに草原から顔出し一鳴きする。
玉五郎の後ろ姿を見れば解ると思うが…玉がデカイ!歩くの邪魔じゃね?と思うくらいデカイ!だから玉五郎と呼んでいる、なかなか愛嬌のある可愛い猫だ。首輪をしているから、何処かの家で飼われているんだろうな …
きっと散歩の途中なんだろう …
車道を挟んで向かい合わせに建つスーパーは互いに張り合っているようで、この時間はまだ開いてないけれど、此の店の肉が安い日は向かいの店は野菜が安いとか …
買い物客としては嬉しい限りだな …
角のコンビニを曲がって…
さて、そろそろ会社が見えて来たぞ、
「おはようございますっ!」
「鉄治!おはようさん!明日、会社で霊山行くの知ってた? 」
阿相 崇 … 元大間の鮪釣り漁師・42才厄年・不漁の年に出稼ぎに来た所を社長にスカウトされ鉄虎に入社・勤務歴8年 …
「はい、知ってます… 」
俺が応えると阿相さんは
「俺、厄年だから何かしなくちゃって思っていたんだけど、実害ないから何もしていなくて、良かったよ霊山だろ?助かったな って思ってさ、今まで何にも無いって事は 先に何か来ると思ってさ…じゃっ!明日な っ!」
実害無いならいいんじゃないか?
思ったけれど角がたつから口には出さなか った。でも、去年前厄・今年本厄で実害無しと言うのが凄い!
厄も阿相さんの
怪力パワーには勝てないだろうな …
誰にも抜けない大樹の太い根っこを
道具は使わず素手のみで、
「うらぁ~っ!うわぁ~っ!」
掛け声と共に根刮ぎ引っこ抜けるのは、
怪力パワーの阿相さんだけだ …
真似のしようが無い程、原始的なパワー!
御見逸れ致しました…
天野も政も清も遅れず時間通り集合した。
現場が違うと会社に集まる時間も違うので鉄虎で働く全ての仲間と挨拶を交わせる訳じゃない、だから貴重な時間なんだ。
今朝は阿相さんに会えた。
怪力のご利益がありますように…
朝の太陽さん拝んで願掛けて出発だ!
「天野、俺運転して行くよ」
「鉄さん、もう平気だって!昨日の宮司さん凄いね、家帰ったら彼女がハンバーグ作 っていて、食べれるかな~ ボリュームあるしと思ってたけれど…ペロッっと食えたよ~ 今朝も弁当作ってくれてさ~」
「そうですか、じゃ天野君運転ヨロシク」
天野は平気なので、
俺は早々に車の助手席に乗った…
「あれっ?鉄さん?ご機嫌斜めっ?彼女の話ししたから? ねぇ、鉄さん?」
天野も慌ててドアを開け乗り込んだ
政と清も後部座席に乗り込み、昨日と同じメンバーで現場へと向かう
「鉄治さん…昨日の家なんですが…」
清がモジモジしながら俺に話し掛けた
「うん?昨日の家がどうした?」
俺が応えると
「はい、あの… 宮司さんが危ないかと思って…」
「えっ?宮司危ないって何?清、宮司死ぬのか?」
政が会話に割って入る
「こらっ政!朝から、何縁起の悪い事言ってる! 止めろ!」
「はぃ… すいません …」
政は口を尖らせていた
「で、清 … 危ないってのは、何が危ないんだ?」
「はい… 現場に来れないような気がして… 」
清は俯いた …
「あのな清 … 俺思うんだが…昨日お世話になった宮司、あの人凄いぜ… 俺は霊とか見た事ないけど否定はしない… 俺だって目には見えないが感じる事はある…宮司は神職だ神様に遣えている訳だろ?例え何かが起きて、今日は…」
キキキキキキー!
「うわっ!何だ?また犬か?」
天野が急ブレーキを踏んだ
「悪いあれ!助けないと!」
天野が指差す先を見ると、白い軽自動車が道路の脇で横転していた
俺達は慌てて車から降り救助に向かった
「助けて下さい!誰か-!」
ひっくり返った軽自動車の中から助けを求める声がする
「天野、救急車呼べ!人が中にいる!」
「解った!」
天野は直ぐに携帯を取り出し電話を掛けた
「大丈夫ですか! 今何とかしますから !」
「はい … 」
中から返事が聴こえる
政はガチャガチャとドアを開けようとした
「鉄治さん!ダメだ!土にメリ込んでドア 開かない!」
清は運転席の窓ガラスを割ろうとしていたが
「窓は … 割れてますっ!」
車の中から
「すっ…すみません… シートベルトが抜けなくて… 動けないです … うわっ!ベルトが っ… なっ … 締め…付けるっ…ぐっ! うぅゎ -!!」
緊急事態だ!どうする?どうする?鉄治!
俺は自分に問い掛ける …
バッ!俺の脳裏に阿相さんが浮かんだ…
「そうか!政!清!少し離れろ!」
「はっ、はいっ!」
政も清も数歩後退る …
「天野-! 俺のバール取ってくれ-!」
天野は車のトランクから俺のバールを取り出し走って持って来てくれた。
「はぁ、はいっ!鉄さんの鬼バール!」
「ありがとさん!天野も少し離れろよ !」
俺はひっくり返った軽自動車の運転席側のドアの下にバールを突っ込みバールの先割れ部分を割れた窓と車の屋根に引っ掛けた
「一か八か!漢の勝負!」
渾身の力を込めてバールを地面に向けて押した
「うらぁ~!阿相パワー!」
ググッ… グググッ …
ゆっくりと車の屋根が土から浮き上がる
「負~け~る~か~!うわぁー!」
グググッ…ググッ… グググッ…
車体がグワッ!と持ち上がった
「行くぜ~!とど~め~だ-!頼むぞ鬼バ~ル~折れ~る~な~よ~!原始の~ 力だ ぁ-!」
俺は思い切りバールを大地に押し付け浮いた車体に猛突進し
「うぉぉぉーぉー!」
浮いた車体と地面の隙間に入り軽自動車のボディに体当たりした
「どすこぉーい!ごっつぁんですっ!」
ボンッ!!
軽自動車の屋根は空を向き、
元の型を取り戻した。
「はぁ…はぁ… うっ、運転手さーん!大丈夫ですか-!」
俺の声が掠れる、清がドアを開け政が車に乗り込む
「絡まってる!シートベルトが首にっ!何でっ? 運転手さん!… てっ … 昨日の宮司さん ?鉄治さん!宮司さんだ!運転手! 」
俺は鬼バールの先割れ部分をシートベルトに引っ掛けて切ろうと、シートベルトに手を掛けた
ニュルッ…ニュルニュルニュルッ!
「うわぁ!なっ、何だっ?」
「うわぁあぁ~!てっ鉄治さんっ!へっへへ蛇みてぇ!キモイィ~!」
政は涙目になり叫んだ
シートベルトがニュルニュルと、俺の右腕に絡みつく …
まるで蔦か蛇のように…
「政!俺に巻きついてる間に宮司引っ張り出せ!いいなっ!」
「はっ、はいっ!」
俺は宮司の首と巻きついたシートベルトの間に、無理やり指を突っ込んだ
「痛っ!」
シートベルトはグイグイと俺の指を締め付ける
俺はそれでも無理やり掌まで突っ込みシートベルトを宮司の首から外した
「ぐっ!政!連れて行けっ!ぐぅぐっ!」
「はひぃっ!」
政はボロボロと泣きながら、
助手席のドアを蹴り開け、清と一緒に宮司を車から引っ張り出した
今度は天野がナイフを持ち乗り込んだ
「てっ鉄さん!ナイフ… ベルト切るから!絶対、助けるから! 」
右手から右腕…
シートベルトはグルグルと俺の躰を締め付けながら全身に巻きついて来る
「嘘だろ?シートベルトこんなに長く出ないって!何なんだよ… 鉄さんっ!鉄っさん っ! 切れねぇ-!何でだよっ!」
天野が泣き叫ぶ
「鉄さん!」
「鉄治さんっ!」
政と清の声も聴こえた …
なぁ …
そんなに泣き喚くなって …
俺等の仕事はよ …
何時死んだって不思議じゃないだろ?
死ぬなら現場って思っていたけど …
これも… 天命ってやつなんだろ
… … 仕方ねぇさ ……