再開
悪い癖だな、
どうも話しが脱線しちまうぜ …
まぁ、気長に付き合ってくれよな!
清と一緒にグルッと家の周りを廻り室内に入ると、政と天野が居間で呆然と立ち尽くしていた …
「どうした?二人とも?」
俺の声に二人はゆっくりと振り返り …
「鉄さん … ココ不味いかも知れない… 」
血の気の引いた青い顔をし、声を震わせ天野が言った…
「何が不味い?」
俺は意味が解らず天野に聞き返すと、
今度は政が…
「鉄治さん …あっ、あれ… 」
指先を震わせながら居間のソファーと、
ソファーの前に置かれたテーブルを指差した
見るとテーブルの上には、ティーポットとソ ーサーに乗ったティーカップが向かい合わせに1組ずつ置かれ、真ん中には菓子の入 った菓子入れが置かれていた 。
たった今、紅茶をティーカップに注ぎ入れたかのように…
ティーカップから、ゆらゆらと湯気が立ち上る …
不気味だったが …
「すみません!誰かいますか!」
俺は家に響き渡るように、
デカイ声で叫んでみたが返事は無い …
2~3度続けて叫んでみたが、
反応は無かった …
うっ… 何の臭いだ?
微かに獣の匂いを感じた途端
ドンッ!
俺の膝下を何かが後ろから強く押した、
つまづくように俺の躰は大きく前のめりになり、
「鉄さん!大丈夫か!」
天野が前に立ち俺の躰を止めてくれた …
「ヤバイよ!鉄治さん!」
政が挙動不審な動きで居間を見回す
「鉄さん! 一旦出て会社に報告しようぜ … なぁ?」
天野は涙声で言った
「今のは … バロンです!この家で飼われていました。雄犬です!」
えっ?
俺達は一斉に清を見つめた…
「清… お前そう言うの見える人なのか? 」
俺が聞くと清は困った顔をして
「はぃ… いぇ…今のは見えました…」
怯えているような、俺達の反応を確めているような、そんな困惑した顔をして応えた
「清…バロンて犬の名は誰から聞いた?」
俺が聞くと清はビクビクしながら
「犬が… 鉄治さんに突進した犬が…教えてくれました…」
これは本物かもなと思いながら俺は
「俺はさっき話した依頼主から犬の名を聞いた … 確かに… バロンと言ってたよ…」
「スゲェ … 清、俺と東京行かね?貞子みたいに2人組んでTV出てさガッポリ儲けようぜ!」
政の瞳に¥記号が見えた…
「バカ野郎!お前達にビジネスが解るか ?ここは保護者として俺も行く! 」
天野までかよ …
「あのよ、取り込み中悪いがな… 先ずは政 !貞子みたいに稼ごうって… 貞子は呪うんだろ?つか貞子が全国ネットに出たら、日本国民が皆、呪われて死んじまうだろ?稼げねぇよ… 清は違うだろ?しかも清使って稼ごうなんて… アホっ!天野もさ… 金欲しいのは皆同じだって、躰使って稼ごうや、皆さん 解体のお仕事が嫌いなのでしょうか ?今の話し社長にチクルぞ!」
天野と政はブルブルと顔を横に振り
「社長…それだけは止めようよ、僕達同僚じゃないか~アッハハハ~」
天野が顔を引きつらせて笑った
「俺も社長はチョッと~ 鉄治さん、只の冗談じ ゃないですかーもぉー真面目かっ! 」
政も強がりを言っているが目が游いでいた
それで良し!
恐るべし…八木原 鉄虎社長!
俺はウンウンと頷いた
「あの … 皆さん… 此方の住人だった方々が … そのぉ … 家に触るな!早く帰れ!と言っていますが … 」
ミシッ… ミシミシッ…ミシミシッ…ミシッ!
天井裏を誰かが歩き回るような足音が響き
家の中が妙に冷え込む …
「不味いよな… よしっ!皆出るぞ!車に戻ろう!」
俺達は一旦車へ戻った。
車に乗り込み、俺は携帯を手にしたまま暫し考えた
会社に何て言うか …正直、参ってしまう …
まぁ、でもな…
真奈美ちゃんに笑われても仕方ないよな…
俺は携帯電話を使い会社に電話を掛けた。
トゥルルルル!トゥルルルル!
「はい、お待たせしました! 解体屋 鉄虎です !」
ゲッ!
真奈美ちゃんが出てくれると思ったんだがな … よりによって社長かよ ~
「お疲れ様です!角田ですっ!」
多田家の事を何て話そう…
社長は何て応えるだろうと思い
ドギマギしていた。
「はい、お疲れさん!どうした鉄治?」
もういい!
下手に気取ってもどうせ通じねぇ!
俺らしく!俺らしく!自分に言い聞かせ
「あのっ、社長、忙しい時にすみません … 今、俺、今日からの現場で多田家の前に居るんですが … 」
やっぱ言っちゃ不味いよなぁ~
心に迷いが生じる…
「そうか、それで?」
社長はサラリと返す …
だよな、当たり前だよね …
うわ~参ったな …
頑張りたいけれど頑張れねぇ…
ヘタレですまねぇ …社長 …
「おい鉄治!何かあったのか?怪我か?事故か?誰だ?清か?お前が電話して来たんだろう?何があった?鉄治!何か言え!」
あっ… もう駄目だな …
これ以上引っ張ると社長キレるな …
「社長、実は… 怪我でも事故でも無く … 幽霊と言うか … あのっ!奇妙な事がありまして …」
…… この … … … 沈黙が怖い … …
「そうか … 依頼主は何か言っていたか? 」
ホォ~社長、怒鳴らなかったなセーフ!
「いえ、何も聞いていません…」
俺が応えると社長は
「直ぐに電話する!掛け直すから待っていろ!」
「はいっ!」
5分程すると社長から電話があり、会社に戻るようにと言われた。
帰り道の車中で天野が俺に、
「鉄さん… あの現場どうなんのかな …」
俺は何て応えたら良いか解らず、
「社長が何て言うかだろ?」
無難に返した。
すると清が思い詰めた顔をして
「あの… さっきの家の犬… バロンが言っていたんです… 呪いだって …」
キキキキキーッ!
「うわっ!危ねぇーな!天野ー!」
天野が急ブレーキを踏み車は急停車した
「イッイイヌッ!デカッ!犬ッ!デカイ犬が右から飛び出して来たっ!」
天野はそう言うが…
犬の姿等何処にもない …
プッププー!
後ろの車が早く行け!とクラクションを鳴らす、俺は助手席を降り後続車のチャラチ ャラした若造運転手に
「悪いな兄ちゃん!先行けや!」
怒鳴るつもりは無いが大きな声で言った。
若造はビクッ!
驚いた顔をしたが会釈をして俺達の乗る車を抜かして行った。
コンコンッ!俺は運転席の窓を叩き
「天野、運転代わるよ、偉そうに悪かったな … 」
天野はブルブルと首を横に振り
「鉄さん、ごめんな… あの家出てからずっと寒くて… 風邪かな…」
天野は顔面蒼白で躰を震わせていた。
清が車から降り天野を後部座席に乗せ、自ら助手席に座った。
俺は会社へ向かい車を走らせた。
暫くは何事も無く軽快に走っていたが、
街に入るとガックンッ!今度は交差点のド真ん中で突然エンジンが切れた …
「何だよ… これ… 」
プッププー!ビー!ビー!ビービー!
「バカ野郎!そんな所で止まってんじゃね ぇよ!死にてぇのかー!」
何時の時代もトラック野郎は威勢がいい … 動きたいのは山々だが車は動かない…
「しゃぁねぇよな …」
俺はハザードボタンを押し会社へ連絡を入れようと携帯を手にした
「あ?おいっ!お前… 鉄治か?」
運転席の窓を叩かれ顔を上げると、佐々が驚いた顔で覗き込んでいた。
俺が窓を開けると …
「鉄治何してる?エンストか?」
佐々は俺にそう聞いた
「はぁ 、迷惑掛けてすいません… オートマなんすけど… 止まっちまって…」
佐々は何も言わず…
交差点を曲がり切った先に止めた、
自分のトラックに戻って行った。
凹むは … 何て不運 …
会社に電話を掛けなければと思い、
携帯のボタンに指を伸ばした時だった…
ピッピッピッピッー!
何処からともなくガードマン達が現れ交通誘導を始めた。
ガードマン達は三角コーンや注意の看板を交差点の入り口に置き、安全を確保してくれた。
すると今度は、佐々とガラの悪いトラック野郎達が集まり、運転手の俺と後部座席で震える天野を残し、清と政にも手伝わせ
「せぇ~のっ!オラッ!せぇ~のっ!」
車を押し始めた。
驚く事にスルスルと車は動き出し、佐々のトラックの前迄進んだ …
「ここらでいいだろ… 邪魔にはならねぇ… 皆、すまんな、ありがとさん!」
佐々がそう言うと、
ガードマン達もガラの悪いトラック野郎達も会釈をして散々と戻 って行った。
「鉄治… 俺が鉄虎にいた頃、すまんかったな… 俺、自惚れていたよな … この事社長には言うなよ照れ臭いからな… じゃぁな ! 」
俺は運転席から飛び出し
「佐々さん !助かりましたっ!ありがとうございましたっ!」
2つ折りになるくらい深く頭を下げた。
佐々さんは
「おう!」
右手を挙げてトラックに乗り込むと、プッププー!とクラクションを鳴らし走り去った。
トゥルル!トゥルル!トゥルルルル!
手に持ったままの携帯が鳴り、
着信を見ると社長からで …
佐々さんは言うなと言ったが…
俺は、今起きた事を全て社長に報告した。
言って悪い事は一つもないだろ?
「そうか … 佐々が … 今レッカー向けるから待ってろよ!」
社長の声が、何故か嬉しそうに弾んで聴こえた。
レッカー車は10分も待たずに到着し、故障車を運んで行き、その直後、社長が俺達を迎えに来た。
「天野大丈夫か? 凄い熱だな … 病院、否 、先に会社へ戻るぞ」
社長が運転をする車で俺達が会社へ戻ると 、フラフラで歩くのも辛そうな天野を俺と政とで支え、社長に言われるまま2階の社長室へ階段を上り向かった。
社長室に入ると、宮司が黒革のソファーから驚いた顔をして立ち上がり、俺達に支えられながら歩く天野を見る目がギロリと鋭くなった。
「直ぐに始めましょう… 」
返事をする間もなく、
宮司は御幣を振り始めた …
「掛巻も~畏き畏き~ 矢原の大神~祓戸の大神たちの大前に~ 」
神道の祝詞と云われる経のような言葉を唱えた。
祝詞と言うのは大和言葉らしいのだが…
宮司さんてのは、どうして何て言うか…
滑稽な動きをするよな …
笑っちゃいけねぇし…
俺の思っている事が、
罰当たりだって言う事も解 っているけど …
ツッコミ所満載過ぎで…
どうも笑いのツボが刺激されるんだよな…
スサノオの命もアマテラス大御神もイザナギ神もイザナミ神も知ってるけどよ …
神道ってのは…
元々、個人の願い聞く所じゃねぇし、
もっとデッカくて…
そうだな… 国だな…
国の五穀豊穣を願う処だからな…
八百万の神々てのは自然神…
所謂、精霊なんじゃねぇかなって…
俺が勝手に思 ってるんだけどな、
此方は側で、俺達の生き様を見守ってんじ ゃねぇかなって思うんだよな …
だってよ、考えてもみろよ!
神道、義務教育で勉強するか?
仏教入って来た事は習うけどよ …
何か変なんじゃねぇか?
ずっと思っていたんだよな …
だからよ、きっとな、
自分の身に起きた程度の事や、
小さな事で神頼みせずに
ド~ンと受け入れて生きろよ!
見守ってるからよっ!てな、
八百万の神々が決めたタイミングで、
助けが必要な人間を救ってくれるんじゃねぇかって思ってな …
だってよ、
俺も含め人間の欲なんてキリがないだろ?
神々だって呆れるって … (笑)
俺は、そう想っているんだよな …
俺が神社行くのは、
祭りの時と正月だけなんだよな …
天野は宮司の祝詞が始まると、
更にブルブル・ガクガクと震えていたが、終わる頃には血色も戻り震えも止まっていた…
宮司は社長に
「では明日、現場の方に伺いますので宜しくお願いします」
にこやかに微笑み帰って行った。
俺、想ったよ …
あぁ、
こう言う人こそ本物の神職だってな…
天野はド素人の俺が見ても
憑かれてんだろ ?って思うけれど…
その事を一言も言わない …
不安を抱える人間の、
恐怖心を煽るような事は一斎言わない …
ソコだよな… 流石だぜ…
最初に俺達を見た時、
あの時の宮司さんの目は天野の事、
完全に気づいていた筈だぜ…
格好いいな …
俺は心から感動していた。