… 三本木 … 八木原 鉄虎…
「えぇ、そうです、何とかお願い出来ませんか? えっそうですか!受けて頂けますか 、いゃ~有難いです!急なお願いで何ですが、どうぞ宜しくお願いします!では明日 、失礼します」
鉄虎は社長室のデスクの上に携帯電話を置いた。
「ふぅ~良かった… 先ずは、一安心だ…」
おもむろにデスクの引き出しを開け、中から1枚の写真を取り出すと、目を細めて写真を見つめた…
古めかしい写真には、3人の勇ましい漢達が笑顔で肩を組み写っている…
冴木・八木原・真木 …
写真に写る漢達の膝の辺りに、黒いサインペンで名字が書かれていた …
何処の現場に行っても、3人揃った時には三本木ってトリオのように呼ばれていたな …
三人とも名字に木の字が入るから、そう呼ばれたんだ、ガハハ!
「おい!三本木!バリ持ってこいっ!」
なんて言われて、土工から始まって色々な会社の先輩達にコキ使われて…
何時も一番先にキレるのが冴木で…
冴木の奴、オペの先輩を重機から引き摺り降ろす事を趣味みたいにしてた…
「邪魔くせぇ… テメェなんかにコキ使われたくねぇんだ… 」
そんな時は、目が座っているからヤバくてな… 真木と俺が直ぐに走って行って、冴木の躰2人で押さえて、時にはロープで簀巻きにして
「今日は、これで失礼しま~すっ!」
そう言って、そのまま2人で暴れる冴木を担いで… 何回帰ったか…何回首になったか… ガハハ!
緩みのある人達の現場ならいいが十中八九
「 もぉいらねぇー!来るなー!」
怒鳴られて … ガハハ!
懐かしいな … そんな感じでも楽しかった
俺達もあの頃は若かったからな
これじゃ、どうにもならないなって事で、会社、立ち上げたんだよな …
俺達の出会いは、ドヤ街だった
酸っぱ~い小便の臭いが漂う…
薄汚い街で…
ビールケースの上に、ベニヤ板を重ねただけの簡易酒場で、三人揃ってよく呑んだ…
そんな酒場でも、俺達にしたら高級店さ、仕事にありつけなきゃ行けないからな…
其処らにダンボール敷いて、背中丸めて寝てる爺さん達や怪我人を見ては…
明日は我が身…
互いに言い聞かせたもんだった
日曜日になると、すぐ裏に建っている教会の神父が、礼拝堂の扉をバンッと開いて
「ハレルヤ!主の御加護を!」
言いながら出て来て、炊き出しを食わせてくれるから三人揃って通ったな …
神父と言っても恰幅のいい、肝っ玉母さんみたいな女性で、毎週のように通っていたな…
その女神父は
「礼拝堂の中で、主に祈りを捧げましょう !扉は開かれました!」
炊き出し食ってる俺等に言うんだ … 毎週、毎週 …
ある時、冴木が
「主?主に祈れってか?神父さんよ、俺は 主なんかより、あんたの方が人助けしてると思うけどな… 働けねぇ奴等も炊き出しで助かってる、命繋いでられるよ、感謝だぜハレルヤッ!」
茶化して笑いながら言ったら、女神父さんも負けていなかった…
「貴方は良い事を仰ってくれました。今、私の目の前で生きる人々の為に、私に出来る事は何であろうかと、祈りの中、主に問うた時、私はこの炊き出しの事を思ったのです。貴方のお陰で私はあの日の事を思い出せました。有難う感謝致します。貴方に 、そして皆さんに、主の御加護を!ハレルヤ! 」
冴木は唖然としたんだ、茶化すつもりが逆手に取られたからな、ガハハ!
「あの女神父気に入った!食ったら祈ってみるぞ、お前達も付き合え!」
そう言ってな毎週、毎週、祈りを捧げたよ … ガハハ!
3人とも薄汚ねぇ格好してよ、髪も伸ばしっぱなしの長髪でな…
タイプは違っていたが、共通している所が一つだけあった…
三人とも仕事は好きだってところだ
付随する人間関係だの、会社のルールだの … そんなものが煩わしくて、気がつけばドヤ街に流れついていた …
怠けたいとか仕事をしたくない訳じゃ無か った … ドヤ街で生きる俺達の唯一の救いだ … 長所だな …
そんな俺達、三本木の中で、冴木が現場でトラブル起こすって有名になってしまって 、このままじゃ駄目だなと話して、三人で会社起こす事になった…
冴木にトラブルなって言っても言うだけ無駄だからな、大体、冴木は悪くないからな
正直なだけなんだ、冴木は…
誰が社長になるのか、三人とも嫌だって事で最後はジャンケンで決めた、勝った奴が社長になるって決めて…
俺がパー出して勝ってしまった…
ちっとも嬉しくなかったが、三人で決めた事だ、やるしかない!
決めたのは良いが、それからが苦労の連続だった…
先ず金をどうするか…
金貯めてドヤ街を出よう!なんて気が全く無かった俺達だ、貯金なんてある訳がない 、それよりも銀行に口座すら持って無いのさ、ガハハ!無い無い尽くしだった …
けれど、そんな、無い無い尽くしの俺達が
たった1つ、叶えたいと思った夢だ …
自分達の会社を創る!
簡単に諦める訳には行かない!
俺達はそれから、今まで以上に必至に働き金を貯めた、俺は社長役だからと古本屋にも通い、本を読み漁った。
会社の事なんて何も知らないから、会社創 って成功した社長の伝記本・経済界の本・会社の創り方を説明している本、当たり外れはあるけれど、ザッと100冊は読んだな
始めは難しい漢字が読め無くてな、店の店主に
「あの、これっ何て読むんですか?」
読み方教えて貰ってな、薄汚ねぇから、嫌そうな顔するんだけれど…
それでも通って漢字の読み方聞いて本読んでいたら
「これ使いな … 」
小さな漢和辞典を渡してくれてな、帰りに店主に返そうと思ったら
「お前さんにやるよ、それ使って沢山の本を読むといい… また、来てくれよ…」
そう言って小さな漢和辞典を俺の手に乗せて 、ニッコリ微笑んでくれたんだ …
嬉しかったな…
聞く事が恥とか、笑われるだろうとか、そんな事言っている場合じゃないくらいに必死だった…
そんなこんなで半年経った頃…
俺達の貯めていた金が消えた …
200万はあったな …
日曜の朝に起きたら、金も無くて真木も居なくて…
俺も冴木も真っ青な顔をして、血眼になって探した。
真木の姿見たって言うドヤ街の仲間達が、前の晩、真木が俺達に隠れるようにして、競馬新聞を鬼みたいな顔して見ていたと聞いて、冴木と俺は1番近くにある馬券売り場に急いで向かった。
馬券場で真木の姿見るや否や、二人で引き摺り出して… そしたら真木が買 った馬券をポケットから出して
「死ぬ覚悟は出来てる!俺はクズだ!クズらしく自分の命賭けたんだー!」
俺も冴木も、耳ぶち破れるんじゃないかと思うくらいデッカイ声で、俺達に怒鳴ったんだ…
真木のあんな悲痛な声、聞いた事無かったから、呆れてな …
「レース終わる迄待とうや…」
冴木に話して… 冴木も頷いた。
賭事と言うのは驚くような事も起きるものだな…
真木の馬券が2000万に化けた、万馬券にな ってな…
真木が後日話したんだが…
馬と数字が出て来る夢を見て、夢の中の馬も数字も変わらず、その夢を3夜続けて見たそうだ…
「これは絶対、何かある!自分の為だけじ ゃない、仲間の為になるに違いない!」
そう確信したらしいんだ。
けれど、俺も冴木も、勿論、真木も、3人とも必死に金貯めている事を知っていたから 、まさか競馬に使いたいなんて事は言い出せない、それでもレースの日は来る
「死ぬ覚悟で金持って来た!」
もし外れたら、本当に死ぬ気だったらしい
真木なら本気で考えていたと思う…
普段から真面目で賭事なんかしないからな
当たり・はずれ、ではなく、冴木も俺も、真木を責めるなんて事は出来なかったのさ … 寧ろ、悪かったよな追い込んでと二人で反省したくらいだ。
真木のお陰だ、否、真木だけじゃない冴木のお陰でもある…
否 … 違うな …
三本木が曲がらず、杉みたいに真っ直ぐ伸びたから…
三本木の夢を叶えられたんだろうな …
俺はそう想う …
鉄虎は、ふっと笑い…
その後も暫く、古めかしい三本木の写真を見つめていた …
懐かしい想いを甦らせるかのように…