七十二 贈り物
本日投稿二話目です。
どちらから読んでも問題ないですけど、一応こちらが後です。
大騒動のお盆が明けて数日。
オレは相変わらず白鳴山に居る。
あれから密かにいくつかの変化があった。
まず、懐が寂しい。
いやお金がないとかそういう世知辛いものじゃない。…確かにお金は持ってないけどさ。
別に山に居れば使う場所もないから困ってない。
それに要るものがあれば言う前に全部揃えられていて、要るかもしれないものも知らない間に用意されてるし、なんなら要らないものだってけっこうくれる。唐突にヤタさんがでんでん太鼓をくれたときにはつい真顔で固まってしまったものだ。
オレは何だと思われているのか未だによく分からない。
多分、滅茶苦茶長生きしてる妖怪たちと人の年齢の感覚とは全く違うんだろう。きっと、十年そこそこじゃ赤ん坊なんだろう。そうに違いない。…多分。
それはまあ、どうでも良いとして。オレが寂しいのは、いつも懐に入れていた赤い巾着がないからだ。
あれの中身は、割れてしまった数珠玉だ。
無事なものはお篠さんに腕輪にしてもらったけれど、母上がオレのために用意してくれたものだと思うと、割れてしまって何にも使えないと分かっていても捨てられなかった。
でも、そのままにしとくのは良くない気もずっとしていたから、最後まで迷ったけれど、お盆の次の日の朝、山を下りる明然さんと恵然さんに思い切って託した。
説明はあまりしなかったが、あの人たちならきちんと供養してくれるだろう。
…いや、正直になろう。説明はしなかったというより、出来なかったのだ。
恵然さんはともかく、明然さんとか、オレを探して半日以上山を駆けずり回ってたって聞いたのに、なんで夜明け前に起きられたし。
寝起きの全力疾走で息が切れてろくに話せず、へろへろになって座り込んだのを、余裕の表情で覗き込み、「大丈夫ですか」とかなんとか言った明然さんは、疲れのつの字も残っていない元気な顔をしていた。同じく前日走り回って疲れきってたオレが、追っかけて霧の前ぎりぎりででも追い付ける時間に目が覚めたのは奇跡に近かったというのに。畜生あれが大人の体力か。早く大人になりたい。
とはいえ、追いついたときはまだ空は朝焼けで赤く、陽も昇りきっていない時間だったので、オレが寝坊をしていた訳じゃない。
白鳴山からでは、早い時間に出発しないと日暮れまでに次の人里に辿り着けないのだ。
引き留める訳にはいかないので、供養して欲しいとだけ言って巾着を託した。…決して、息切れを堪えていたから話せなかっただけじゃないのだ。
言葉少ななオレに、必ずきちんと供養すると約束して霧の中に消えていった二人を見送った。
それから空の懐がやけに軽いけれど、同時に一区切りついたような清々しい気持ちになった。
二人が行ってしまったところの霧を見つめていたら、やけにカラスが騒いでいることに気付いた。そのときには何もかも遅かった。
起きると同時に辛うじて着替えだけして飛び出してきたオレは、誰にも何も言わずに来てしまったのだ。
真っ先に泡食ってやってきた伝さんに「まだ足元が暗いんだから一人で山に出てきちゃダメでしょう!!」と怒られてやっと不味いと気付いたオレは、まだ寝ぼけていたんだろうか。
その後はまあ言わずもがなのことだが、心配する保護者軍団の波状攻撃である。
迎えに来た陣さんには、新しい傷がないかどうかを何度も訊かれ、ついでに丹念に匂いを嗅がれた。多分新しい血の匂いがしないかを確かめてたんだろう。
館に着けば権太郎さんに釿次郎さん、弓さんヤタさんに、なんと鬼夫婦までもが心配して会いに来て、同じくまた怪我してないかと問い詰められ、いつの間にか双子の先輩と次朗さんまで半笑いで混ざっていた大騒ぎの最後、止めに笑顔の師匠に頭を撫でられて「今日は休んでいろ」と言い渡されたのだった。
前日何回も転んだ傷は、寝てる間に巻いた布が緩んでいて、朝っぱらから全力疾走した所為で瘡蓋が裂けていたり、昨日よりどす黒くなった打ち身がそれはもう痛々しく色付いていては、我ながら自分の「大丈夫です!」に説得力がなかったから、多勢に無勢で押し切られて、泣く泣くその日は館で過ごすことになったのもまあ、仕方がないと思う。
大人しく休むと言ったとき、館の皆さんはほっとした顔をしていた。
妖怪は人より強いんだろう。それで人はひ弱ですぐ傷ついたり死んでしまうと思っているんだと気づいた。だからオレが怪我したら大袈裟なほど心配するし、疲れていたらやたら休むように勧めて来る。
彼らが思ってるほどやわじゃないって分かってる筈の師匠は、彼らを宥めるためにオレに休めと言ってるんじゃないだろうか。
こういうことは口で説得するのは難しい。いくら理詰めで順序立てて説明されたって、『でも万が一があったら』と考えてしまうのは、妹を心配した経験があるオレには痛いほど分かる。師匠が彼らの気持ちを汲んでオレに休むように言ったんだって気付いたら、もう駄々をこねる気はなくなっていた。
オレとしてもお世話になってる方たちを不安にさせているのは不本意だし、あちこち痛いのに組み手をするのも正直きついから、オレが休んでるだけで全部上手く行くなら、しょうがないかな、って思う。
数日経った今、怪我も治ったオレは絶好調だ。すごく体の調子がいい。周りから見ても分かるのか「この頃すごく元気ですねぇ」と権太郎さんに言われたのが昨日のことだ。
体だけでなくなんだか心も軽い。晴れ渡った空のように澄んでいる。いくつかの心配事や気掛かりはなくならないけど、焦りも心配も伴わない冷静な目で見られるようになっていた。
そうして初めて、今までのオレが如何に余裕がなかったのかが分かるようになった。ここで暮らしていながらも、どこか追い立てられるような焦りを感じていたように思う。
逆に言うと、今はそれがない。
どうしてなのかは自分でも説明できないけれど、明然さんとのやり取りを経て、墓参りにも行って、心の整理が付いたんだと思う。
師匠も精神が"気"の乱れに繋がって、気が整えば体も整うって言っていた。それがこういうことなのかもしれない。
色々痛い目に遭ったけど、まさに怪我の功名ってやつだ。
「行ってきまーす!」
「はい、いってらっしゃいまし」
にこにこと手を振る弓さんに見送られ、オレは元気よく館の玄関を出た。
気分はうきうき、足取り軽く、小走りに小道へ向かう。
いつもは昼餉の後はその辺を回って、適当に木を選んで登り、余裕があればもう一度別の木を選んで登っていた。山に来た当初は色んなところを遊び半分に探検したものだが、この頃はそれもなくなっていた。
早く天狗になりたかったから、そればかり考えていたのだ。
オレが行ってきますと言えば「今日は何処へ?」と訊かれることがよくあったけれど、どこそこの斜面に木登りに行きます、と言えばみんなちょっと何か考えるような顔で「いってらっしゃい」と送り出した。その心はもやもやとしていて、降りそうで降らない曇り空みたいに、すっきりとしないものだった。
オレはふと、冴えない反応をする周りを見回して、なんでだろうと考えた。
そうして自分の行いを見直して、皆のことを考えて、ひとつの考えに辿り着いたのだ。
オレ、遊んでないよな。と。
あれこれ手伝いを言いつけられる訳でなく、勉学に励めと尻を叩かれる訳でもない。寧ろゆったりまったり過ごすことを推奨され、放し飼いよろしくさぁどこでも行っておいでとにこにこ見守られる環境に置かれているにもかかわらず、修行のことしか考えず、外に出られないなら勉強しようと部屋に籠る、遊び盛りの十一歳。
見守る周りの立場に立つのはちょっと難しかったので、そんな風になった兄上を思い浮かべてみた。
はっきり言って、異常である。
怖かった。頭おかしくないかとまで思った。どうせ裏でなんか悪いことしてるんじゃないのかそれ。
してないのだ。
だって、実際そうなってるのはオレだもの。
そこまでくればみんなの微妙な反応も分かる。
修行や勉強を真面目にするのは良いことだから止める訳にもいかず、しかしながらもっとのびのびと過ごして欲しかったんだろう。
オレは考えた。
早く天狗に成りたいと思って、ずっと木登りに打ち込んできたけれど、全然全くそんな兆しはない。
だけど師匠も先輩たちも全然慌てた様子じゃないし、深刻そうにしてることもないから、別にそんなに焦ることもないような気がする。
本来は薬を飲んで数日で始まる変化がまだ始まらないのがそもそも普通じゃないだとか、悩むほどオレのことを大事に思ってないかもしれないとかは怖いので考えてはいけない。
前者はともかく、後者はあり得ないとは思うけどね。
なら…ちょっとは遊んでみてもいいんじゃないかな、と思った。
そこで、木登りの前に徐に、懐一杯に蝉の抜け殻なんぞ集めてみたのだ。歩いていたら目についたから、というそれだけの理由で。
完全に出来心である。
すっごく楽しかった。宝探しみたいで、理由なんかないけどすごく楽しかった。
そうして夢中でその辺りを見回していると、日陰の石の上に、なんと座った状態で干からびた緑色の蛙を見つけた。思わず「おお!」と言ってしまうほど綺麗な色で、大事に持って帰ることにした。
その日帰るのは、内心恐る恐るだった。
遊んでも良いんじゃないかと思ったのは、言うなればオレの独断だということに気が付いたからだ。
木登りしてるかどうかは、オレの叫び声でみんな知ってる。もしかしたら何をしてたかの詳細は、カラスを通じてみんなに報告が行ってるっていうことも有り得る。
つまり、もしもオレが真面目に木登りばかりしてるのを推奨されてた場合、怠けているのが丸わかりだったおそれがある。ていうか確実に師匠は知っているだろう。もしそういうことだった場合、帰ったら怒られるだろうと思ったのだ。
だけど、帰ったときみんなはいつも通りに『おかえりなさい』と迎えてくれた。心も変わらず温かくて、苛立ってるとか怒っているとか、そいういう感じは全くない。
それでも内心の警戒を解けずに居たオレは、今日は何をしていたんですかと訊かれて、緊張のあまり返事の代わりに懐からざらざらざーっと蝉の抜け殻をぶちまけた。我ながらよくとったと思うほどの大量の蝉の抜け殻を。
床に山になったそれは、はっきり言って気持ち悪い程の量だった。
今から思うとなんであんなことをしてしまったんだろうと思う。
弓さんが『ひぃっ』と悲鳴を上げて身を引いて、何事かとこっちを見たごんたろさんも『うひゃぁ』とびっくりして壁際まで飛び退いた。その拍子に入れてくれていたお茶がばっちゃーんとぶち撒けられてぎんじろさんに降りかかり、『ぎゃぁ!』と跳び上がってすっ転がったところには夕餉のお膳が…。
どがっしゃーん、という破壊音は、静かな館中に響いた。
何ごとかと駆け付けた師匠と太刀さん、双子の先輩、次朗さんにヤタさんが見たのは、床に蹴散らされた大量の潰れかけた蝉の抜け殻と、慌てて雑巾を取りに行く権太郎さん、手拭いでオレの顔を拭いている弓さん、晩御飯まみれになった釿次郎さんと…同じく晩御飯まみれになって、潰れてしまった蛙を呆然と見下ろしているオレだった訳だ。
落ち着いた後に、オレが蝉の抜け殻集めなんぞしていたということを含めて経緯を説明したら天狗一同は大笑いしてくれた。
ごめんなさいとしょんぼりしたオレを誰も怒ることはなく、皆今年一番の愉快な出来事みたいに笑い飛ばした。
抜け殻集めなんていう無駄なことをしているのも咎められることは全くなかったから、ちょっと気が大きくなったオレは、勇気を出して訊いて確かめてみた。師匠に直接訊くのは流石に怖かったので、双子の先輩たちに、遠回しにではあったが。
結果、遊んでも良いってことが目出度く判明した。
こうしてオレは、大きな安心と毎日の息抜きを手に入れたのだ。払った犠牲は大きかったけれども。ああ、オレの蛙…。
うん、まあそんな訳で、オレは遊んでから木登りするようになった。今日も今から遊びに行くのだ。
出かけた道々、目が辺りを見回してしまうのはまだ治ってない。またどこかに蛙が綺麗なままあるかもしれないからな。
「おい三の字ー!!」
向かう先で、次朗さんが大きく手を振った。
「お待たせしました次朗さん!」
「もう飯は食ったのか」
「はい!」
次朗さんは「そんなら」と言って満面の笑みを浮かべた。
「今日は沢蟹取りに行くぞ!海老も小魚もたんまり居るおれさまのとっときの場所だ!有難く思えよ!!」
「やった!!」
そうそう、オレと次朗さんはあれからもっと仲良しになった。
毎日一緒に山を遊び回っている。
次朗さんは白鳴山の面白いところを知り尽くしている上、遊びが天才的に上手なのだ。
意外にも教えるのも上手くて、オレは彼の指南のお蔭でめきめきと腕を上げていた。あんなに苦手だったのに、あっという間に独楽は手のひらで回せるようになったし、剣玉は球を持って操り、鮮やかに収められるようになった。次朗さんは実はすごい方だったのである。
「よっしゃこっちだついてこい!」
「はい!!」
オレは次朗さんについて駆けだした。
嫌なこともあったけれど、今は前よりも楽しく暮らしている。それを計算に入れたら、あのお盆の日があって良かったのかもしれない。
――――もう一度やりたいとは思わないけどな!!
大小ふたつの影が楽しそうに小道に消えるのを、館の屋根の上で見送っている二羽の天狗がいた。
並んで見守るのは二羽の兄弟子、双子天狗の紀伊と武蔵。彼らは仲良く遊びに出かける弟分たちに鋭い眼差しをじっと向ける。
「最初はどうなることかと思ったけど」
「どうやらあいつらも上手くやってるみたいだな」
「このところ毎日遊びに行ってるらしいし、ひと安心だな」
「ああ、次朗もちゃんと面倒見るようになったしな」
「ああ、三太朗もなんだかんだ次朗に懐いたしな」
「もう大丈夫かな」
「もう平気かな」
顔を見合わせて頷き合った。
「なあ、紀伊…」
「分かってる。皆まで言うなよ武蔵…」
言い合った二羽は揃ってがっくりと項垂れた。
「「あぁああ…出遅れたぁあ…」」
彼らは悔しかった。それはもう悔しかった。
一緒に遊んだり、元気がないときに悩みを聞いたり、ときには鍛錬の助言もしたりして、可愛い末の弟に頼られる兄貴分としての地位を着々と築いて来た筈だった。
今も三太朗は彼らに懐いているのは確かだ。会いに行けば嬉しそうだし、打ち明け話もしてくれる。仲は疑う余地なく良いと言えよう。
だがしかし、だ。
「くっそぅ…良いことだけど、…良いことなんだけど!」
「俺らを差し置いて次朗が頼れる兄貴っぽくなってるぅうう!!」
最初は次朗のことを苦手そうにしていた三太朗だが、この頃は次朗に頼み事をしたり、待ち合わせて遊びに行くほど仲良くなっている。そのことは以前と変わらない関係の二羽をそれはもう焦らせていた。
「この頃外の奴らの相手しなきゃいけなかったとはいえ」
「次朗と三太朗がこんな直ぐ仲良くなるとは思わなかった」
「俺らだって三太朗と仲良くしたいっての!!」
「俺らが居ない間ちゃんと面倒見てやるんだぞって言ったけどさ!」
「次朗はちゃんと面倒見てやったし偉かったけどさぁあ!!」
次朗は、ここ最近師に仕事を申し付かって山の外で忙しくしていた彼らの穴を充分以上に埋めたのだ。
二羽にとっては次朗も可愛い弟分である。弟たちが仲良くしているのは文句なく良いことだし喜ばしいと彼らも思うが、出かけることがなければ、あれだけ仲良くなっていたのは自分たちかもしれないと思えば、物凄く悔しかったのである。
「「くそぅうう、仕事ちょっとぐらい置いといて遊ぶんだったぁあ!!」」
これだけ聞けば屑である。
うぉおお、と二羽でひとしきり頭を掻きむしって悔しがったが、やがてがっくりと脱力した。
言ってはみたものの、彼らが尊敬する師匠の期待を裏切り、仕事をほったらかして遊ぶなんてことは出来る筈もなく、万が一そんなことをしてしまえば、三太朗の尊敬は確実に消えてしまうだろう。そんなのは本末転倒。誰も幸せにならない。
実は今日も報告に帰ってきただけであり、またこれから出かけなければならない。
「お師匠は良いよな。師匠ってだけで別格だもんな」
「それは言っても仕方ない。お師匠だしさ」
「まあな。今はお師匠は関係ない」
「こうなったらあれだ」
「ああ、あれしかないな」
やがて顔を上げた彼らの顔には、並々ならぬ決意が宿っていた。
「「俺らの助言で、三太朗に背中の紐を取らせる」」
三太朗は毎朝、彼らの師である高遠相手に鍛錬している。その中身は、高遠の体に結んだ紐を解く、というもの。
今は背中にある結び目を狙って日々頑張っている最中だ。双子の見たところ、以前与えた助言の通りに努力しているようで、だいぶと三太朗の動きは良くなってきてはいる。しかしあともうひと息足りない感じだった。
そこを、経験者の知恵を与えて乗り越えさせようというのである。
「段取りを組み立てるのが苦手な次朗じゃ。鍛錬の助言はできないだろうし、これは俺らにしかできないことだ」
「俺らのお蔭で苦労してる課題を達成したってなったら、尊敬と感謝を勝ち取れること間違いなし」
彼らの脳裏には、大喜びする三太朗がまざまざと浮かんだ。滅多に見られない満面の笑みを双子に向けて、ありがとうございました!と元気に言って、尊敬の眼差しを向けてくる。
「「完璧だ」」
彼らは重々しく頷いた。
これが成功すれば"親しい兄弟子"の立場は次朗に譲ったとしても"頼りになる兄弟子"は自分たちが一番であろう。
よし!と勢いをつけて二羽は立ち上がった。
「「何としても夜までに片付けて帰る!!」」
硬い決意と共に、彼らは翼を鳴らして舞い上がった。
部屋でさらさらと筆を動かしていた高遠は、手を止めてふっと笑みを浮かべた。
理由が何であれ、紀伊と武蔵のやる気が出るのはとても助かる。それに弟子たちの仲が良いのは、とても良いことだ。
「…明日の組手は気が抜けんな」
机の脇でとぐろを巻いていた白蛇が、答えるようにしゅるると舌を閃かせた。
「ああ、そうだな。俺とて簡単にくれてやる気はないさ。だが、特別厳しくする気もない。いつも通りに相手をしてやるだけだ」
蛇はゆっくりと鎌首をもたげて、机の端に置いてある箱に顎を乗せた。
「ほう。お前はもう渡せると思うか。…うん、そうだな。頃合かもしれん。明日、様子を見て考えよう」
それだけを言って、筆がもう一度動き出す。
この日ずっと、高遠の機嫌はとても良かった。
ある朝、オレは師匠と向かい合う。
いつも通りの裏庭で、いつも通りの朝の手合わせ―――と師匠は思っていることだろう。
そう思っていられるのも今の内だけだ!今日のオレは一味違うと言わせてもらおう!もちろん心の中だけで。
オレが自信満々なのには理由がある。
昨夜、紀伊さんと武蔵さんがやって来て、以前授けてもらった秘策の改善案を伝授してくれたのだ。
秘すべき策ゆえやっぱり説明は割愛する。ただ革新的なものだった前回のものよりもうひと捻り加えた素晴らしい策だとと断言しよう。更に、助言を踏まえて戦略と手順を組み立てるのも、第二回師匠攻略作戦会議をひらいて手助けしてくれるという万全の支援体制だ。
これだけやってもらって結果を出せなかったら嘘だ。さあ今日こそあの猪口才な紐を力一杯引っ張ってやるのだ!
オレは気合いを入れて下段の蹴りを放つ。師匠は当然苦もなく捌いた。だがオレも上手く隙をなくして捕まらずに次打を繋げた。
蹴り、掌底。師匠の蹴りを捌き、次を躱し、掌底を受け流してこちらの蹴りを叩き込む。
いつも以上の連撃。普段のオレより拍の速い動きにも、オレは自分でも驚くほど持ち堪えていた。
確かな成長を感じて思わず緩みそうになった口元を引き締めた。ここで失敗することは許されない。作戦通りに動かなければ。
作戦の一。全部の動きを繋げ、止まらず動き続けること。
流れを止めてしまえば捕まってしまうからだ。
言われて初めて気付いたのだが、今まで師匠はオレの動きが止まるか、攻め手を受け、止めてから捕まえて投げていた。
つまり極論を言えば、受け止められてもすぐに次に繋げられれば捕まらないということ。だから、基本戦法として、次々に技を繰り出す連撃形式を選んだ。
軸足を替えて掌底。受け流されるのに逆らわず体を流して地に手を置き、そこを起点に低い回し蹴り。
避けられるのを見越して地を這うような低さのまま横へ逃げ、追う師匠の下段蹴りをぎりぎりで流して更に跳び退る。
作戦の二。適度に逃げを挟んで常に追われるようにすること。
こうすれば師匠は必然的に追うか止まるかしかできなくなる。追って来たら次は攻め手が来る。そうでないならこちらが攻める機会だ。
これは師匠の取る行動を大きくふたつに絞って、次の行動を見極め易くする為の策だ。距離を取ることによって捕まりにくくするという狙いもある。
十手二十手。両者ともいつもより手数が多い。
常より展開が早いやり取りの中で慣れ始め、動きが段々と滑らかになって行くのが自分でも分かる。
無意識に足運びは次の手を意識した位置へと流れるように動き始め、重心にぶれが少なくなっていく。意識は澄み渡り、身は軽く、師匠の攻め手を察知して確実に対処し、こちらの攻め手を重ねる。
あの感覚だと意識の隅で気が付いた。攻撃の意思を感じて、一瞬も遅れずに対処する。都合三度目の、相手の動きを読む感覚は、違和感も前触れもなく訪れていた。
不思議とそれは、オレが持って生まれた手足の如く自然なものとして、すんなりとオレに馴染んでいた。
オレは研ぎ澄まされた感覚を武器に、危なげなく動き続ける。作戦通りに手合せは進んでいた。
「うぁっ」
あるとき足がもつれた。上半身が泳ぐが、根性で身を捻って立て直す。
そう、この戦法は有効だが、休む間もなく動き続ける特性上、とても疲れるのである。短期決戦向きな速攻戦術だった。
一度足がもつれてからは早かった。疲れは自覚した途端にどっと襲い掛かってオレの体を重くした。察知からの反応が僅かに遅れ出し、受け流す腕の力が抜ける。息が上がり、ある瞬間ついに力を失った膝がかくんと折れた。
そして師匠はそれを見逃してはくれなかった。
「上々だ」
するりと間合いを詰めた師匠がふっと微笑い、そっと腕を取る。
そっとではあるけどその実態は全く抵抗の余地がない流れるような技だ。オレが反応できない確実な隙を縫って伸びた手が有無を言わさずオレを絡め捕って引き寄せる。
――――しまった!
こうなれば最早成す術は無い。引き寄せられ、くるりと振り回すのを利用してぽんと投げられて終わり。
ああ、今日こそ大丈夫だと思ってたのに。オレはほぞを噛んだ。……なんちゃって。
「ここだ!!」
「!」
そう、投げられることさえも作戦の内なのだ!今までの動きは全部師匠を油断させ、望みの投げ技を引き出すための布石だったのである!
引かれるのを利用して自ら跳ぶ。引き寄せ、身を捻るように高く放り投げようとしている師匠が思い描いた軌道を僅かに逸らすためだ。捕まった一点を支点にして師匠の肩を越える。
横へ回り込むのではなく上から背を狙うのが、オレが先輩たちの助けを借りて出した答えだった。
跳びあがった高い視点で、師匠の肩越しに紐を見据えた。目算。充分手が届く距離…!
――――貰った!!
ふっと緩む師匠の顔が横目に見えた。
師匠は全部見えているのだ。
その微笑む横顔は、頭を撫でて褒めてくれるときと同じ温かさをオレに与えた。
振り上げた足の反動を利用して手を伸ばす。
そのまま師匠の背後に落ちる。くるりと上手く背中で地を受けて、ころりと反転して立つ。
「取ったぁああああ!!!」
空へ突き上げた手の中には、じゃらりと鳴る玉がいくつも通された紅い紐。
オレは、あれだけ苦労していた背中の結び目を解いたのだ。
気分が沸き立つ。心の中が弾む。ふわっと体が浮かぶようで、それでいて確かな体の芯が熱くなる。
はじける喜びと達成感。
「よくやった。まさかああいう手で来るとは思わなかったぞ」
ふわっと降りてきた温かい手と、師匠の珍しい満面の笑みにつられてオレの頬も緩んだ。
「おい三太朗!やったな!すごいぞ!!」
「上手く行った!!上手くやったな三太朗!!」
駆け寄ってきた双子の先輩たちが飛びついてきて揉みくちゃにする。
やったやったと張り上げる声と一緒に、オレもいつの間にか声を上げていた。
脇に立って見守る師匠が伸びやかに笑う。
全部の声が喜びに満ちていて、自分のことのように嬉しく思ってくれていることがオレの心を温める。
ありったけの感謝を込めて、オレはぎゅうっと双子の先輩にしがみついた。
「ありがとうございました!!」
返してくれた満面の笑みは、ここ最近で一番のものだった。
「よし、三太朗。水を浴びたら部屋に来い」
ひとしきり笑い合う弟子たちを微笑ましく見守った師匠が言った。
「はい、わかりました」
応えながらも、訝しく思う。師匠が鍛錬の後に部屋に呼ぶなんて初めての事だった。
井戸で水を浴びて、師匠の部屋を訪ねたオレの前に、「これをやろう」と細長い小箱がことりと置かれた。
「何ですか?これ」
「開けてみろ」
促されて手に取った箱は、薄い木の板で出来ているようだった。
びっくりするほど軽くはないが、ずっしりくるほど重くもない。
一辺はオレの肘から手首までよりもやや長く、幅は広げた小指と親指ほど。持ち上げれば、僅かに傾いた箱の中で中身がずれて少し動いたようだった。
紐もかかっていない蓋は、持ち上げるだけで簡単に内側を目の前にさらした。
「これは?」
中に入っていたのは、箱に見合う長さの木の棒だった。
木の棒とは言ってもその辺りに落ちているものとは勿論違う。表面は滑らかに磨かれてささくれひとつない。浮かび上がった木目に節が見当たらないことから、結構な太さの木片から削り出したもののように思った。
「木刀?」
それにしては短いけれど、長さに目を瞑れば、少しだけ曲がった形といい握りやすそうな太さといい、それは木刀に酷似している。
「持ってみろ」
言われるがままに手に取る。
滑らかな表面は艶が出るほど磨かれていて、手にしっとりと馴染んだ。
濃い茶色の木はどこか少し紫がかった暗い色をしていて、覗き込んだ自分の影が映り込み、明るい色の髪の輪郭がうっすら浮いて見えた。
――――少し重い…?
目算よりもほんの少しだけ持ち重りがするような気がしたそのときだった。
唐突に木の周りを囲むようにして光の模様が浮かび上がった。木に描かれたものではなく、少し浮いた文様は、握った手を巻き込んで渦巻き、驚く暇もなく消えた。
「なっ…え?師匠?あれ術…?」
「ああ。上手くいったようだな」
手の中の物を取り落とさんばかりに仰け反ったオレに、師匠は涼しい顔で頷いた。
「両端を持って引いてみろ」
「…今度は何が起こるんです?」
「何も起こらん。だから引いてみろ。思い切りな」
思わず胡乱な目で見てしまいそうになったのを、深呼吸して打ち消した。
師匠は嘘は言わない。大丈夫だと言うなら大丈夫なのだ。ただ、何も言わないことが多いから、こっちが勝手に勘違いしてしまうことは多い。今回驚いたのも、何も起こらないとオレが思い込んでいたからなのだ。
何も起こらないと太鼓判を押したのだから、引っ張ったって何もないんだろう。いきなりうにょーんと伸びたりぽっきり折れたりという異常なことは何も起こらないに違いない。
言いたいことをぐぐっと全部飲み込んで、代わりに小さく溜め息を吐いた。
「わかりました」
がしっと両端を鷲掴みにして、ぐっと引っ張る。思いきりと言われたので、歯を食いしばって力いっぱい引っ張った。
――――畜生やっぱ何にもないか。
分かっていたことだったが、短い木刀は全く何も変化はない。
驚いたことの八つ当たりも兼ねて、何か起こってしまえばいいのにと半ば本気で思っていたけど、結局師匠は嘘を吐かない方だと確認しただけに終わった。…ていうかなんでオレは棒を必死に引っ張ってるんだろう。
「…師匠、何の意味があるんです?」
「何、ただの確認だ」
「確認?」
ああ、と頷いた師匠は、変わらない涼しい顔でこう宣った。
「それはな、小刀だ」
へぇ、とオレは間が抜けた返事をした。何か言われたから相槌を打った。ただそれだけのただの声だった。
言われた意味を咀嚼して『うん?』と首を傾げ、その意味が染み込むと『え?』と瞬きした。
何度か思考がつるつると逃げて、漸く掴まえたそれは、驚くべきものだった。
「え、えええええ!?」
オレは混乱のあまりその短い木刀…もとい小刀を取り落とした。
ことっと音を立てて畳の上に落ちたそれは、どこからどう見てもただの木の棒である。継ぎ目なんかなく、丹念に見ても木目も端から端まで途切れることなく繋がっている。
「怖がらずとも良い。先ほど掛けた術は、お前が真に抜きたいと思わなくば抜けぬようになるもの。事実お前が引いてみたときも抜けなかったろう」
「あ、はい…」
もう一度持ってみろと言われて、拾い上げようと手を伸ばした。だが、どうしても寸前で手が止まる。
刃を見たときのように芯から震えるような恐怖が這い登ってくる訳ではないけれど、それでも小刀だと言われた瞬間から、この小さな棒切れは、牙を剥いた毒蛇のように迂闊に触れないものとしてオレの中に位置付けられてしまったようだった。
――――落ち着け、落ち着けよ。さっき触ったときは平気だったじゃないか。中に刃物が入っていたって、抜けないならただの棒きれなんだ。怖くない。怖くない…。
そうは思うものの、手は震えるばかりで先に進まない。鼓動は次第に速くなり、つられたように息まで荒くなっていく。
視線は釘付けになって動かず、横たわった小刀が異様に大きく見えた。
「――やはり未だ無理か。なら仕方がないな」
きんきんと響き始めた耳鳴りの向こうで、師匠が呟くのが聞こえた。表情はわからない。だけど確かにそこに落胆の色を見つけて、どくどくと脈打っていた胸が大きく跳ねた。
――――師匠が、オレに期待してくれていたのに。
ざらざらと霞み始めた視界に過る過去の幻がある。耳鳴りに交じって自分の声が聞こえた。
『刃物が怖いの、何かもっと出来ることはないんでしょうか』
渋る師匠に食い下がって頼み込んだ。あのとき師匠は、ひとつ心当たりがあると言っていた。
『ただし、無理だと見たら即刻止める。それを心得ておけ』
小刀を捉えた視界に手が入ってきた。――師匠の手だ。
「――師匠…」
「…なんだ」
自分のものと思えない掠れた声がして、手が小刀に触れる寸前で止まった。
「師匠、師匠は…、オレがこれ、持てるってお思いですか…?」
馬鹿なことを訊いている。事実今、オレは持つどころか触れることさえ出来ずにいて、師匠はそれを見て、小刀を回収しようと手を伸ばしているのに。
だけどオレは耳を澄ませた。全神経を集中して、師匠の返答を無心に待った。
「俺か――」
気が遠くなりそうな沈黙の後、師匠の声が静かに響いた。
師匠の手がぐっと握られる――
「――出来る」
――すっと手は、内側に何も握らないまま視界から退いた。
「お前は、これを持てる」
一瞬喉が引き攣った。混沌として濁った胸の内に、無理やり大きく吸った息を送り込む。
目を閉じ、静かに吐いた。余計なものを全て追い出して、たったひとつの事実を真ん中に据える。
――――師匠は
「はい」
――――師匠は嘘を吐かない。
目を開いた。
すっと手が動く。腕の関節がぎこちなく軋む。
――――オレの所為で嘘を吐かせてはならない。
オレの手は滑らかに動いて、その短い刃物を中に納めた。
勝手にぎくりと肩が動く。体が強張って、次に来る何か恐ろしいことに備える。
気を失いそうなほどの間があって。
やがて――
「だ、いじょうぶ、です」
――やがてオレは、肩の力を抜いた。
恐ろしいことは何も起こらなかった。すべすべした木片は、さっきと同じように手の中で大人しくしている。
「良し」
「ふぁっ」
温かい手が、ぽんと頭に乗って、いつもよりも強めに髪を掻き混ぜた。
見上げたそこには師匠が居た。
「これは銘を"空器"と言う。弦造に特別な方法で鍛えさせたひと振りだ」
「弦造さん…?」
こんな小さな品に銘などという大仰なものがあるのかと、まだぼんやりした頭で思った。
「そう。お前のために誂えたものだ。必ずや、お前を守る役に立つだろう」
「オレを、まもる…」
言われたことを馬鹿のように繰り返すオレに、師匠は「ああ」と頷いて根気強く言った。
「これは、お前の護り刀だ」
まもる。守るとは、傷つけないという意味だ。傷つける何かを遠ざけるということだ。
これは、オレを傷つけないものだ。
そういう風に師匠が命じて、そういう風に弦造さんが作った。
オレが無事であれ、健やかであれという願いが込められたものなのだ。
無意識にさ迷った目が、左手首に揺れる黒い球を捉えた。
母上がオレが無事であれと願って誂えてくれた数珠の珠。
なんだ、と思った。
――――同じじゃないか。
揺れ続けていた気持ちがすとんと落ち着いた。
何度か瞬きをする。
目の前にはオレの頭に手を置いたままの師匠。手の中に握り締めたのは、抜けない小刀。
いつの間にか鼓動は落ち着いて、耳鳴りは治まった。視界は澄んでいて、どうってことない現実しかそこにはない。
覗き込んでいた師匠が嬉しそうに微笑った。
「ではそれを日々、肌身離さず持つことから始めよう。だが、無理はするな」
「…はい!」
やっとしっかりした声が出て、頬の辺りに残っていた最後の強張りが抜ける。
師匠の手が頭から離れて行って、その拍子にやっと大事なことを思い出し、慌てて頭を下げた。
「ありがとうございます!」
「皆、居るな」
「ああ。やぁっと全員揃ったな。やれやれ全く、全員揃わなきゃ使えないなんてこの伝心術、不便でしょうがねーな…なんとかなんないもんかな」
「ほんと、随分間が開いちゃったわね。まあみんな忙しかったしね…足柄ちゃん、それぞれの山の護りの術越しに言葉を届けるなんてそもそも無茶なことしてるんだから、全員揃って発動しないと力が足りないのは仕方ないじゃない」
「そうでもない。この前高遠が送って寄越した呪物の中に、遠方に声を届ける術が仕込んであるものがあった。今使えるように改良している。もう少し待て」
「おお!流石は晨!あれを読み解いたのか」
「へぇえ!すげえなそれ!…ってちょっと待てよ。呪物ってのは人の術師が持ってたやつのことだよな?うええ、あいつらそんな厄介な術持ってたのか。やっぱ油断できねぇな」
「はぁあ…晨ちゃんならいつかはやると思ってたけど、やっぱりやっちゃうのね。楽しみにしとくわ!」
「ふん。一度発動したからな、仕組みはそれで知った。…だが仕組み以上を探る前に止まったのが惜しい」
「そうか…よし、とりあえず報告と行こうか。あれからうちの山の周りにまた術師が現れたのは書き送った通りだ。だが、やつら今度は猿を使って来る気のようだ。こちらは迎撃準備を進めている」
「!?そうか、成程な。妙な髪の色をした術師どもの調査を進めているんだが、何人か見つけて監視を始めた。奴らは二人から三人で組んで動いている。こっちが今把握してるのは全部で四組。北領との境辺りにうろうろしてるやつが一組、延背街道を東に動いてるのが一組、もう一組は見失ったんだが、高遠の山の方に確か動いてた筈だからそっちに行ったのに間違いないだろう。もう一組は東都の辺りから離れない。あいつらは兎に角油断ならないやつらで、ばれないようにするのに骨が折れる上、細かい動きが追い難い。ただ、他の妖と接触してる様子は今のところないのは確かだ」
「へえ、ついに動き出したのね。…こっちの調査は、送った文からあまり進んでないわ。各支部の仮の学舎に、人から成ったばかりの野良ちゃんたちを集めるのは着々と進んでる。だけど際昊水の回収は難しいわね。人に横流ししてた連中は見つけ次第降格と封印の上、刑に服するって告知されたから、今は収まってる。そうそう、宜和ちゃんを騙した鴉天狗たちの行方は依然不明。掴まえた上の方の奴らは、なーんか隠してる感じがするんだけど現在調査中よ」
「こちらは特に異常はない。現在弟子どもを動員して、高遠から回された呪物の調査と新術の開発を急いでいる。通信の術を最優先としているが、実用にはまだ掛かる見通しだ」
「了解した。皆忙しいところ悪いが、三日に一度は連絡を試す心算だから、出来るだけ応えて欲しい」
「こっちも状況把握。ああ、そっちも了解。出来るだけ出る。高遠のところは、いつまで掛かりそうだ?何なら手の空いたのを少しは回せると思うが」
「了解。…でもあたしは今のところ支部と山を行ったり来たりしてるから、あまり連絡は期待しないで欲しいわね。そうそう、白ちゃん平気なの?迎撃準備ってことは近く始めるつもりなのね?」
「委細了解した。…猿か。あれは数が多い上に狡賢いと聞く。油断はするなよ」
「ああ、随分長く周りをうろつきながら捕まらなかったからな。油断ならないのは分かっている。だが、仕掛けて来る日に心当たりはある。今年の秋の祭りの日、供物を回収に出なければならんから、恐らく合わせて手を出してくるだろう。重ねて言うが油断はしない。調べも進めているから、次の報告を待ってくれ」