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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
二章 蓋
54/131

四十八 鬼の解放

本日投稿二話目。こちらが後です。

鬼視点。







 久々の陽光が目に映って、鬼は目を細めた。

 眩しく輝く熱い光は、しかし遠慮がちに戸口から少しのところまでしか入ってこようとせず、彼の許までは届かなかった。


 開いた扉は薄暗がりに四角の穴を開けた。

 穴の向こうはまるで水面(みなも)を覗き込んだかのように揺らめいて、はっきりとは分からない。ただ明るい陽の光が充ちていて、ここよりずっと広いことは判った。そして彼にはそれで充分だった。

 ずっと焦がれた場所が、あの向こうにあるというだけで、心がほんの少し慰められる気がした。同時に、自分があそこに行き着くことはないだろうとも思っていた。


「待たせたな」

 光の向こうから涼やかな声がして、間もなく揺らめきの向こうから、真っ黒な影が敷居を跨いだ。

 影には厚みがあり、手足があり、そして顔があった。―――それは、白い顔の黒衣の男だった。


「…ああ、待ったさ。それしかすることがねえからな。それで、散々待たせた上で今度は何の用だ。―――天狗」


 むき出しの土間の上に転がされたまま、せめて精々不敵な顔を作って憎まれ口を叩くが、それが蟷螂(かまきり)が矮小な鎌を振り上げるが如く頼りない反抗であることを、痛いほど知っていた。

 自分の命は、この小柄な妖の(てのひら)の上に弄ばれているのだ。


「強いて言うなら、話をしに」

 人に似た妖は、憎たらしくも気にした様子なく悠然と歩を進めて、ごく自然に虜囚の目前に立った。


 こちらの様子などお構い無しな様子に苛立ちがつのる。だが、次の瞬間には怒りは萎んでいった。

 今までの脱出の試みとその結果が、彼の心に生じた反抗を削り取って、その代わりに諦めと恐怖を流し込んでいた。

 気持ちで負ける自分に腹が立つ。冷たく震える心中で、僅かに怒りを燃え立たせ、目の前の相手を睨み上げた。


「話…?何を話そうって?」

 声が小さいのも、小さく震えるのも、疲れと目もくらむような怒りの所為だ。そうに決まってる。


 精一杯の虚勢を無いもののように無視して、天狗は少し疲れたように、色々とな、と呟いた。


――――何を如何にも苦労しているように疲れた顔をしているんだ。もっと痛めつけられて疲れ果てて倒れ伏している者を、しかも自分がそんな状態に追い込んだ者を前にして良く抜け抜けと自分だけ疲れているような顔ができるな。


 気に入らない箇所を見つけ出しては火種に投げ込んで怒りを燃え立たせる。そうでなければ目に込めた力が保てない自分にも更に苛立った。

 だが、折角掻き立てた怒りは、次の瞬間に霧散した。


「まずは、お前の仲間がここを離れて西へ行くことになった」


――――は?

 声を出すのも忘れて瞠目している鬼を見て、ふっと黒い目が緩んだ。


「お前も行きたかろう?」


 急にがくっと体勢が崩れて、顎をぶつけそうになった。反射的に手を突いて事なきを得たが―――手が。

 あれ程固く縛りつけられていたのに、いつの間にか、全ての縛めは、幻のように消えていた。


「昨夜、(かしら)が率いる者たちは、一族の他の者と合流するために東へ向かった。お前だけであれば、今なら追いつけるだろう…おいで」


 起き上ることも忘れて、縄目の跡が残る手をまじまじと見ていた鬼は、はっと顔を上げた。その前を、ふわりと髪先が舞う。


「あ、ま…待て!」

 離れて行く後ろ姿に慌てて追い縋った。

 体はぎしぎしとぎこちなく動いて足がもつれる。真っ直ぐ走れず壁に肩をこすり、反対側に体を寄せれば柱に腕をぶつけて派手な音が立った。

 あちらこちらへよろめいて、やっと開いた光の前へ辿りつく。

 外が安全かどうかは定かではない。一歩出た途端に手ひどい歓迎があっても不思議ではない。ここは慎重に外を窺うべきだと、判断を下して一旦足を止めた。


 彼の判断は妥当なものだ。ただ、彼の不幸は手足が萎えた状態で急に止まろうとしたことだった。


 足は止まった。ただ、上体がそのままぐらりと前へ進んで、転ぶまいとすり足気味に前へ出した爪先が、敷居に掛かってまた止まる。だが、残念ながら上半身は引っかかるものがなくてそのまま進んだ。



「元気だな」

「……うるせえ」

 外で待っていた天狗が、出て来るなり思いきり地面に突っ込んだ鬼に真顔で言った。


 草がちくちくと肌を刺した。

 さやさやと鳴る葉擦れの音が、やけに大きく耳を満たした。

 ふわりと香る草いきれが、しんと冷えた山の豊かな香りが、動く大気が、鼻から通って体を満たす。

――――外だ。


 驚愕した顔を上げれば、目前には豊かな森。山々が深閑と見下ろし、どこか遠くから唄うようなせせらぎの音が聞こえてくる。

 振り向けば、出てきた筈の扉はどこにも無くて、数歩離れて立った天狗の向こうは霧の壁が視界を閉ざしていた。


「ここは…」

 一度結界を破って出たときにあった館は何処にもない。しかしこの場所には見覚えがある。―――攻め入ろうとしていた、山の麓だ。


「お前の一族は、合流後西へ向かうだろう。先ずは東の谷へ向かい、見つからなければ西へ行くと良い。どうせ大所帯なら、直ぐに見つかるとは思うが」

「何故…」


 外に出られた喜びよりも、閉じ込められた怒りよりも、涼しい顔で敵の筈の自分を逃がそうという目の前の存在に困惑する。


「お前は何も知らんのだろう?なら、俺はお前に用はもうない。お前たちの頭領は中々情に(あつ)い男のようだったし、お前が帰れば喜ぶだろう。山はやれんが、多くを奪う心算(つもり)はない」

 一度口を閉じた男は、そこで空を仰いだ。つられてちらりと見遣った空には、濃い青に入道雲が伸び上がっている。


「―――知った顔が欠けるのは、辛いだろう」


 明るい夏空を背景に、ぽつりと静けさを含んだ呟きが昇って消えた。


 思わずそうだなと呟いてから、敵わずともせめて捨て身ででも一発殴ってやりたいと思っていたのを思い出した。そう遠くはない記憶から浮かび上がったそれは、早くも色褪せはじめていた。


「さて、お前はこのまま行っても良い。だが、少し聞きたいことがある」

「名も知らん奴と仲良く喋る気なんか無い」

 毒気を抜かれたのを自覚して、またむらむらと不機嫌の虫が騒ぎだしたそのままに、思いついた言葉をつい返して、その幼げな言い方にはっとした。慌てて立ち上がりながら、自分の胸辺りにある顔を、目一杯高圧的に見えるように睨み据えた。

「そ、それに、捕らえた上にあんな扱いをしておいて、抜け抜けと良く言う!!」


「扱いが悪いのは仕方がなかろう。お前はうちの弟子を怖がらせた」

 眉根を寄せて言う顔を、奇妙な物を見るようにまじまじと見てしまった。

「怖がらせた…それだけか」

 それだけのことで、自分は痛めつけられた上で尋問されたのか。吹っ飛ばして一発殴った奴も一匹居た気がするが、そちらは問題ではないらしい。


「それだけ?軽く言ってくれる。あいつは繊細でな。今でこそ毎日明るい顔で暮らしているが、ここまで来るまでどれ程長く感じたか…」

 いかにも深刻そうに溜息を吐く天狗に、族長の妻の顔が重なって見える気がして顔を顰めた。―――つまり、子を大事にする親の顔である。


「それに、名か」

 天狗は鬼を見上げながら気を取り直すように短く息をついた。

「俺は高遠と名乗っている。お前は」

祥助(しょうすけ)…」


 名乗ってしまってから、再びはっとした。あまりに相手が自然に名乗るものだから、思わず乗せられてしまったのだ。決しておっかさんに逆らってはいけないという教訓まで重ねてしまった訳ではない。今更慌てても飛び出した言葉は戻って来ない。おっかさんと違って今の無し!と言える相手でもない。


「そうか、祥助。ではひとつずつ訊こう」

「まだ答えるなんて言ってない!!」

 焦った祥助に、それでも構わず飄々と続ける天狗は少し微笑って、いいじゃないかと小首を傾げた。


「お前たちの一族、病が流行ったそうだが、亡骸(なきがら)はどう弔った」

「…病のことを知っているのか」

「ああ。お前たちの頭領は、土地の病から逃れて故郷を出たと言っていた」

 (おさ)と話した、ということが、祥助の気持ちを少し緩めた。長は、認めた相手でなければ一族のことを一言たりとも話したりはするまい。


「…病が始まった辺りは、焼いていた。でも、おばばが、死体から移るものじゃないと言ったので、それからは埋めるだけになった…焼いて弔う暇も無かったしな」

 悲惨なあの頃を思い出せば、今でも切なくなる。

 苦しみ(うめ)く仲間を前になにも出来なかった。立ち向かうべきものが敵だったなら、まだ挑むことも出来ただろうに。

 無力感に打ちのめされた傷はまだ生々しく、始まった悲劇はまだ終わりではない。


「…そうか。その病を治したのが、あの女か」

「そうだ。術を使って体を治すんだ。あの病だけじゃなく、傷も打ち身も、関節の痛みも治した」

 ふむ、と頷いた高遠は、思案気に顎に手を当てる。それを前に、祥助は不機嫌に顔を顰めて、だけど、とつい呟いた。


「あいつは何だか、得体が知れないから、おれは気に入らん。それにおばばも、あいつを嫌いなようだった…」

「成程。お前は勘が鋭いな」

 褒めるように言われて、誇らしく思い―――話している相手が誰かを思い出した。


「うるさい!お前に褒められる筋合いはない!!」

 どうも調子が狂う。敵、でないにしろ、限りなく近い筈なのに、いつものように闘争心を掻き立てて、相手をどう(たお)すかに気持ちが行かない。これではまるで部族の仲間を、それも年長で目上の者を相手に話しているようではないか。


 そうかな、と高遠は、なんでもないように祥助を見上げた。

「どのような外道な者でもその行いが正しければ認めるべきだし、どのような善人だろうと、悪事を働けばやはり咎められて然るべきだろう。お前が誰であろうと、それは同じことだ。お前は鋭い…現に、あの女は生身ではなく傀儡(くぐつ)だった」

「傀儡?人形だったってことか!?」

「ああ。どんな術かは知らんが、どこか遠くから傀儡の土人形を操っていたようだ」


 鬼の顔がもう一段険しくなる。あの女は面と向かって言葉を交わすのではなく、高みの見物を決め込んでいたのだ。

 見下(みくだ)されたように感じてそれは酷く腹立たしく、そして悔しかった。自分は薄々違和感に気付いていたのに、自分のみならず部族の者を、巫山戯(ふざけ)たままごとのように扱わせるのを止められなかったのだ。


 殆ど怒りに染まった苛立ちに、(はらわた)がぐつぐつ沸騰したような気さえしているというのに、目の前の天狗は反してどこまでも朗らかに笑んだ。

「何がおかしい!」

「いいや?可笑しくなどはない。ただ、想って怒るほど仲間想いの者は、見ていて気分が良いものだ」

 またも褒められたのだと分かった途端に、二の句が継げなくなった。自分が話をしているのが何なのかが分からなくなったのだ。

 敵と味方、それだけにすっぱりと分かれていた祥助の世界に、高遠が具合よく収まる場所が無いのに気付いたのでもある。

 平たく言えば、途方に暮れた。


「そう、お前に免じて伝言を託そうか。もし頭領に会ったら、あの病は瘴気が起こすものかもしれないと伝えてくれないか。正常な土地であれば再度罹ることは無かろうとな」

「あ、ああ…」

 ただ相槌を打つしか出来ない頭に、その内容が沁みこんで、まるで雷に打たれたような気分になった。今授けられたのは、部族を苦しめた見えない敵の正体だ。


「わかった、必ず伝える!」

 勢い込んで答えた祥助に、穏やかなままの瞳が細められる。

「そうか。やはりあの者らの(もと)へ、帰るのだな。雷鬼(らいき)の許へ」

 何かを得心(とくしん)したように繰り返す高遠に、含むものを感じて首を傾げる。


「当たり前だろう。何かおかしいのか」

「いいや、何も可笑しくはない。俺の下にも、様々な種の者が居るからな。ただ、雷鬼の群れに別種の鬼が居るのが珍しかっただけだ」

 一瞬息が詰まって、思わず一歩後退(あとじさ)った。


「お前を見ていたからな。あの群れが全て雷鬼だと気付くのに遅れてしまったものだ。俺もまだまだ視野が狭いな」

 一歩分離れても、まだ(おのの)いた鬼を見上げなければならない程、高遠は小柄だった。

 これほど体格差があるというのに、どう転んでも勝てるような気が湧いてこず、不安と、そしていつの間にか絶えていた苛立ちがつのり始めていた。


「―――もう、行く」

「そうか」


 引き留める言葉が無いのに内心ほっとして、祥助は天狗と、そして霧を纏った霊山にくるりと背を向けて駆けだした。







 あれ程ぎこちなかった四肢は、鬼特有の頑健さを取り戻して滑らかに動き、飛ぶように景色が後ろに流れていく。

 その爽快さに全て紛れてしまえば良いとばかりに、祥助はぐんと速度を増した。


――――種が違う、なんて、なんでもないことだ。

 苛立ってささくれ立った心に、遣る瀬無さが(きざ)した。それは祥助自身が抱える最大のしこりだった。


 部族の者は、角が一本生えているから仲間だ、と大らかに笑ってくれたのだ。だから、自分は部族の一員なのだと胸を張っていた。

 それでも、心のどこかでその(こだわ)りから抜け出せずにいた。


 幾ら願ったとしてもどうしようもないことだった。それでも願わずにいられぬものでもあった。

 その渇きにも似た、まさに渇望と言える想いは、誰もが気にしていないからこそ口に出せず、祥助の中で深くふかく沈み込み、根を張って(うずくま)っているものだった。


 祥助は歯噛みする。高遠が『それは可笑しい』と言ったなら、ここまで苛立つことは無かっただろう。そうしたならば、祥助は自分の正しさを(しっか)り握り締めて、正当な怒りをぶつければ良かったのだ。

 なまじ認められてしまったからこそ、触れられて生じた波紋の出口が閉じられて、(うち)に荒れ狂っている。


「…畜生」

 流石に息が切れてきて、小さく悪態を吐きながら足を緩めた。

 傷はとうに塞がっていたが、休息が足りず、飲まず食わずでは時間を置いても本調子を取り戻すには至っていなかった。


 取り敢えず川に出て水でも飲もうかと気を取り直して、祥助の足は完全に止まってしまった。


 霊山の周りは明るい雑木林が広がっていたというのに、いつしか景色は様子を変えて、日の入り間際のような暗さの、鬱蒼とした深い森が目の前に押し迫っていた。

 逃れるように目を上げれば、ちらちらと砂を撒いたかのように白い光が零れ落ちている。―――言い換えれば、それだけしか空が見えない程、枝葉が茂っているのだ。

 振り返れば、踏み分けた下草が徐々に立ち上がり始めていて、蔦やら枝やら小さい木やらが所々折れているのが分かる。


 自分が通った痕跡を辿って歩み始めて暫く。

 ここの植物が非常にしなやかかつ(つよ)いのを実感した。

 鬼の頑強さに任せて無頓着に進んで来たにも関わらず、折れる枝葉が非常に少なかったのだ。


 右を見ても木。

 左を見ても木。

 上を見ても緑の枝々。


 役に立たない目を閉じて、耳を澄ませてみた。


 ざわざわと風に騒ぐ葉擦れの音、どこか遠くで寂しげに鳴く鹿の声、ぎゃーぎゃーとどこぞで不機嫌そうに泣き騒ぐ得体のしれない鳥の声。


 沢を下る水の音は、しなかった。


 つまりは―――


―――迷った。


「…ちくしょおおおおおお!!!」


 迷子の雄叫びは、少々の鳥と小動物を驚かせ、青い山々に消えた。










「おや、お出かけだったんですね。気付きませんで。お帰りなさい主さま」

 茶を淹れて戻る途中に、翼を鳴らして庭先に降り立った主を見かけて、ごんたろうは挨拶した。


「ああ、少しの間だけだ。鬼を外へ送ってきた」

「あ、そうだったんですね。お疲れ様です」


 いいや、と高遠は苦笑して首を振った。

「またこれから(ふみ)を書かねばならん。そちらの方が疲れる…寧ろ合間の息抜きだな」

「あらま、大変ですねえ。では後でお茶をお持ちしましょうねえ」

「そうしてくれるか」


 さてやるか、と館の主がぐいぐいと腕を回しながら歩いて行くのを見送って、ごんたろうは歩みを再開した。

 台所にまだ茶菓子は残っていただろうか。確か紀伊と武蔵に出した饅頭がまだ残っていた筈だから大丈夫だろう。今この館には、台所に知らない間に忍び込んでお菓子を食べてしまう者は居ないのだ。


「…じゃあ、無限廊下に閉じ込めて歩き疲れたところで『出たければ知ってることを全部言え』って言うとか?」

「むぅ…黙っておられるということは、外れか。なら、爪を一枚ずつ剥がして…」

「師匠はそんなことしない!ていうかそんなこと良く思いつくよな!?こっわ!!」

「しゃーぁ…」

「のぁ!?そ、そんな離れなくても…タチさままで!」


 戻ってきた部屋は、変わらず和気藹々としていたが…些か妙な話題になっているようである。


「どういうお話ですか、さんたろさん」

「あ、お帰りなさい…あ、お茶ですね!ありがとうございます。今、捕まえた鬼がどうなってるかって話をしてるんです。タチさんはご存じみたいなんですけど」


 持った盆から茶托(ちゃたく)を取って置いたり、伏せた湯飲みを上向きにして、淹れやすいようにしてくれたりと、何も言わなくともお手伝いをしてくれながら教えてくれる。

 本当に良く出来た子だ。親御さんの躾が良かったに違いない。それに本人の資質も疑うべくもない。本当にいい子だ。誰かさんとは大違い。


 内心でタヌキが少々大げさに褒めているのを知らずに、むぅと少年は唇を尖らせた。


「生きてるのは確かなんですよね?」

 傍らにゆったりととぐろを巻いたヘビが、しゅるると舌を動かした。


 こぽぽ、と湯気の立つお茶を注ぎいれながら、ああその鬼だったら、とごんたろうは口をはさんだ。


「さっき主さまが山の外へ送ってらしましたよ」


 淹れ終ったお茶を、茶托に置いて三太朗の前に、次に宜和(よしかず)の前に置いて、場が静まっているのに気付いた。


「あああぁあ!言われたぁあ!!」

「ひぇっ」

 いきなり少年が大きな声を出してがっくり項垂(うなだ)れたのに、タヌキは小さく飛び上がった。


「あー…」

 見回せば宜和も何故か残念そうに天井を仰いで、白蛇はそっぽを向いていた。

「あの…?どうしたんです?」

「ああ、まあ、その…悪気がないのは分かってますのでな、気にしなくとも良いのです」

 答えてくれたのは宜和だった。


「そう言われましてもねえ、気になりますよ」

「…我々も少々むきになっていただけでして。その…絶対当ててやると思っていたので、答えを言われて気が抜けたのです」


 ふたりはどうしても鬼の現状が気になった訳ではなかったのだが、喋らないタチが肯定と否定はしてくれるのを利用して、当てもの感覚で質問を始めたら、思いの外楽しくなっていつしか熱中してしまっていたのだった。


 ごんたろうは自分の失敗を悟って慌てた。

「ああ、ごめんなさいね、さんたろさん」

「…いえ、(わざ)とじゃないんだから、良いんですよ…あ、お茶ありがとうございます」


 直ぐに三太朗は水に流して、一件落着と相成ったのだが、ごんたろうは高遠にお茶を差し入れた後も気が晴れなかったとか、その日の夕餉がいつもより一品多かったということがあったのは余談である。



怒りんぼで方向音痴。

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