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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
二章 蓋
41/131

幕外参 柚葉ノ一

途中で視点変更があります。

9/14 誤字修正と、分かりにくい部分をちょこちょこ変更しました。筋に変わりはありません。


 ある時、都の外れに鬼が出たという噂が流れた。

 それは、門外――貴族が住む地区の外、庶民街――の警備を司る兵部卿の耳にもはいった。


 ただ、この手の噂は昨今では珍しい物ではない。やれ六萬川原に火の玉が飛んだと聞けば、実は夜漁に出ていた漁師が振る松明だったり、やれ大入道が出たと騒げば、朝霧に映る人の影だったということもあった。

 とかく民衆とは、見たものを奇妙に感じれば物の怪だ妖だのと騒ぐもの。それが大方の役人の認識だったから、兵部卿も「またか」とだけ思って早々に忘れてしまった。


 その数日後、今度は鬼が旅人や貧民を襲うとの噂が聞こえてきた。

 これもまたよく聞く類の噂だ。都とはいえ、周辺全てが住み良い安全な場所ではない。高貴な方々が住まう場所から離れ、庶民の住む町を越えて、都を囲う外壁から出れば、ぐんと治安は悪くなる。流民貧民が屯し、勝手に住み着いているその場所は、町に住む者は普通は近寄らない。

 貧困を抱えた者が集まれば何らかの騒ぎはつきものだった。

 ただ、と兵部卿は思う。妖怪かどうかは別にして、野盗や山賊が旅人を襲っている畏れはある。念のために街道沿いの巡回を増やすべきだな。と。


 そのまた二日後の夜、警備方の詰所に、這う這うの体で駆け込む者があった。

 泥と血に汚れ、衣は破れ、抱え込むようにした左手の指が二本欠けている。

 よく確かめてみれば、その男は、今夜街道の警備をしているはずの兵だった。


 兵部卿が駆けつけた時にはまだ、男は蒼白な顔で震えており、何を問われても放心したように首を振るばかり。

「そなた!その有り様は何があったのだ!他の者はどうした!」

 直々に問いかけ、やや乱暴に肩を揺すって、漸く男の目が焦点を結んだ。


「ああ…く、くわれた…」

 ようよう開いた口から出た言葉は、信じがたいものだった。


「みんな、鬼に喰われちまった!」


 その場の者は、皆動きを止めた。普段なら笑い飛ばすか、ふざけるなと怒鳴るところだが、兵の有り様は尋常ではなく、頭から否定することが出来ない。然りとて信じることはもっと出来ない。

他の者の、何の反応も出来ないでいる沈黙に構わず、その男は青ざめた顔で叫んだ。

「鬼が景地門(けいちもん)で人を喰ってる!」と。










 景地門。それは、都外と都内を隔てる外壁、その東西南北に設けられた大門のひとつである。

 位置は東。都を貫く大道の始まりにある巨大な扉。その役目は道を遮るのみならず、有事の際に兵を置く二階と、その周囲に矢盾を備える楼を巡らした、楼閣とも言える建物だ。しかしあくまで蒼竜京の景観を損ねぬように、彫刻と彩色に当代の粋を凝らした朱塗りの壮麗な門でもあった。


 閉じた門扉を見上げた姿勢から、そのまま背後を振り向けば、遥か彼方へ伸びる都大路(みやこおおじ)が、所々の篝火(かがりび)に照らされて浮かび上がる。その左右には、整然と区画された市街が広がっていた。

 大路の先には、貴族の住まう地区との境に、もうひとつ門があるはずだが、流石にここからでは見えない。


 ここは、庶民の住む地区である。日々を善良に暮らす民草(たみくさ)が住む場所。

 都の夜は静かなものだが、今は景地門の鬼の噂を知ってか、いつにも増して深い静寂が溜まっている。このところは夜だけでなく昼間も、息を潜めて災異をやり過ごそうと皆家に引き籠っていて、大路を行く人影が絶えたと聞いた。

 それ程怯えようとも逃げ出す者は少ない。何故なら、逃げて行く場所が無いから。


 振り向いた姿勢を元に戻してまた、閉じた門を眺める。―――正確には、逃げた先がここよりも危険だから、だ。

 この向こうには、貴族の住まう門内にも、庶民の暮らす門外にも住めなかった者たちが、身を寄せ合って住み着いている集落、洛下がある。

 門に近過ぎると警備の兵衛(ひょうえ)に追い立てられる故に、都を遠巻きにして、数多くの粗末な小屋が取り巻く様は、焼け死ぬのを恐れて近付けず、それでも諦めることができない、灯に寄ってきた虫を思わせた。


 そうして、その外にはもう門は無い。彼らを護る壁は無いのだ。洛下に暮らす者は、山から下りた獣や山賊に常に怯え、身を寄せ合って過ごして暮らしている。

 門外の者が逃げる先は、洛下か、それともその先の町々か。どちらにしろ、(すめらぎ)の威光が薄い異郷の地。頼れる伝手が無くば、苦難は必定。


――――まあ、そんなことはどうでも良い。

 小雛(こひな)は、門を見上げていた無感動な眼差しを下げた。

 景地門の前の広場では、同僚が五名、悪鬼調伏の支度の最後の仕上げに取り掛かっていた。

 この場に居るのは、各人とこの場に張った隠伏(いんぷく)と護りの結界を点検している侃爾(りょうや)広亮(ひろと)に、瞑目して精神を集中している阿弥彦(あやひこ)、霊符と勾玉を用いて場を清める瑞女(みずめ)、そして、手に印を組んで早口に真言(タントラ)を唱えている柚葉(ゆずは)だった。

 今回の人喰い鬼の討伐は、この五人に小雛を加えた六名で行うことになっている。

 これまでも二度、この面子で魔払いを(こな)した。

 たったの二度だ。互いのことを知るには浅い。訓練でも連携が上手くいかないのはしばしばだった。だが、即席の組だろうと今は文句は言えない。

 現在の都において、術者不足は深刻だ。怪異は増々頻発し、未熟な者から次々に命を落として、術者の一族どころか一般の者からも素質のある者を募りかき集めて仕込んでも、到底手が足りない。

 尤も、人手不足は橘家だけでなく、他の術師や祓い師の家も同じらしい。その証拠に、物の怪は存在が公になる前に始末しなければならないのに、今回どの家も噂を見逃し、あまつさえ橘に話を持ってきたのは兵部の武士、役人だった。民衆の噂止まりならいざ知らず、役所が絡むなら話が大きくなるのは避けられない。ましてや高官が秘密裏に打診してくるならば良いが、今回はそんな配慮も出来ない程度の者の対応。痛恨の失策と言えた。


 それほど人材が不足している今も、妖魔が出れば対処しない訳にはいかない。橘の一派では、人が減って歯抜けになった班は解体され、新たに編成し直されては出撃するのを繰り返している。お陰で新顔との任務は慣れた。今回は顔見知りが居るだけましというものである。

 まあ、どんな顔ぶれでも小雛がやることは変わらないが。


「小雛」

 唐突に声を掛けてきたのは侃爾だ。元から険しい顔をしていたが、小雛が黙って見返すと、眉根に二十歳手前の若々しい顔に似つかわしくない皺を刻んで睨み返してきた。


「…何」

 突っ掛かられるのも面倒で、黙っているのが気に入らないのかと声を出したが、今度は盛大に顔を顰められた。

「何、ではない!何をぼんやりしている!いつ何時妖魔が出るか分からんのに、備えをせずに突っ立ってる奴があるか!」


 皆がそれぞれ精神を整え、術式の発動に備えて居る中で、小雛が何の素振りも見せないのが気に入らないらしい。

「問題ない」

 簡潔に事実だけを述べる。すると侃爾はいよいよ眉を釣り上げて、続く言葉を怒声で投げつけようと息を吸った。


「止めよ。侃爾」

 硬質な低い声がそれを止めた。


「敵の前で騒ぐな。結界が音を阻んでいるとて、油断が過ぎる」

「…申し訳ない。班長。ですが小雛が」

 止めに入り、ちらり、と小雛を一瞥したのは、この場で一番年長の阿弥彦だった。


「本人が良いと言うのだ、そなたが案じる筋合いではない」

 素っ気なく言い切る阿弥彦に、侃爾は不服を顔に出していたが「備えを促すそなたが最も邪魔をしているのを自覚せよ」と続いた言葉を聞いて黙り込む。


「私たちは、終わりました」

 瑞女と広亮が歩み寄ってきた。

「あれぐらいで心を乱すことはありませんから好きにすれば良いですけれど、準備も要らないとは余裕だこと。貴女には鬼の討伐など軽いのでしょうねぇ」

 話し掛けられたようなので、あまり聴いてはいなかったが瑞女に向かって軽く頷いた。瑞女の口元がひきつったのが見えたが、構わず門に目を向けた。彼女に興味などなかったからだ。




 面々を見渡して、彼らを束ねなければならない阿弥彦は、溜息を(こら)えた。

 皮肉を流されて小雛を睨む瑞女に、まだ腹の虫が収まらない侃爾、緊張で顔を強ばらせている広亮、我関せずな様子の小雛。

 何人も人を喰ったという鬼の討伐を前にして、皆気が立っている。だから、良く知らぬ他人と共に戦う不安から、少々のことに突っ掛ってしまうのだ。…約一名は全くいつもと変わらない様子ではあったが。


 何はともあれ、その場に(わだかま)ったぎすぎすした空気は頂けない。このままでは只でさえ心許無い連携が更に乱れて、要らぬ事故に繋がり兼ねない。ここは諌めて自覚を促すしかないか。

 そう思って口を開こうとしたその時。


「準備、終わりました!」

 ぱたぱたと小走りに、班員の最後のひとり、柚葉が輪に加わった。

「お待たせしちゃって済みません!念入りに確認してたら遅くなってしまって」

 済まなそうに手を併せて皆にぺこぺこと謝る柚葉に内心ほっとしつつ「構わん」と声を掛けた。


「そなたは囮役。最も危険な役処なのだから、念を入れるのは当然。この場に責める者など居らん」

 そう口にした阿弥彦に、安心した顔をした柚葉は、直ぐにこの場の微妙な空気に気付いたようだ。きょときょとと周りを見回して、不意に何かに気付いた様子で侃爾の袖を引いた。

 任務の前だ、勝手なことは慎むべきなのだが、少々の雑談は、この空気を和らげるのに役立つかもしれない。阿弥彦は止めずに見守ることにした。


 まだ不機嫌そうな顔で柚葉を見下ろした侃爾に、屈むように合図して、その耳に口を寄せる。…内緒話の体勢だが、静かな夜でしかも誰もが黙った場。筒抜けである。


「侃爾さん、また小雛ちゃんに意地悪したんでしょう。ダメですよ?意地悪したって気持ちは伝わらないんだから、ちゃんと真っ直ぐ気持ちを伝えなきゃ。あたしの見立てでは、小雛ちゃんは案外直球に弱いと「何の話だ何の!!」

 勢い途中まで黙って聞いてしまった侃爾が、我に返って話をぶった切った。…その顔は赤い。


「誰が、誰に、何だと!?そもそも俺は意地悪などせんわ!」

「あれ、そうでした?なんだか気不味そうにしてたみたいだから、またやっちゃったのかと思って。早とちりだったなら、御免なさい」

 素直に謝る柚葉に、振り上げた拳の行場を失くして、侃爾はただ魚のようにぱくぱくと口を開閉した。

「…ふふっ」

 二人のまるで緊張感のないやり取りに、思わずという様に、広亮が笑みを漏らした。いつの間にか余計な力は抜けたようである。

 それに微笑み返した柚葉は、広亮の横に居る瑞女が、ずっと小雛を睨んでいるのに気付いた。

 …まだ根に持っているとは、瑞女も大人げがない。


 苛立ちを最早隠さない瑞女に何を思ったのか、柚葉は嬉しそうに笑いかけた。

「瑞女さん、小雛ちゃんを心配してくれてありがとうございます」

「…は?」

 言われた方は、思っても見ないことを言われて、咄嗟に言葉が出てこない様子。…他の者も、こいつは何を言ってるんだと言いたげに柚葉を見た。


「だって、小雛ちゃんに準備が要らないのを気にしてくれたんでしょう?だから、ありがとうございます。小雛ちゃん、無口だから誤解され易くて、気にしてくれる人が少ないの」

 とってもいい子なんだけどねぇ、と小雛を振り返った柚葉は、まるで姉のような顔をしていた。


 それにしても非常に大胆かつ、超好意的な解釈である。彼女から見た世界の大半は善人で出来ているに違いない。瑞女の怒りが増さなければいいのだが…瑞女よ、何故顔が赤いのだ。


「べ、別に小雛のことなんか心配してないんだからぁっ!小雛なんか、小雛なんか一度痛い目に遭えばいいのよ!!」

 盛大に喚いてそっぽを向いた瑞女は…あれは本当に心配していた、のだろう…か?そんな素振(そぶ)りには思えなかったが、この反応を見るとそうらしい。

 阿弥彦は、自分の人を見る目が疑わしくなった。


 悶々とし出した阿弥彦にお構いなしに、柚葉は次へ動く。

「あ、そうそう、小雛ちゃんも、ありがとうね」

 一連のやり取りに興味を示さず、門を眺めたままだった小雛に、柚葉がにっこりと笑いかけた。

「小雛ちゃんが警戒しててくれたから、雑霊(ざつれい)も寄って来なくて、お蔭で集中できたよ」

「…別に、特別なことじゃない」

 素っ気ない返事にも、特段気にした様子なく、柚葉は大きく頷いた。

「特別なことじゃなくても、大事なことだよ。小雛ちゃんが濃やかに気配りをしてくれて、すごく助かったの。だから、ありがとうね」

 二度目の感謝には一瞥をくれただけで、小雛はそちらを向きもせずに頷いた。


 阿弥彦も、小雛が周囲の警戒に当たっていたことは気付いていた。

 そうでなければ、人を喰らう鬼が放つ瘴気、それに人の恐怖の念が(こご)るこの場に、霊とも言えぬ思念や雑念の塊、雑霊がこうも少ないのは説明がつかなかったからだ。

 雑霊は力が弱い。よっぽどの数が一所に在れば、その場の人が病になることはあるが、そうでなければ気にする程のものではない。普段は取るに足らないものだが、繊細な術を扱うこの場では、少しの妨害も命取りになる。その対処に動いていたからこそ、阿弥彦は小雛の好きにさせていたのだ。

 ただ、柚葉が小雛のしていることに気付いていたのは正直驚いた。


 ほやほやと優しげで、頼りなげな娘だと思っていたが、予想より柚葉は鋭いようだ。

 その証拠に、柚葉へ淡白な反応しか返さない小雛にまた苛立った侃爾に先んじて、柚葉がまた口を開いた。


「それに、小雛ちゃんがいてくれるから、あたしは安心して囮役ができるんだよ。今回も宜しくね…あ、もちろん皆もですよ!今回も頑張って、成功させましょう!」


 両手で拳を作って仲間に語りかけるその声に、各々の同意の声が控えめながらも返った。…約一名はただ僅かに頷いただけだったが。


「阿弥彦さんも、頼りにしています!」

 傍観に徹していた阿弥彦は、自分が返事を忘れていたことに、柚葉に名指しで呼びかけられて初めて気づいた。細かい気遣いが出来る娘だ。


「…無論、全力を尽くす」

 波に乗り遅れて、少々罰が悪いのを隠して答えると、侃爾がぼそりと「…班長、(かて)え」と小さく呟くのが聞こえた。

 それを聞かぬふりをして流すと、全員で任務の段取りの確認に入る。



 ふと気づくと、班員の間の悪い空気は綺麗に消えていた。



侃爾=不器用系片思い男子

広亮=気弱系無口

瑞女=ツンデレお姉さん

阿弥彦=苦労性お父さん

柚葉=コイバナ好きムードメーカー

小雛=唯我独尊


柚葉ちゃんが出てくるとなんでシリアスが続かないんだろう・・・謎だ。


キリが良いのでここで切りました。次話も幕外です。

次は鬼退治です。


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