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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
二章 蓋
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三十五 嵐の予兆 後ノ二

予定より増量したので、きりの良いところで切りました。

保護された天狗さんの視点。


 いつもは使われることのない、小さな客間にひとつの影が座っていた。


 彼の名は宜和(よしかず)。小天狗位になって十七年の三十一歳。

 そろそろ後輩に位階で追い抜かれて焦り気味ながら「いやいやまだ年上の小天狗はいるし、焦る時間じゃない」と自分に言い聞かせている万年下っ端天狗だ。

 天狗の位で言えば、小天狗は子どもを除けば一番下。頭数が足りない時に、ざっくり「小天狗で良いから来い」と言われる以外に、中位以上の者に話しかけられる事はない。

 日々ひとつ上の位である鴉天狗の使い走りをして、心の中でだけ毒づきながら愛想とお世辞を振り撒いている、どこにでもいる平の天狗であった。


 そんな彼が今居るのは、なんと山主の館だ。

 これは下位の天狗にとっては仰天の出来事である。

 何せ山の守りを任されるのは大天狗以上と決まっていて、そんな上位の者にお目にかかる機会は滅多にない。というかあり得ないと言っても良い。

 ましてや館に招かれるなど考えてもみなかった程の前代未聞の出来事だった。


 なお、事実は傷を負っていたから止むを得ず保護されたに過ぎないのだが、山主の館にいるということに舞い上がった彼の中では、勇敢に戦ったのに感心したとかの理由で招かれたに違いない、という想像が事実になっていた。

 武器を構えはしたものの、膝が笑って立っているのがやっとだった上、助けに入った紀伊に泣きついて邪魔をした。そして鬼が鮮やかに叩き伏せられるのを傍で見ていただけという記憶は、見る者が見れば気に入るところがあったに違いない、という都合の良い解釈でもって改造されていたので、考えを否定する材料には成り得ず、寧ろ思い込みは加速していた。


 だが、彼が舞い上がるのも無理はないかもしれない。山主に会えるというのは、下位の者にとっては特別な意味がある。

 何かの弾みで配下の末席にでも加われたなら、今後は安泰だと言っても過言ではない。そうでなくとも、山主に会って話したということだけで、下位の仲間に一目置かれるのだ。ましてや住まいへ入ったとなれば、羨望の眼差しを一身に受けることになるのは想像に難くない。

 普段注目されることのない彼にとって、その未来は密の味だった。


 そんな訳で、保護され、傷の手当てを受けた後、山主に事情を訊かれることになって、宜和は小躍りして喜んだ。直接話す機会があるということは、自分を売り込んで取り入る好機でもあるのだ。


 どこぞの飛天狗が下した命令が、手下の色天狗の、更にその取り巻きである鴉天狗まで回されて、鴉天狗と顔見知りだというだけで付き合わされた不運に嘆いていたが、後からこんな幸運があるならあのとき受けて良かったとしみじみ思った。

 このふた月の苦労も、鬼に襲われて負った傷の痛みもどうでも良い。

 自分を囮にして一目散に逃げた鴉天狗に、心の中で様を見ろと唾を吐いて、意気揚々と面会に臨んだ。


 なのに、と宜和は歯噛みする。彼の扱いは思っていたものではなかった。


 お世辞を交えた挨拶は尽く無視。その他の話もほぼ反応を見せず、声も発することもなく、喋らせるだけ喋らせて終わり。話せたことも宜和が知る事実だけで、他の余計な事を口にすることは許されなかった。

 山主に取り入るどころではなく、傷を負ってまで戦ったのに褒める言葉も労いも心配のひとつも無し。


――――冷血め!頼まれたってあいつの下になんか付くものか!!


 ふた月もこそこそと見張ってきた事実を棚に上げて、段々苛立ってきたままに、心の中で悪態をつく。


 洗いざらい、それこそ宜和が見張りにつくことになった経緯(いきさつ)から喋らされた中で、聞けた声は一言「腐っている」。

 それも、発された命令が盥回しになって自分にまできたという話に、思わず溢れた呟きのようだったから、宜和に向けたものではない。

 そこから会話に繋げようにも、込められた不快と軽蔑の響きには、上部(うわべ)で相槌を打つのを躊躇わせる何かがあって、結局何も返せなかった。

 その厳しい口調は、まるで宜和も責めているようだったことを思い出して憤慨する。悪いのは命令を押し付けた上の方で、命じられれば従うしかない自分は悪くないのに。


 そう思えば怒りがふつふつと湧いてくる。

――――大体、あれが正当な山主だというのは可笑しいんじゃないか?

 ふと思いついたことが、思いがけず否定の要素が見当たらないことに気付いて、独り頷く。


 会って先ず目に付いたのは山主の顔の大部分を隠す黒い面。

カラスを象った品で、それ自体は人から成った天狗が公の場で好んで着ける。だから特に奇妙ではないが、客を相手にまるで威嚇するかのような険しい顔の、赤く光る眼がついた面を付けるなど、礼儀知らずも程がある。

 そして、何よりその天狗が若かったのも気に入らない。口元しか見えなくとも分かる程に若く、そして小柄だった。

自分よりも頭半分は背が小さい、そして確実に若い者が、己より上位だということは、宜和には不条理なものに思えて仕方がなかった。

 あれでは自分が出入りする協会支部で偉そうにしている色天狗の方が威厳がある。はっきり言って山主は弱そうだった。


 宜和の中では、強い天狗は大柄であるというのが常識だった。そして天狗の位階とは即ち強さの分類。位の下位が上位に絶対服従なのは、下の者が上の者に勝てないからという単純な理由なのである。

 だが見たところ、あれを相手になら、やりようによっては勝てるかもしれないとさえ感じた。


 実際は、上位になれば肉体を若く保つのは当たり前で、体格と実力は比例しない。上位の実力者との接点が無い故の思い込みだったのだが、残念ながら宜和にはそれを知る術がなかった。


 上位に相応しくないと思う理由を並べて、それが自分なりに筋が通っているように思った宜和は、調子付いて鼻息を荒くした。

 今挙げたものだけでも納得がいかない想いなのに、天狗に続いて入ってきた者を思い出して、不服が疑いに変わる。

 声を出さない山主に代わって質疑を行ったのは共に入ってきた鬼だったのだ。

 あの鬼の恐ろしい顔と言ったらなかった。昼間襲ってきた鬼が優しげに見えるほどの厳つい顔に、地の底から響くような濁ったどら声、脅しつけるような口調に、あの丸太のような太い腕といったら、機嫌を損ねれば、虫でも潰すように容易く捻り殺されたに違いない。

 同胞を脅しつけるように尋問するなど、真っ当な者のやることではない。ましてや強敵に対して逃げずに戦った、傷ついた者を、だ。

 だがそんな化け物の前では、顔を見せず、名乗りもしないことに不満を言うこともできなくて、ただ従順に質問に答える他なかった。


 そもそも、天狗が供として連れていたのが鬼だったというのは可笑しいじゃないか。

 昼間に襲ってきたのも鬼。鬼が狙っている山の主が、鬼を従えている?そんな馬鹿なことがあるものか。


――――つまりは、襲ってきた鬼はこの山主の手の者では?

 その思い付きに、宜和は身震いした。敵の手の内に転がり込んでしまったのを想像して怯えた…のではない。かつてなく鋭い考えに、自分で鳥肌が立ったからだ。

 今日の自分はいつになく冴えている。これで決まりだ。


 穴だらけな理論の上に間を抜かした結論を積み上げても、それを否定する者はこの場には居ない。彼は興奮して更に考えを推し進めていく。


――――ひょっとして、弱い天狗が上位になれた秘密も、あの鬼なんじゃないか。いや、そうに違いない!自分は弱くても、強い鬼を従えているから山主にまで上り詰めたのに決まってる!実力を偽るなんて汚いやつ!

 …ん?待てよ?


 留まることを知らない頭の切れに、会心の笑みを浮かべた。

 考え通りなら、自分も同じことが出来るということに気付いたからだ。


 鬼を従える方法には、心当たりがある。

 それは、"使役(しえき)の術"だ。

 恐らくは、あの山主が配下を従えているのも、この術によるものだろう。他の(あやかし)を屈服させ、服従させて従えるという術である。心を叩き折ってその隙間に付け込み、術で首輪を付けると言えば良いだろうか。

 その本質から、術者より力で劣る相手にしか使えないもので、宜和は成功したことは無いのだが、今の宜和には抜け道が見えていた。抜け道があるという確信がある。何せ、弱いのに強者を従えて、山主にまでなった者に、今日まさに会ったところなのだ。


 要は、自分より弱ければ良い。言い換えれば、弱っていれば良いということだ。

――――なら、お誂え向きなのがいるじゃないか。


 宜和はすっくと立ち上がった。顔は笑み崩れ、目を欲と復讐心にぎらぎら輝かせて。

 今はぼろぼろに伸されて捕らわれている…自分に傷を付けた鬼を従えるために。



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