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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
二章 蓋
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三十四 嵐の予兆 後ノ一


 暮れなずむ空が木々の間から覗く。上天はまだまだ鮮やかな色をしていたが、目を転じれば、足元はもう影に塗りつぶされて黒かった。

 オレはお篠さんに手を引かれて、館へ戻ってきた。


 手を引かれるなんて、なんかむず痒くなるんだけど、足の置き場も迷う程の暗さに、手を離すことが出来なかった。お篠さんが居なかったら、オレは何度も転んでいただろう。

 だって、張り出した木の根やら、良く滑る枯葉の溜まりがそこかしこにある山道なのだ。だから仕方がないんだよ。うん。

 …ちょっと驚いた後だから、心細かったなんていうのは秘密だ。


 とにもかくにも、オレは一度も転ぶことなく、館に帰って来れたのだ。


「ただいま戻りました」

 そう声を掛けて玄関の戸を開けた。


「おかえりなさいまし」

 上がり框に座って待っていたらしいいたユミさんが、にこりと微笑んで迎えてくれる。そのいつもの光景にほっと息を吐いた。

 その様子からは何の異常も感じ取れない。本当に何事も無かったようだと、オレの最後の緊張が解けて消えた。


 …というか、昼間に敵襲があったのにも関わらずいつも通りの顔してるっていうのも逆に不自然な気がするんだけど。

 でも、ほんとに何も、動揺も心配もなさそうだし…。

 もしかしてオレが知らないだけで、襲撃とか日常茶飯事だったりする!?


 オレが密かに恐ろしい考えに戦慄している横で、女性たちが微笑みを交わした。

「篠、ご苦労様でしたね。折角来たのですからお茶でもどうです?」

「ああ、そうだねぇ。その気持ちは嬉しいんだけど、夕飯の支度が済んでるから、うちのひとと一緒に帰るよ」


 帰ると聞いて、オレははっとした。

 何故なら、つい繋いだ手を離すのを忘れていたのだ。うわ、ユミさんにばっちり見られた!

 気恥ずかしくなって、なんとか誰の注目も浴びずに手を離せないだろうかと、そろそろと手を開いていたら、ふと気づくとふたりともこっちを見ていた。凄く温かい目で。


「おや、もう繋いでてくれないのかい?」

 声音ばかりは寂しげに、しかし顔はおもいきりにやついているお篠さんが、意地悪く尋ねてくる。

 ぎゃー!男の子は女性が思うより繊細なんです!傷口つつかないでください!!


「う…えと、お帰りなんでしょ!だったらもうダメです!!」

「えー、だったら帰るのやめようかねぇ」

「え、だ、ダメですっ!」

「えええ、つれないねぇ。どうしても?」

「どうしても!」


 オレが目を逸らしてしどろもどろながら、なんとかそ知らぬふりを通す。

 顔がちょっと熱いのは考えてはいけない。これ以上の動揺を面に出せば、敵の思うつぼである。

 オレが必死に、お篠さんが意地悪気に繰り広げる攻防に、割り込む声があった。


「まあまあ篠、ずるいですわ!三太朗どの、今度はわたくしとお散歩して下さいません?」


 ユミさんも参戦したぁ!?

 …じゃないこれは、からかおうとかそういうんじゃない。天然だ!本気で羨ましそうな顔してる!?うわそんなきらきら期待感いっぱいの目で見ないで!オレ十一歳!もうお手手繋いでお外に出る歳じゃないの!!


「え!?あ…と…」

 直ぐに答えようとした声を、寸でのところで引っ込めた。

 ってか冗談とか意地悪を何も考えていないユミさんにどう断れば!?

 え、お篠さんにみたいに『ダメです』って言ったら多分すごくがっかりするよな…かといって『また今度』って言ったらきっと日を指折り数えて楽しみにするだろうし『嫌です』とかはもっと言えないし…。

 本気でどう答えたらいいのこれ!?


 焦るオレをにやにや笑って見ていたお篠さんに必死に目配せを送る。

『助けて!』

 オレの念が通じたのか、『やれやれ、仕方ないね』という風に苦笑いが返ってきた。


「さてと、ユミさんや。悪いんだけどうちの旦那を呼んじゃくれないかねえ」

 半笑いながらも助け舟が出た。お篠さんありがとう!


「ああ、そうでした」

 やっとユミさんの目がオレから外れる。正直ほっとした。これで諦めてくれたらいいんだけど。

 実はオレは結構、ユミさんに見つめられるのが苦手だ。

 ユミさん、良い方なんだけど…オレのことを穴が開くほどってこのことかって程見つめるものだから、いつもちょっと居心地悪いんだよな。


「弦造なら、高遠さまが保護した天狗に会われているのに同席しておりますよ。もうそろそろお話も終わるでしょうし、そうですね。様子を見に行って参りましょう」

「え!」

 オレは思わず驚きの声を発した。すっかりいつも通りの様子に見えていたこの館に、身内以外の天狗がいるとは思わなかったのだ。


 帰ったら師匠に会って話そうと思っていたので、ユミさんについて行きたい。

 しかし、困ったな。知らないひと…天狗に会うのは気が進まない。

 どうやら、妖怪は人間をあんまり好きじゃないのが一般的らしいし、天狗に成った後なんだったらまだしも、まだ翼が生えてない状態では会いたいものではない。

 この館でなら滅多なことは無いとは思うけど、危険が無いのと、不快なことが無いのとは別なのだ。


 オレにとっては、知らない他者というのは、敵視や蔑視を浴びせてくるかもしれない者のことだ。まず警戒するのは必要なことである。

 推測に過ぎないけど、相手が人間から天狗に変わっても、今までとあまり変わりがないみたいなのが、ちょっと残念だ。


 それはさておき、余所者に会いたくないとはいえ、オレは直ぐに師匠に会って、今日のことを訊きたいと思っていた。そしてそれはオレにとって少々勇気が要る話だ。時間が過ぎる程、言い出し難くなるに違いない。


「あの、オレも行って良いですか。師匠にお会いして話したいことがありますし」

 逡巡の末に、意を決してユミさんに声を掛けた。彼女はオレが迷う素振りをしていたのを、待っていてくれたようだった。

 待たないで行ってしまっていたら、迷うことなく明日に回せたのにな、なんていう考えが一瞬(よぎ)る。

 でも直ぐに努めてその卑怯で気弱な考えを打ち消した。待っててくれた優しいユミさんにも悪いし。

 …ただ、願わくば、もう話が終わって、師匠が独りでいますように。


 神妙な顔のオレに、ユミさんはにっこりと頷いた。

「ええ、勿論ですわ。高遠さまも、お気になさっておりましたもの」

 そして、差し出される、手。


 …?

 はて、これはなんぞや。いや、ユミさんの手だというのは分かってるんだけど、なんで手を出してるんだろう。

 何か渡すものとか、あっただろうか?


 手を見ながら二回瞬きをして、此方を向いた微笑みを見上げてもう二回瞬いた。


「…へぁっ!?」

 理解は唐突であった。






 オレは廊下を歩いていた。ユミさんと一緒にだ。

 その右手は、前を行くユミさんに引かれている。細やかな抵抗など、全て無意味だった。


 とても嬉しそうなユミさんに対して、オレは目線をやや落として、誰も通りかからないことをひたすら願っていた。

 さっきまでは、客との話が終わっているのを願っていたけど、今は真逆だ。

 こんな大きくなったのに、小さい子みたいに女の人に手を引かれて歩いてるなんて、百歩譲って館のモノならまだしも、余所者に見られるなんて勘弁願いたい。


――――心配しても仕方がない。

 密かに溜息を吐いて、オレは右手の感触を頭の隅に押しやった。

 これから師匠に話すことについて、考えておかないといけない。


 師匠は質問すればなんでも答えてくれる訳ではないからだ。


 以前、書庫に掛けられた地図を見て、他の天狗の山はどこにあるのかを訊いたことがある。

 答えは「翼が生えたら教えてやろう」だった。

 他にも、妖術はどんなことができるのか、とか、紀伊さんと師匠の腰の紐は赤だけど武蔵さんの紐が青なのは何故か、など、天狗や術に関することは全て「翼が生えてから」と言われてしまうのだ。


 理由はなんとなくわかる。

 天狗の組織内部のことや、一族の秘儀であろう術のことは、同胞以外には秘密にしておきたいんだろう。

 そりゃ、仲間の居場所とか、天狗が何ができるのかを、明確に仲間でない者にぺらぺら喋る訳にはいかないよな。

 師匠がオレのことを疑ってる、とかはないと思う。ただ、そういう決まりがあるか、もしくはけじめというやつだ。


 問題は、今回尋ねようとしていることが、答えてくれない項目にひっかかるかもしれないということだ。

 (すなわ)ち、現在敵対している勢力について。


 今回襲撃があるまでオレは、お目出度いことに敵がいるなんて考えもしなかった。

 襲撃、なんて言っても山に直接攻め込まれた訳ではなくて、山の近くにいた余所の天狗が襲われただけ…だけというのもどうかと思うが、とにかく白鳴山は平穏が乱されることは無かった。


 しかし、オレの方はどうか。

 油断して緩み切っていたところにとはいえ、(やいば)を遠目に見ただけで慌てふためき、怯えるという無様を晒した。

 これはどうにかしたい。

 何かの役に立つのが理想だけど、せめて安全なところで平静を保てるようにぐらいはなっておきたかった。

 その為には、やっぱり心構えが必要だ。どういうモノが敵として居るのかを知っておけば、心の準備ができる。『敵』という曖昧な影を具体的に固めておくのとおかないのとでは、全く違うと思う。


 本当は、刃を克服できるのが理想だ。そこも含めて、今から出来ることはないのかを改めて訊いておこう。

 さて、オレが欲しい答えをちゃんと引き出すには、どう言う質問をすれば―――


「あら」

 斜め前を歩くユミさんが、少し歩調を緩めた。

 どうしたのかと顔を見上げると「まだ終わってはいないようですね」と呟く声が耳に届いた。


 耳を澄ませれば、確かに話声が聞こえてきた。

 まだ面会は終わっていないようだ。


「どうします?」

「そうですわね…。行ってみて、まだかかりそうなら三太朗どのは先にお風呂になさいまし。終わりそうなら隣室で待ちましょうか」

 言われて初めて、木登りしたままだったことを思い出した。

 自分ではよく分からないけど夏だし、汗臭いだろうか。

 引き返したい気持ちが少し湧いたけど、ここまで来たのだからと、はいと答えて更に廊下を進む。


「…で、どういう…を…てるんだろうと興味が…」


 進むにつれて言葉の意味がかろうじてとれるようになってきた。

 知らない声。保護された天狗だろう。


「…ので、周りに居った訳なのですよ。いえ、誓って他意はございませんとも。ただ、見事な結界と、名高き武の御業の幾らかなりとも目にすることが出来ればと…」


 うん…。オレ多分この天狗苦手だ。

 ぺらぺらと口数ばかり多くて、目上にお世辞を並べてへつらう感じの、典型的な小物感。


「下らんことばかり言うなら黙れ。我が主の時を無駄にする気か?」


 どすの利いたひっくぅい声がして、ひぃ、と小さい悲鳴が聞こえた。

 あれは弦造さんだな。どうして同席してるのか不思議だったけど、どうやら睨みを利かせる役目らしい。

 確かに、あの調子でおべんちゃらばっかり並べられても、話なんか進まないだろうしな。言っちゃ悪いけど、弦造さんは顔怖いし、大柄だし声も低いし、適任と言わざるを得ない。


 弦造さん効果は覿面(てきめん)で、その後あたふたと謝る言葉を並べ立てた下っ端(推定)は、怯えの感情を滲ませながら、今度は状況説明らしいことを話し始めた。


「…川にほど近い林の中でおりましたところ、いつもの声が聞こえて参りまして、小生、どのような荒行を課しておられるのかと気になって、耳を澄ませて風を読んでおりまして…」


――――ん?いつもの声?荒行?

 無意識に足が止まる。立ち止まったオレにつられて、手を繋いだユミさんも止まってこちらを見た。

 もう、話声は明瞭に聞こえる近さである。


「…気合の声が暫く続いた後、突然『めざしぃーー』とかいう、聞き慣れぬ文言が聞こえてきまして…小生、不覚にも驚いてしまい、目の前の草葉を揺らして音を立ててしまったのです」


 オレは思わず手で顔を覆った。

――――余所のひとに聞かれてたぁああああ!

 穴があったら入りたいとはこのことである。

 ていうか、いつもの!?いつものって言ったのこの天狗!!何日前からだ!何日前からオレの叫び声は聞かれてたんだ!?


「そうしたら、がさりと、程近くで同じく茂みが音を立てまして、そちらを見ますと、お山を見上げた鬼がいたのです…。それで、此方に気付いて襲い掛かって来た鬼と戦うはめになったのです」


――――敵にも聞かれてたぁあああ!!

 オレは思わずしゃがみ込んだ。

 ユミさんがあらまあと呟く声が耳に届く。でもオレはそれ処じゃなかった。


――――言ってることが本当なら、オレの叫び声がきっかけで戦闘になったってことじゃないかあああ!!なんだそれ!?


 無言で頭を抱えて首を振るオレに、三太朗どの、と優しく呼びかける声がある。


「先にお風呂になさいますか?」

「……はい」


 オレは戦略的撤退を選択した。



ここ数日の体調不良で予定のところまで書き上げられず。。。

申し訳ないです(´д`;)後ノ二へ続きます。

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