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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
二章 蓋
35/131

三十一 薬の後で


「しにかけた…」

 オレは座布団を枕にぐったりと横になっていた。

 行儀が悪いのは百も承知だけど、今日ばかりは許してもらいたい。

 なにせ先の言葉通り、もう少しで死ぬところだったのである。


 オレは、天狗に成る薬『際昊水(さいごうすい)』を飲んで、それから倒れた。


 今はやっと意識がはっきりとして来て、ちゃんと会話もできるが、起きたばかり―――周りが言うのを借りるなら蘇生したばかり―――のときには、聞こえてはいても考えることが出来ず、返事も出来なかった。

 今はそこまでではないにしろ、起き上ると目が回るので、失礼して寝転んでいるのだ。


「泡吹いて倒れた時にはどうしようかと思ったぞ」

 傍に寄って覗き込んできた紀伊さんが、疲れたように呟いた。

「ぴくぴくしてるから確かめたら、息まで止まってるんだもんな」

 はああ、と溜息を吐く武蔵さん。こちらも大分お疲れの様子で、壁にもたれてやれやれと首を振った。


 二羽とも、オレがぶっ倒れたときに滅茶苦茶心配してくれたのである。つまりは心配疲れだ。

 不謹慎だとは思うけど、ちょっと嬉しい。いやほんと申し訳ないとは思うんだけど、喉元過ぎて熱さを忘れるが如く、もう危険は去った今になると、そこまで心配してくれるなんてと感動さえ覚える。


「ご心配お掛けしました…」

 思ったより弱々しい声が出た。まだ何か胸の辺りに詰まったような感覚がして、腹に力が入らないのである。


「本当に、怖うございました。…三太朗どのが、倒れ込んで、息が止まって…あぁ…」

「全く魂消(たまげ)たったらなかったねぇ」

 涙ぐんだユミさんが、枕元から手を伸ばして、そっと髪を撫でてくれる。それを眺めて、お篠さんがやれやれと首を振った。

 ユミさんはオレを膝枕しようとしてくれたんだけど…オレは丁重に固辞した。

 この方はオレのことを幼児かなんかだと思っている節がある。

 しかしオレは男だ。もう一回言うけど、オレだって男なのだ。とてもじゃないけど女性に甘えられる歳ではない。ぶっちゃけ嬉しいとかそういう気持ちが無いとは言えないが、人前で臆面も無くユミさんの膝に甘えられるような神経はしてない。恥ずかしい。すごく恥ずかしい。

 例えここにいる方々の殆どが……もしかしたら全員が、オレのことを幼児相当にしか見てないとしてもだ…!


 対して、オレをぎゅうぎゅう抱きしめてくる腕から逃れるのに手を貸してくれたお篠さんは偉大だ。師匠も先輩たちも何やらほっこりした顔でにこにこ見てただけの中で「それじゃあ休まらないだろうから兎に角横にさせておあげよ」って言ってくれたお篠さんは救い手だった。

 あのままではオレはのぼせてもう一回意識を飛ばしていただろう。お篠さんには感謝しきりである。今度何か、お礼を兼ねてお手伝いとかしようかな。それか、肩たたきとか。


「ま、無事に済んだんだし、(ぼん)がしぶとくて何よりだってなもんだふぐぅっ」

 キツネから受けとった湯呑みに口を付けながら弦造さんが口を挟むが、その頬にお篠さんの拳が突き刺さった。

 ぅおお。内角を抉りこむような右の打撃…拳の握り方といい、体重の乗せ方といい、お篠さん…素人じゃない。


「なにが何よりだってのさ!死にかけたこの子になんてぇ言い草だいえぇ!?」

「いや、おれはただ」

「弦造…酷いですわ」

「あれは言葉のあやで…ほら、無事で良かったなと…」

「ちったあ言葉を考えなこの唐変木!!」

「…すまん」


 怒れるお篠さんの鉄拳制裁に続いて、涙目のユミさんの非難の眼差しを受けて、しどろもどろになった弦造さんは、更に攻め立てられて、ついに巨体をできるだけ小さくして白旗を振った。

 これぞ夫婦の力関係。どこの家庭も天狗の家も等しく女性の方が強いのか。

 そしてごめんなさい弦造さん。オレ当事者だけど、このお二方と敵対したくないんで黙ってます。因みにオレは怒ってないんで、決着はそのお二方と付けて下さいね。南無南無。


 気の毒ではあったけど、オレは関係ないという事にして目を逸らした。


「…ほんと、お師匠が直ぐに気を入れなきゃ、あのままお前死んでたかもな」

 何も見なかったことにしたらしい紀伊さんの言葉がかかる。


 そこに冗談めいた響きは一切なかった。しかも恐ろしいことに真顔である。やめてほしい。せめて冗談めかして言ってほしい。じゃないとほら、折角向こう向いてたユミさんが涙目でこっち見てるじゃないですか。また抱きしめられたらどうしてくれるんですか先輩。あれ苦しいんですからね?息できませんからね?それに色々とその…不味いし。

 オレはうすら寒い気分で呻いた。


「…原因はほんとに分からないんですか?お師匠。体質によって毒になるとかそういうのは?慣れが充分でなかったからとか?」

 紀伊さんが顔を上げて呼びかける。

――――って紀伊さん紀伊さん。多分オレはその原因、分かるかもしれないですよ。まあ、まさかそんな理由で人が死ぬとは思えないので、他の意見を聞いてもうちょっと考えるけど。


「分からない。そもそも際昊水は、直ぐに効果が出るものではない」

 答えが返ってきたのは、囲炉裏を挟んで向こう側に座り、オレが飲んだ残りの際昊水を前にして、何やら(まじな)いを掛けている師匠から。

 手が淀みなく動いて、指先から光の線が次々に生み出されて宙に複雑な模様を描いていく。

 描かれた模様はほぼ円形に収まる形をしていて、順に縦に積み重なってふわりと浮かび、銚子を円筒状に取り囲んでいた。


「そもそも、体が天の霊に慣れていないのなら体が変わっていくときに痛みが出るはず。それも、薬が身に馴染んでから徐々にという具合だから、飲んだ途端にというのはおかしい…ふむ」

 師匠が首を捻りながら、描き込んだものを矯めつ眇めつしている。


「…ってちょっと待って下さい師匠。もし痛くなるならまだこれからってことですか。慣れが充分じゃなかったらこの上更に死ぬほど痛い目に遭うっていうことですか師匠」

「大丈夫大丈夫」

「せめてこっち見て!?」


 等閑(なおざり)に返事する師に、反射で返して起き上る。が、くらっと目が回って、直ぐにまた突っ伏した。

 うぅ…また吐き気が…。


 まあまあ、と背中を撫でるユミと、座布団に顔を押し付けて呻いている子どもを眺めながら、カラスが主に歩み寄った。


「ぬぅ…特に可笑しいところは無さそうだな。あるじよ」

 手元を横から覗き込んだカラスが三つ目の眼を赤く光らせて首を捻った。

「そうだな。これを見る限り異常は見つからん」

 すっかり銚子を囲んでしまった光の模様をなぞるようにして、天狗もまた難しい顔をした。


 どうやらあの術は、薬を調べるためのものみたいだと、今度はゆっくり身を起こして具合を確かめながら思う。

 声?出ないよ。今口開くと他のものが出るよ。


 寝転んでいるより起きている方が少し落ち着くことに気付いて、オレは背を丸めた状態ながらもなんとか座った。


「可笑しいというより、質はそこらの物より段違いに良い筈だ。際昊水は、年数を経る程熟成して安定する。次朗のときでさえ、余所のとは比較にならない効果があったし、今はあのときの比ではない。…痛んでいる様子も無いし、使う前に調べたときと比べても、変化は無い…何が問題だったのか」

 手元に集中しながら、高遠が眉を顰める。


 オレはそれを聞いて少し驚いた。あれを飲んだ人がオレの前にもいるという事実にである。しかもその方はちゃんと生還している様子だ。

 次朗という人のことを訊きたかったけれど、今オレが口を開くと以下略。


「ふむ。我が見ても、確かに質は高く見受ける。…毒性の混ざりものも、分かる限りでは無いようであるしな。一体何がどうしてこやつは死にかけたのであろうか」

 逆の方向に首を傾けて、カラスが訝しむ。


「際昊水の中の物が影響してるんなら、ちょっとおかしくないですか、お師匠」

 壁際から武蔵さんが口をはさんだ。


「意識を回復して後は、どこも痛みも痺れもなくて、また悪化しつつある兆しもありません。毒なら何がしか対処しないと悪化していくはずです。気も今のところ、変な風になってく様子はないですし」

 そうですね、とオレの様子を見ながら紀伊さんも口を開く。

「順調に回復してるみたいですし、意識も今ははっきりしてる…よな?」

 オレは頷いた。一回だけ。恐る恐るゆっくりと。今度は目は回らなかった。良かった、治まってきた。


「…そうだな、尤もだ。だが、それなら何故なのか…。気にも変異はない、薬に異常もない。なのに、飲んで直ぐに三太朗は倒れた。ならば、原因は…」


 オレは内心で頭を抱えた。

 師匠たちの話によると、成分的にはあの薬で倒れるなんてありえないらしい。

 ならば、オレが思い当たる原因はひとつしかない。


 てか、もしオレが助からなかったとしたら、死因…あれかよ。

 (いくさ)で討ち死にが(ほま)れよ!とかいう主義は全くないし、死に方に拘りたいとか思ったこともないけど、ちょっとあれは御免こうむる。ほんとに師匠ありがとうございます。



 オレはふと違和感に気付いてゆっくり顔を上げた。

 場の空気は、オレが俯いて苦悩している間に、重苦しく沈んでいた。

 そして皆がオレに目を向けている。…いや、錯覚だ。てんでばらばらな方向に目を向けて、それぞれに考え込んだりお茶を飲んだり、更に意見を交わしたり。見た限りでは不自然なところは何もない。

 …ただ、その場の意識が全てオレに向かっていることを除いては、だが。


「兎に角、経過は要観察、ってことですね。お師匠にも原因が分からないなら猶更でしょ」

「…そうなるな。気を付けておくに越したことはあるまい」


 懸念?……警戒…?それとも、恐怖?

 分からない。この辺りの感情は判断が難しい。ただ、皆が皆、大なり小なり同じ想いを抱いて此方を気にしているのはわかる。ただそれがオレ自身に対する物なのか、オレに関わる他の何かなのかは分からない。


 此方を見ずに注目し、ばらばらな考えを披露しながら、心はひとつのことに向かっているように思える。(わざ)とその話題から避けながらも、全員が同じことを気にしている。

 何故心当たりがあるのに口に出さないのか。何をそんなに気にして…警戒しているのか。


 やはりこの感覚は、確かなものとして言い切るにはあやふやで、どう言い方を変えようとも勘の域を出ない。なんとなくこうだろうと思ってはみるものの、はっきりこれはこっちに向いたこういう感情だと区別できないのがもどかしく、そして、今はそれがとても恐ろしい。


「我も、もう少々調べてみるか」

「あたしらは、そういうことは分かんないからねぇ。申し訳ないけど力になれないよ」

「だな。大将、(わり)いな」

「いいや。ただ、お前たちも気を付けておいてやってくれ」

「そりゃ、勿論だ」


 内心は不穏なのに、表面だけは取り繕われて、部屋の中はいつも通りの顔が並ぶ。

 気持ちの悪い違和感。


 オレは弟子入りして初めて、この場から逃げ出したい想いに駆られた。

 押し殺したような感情が場に渦巻いて、各々の少々の差異が混ざり合い、渾然一体となってオレに向かって押し寄せてくる。その渦の真ん中で、想いに中てられてくらくらした。

 息がしにくい。なんでだろう。皆居るのに…独りでいるような気分になるのは。


 そうしている間も習慣というものはきちんと働いていて、無意識ながらも表面上は平静を保てているようだった。誰も、それ以上の感情の揺らぎはない。

 オレはちゃんと、普通に見えているのだ。


 慎重にそれを確かめて、ふぅう、とオレは息を吐いた。余分な力を抜かなければ。


 落ち着け、と自分に言い聞かせて、意識を彼らの感情から引きはがす。

 何を警戒…いや、心配しているのかは分からないが、オレが死にかけた原因が分からないことがこれに結びついているのは分かる。

 なら、この空気を換えるには、その答えを提示すれば良いのではないだろうか。

 …ちょっと、いやめちゃくちゃ気は進まないが、背に腹は代えられない。



「あのぅ…」

 意を決して出した声は、やはり我ながら弱々しく、気弱な内面を映して小さくなった。

 しかしその小さな声にも、その場の者は残らずこちらを向いた。それにちょっと(ひる)む。いや、こっちを皆気にしてたのは知ってたけど、一斉にこっち向かれると、やっぱちょっと怖い。


「どうした?辛いか?」

 高遠が自然な間でもって、いつもの口調を崩さずに問いかけてくるのに、少なからずほっとした。彼の心は屋敷の誰よりも読み辛くて、今もあまりはっきりとは読み取れないからかもしれない。

 治まりかけた吐き気の程度を測りつつ、更に言葉を続けることに集中する。


「いえ、眩暈(めまい)も大分ましになってきましたから…大丈夫です。心配お掛けして済みません」

「いや、青い顔で大丈夫だと言われてもな。お前自身も気を抜くなよ。何かあれば言え。いつでも構わん」

「…ありがとうございます」


 声の中に、確かに心配を感じ取って、オレの心は軽くなる。それに背中を押されて、勇気が消えてしまわない内にと口を開いた。

「師匠、あの…ひとつ、心当たりがあります」

 やっぱり言い辛くて、勿体ぶった言い方になってしまったことに歯噛みする。

 主語なしの言葉に、何が、と言いかけた師匠は二つ瞬きして、察したようにこちらに向き直った。


「原因にか?」

「…はい。実は、師匠…あの薬は…」


 オレは密かに拳を握って気合を入れた。ついでに他の色んなものも放り投げた。もう軟弱だとか言われても知らん。頑張れ未来のオレ。

 さあここからが勝負だ。この重たい雰囲気を吹き飛ばすのだ。


「すっっっっ……ごく不味いんですっ!!!」

 オレは殊更(ことさら)に真剣な顔で言い切った。


 場の全員が一瞬唖然としたように黙り込む。それを逃さずにオレは畳みかけた。


「もうね!この世の味ではありませんよあれはまさに死ぬほど不味いってやつです!!そりゃオレだって薬が美味いなんて期待はしてませんでしたよ?ちゃんと覚悟もしてました!でもあれはそんな覚悟なんて全然意味が無い程の不味さなんです!まず歯が溶けるんじゃないかと思うぐらい甘くて、次に舌が締められてる気になるぐらい酸っぱくて、がぁーっ!と口中が苦くなって、そこで来るのが物凄いえぐみと喉が焼ける程の辛味!!んでもって口の皮が剥けるほどしょっぱくてざらざらした渋みと一緒にぐぁーっ!と鼻を突き抜けるような酷い臭いがする上に、止めに薬自体がどろっと粘ついて喉越しも最悪…っぅえっ…」


 あ、拙い。腹筋に力入れ過ぎて吐き気が戻ってきた。

 青い顔して口元を押さえたオレの背中を、慌ててユミさんがさすってくれる。

「ほら、さんたろさん!お茶、ほら!!」

 横からごんたろさんが差し出した茶でなんとかかんとかやり過ごす。


「…ぅぅ…。あの味を感じた途端に、気が遠くなったから、間違いないです…」

 訴えるオレに、何とも言えない顔で、師匠はまじまじとこちらを見た。


「あ、あぁ…不味いとは聞いてはいたが。三太朗、同じ薬を飲んだ者に、味で死にかけた者はいないぞ…?」

「…同じ薬、そう、言われましたね?」

 また弟子が吐きそうになるんじゃないかと恐れるように、そっと言った師に、ここぞとばかりに言い返す。


「先ほど、この薬って、時間が経つほど熟成するって、仰ってたじゃないですか…。それで、前より、酷い味になったんじゃない、ですか…?もしかして、前の…次朗さん?が飲んだより、新しい際昊水って、そんなに味が…」

 続きは言えなかった。


 口を押えて波をやり過ごすオレの背をさする腕が二本になる。

「大丈夫かい?」と覗き込んできたお篠さんからは、もう心配しか読み取れない。それが嬉しかったが、残念ながら気分は最悪だ。オレはゆっくりと首を横に振った。目の前がちらついて頼りなく揺れた。

 あ、本気で駄目かも。


「ちょっと退()いて…おい三太朗!ゆっくり息してろ!」

 それを見ていた紀伊さんが背後に回るのが分かった。背を擦る手が離れた途端に、なにか熱いものが代わって背に触れるのを感じた。

 それは一点から、全体に広がって行く。じわりと指先まで熱が伝わるのと同じくして、すっと吐き気と眩暈が治まって行った。

 何が起こったのかは分からなかったが、恐る恐る口から手を離し、再発しないことを確認して「楽になりました…ありがとうございます」と紀伊さんを振り仰げば、彼の顔は引き攣っていた。

 感じ取れるのは同情と心配と恐れ…。オレが実感たっぷりかつ涙目で訴えた味の説明に恐れを成したに違いない。


 高遠に向き直れば果たして、若干気の毒そうな顔をしていた。ていうか全員がうわぁって顔してる。


「…舌も鼻もあれからさっぱり利きません…。吐き気も酷いし、何を口に入れてもあの薬と同じ味がするんですぅっ」

 現状の説明を付け加えていくうちに、惨めな気分が高まってきて、鼻の奥が締まるような感覚がする。

 あ、ダメだ悲しくなってきた。


「もう口の中にあの薬は無い筈なのに、まだどっかに残ってるみたいになって、治らないんです…ししょうぅっ、もしなおらなかったら、おれずっとおいしいものたべられないぃ…」

 喋ってる内に訳が分からなくなってきて、オレは結局ずっと胸に秘めていた恐れを泣きながらぶちまけた。


 たかが味、されど味。

 眼や耳が利かなくなるのはそれは恐怖であろう。だがだからといって味覚が狂う方が良いと簡単に思うことなかれ。考えてみてほしい。食べるもの全てが滅茶苦茶不味いということの絶望を。それが一生続くかもしれないという恐怖を。

 まさに今、オレは人生最大の危機を迎えていた。取り乱すのも当然であろう。


 そして一度流れ出すと涙は簡単には止まらず、興奮して訳が分からなくなったまま、なにもかも酷い味がする。いっそ味なんかしなくなればいいのに。そういうようなことを更にしゃくりあげながら訴えた。

 そんなオレを皆は慌てて慰めて、ちゃんと治す方法はあるはずだと宥めて、次朗も暫く味が分からないと言っていたが、直ぐに治ったのだと落ち着かせようとしてくれた。


 仕舞いにゃ師匠とタチさんは大丈夫だからとよしよしと撫で、セキを捕まえてきたヤタさんとジンさんがなんとかオレの意識をセキに向けようとあやし、女性陣は代わり番こに抱きしめながらちゃんと治るからと言い聞かせ、ごんたろうさんとぎんじろうさんはせめて口をもっと(すす)いだらいいのではと水を持ってきてくれて、ついでに弦造さんは何食っても同じなら嫌いなものをついでに克服すればとかなんとか言ってお篠さんにどやされていた。

 そしてセキを抱えてえぐえぐ言っているままに、今夜は一緒にいてやるよと、兄弟子二羽に手を引かれて部屋に戻ったのである。


 ……一体どうしてこうなった。
































「皆、今日は弟子に際昊水を飲ませたんだが、あれ少々気を付けた方が良いやも知れん」

「!?おい、なに相談なく変転させようとしてんだ馬鹿!失敗したらどうすんだよ!?」

「え?際昊水ってあの?早いわね。まだ山に来てひと月ぐらいじゃないの…ってちょっと、ちょっと!!あんたね!充分備えた上でないと危険でしょ!?もしそれが引き金になってあれが目覚めたらどうするつもりなの!?」

「…何に気を付けろと?」

「ああ、大丈夫。紀伊と武蔵を呼び戻したから滅多なことはないさ。今も一応見張っているし。…気を付けるというのはな、古い薬程良いと言われているのがどうやら、古すぎると良くないようだ」

「ああ、あの双子か…お前とあいつらなら戦力的には充分抑えられる…か?え?古すぎるとって、痛んだのか?そんな訳ねえよな…あの薬に限って」

「そう、あの子たちが一緒なのね…でも一言あっても良かったんじゃない?心配するんだから。それで、際昊水で何かあったの?」

「古い、とははっきりせん言い方だな。どれ程のものだ」

「心配させたか。悪い悪い。薬は確か四百年ものかな。俺の手元にあったのは三百年足らずだが、手に入れた時には百年ものだという触れ込みだったはずだし。痛んだ様子も変質したようでもなかったんだが……飲んだ弟子が死にかけた」

「はぁ!?それって何か残り火の気と悪い反応があったんじゃないのか?」

「死にかけた…って、穏やかじゃないわね」

「確かな原因はあるのか?」

「俺も配下も、最初は血筋の所為かと疑ったさ。よもや発現する前触れかと身構えたんだが、違った。…ああ、何故かというと…舐めてみればわかるさ。あれは俺も耐えられないかもしれん…」

「なんだ違ったのか。…ってお前が耐えられないってどういう…」

「それで、何?てか舐めたの?」

「勿体付けるな。原因は」

「………味」

「「「はぁ!?」」」




















「ほら、落ち着いたか」

「ならもう、寝ちまえ。疲れたろ」

 先輩たちが気遣わしげに世話を焼いてくれる。


 オレは自室に戻って、敷かれた布団に横になっていた。

 オレだけではなく、先輩方の布団も運び込まれ、彼らもオレの横で寝転んでいて、所謂川の字になっていたのだ。どうやら本当に今夜は一緒にいてくれる様子で、二羽ともくつろいだ様子でいる。

 ひとりで使うには少々広いかと思える部屋も、少年とはいえふたり増えて三人で使うとなると流石に手狭で、床にぎっしり布団を敷いて、雑魚寝の様相を呈していた。


「あの、狭くないですか?済みません…」

 夜まで付き添われるのが申し訳なくて謝るも、「いいのいいの、偶にはこういうのも楽しいって」と笑顔が返ってきた。

 その気遣いを嬉しく思う。だけど反面、やはり彼らに窮屈な想いをさせているのではと思うと、大丈夫だと言って帰ってもらうのが良いに決まっている。

 だけど、オレはそれを言い出せずにいた。


「…なあ、三太朗さ、何落ち込んでるんだ」

「えっ」

 考え込んでいたところに、不意に飛んできた問いに、思わず驚いてしまう。


「いやな、お前すごく不安そうな顔してるじゃん。だから、師匠もお前に部屋帰って休めって言わなかっただろ?」

 座布団を枕に横になっていたのを思い出して、言われて初めて気が付いた。本来ならあの時点で部屋に帰る場面だった。なのに、何も言われなかったことを。


「…そんなに解り易かったですかね」

 返ってきたのは頷き。二羽揃って、同じ格好で頬杖をついて此方を覗き込む。

「青い顔して、何かを怖がってるみたいに震えてさ」

「皆口に出さなかったけど、心配してんだぞ?俺らもこいつはひとりにできないって正直思った」

 だから部屋まで押しかけちまったんだけどなー、なんて能天気に笑ってみせる彼らに、釣られて自然と気が緩んだ。


「…夢を見たんです。亡くなった筈の父に逢う夢です」

 気が付けばぽつりと呟いてしまっていた。「ああ、譫言(うわごと)で言ってたな」と相槌を打って、二羽は続きを待った。


「もう、何を話したのか殆ど覚えてないんですけど、父はすごく焦って、怒っていたのを覚えてます。でもオレは、どうして怒られているのか分からなかったんです」


 あのときは、夢だから当たり前だろうが、現実感なんてなくて、父が死んだはずなのも忘れ、ただどうして怒っているのかを不思議に思っていた。


「会ったら話したいことが沢山あった筈なのに、ひとつも、言えなかった」


 なんだかどうでも良いことばかり話したような気がする。それが今になって、とても惜しい。


「…でも、目が覚めて始めて、息が止まってたんだって言われて、もしかしたら夢じゃ、なかったんじゃないかって…!」


 本当に黄泉へ行って、父と話したのではないかと少しでも思うと…怖くなった。不安になった。


「父の、死を確認した、訳じゃなくてっっ。今日まで、なんとなく、納得出来てなかったっ…それが、あの夢で…父上が死んだって、っっ、なんか、実感しちゃって…!」


 無意識に、どこかで生きているのではないかと思っていたのだと知った。自分でも分からない心の奥底で、その可能性を捨てきれていなかったのだと。

 同時にすとんと納得してしまった…あの父が、死んだということを。


「根拠は、無いけどっっでも、もう生きてないんだなって…!」


 同時に押し寄せたのは悲しみ。身を引きちぎられる程の喪失感。

 でも、夢は本当に只の夢かもしれないと、その考えに縋った。師や館のモノたちの前で唐突に泣きだすのを恐れて、努めて考えないようにしたそれが逃げなのは解っていたけど、せずにいられなかった。 

 逃げるのを止めて、今恐る恐る向き合っても、その(うつろ)の深さに(おのの)く。


「…そっか、辛いな」

 横から紀伊さんの手が伸びて、いつしか泣いていたオレを、強めの力でぐりぐりと撫でる。

「知ってるか?肉親が死んだら、天狗でも泣くぞ。だから、別に天狗に成ったら泣いたら駄目だとかは思わなくていい。あ、これ豆な」

 茶化したように言いながら、反対側から武蔵さんの手が、布団の上から俺の肩をぽんぽんと叩いた。


「哀しかったら泣いてもいい。寧ろ、死んだ奴のために泣くのは悪いことじゃない」

「弔いのためにも、泣いてやれよ。だから、堪える必要なんかない」

「弔いは、死者のため。だけど、生きてる奴の為でもある。だから今夜ぐらいは泣いとけよ」

「今日のことは、俺らの秘密な」


 そう言う彼らの声は、とても優しくて、喪失感と孤独感が和らぐのを感じていた。




先日、本作が2000PVを突破いたしました!

読んで下さる皆さん、ありがとうございます^^

現在、高遠さんのラフ絵を制作中。暇を見つけての作業になるので、いつになるのかはっきりとは言えませんが、近日中に活動報告にて公開予定です。

期待しないで待っててね☆←


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