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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
二章 蓋
30/131

二十七 師弟の対談

高遠と兄弟子二人の話し合い回。

主人公はお休みです。


「…調子に乗ってごめんなさい…」

「…止めないでいて…ごめんなさい…」

 囲炉裏端には、ふたつのナマモノが死んだような目で虚空を見つめていた。紀伊(きい)武蔵(むさし)、と呼ばれると反射のようにはいと返事があるので、ただの屍にはなっていないようである。


「さて、説教はこれぐらいにしておいて、本題に入るか」

 その声を合図に、今まで双子をこってりと絞ってかすかすにするのに協力していた大烏と鳥女が退出する。

 ふたりの前の座布団に胡坐をかくのは、彼らの師。

 対して板の間に直に座った弟子たちはのろのろと師を見た。泰然とした様子はもう普段通りであるように見える。

 しかし二対の目が、本当に次の話題に移る気があるのかを確かめようと、束の間目の前の色白の顔に乗った表情を窺った。


「本題、ですか?」

 おずおずと差し出された問いに頷きを返した天狗を見て、気が変わらない内にと思ったのか、急いで武蔵が口を開く。


「珍しく遣いのカラスじゃなくて、知り合い伝いに(ふみ)を寄越すし、『出来るだけ何気なく、自然に見えるように帰って来い』だなんて何事かと思ってましたけど、この山、見張られてますよね」

 山に帰り着く直前、いつもやるように、軽く辺りを探った折に見つけた気配を思い出して、不快気に眉を顰めた。


 彼らは、高遠の様子を探るようにいくつかの気配が白鳴山(このやま)から少々離れた森林の影に隠れ潜んでいるのには直ぐに気付いた。

 山に出入りする者があれば直ぐに察知出来る位置を取っていたので、すわ敵の斥候(せっこう)かと緊張したが、よく確かめれば同胞、しかも鴉天狗(からすてんぐ)小天狗(こてんぐ)であった。

 何の心算(つもり)があって長天狗(おさてんぐ)の山を鴉ごときが探っているのか分からず、とりあえず放置することにしたものの、こちらに対しても生意気に探りを入れてくる様子を見せたので、別のものに気を取られたふりをして(わざ)と近寄ったり、不意に振り向いてみたりしたら、大慌てで遁術(とんじゅつ)を使って身を隠そうとしていた。

 慌てる様子は中々面白かったが、あれが同胞だと思うと情けない。それにあの程度の輩で彼らの師、白鴉(ハクア)長天狗を見張れると思われているという想像は、中々どうして面白くない。


「あれで隠れている心算なら、戦時にやらかす前に一回捕まえて灸を据えた方があいつらの為になるんじゃないかと思いますけどね」

 最後に不愉快そうに付け足せば、彼の師はため息を吐いた。

「まあ、目に余るようならそうするさ。それまでは放っておけ。だが、危険な目に遭うようなら流石に無視はするなよ」


 関わる気は無いが、同胞だから何かあるようなら放ってはおけないらしい高遠も、少々不快には思っているようだと察した紀伊がふんと気に入らない様子で鼻を鳴らした。

「俺の配下に少し威嚇してくるように言っときましたから、今後はもう少し控えめになるとは思いますけど、迷惑なら俺たちが直々に追い払って来ましょうか」

 自分の尊敬する師が舐められているのは我慢が出来ず、こちらが気付いていることを勘付かれないようにと言い含めて、部下の中から強面を選んで送り出していたのである。


「いや、それについては知り合いが動いているはずだから、もう暫し様子を見る。…(ジン)が山に居ないのはその所為か」

 少し出てくると言い置いて山から離れた己の配下を思い浮かべた高遠が呟いた。


「ああはい。陣なら俺たちが来たのを出迎えてくれて、その後(ブチ)と一緒に行きましたよ。身内とはいえ、縄張りを勝手にうろつかれたくなかったんでしょうね」

 どこまでも真面目な狼だと肩をすくめて笑った紀伊が、話が一段落したにも関わらず、いつもの笑みを見せない師を見て姿勢を正した。武蔵もまた、背筋を伸ばして口を開く。


「本題って、もしかしなくても、三太朗がらみでしょう?あいつに関わることですよね」

 山が見張られている件で無いなら本題はこちらだろうと、話題を切り替えた。


 察しの良い弟子たちに、真剣な顔でそうだと答えがある。

「先ずは意見を聞きたい。三太朗は、お前たちから見てどうだ」


 師の問いかけに、それぞれ考える素振りをする双子。やがて紀伊が言葉を探しながら口火を切った。

「なんというかその、恐ろしく目敏い、というか、勘が鋭い印象を受けましたね」

 紀伊と組手をした三太朗は、ほんの僅かな攻撃の素振りを読み取って反応するという人間離れした技の持ち主だった。

 こちらが動き始めてから反応するならばまだ解る。だが弟弟子は、こちらが動くのと殆ど同じくして動き、下手をすればこちらが動作に入るより前に回避行動を取っているように見えた。

 そんな馬鹿なと攻撃を重ねてみたものの、実際初動を察知されて全く命中せず、密かに舌を巻いていたのだ。

 戦闘経験はそこそこあると自負している紀伊も初めてのことで、また空恐ろしい教育方法を師が考え付いたのかと内心仰天していた。


 高遠なら出来かねないから困る。

 彼らの師は、弟子たちから見て規格外だ。実力もだが頭の構造も理解し難いところがある。

 ある日突然「ちょっと世界征服してくる」とか言っても冗談だとは受け取れない。そして宣言したからには実際にやり遂げてしまっても不思議には思えない。まあ実際は、そんな面倒そうなことをやる気になる訳はないとは思うのだが、ともかくある日とんでもないことを思いついて、軽くひょいひょいとやってしまいそうな印象があるのである。

 そんな師匠だからこそ、例えば敵の攻撃を直前に予測して回避する法なんてのを思いついて、その秘術をぽんと愛弟子に仕込んでしまってもおかしくは無い。


「あいつ本当に内経も使えない人間なんですか。あの回避は一体何なんです?」

 信じ難いという口調で締めくくったが、疑問には答えずに、彼らの師はもう片方を目線で促した。


「…まあ、紀伊と殆ど同じ感想なんですけどね、端から見てて、ちょっと気になることがあったんで、術視で解析しながら見てたんです」

 それまで必死に逃げ回っていた三太朗が、紀伊の手刀を受けながらも反撃する場面があって、そのときの様子が奇妙だったのだと武蔵は語る。

「気が一気に膨れ上がるように感じて、あいつの周りに陽炎(かげろう)のような揺らぎが見えたので調べてみたんですよ」

 その時のことを思い出したのか、難しげに眉を顰めて腕を組む。


「陽炎の正体は火気(かき)でした。一瞬だけあいつから爆発するみたいに立ち上った火気が溢れて揺らいで見えていたんです。でもその後は急に萎むみたいに火気が小さくなって、逆にどんどん水気(すいき)が強くなっていったんです」

 紀伊がぎょっとして片割れを振り向いた。

「はあ!?火気は確かに感じたけど、水気と両方持ってるなんて馬鹿な!思いきり反属性(はんぞくせい)だろ!?」


 この世の物には属性がある。

 水の中に在るモノには水の属性が備わり、地に潜るモノには地の属性を帯びる。因みに天狗は風の属性が強い。

 それは本来種族毎に大まかに決まっているのだが、本来の属性の他の属性、若しくは多属性を持つ者が生まれることが稀にあった。それ自体は仰天するほど珍しいことではない。

 ただ、属性には相性があり、天に属するものと地に属するものは互いに相性が悪い。その中でも特に反発する属性同士は反属性と呼ばれ、それらは共に在ることさえ難しい。

 水と火はまさしく反属性であり、身の内に火と水の属性を併せ持つのは理論上不可能とされていた。火に水をかければ火は消えてしまい、また水は沸騰して蒸発するように、身の内に混ぜ合わせて保っていることが出来ないのである。

 つまり、例え両方を帯びたとしても直ぐに変質してどちらかが歪んで消える。それが体の内側で起これば、その身の主はひとたまりもない。


 ありえない、と目を剥いた片割れに、武蔵が肩をすくめてみせる。

「俺だってそう思ったさ、でも後で見て見ろよ。紀伊だって同じ意見に行き着くはずだぜ?」

 あいつ本当に人間なんですか?と、片割れと同じく信じ難いと言う口調で締めくくって、ふたりは揃って師に目を向けた。


 ふむ、と高遠は動じた様子なく頷いてみせる。

「何故そうなっているのかはまだ解ってはいないが、水気と火気については間違いない。内経も使えん。だが、三太朗は人間だ。只の人間と取るには少々特殊やもしれんがな」


 天狗は弟子たちと目を合わせて、此処から先の話は他言無用だと念を押した。

 双子が揃って真剣に頷くのを確かめて、実はな、と話し始める。


「三太朗は、どうやら残り火の血筋のようだ」


 ふむふむと双子は頷いた。

 しかしややあってうん?と左右対称に首を傾げ、そして更に二呼吸置いて後、はい!?と二つの声がきれいに合わさった。


「え、残り火ってあの!?あれって人間に化けてるものなんですか!?ていうか血筋!?え!?あいつが残り火!?」

「ちょっと待って下さいお師匠!だったらどうして呑気に一緒に暮らしてるんですか!手遅れにならない内にどうにかしないと!!」


「落ち着け、ふたりとも」

 俄かに騒ぎ始めた両名に、あくまで静かな声がかかる。


「あいつは、己が何者なのかは知らん。それに、武蔵も知った通り、あいつには火気のみならず水気も備わっている。あの凶悪な火の魔物にしては、普段は水気の方が格段に強い。どうやら、水気が火気を抑えているようで、見ている限りでは全く只人(ただびと)と変わりがない。それにこのひと月様子を見てきたが、残り火らしい素振りは全く見られん…ただの、子どもだ」


 言い聞かせるように語る師に、弟子たちはその顔をまじまじと見た。

「…お師匠は、あいつは残り火ではない(・・・・・・・)とお考えなんですね?…その血筋だと考えてはいても」

「ああ、そうだ」

 紀伊の問いに即座に返った声には迷いは一切なく、只々凛と言い切る。


「これから化けるにしろ、このまま発現しないにしろ、残り火の気配を血の内に抱えているのは確認したのだから、放っておくことは出来ん。だが、あいつは只の子どもだ。少なくとも、今は。」


 弟子たちの強張った顔を交互に見て、彼らの師は、解きほぐすように笑んで見せた。

「三太朗は良い子だったろう?」

 急に話を変えた師に、紀伊と武蔵は戸惑った顔を見合わせた。


「…ええ、まあ。子どもながらにきちんと先輩を敬う姿勢がありましたね。素直だし」

「…正直、感心しましたね。お師匠の弟子に相応しい素質もあるし、あの歳で状況を判断して無理に食らいつかずに、尚且つ冷静に退ける奴は初めて見ました」


 それぞれに弟弟子の感想を言うのを満足気に聞いた高遠は「ならそのように見ていてやれ」と、両名の顔を交互に見つめた。

「今回火気が出たとはいえ、人の域を出ん。このひと月の間、思いつく限りの可能性を探ってみたが、血に帯びた気配以外に残り火を思わせるものは欠片も見つからなんだ。故に、このまま変転(へんてん)させようと思う」


 弟子たちが、驚いて目を剥く…ということは無かった。

「お師匠ならそう言うと思いましたよ…あいつのこと完璧に弟子として見てるのは分かってましたからね。上手くすれば、例の化け物に準じる強い火気を操る同胞を得られる。そうすれば、ここ最近の不穏な情勢の備えとしても見込めるってお考えなんでしょう…まあ、そんな建前はいいですよ。気に入ったから育てるんでしょう。貴方は」

 紀伊が溜息を吐いて、しかし力を抜いた笑みを浮かべて言う。

「そう仰るとは思ってましたけど、お師匠。三太朗が残り火の血筋なら、変転しても天狗になるかどうかは怪しいんじゃないですか?若しやとは思いますが、変転を切っ掛けに残り火に変じるということもあり得るのでは。そうでなくても歪んで異形化する恐れもあるんじゃないでしょうか」

 一方で武蔵は難しい顔で懸念を並べた。


 紀伊も武蔵も、先ほどの慌てた気配など最早ない。

 師は危険を弁えた上で熟考して行動しているのだ。ならば自分たちが慌てふためいても意味など無い。

 高遠の考えを自分たちなりになぞり、そこに隙がないかどうかを確かめ、与えられた役割をこなすのが最善だと理解していた。


 ふたつの意見の両方に向けて是と返した師は、己の考えを全て察して見せる弟子たちに、軽く笑みを漏らして目を細めた。

「無論、懸念は多くあるが、例え最悪の事態になったとて、この山で俺とお前たちが居るのならば大事には至るまい。そもそも、そうならぬように手は尽くす」

 自らの力量に置く自信と、己が育て上げた弟子への信頼を声に乗せ、その上で、と言葉を切った高遠は、笑みを消して自らの右手を見下ろした。



「その上で、あいつが万一変じ狂って暴れることがあれば、…俺が責任を持って、(たお)すさ」



 静かに続いた言葉で時を止めたふたりに向いた目は、ただ静かで深い色をしていた。

「お前たちは気にすることなく、兄弟子として接してやれ。あれは元々、兄弟の多い家で育ったようだから喜ぶだろう」


 お師匠、と呼びかける声の心配の色に苦笑を返して、黒い目は窓の外を向いた。

 陽の大分傾いた空は赤みを増して、黄に輝く雲が幾つも浮かんでいる。その数は数刻前よりも確実に増えて、空を埋め始めていた。


「幸いこれから梅雨だ。水気が濃ければ火気も弱まるだろう。雨が去る前に際昊水(さいごうすい)を飲ませる。なに、三太朗は山の()に慣れるのが早い。充分間に合うだろう」

 双子がそれぞれうげっとかげぇっとか、蛙が潰れたような声を発して顔を思いきり顰めた。


「際昊水って、次朗がのた打ち回ってたやつですか…。変転のためとはいえ、哀れな」

「丸一日は舌が馬鹿になってたっていうあの薬ですよね…うわぁ、可哀相に」


 ふたりの呻くような声を聞いて、あ、と高遠が弟子の方へ目を戻した。

「そういえば、お前たちは次朗に逢いはしなんだか。(ふみ)を幾つか出したが一向に(いら)えが無い。どこぞで行き倒れて居なければいいんだが」


「「ええ!?」」

 揃った声には驚きよりも呆れの色が濃かった。

「いえ、俺たちもここで会ったのが最後です。また何考えてんだあの馬鹿」

「お師匠の文に返事も出さないなんて何やってんだあいつはもう…。あいつ、丈夫なのが取り柄ですからね、どうせどっかで馬鹿やりながらぴんぴんしてますよ。心配するだけ損ですって」

「そうか…お前たちにも分からんか。どこで何をしているのやら」


 何とも言えない表情がみっつ並んで、それは深い溜息もみっつ出揃った。

「遣いに出したカラスは、確かに本人に届けたと言っていたし、読んではいると思うんだが…困ったな」

「あー…じゃあ俺からも文を書いてみます」

「それで駄目だったら俺が出向いて首根っこ引っ掴んで連れて帰ってきますよ」


 呆れ顔でげんなりした武蔵と、拳を握って口をへの字に結んだ紀伊に「ああ、頼む」と覇気のない口調で返しながら、もう一度高遠は空に目を向けた。


「明日、少し出てくる。若しかしたら近くまで帰っているやもしれんし、ついでに軽く見回って来よう。留守を頼むぞ」


 はい、と異口同音に発されるのを耳にしながら、その視線は空から落ちた最初の雨粒を追った。


お盆休みに入り、時間ができたので書けました^^

書き溜めておこうかと迷いましたが、結局投稿することにしました。

お盆休みの間は、書け次第投稿していこうかと思います。


もう一話天狗家のお話が入る予定。


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