二十四 意気軒昂なれど天候に憂い有り
修行回です。ちょっと日にちが進んでいます。
因みに私は武術は全くやったことが無いので、中途半端な俄か知識を手がかりに想像した上で捻くり出しました。違和感あるかもしれませんが、ふわっと雰囲気でお願いします^^;
気が付けばあれから半月が経った。気が付けば、というのがぴったりの早さで瞬く間に過ぎて行った時間に、それだけ今が充実しているのだと結論する。
課題を見事達成してみせたあの日に宣言した通り、師匠は本格的に武術の稽古を付けてくれるようになって、嬉しい限りだ。
これで、今すぐとは言えないが、強くなれる希望が見えた。強くなれば刃物を克服できるかもしれない。ある意味一番の優先事項だし、気合も入ろうと言うもの。他には内経を習得するとか、天狗に成るとか沢山目標はあるけど、漸く一歩踏み出せた、というか入口に立った気分だ。あとはへこたれず、倦まず弛まず励むのみ。
オレは、視界いっぱいに広がる白い雲がほわほわと浮かぶ気持ちの良い青い空を見ながら、気を引き締めなおした。
――――空は動いて、雲から顔を出した太陽がきらりと光を投げかけるのに一瞬眩しい想いをしたが、陽光も瞬きの内に視界の外へ。代わってせり上がるのは山、そして苔生した地面がどんどん近付きつつも真正面を通り過ぎて行き、斜めになった地面に立つ師匠が現れ、通り過ぎて桜の枝が青い空に差し伸べられているのが見えたところでそろそろ地面との距離は頃合いだろうと身構えた。
オレは身を捻り、地面を叩くようにして束の間の飛行体験を終えると、足を振る反動で半ば強引に体に横回転を加えて右ひざを、次いで左は足裏を地に着ける。しかしそのままでは勢いが衰えきらないのを感じたので、逆らわずしゃがんだ姿勢で更にもう一回身を丸めて横転し、今度は左手も地に着いて静止した。
僅かに上がった息を整えつつ、また投げられてしまったことを思い返して小さく舌打ち。今のは上手くいったと思ったのに、また毬のように簡単に投げられてしまったのが悔しくてつい出てしまったものだ。
軽く足を広げて立つ師匠を見ながら、次はどう攻めるべきかを思案する。
「踏み込みが浅い。もう半歩深かったならそう悪くはないが、もっと他に大きい隙があったはずだ。視界を広く持て」
「はい!」
指摘が飛ぶ。本格的に教えてくれるようになってから、直すべき箇所を言ってくれるようになったのだ。…とは言っても、基礎の姿勢やどうしても最初に直しておかなければならないもの以外は、教え方は今のように、具体的にどう直せばいいのかを言ってくれる訳ではない。ただ手がかりを与えてはくれるから、その意図は明らかだ。
見て、考えて、実践。
剣術はやったことはあるが体術は受け身ぐらいしか知らなかった当時は、最初はなんて無茶なと思ったものだが――――
「行きます!」
「来い」
宣言して駆け出す。まずは前回の動きをなぞっていく。
低い位置からの拳、次いでの蹴りを共に流され、間髪入れずに迫ってきた師匠の腕を流し、腰を落として重心を下げながら、左腕を胴に引きつけ、放たれた蹴りを少し体を引きながら流す。今度は前へ進んで腹を狙うが、それも容易く受け流される。しかし動きを止めずにそのまま流された方向へ足を踏み出すと、相手の横に着いた足を軸に半回転して背中に向かって肘を叩き込んだが、身を捻った師匠の腕に往なされてその身には届かない。背に結ばれた紐が視界の端を色鮮やかに掠めて行った。
――――無茶な。と思ったのはほんの最初だけだった。一見隙なく見える動きの中に、無理なく次の動きを誘導する隙が紛れているのが分かってからは、これが授業なのだとすとんと理解した。オレに求められるのは、相手の動きを観察して隙を見つけ、そこを前の手からどう繋げて狙うのかを考えることだった。
授業の手順はこうだ。まず師匠に対してオレが攻めかかり、二手か三手後に、攻守が逆転する。その繰り返し。
使われる攻め技は全部オレが直前に使った手で、オレが我武者羅に蹴ったり殴りかかったりした正直無様な技もどきが、達人の流麗な型になって身に返ってくるのである。
オレは真面目にやってるし、使ったときには「オレ今闘えてるすごくね?」みたいな気持ちがない訳ではないんだけど、そっくりそのままの狙いで完璧な技になって返されると正直嫌味かと…ごほん。己の未熟さを恥じ入るばかりである。
…一応攻め手も次回からは師匠の技を参考にしているし、間違っていれば助言をしてくれるので、ちゃんと矯正はされてどんどん技を身に着けつつあるのは密かに自慢だ。師匠も褒めてくれるし。
とにかくオレは師匠の攻め手を、師匠が直前に使った受け流す技を再現して防ぎ、防ぎきれたらもう一度攻め手を…という流れで手合せは進む。なんとかして師匠の攻めの番を邪魔しようと続けざまに仕掛けるものの、師匠にとったら隙だらけなのか、簡単に後手に回らされてしまう。ぐぬぬ。
そうそう、達成目標はやっぱり紐を解くことで、今度は師匠の背中に結び目がある。これは、背後に回って攻撃を当てろって意味なんだろう。だからオレは頑張って組み立てを考えて、なんとかして背後に回る手立てを模索しているんだけど、これがまためちゃくちゃ難しい。っていうか解かせる気全くないですよね!?そもそも正対してる相手の背後を取ろうって無理なのでは!?結び目の位置が変わってから半月だけど、解くどころか触れる兆しも全然見えないんですけど!?
まあ師匠のことだから、どっか一箇所隙を作ってあって、それに気付いて突けばいけるようにしてあるとかそういうところだろうけど、今のところ見つからない。畜生もっと手がかりぐらいくれたらいいのに!!
とかなんとか思っている間に、師匠の足元を狙った蹴りが、伸びてきた腕にからめ捕られた。
「やばっ!」
「そら」
足首を捕られてもがく暇もなく、手繰るようにもう片方の腕でも捕まえられて、あっという間にオレはまた空中に放り投げられていた。
そう、少しでも攻撃の手が不適切だったり、防御が甘かったりすると、すかさず投げ技の餌食になる。
問題に対して自分なりに答えを返して、正解若しくは部分点なら答え合わせで師匠の技を見せてもらえるが、外れなら漏れなく飛行体験が待っているのだ。
「のわあああ!!高い高い高いですってぇえええ!!!」
かつてなく高く放り上げられて、オレは思わず悲鳴を上げた。
どれだけ高いかっていうと、館の屋根が下に見える。おお、初めて見た。師匠すごい力ですねオレ大人ほどじゃないけどそれでも人ひとり分を軽々こんな高さまで投げ上げるなんてすっげー流石は天狗…ってかこれ本気で洒落にならねえ!!
なんとか空中でひっくり返らないようにだけはしたけど、上昇を続けていた高度が頂点に達し、今度は逆に落下が始まる。風が耳元でひゅぅう、と鳴り、地面に引き寄せられていく。あ、ごんたろさんとぎんじろさんが走って来ようとして転んだ。痛そうだ。びっくりさせてごめんなさい。いや投げたの師匠だけど。
もうなんか慌てても仕方がない気がして、逆に冷静になってしまった。もうじたばたしても手遅れだよこれ。
このまま無抵抗に落っこちたら痛いだろうな。でも飛べないオレは落ちるしかないんだ嫌だけど。ん?師匠?
落下地点と思しき場所に、我が高遠師匠が立った。
落っこちてくるオレに向かって手を伸ばしたと思うと、腕の付け根辺りを上手いこと捕まえて、そのまま腰を落として独楽のように横回転!
「ぎゃあああああ!!!」
急に横方向の力を受けてぶん回され、目の前の笑顔の師匠以外の世界が残像を引いて高速で横にすっ飛んで行く。ついでに冷静さもぶっ飛んでいって思いっきり叫んだ。
そのまま二三回ぶんぶん振り回されてから、すとんと足から地面に下ろされたが、脚ががくがくしてその場にへたり込んだ。ってか師匠、なんで「あれ?」みたいな感じに小首を傾げていらっしゃるんでしょうか!?
「ししょう…」
「んー、すまんすまん。他の奴は今ので喜んだんだが、お前は駄目みたいだな。悪かった、次からはしない」
涙目で見上げたら、苦笑してわしわし頭を撫でられた。他の奴って、あれか、前に居た弟子とかですか。めちゃくちゃ豪胆ですねその方。
……でも、いきなりで驚いたけど、よくよく考えてみたら高い所は好きだし、すごい勢いで周りの景色が通り過ぎる感覚を考えると……あれ?悪くないかも。
身の安全が確保出来ていると仮定して、いきなりで驚いた分と予告なく振り回された衝撃を差し引いてみると……
「……結構、好きですあれ」
「だろう?」
暫く考えた末に神妙な顔でぽつりと呟くと、我が意を得たりと頷かれた。師匠の笑顔が遊び回る悪ガキみたいなやつになってる。あ、師匠もああいうの好きなんですか。気が合いそう。
そんなことを考えている間に、師匠の手が頭から離れていった。
――――ていうかすっかり撫でられるのに慣れてしまったけど、これ慣れちゃいけないやつだよな?この子ども扱いもう既に違和感無いんだけど、これこのままだと大人になっても何かにつけて撫でてくるような気がするんだが!?
「そろそろ終わるか」
いざ今こそ抗議だ必ずやなでなでを止めさせようと口を開きかけたそのとき、師匠が先に言った。
「え!?まだいけます!」
慌てて立ち上がりながら出かけた言葉をすり替えた。さっきはがくがくぶるぶるした脚も、今はなんとか治まって意志通りに動く。体力的にもまだあと何戦かはいけるはずだ。
やる気十分に立ち上がったオレを見遣って「それは分かるんだがな」と口にして師は空を見上げた。
「…明日から数日は雨だ。当分は天気が崩れるだろうから、山を歩いて来い」
「ええ!?あの、雨が降るなら猶更今出来るだけ相手して頂きたいんですけど…」
雨が降れば武術はお預けである。投げられずに手合せが続くようになってきて、面白くなってきたところだったオレはそれなりに必死である。伸びている実感があるときに出来るだけやっておきたい。
「気持ちは分かるが、武術よりも山に馴染むことが先決だ。館に居るよりもやはり外の方が速く慣れるからな」
師匠の言葉を咀嚼して、オレは口を噤んで唸った。
師匠のいう事は尤もだ。何せオレは天狗になるために弟子入りしたのである。天狗に成る薬を飲むには、山に満ちる"霊"に馴染む必要があるのだ。確かにそっちの方が重要だった。暫く外に出られないなら、今のうちに出来るだけ馴染んでおく方が良い。
天狗に成れば内経とか術も教えてもらえるのだろうし、オレだって早く薬を飲めるようになりたい。
「…わかりました」
そう答えるしかないのだけど、ちょっと釈然としない。だって、この間の雨は師匠が止ませたのだ。今回もそうすれば良いんじゃないか。水不足が心配なら、夜は降るに任せて昼は晴れさせるとか。そもそも小雨程度ならあれから何度かあったし、水不足は心配いらないのじゃないだろうか。
分かったと言いながらもつい空を見上げたオレに「今度は止ませることは考えていない」と釘を刺された。…顔に出さないように気を付けたんだけどばれてら。
気不味くなって師匠を窺うと、見下ろす黒い目と出会った。反射的に謝る言葉が口を衝いたが、師は気にするなというようにぽんと頭に手を置いた。
「前回の雨は天流の乱れによるものだ。あのままで放置すれば、他を巻き込んで大きくなるばかりだった故に止めた」
「天流の乱れ…ですか」
そう、と頷き返すのを受けて、あの雨の様子を思い返して首を捻る。あんまりいつもの雨と変わりがなかったような気がしたからだ。ただ、梅雨を先取りしたかのようにしとしとと降り続いてはいたけれど。
「あのままだともっと強く降っていたんですか?」
「ああ。まあ、此処には結界が張ってある故然程の影響はなかったが、あの雨で人里では橋や家が流されたとも聞いたな」
「えええ!?そんなに降っていたんですか!?」
全く気付かなかったが、家が流されてしまうなんてどれだけの豪雨だったんだ。というか、結界ってあれか、超常の力に対する防壁みたいなものだろうか。
思わずきょろきょろと見回した。ゆったりと流れていく雲が離れて、陽光がさらりと降り注ぐ。青々とした木々や澄んだ大気を陽に透かして見てもおかしな揺らめきや光は何もなく、妖術の兆しなど何も感じ取れない。見慣れた深山の景色だ。守りの術が施されているなんて全くわからない。
「目で見てもわからぬさ。お前もその内分かるようになろうから、焦るな」
今は無理だと遠回しに言われて、はいと素直に答えておいた。その内分かるようになるならまあいいか、と思っておくことにする。…正直に言うと早く分かりたいのだけど。
「…前回の雨については分かったのですが、師匠。今度の雨も長いんでしょう?どうして止ませるお心算が無いのでしょうか」
今はそれよりこちらが問題だと話題を変える。前回だって数日はほったらかしていたのだから、今回も最初放置して結局は止ませることになるのかもしれないし、それなら訳を訊いた上で出来るなら早い内に外に出られるように説得したいと考えていた。
そんなオレを可笑しそうに見て、ああそれはな、と師匠が口を開いた。
「今度は梅雨だ。天の摂理に従って降るものだから、これを妨げれば悪い影響が出よう」
だから我慢な、と含み笑われて、はたと目を瞬いた。
「梅雨、ですか」
よくよく見回すと、陽の強さに初夏の気配が濃い。山の木々も青味を深くして、浅かった空の色も天の高さを見て取れるようになっていた。オレが意識しなくても着実に季節は移り変わり、半月前はまだまだ早いと思っていた雨の時期も、いつしか丁度良いと思える時分に差し掛かって来ていた。
――――本当に、瞬く間に日々は過ぎていて、気が付けばこの山に来てからひと月が経っていたことを初めて実感したのだった。
ごんたろう「ああ、悲鳴が聞こえてびっくりしましたけど、大丈夫でしたねえ」
ぎんじろう「はいな。よく考えてみたら主さまが危ないことをなさる筈が無かったですなあ」
ごんたろう「転んで損してしまいましたねえ。無事でよかったですけども」
ぎんじろう「全く全く。でもでも、あたし等よりもさっき飛んでこようとしてユミさんが枝にひっかかってましたけど、大丈夫ですかなあ」
ごんたろう「そういえば、ヤタさんが飛び立った途端に屋根に頭をぶつけてらしましたけど、大丈夫ですかねえ」
ぎんじろう「さんたろさん用に準備しといたお薬を持ってきましょうか」
ごんたろう「そうしましょ」
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高い高いされた三太朗を見てびっくりしたのは実はタヌキとキツネだけじゃなかったという小噺でしたww
今回はキリが良いところで泣く泣くぶった切りました。次回は三太朗さんが山へ出かけるお話か、衣織ちゃんのお話のどちらかになる予定です。
どっちがいいかなぁ。。。リクエストがあれば今なら受付けます( ˘ω˘ ;)