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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
二章 蓋
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十二 配下の心配


 その日、空き部屋のひとつに、ごんたろうにぎんじろう。ユミにヤタという顔ぶれが困った顔を並べていた。


「あれから三日経ちますけど、思い詰めた様子で元気がありませんねぇ」

 たれ目を更に垂らして、ごんたろうが溜息をつく。

「ご飯の途中でもぼんやりしてしまうこともありますし。話しかけたら返事はありますけど、あんまり頭には入ってないようですなぁ」

 腕組みをしてぎんじろうが悩む。

「我にはよくわからぬが…刃物を怖がるというだけでそれだけ落ち込むものなのか?目の届くところに無ければ暮らすに不自由はなかろうに」

 ヤタが面々を見渡して呟く。

「それはヤタさま、なぜ可愛そうなあの子がそうなってしまったかというのが問題でございます。刀を持った暴漢に山の中を追い回されて命からがらな目に遭ったのですもの。数日で乗り越えられるものじゃあございませんよ。無理をして元気にしているところを、刃物を見てまた思い出してしまったのです」

 ユミが沈痛な表情で肩を落とす。

『毎晩夜中にうなされて飛び起きている。夢見が悪いようだ』

 壁に文字がひとりでに浮かび上がり、情報を付け足した。


 話題は数日前に主人が拾ってきて弟子にした人間の子ども、三太朗のことである。

 三太朗はこの三日ずっと元気がなく、しかも日に日にやつれていく様子に心配した者たちが話し合いの場を設けたのだった。

 ちなみにこの場に居ないジンは山の見回り、タチは出かけた高遠の供をしている。

 彼らもまた三太朗を心配していた。


「主さまは、なんとかするつもりはあるみたいですけどねぇ」

「…むぅ、あるじのことであるから、最終的には収めてしまうのだろうが、このままで良いとは思われぬな」

 高遠もまた三太朗を気にかけているのだが、折悪しく出かけなければならない用事が重なり、あまり館にいることが出来ずにいた。

 だからこそ己の信頼する配下をできる限り置いて出かけているのだ。そのこともまた、居残り組のなんとかせねばならないという気持ちに繋がっていた。


「昨日からあまり姿が見えませんけれど、今あの子はどこにいるのでしょう?」

 ユミが心配そうに呟く。彼女は、自分が鋏を構えて三太朗を怖がらせてしまったことをずっと気に病んでいた。元々子ども好きな彼女にとって、自分の目の前で守るべき少年が恐怖で取り乱して錯乱するという事態は相当な衝撃だった。

 そして三太朗は、囚人でもなければ痴呆でもないので、もちろん部屋に閉じ込められているという訳でもなく、自分の意志で館を出ることができる。顔合わせのときに、塗り壁にいつも見られているのを気にしていたので、極力監視や付添いは無しの方向で行くと決まっていた。


『館の中にはいないな』

「しばし待て」

 壁の文字を受けてヤタの額が縦に割れ、黒い瞳孔の真紅の目が開く。しばらくカラスは首をあちこち傾けていたが、やがて嘴を開いた。

「西側の峰を少し下った川におるな。岩場で呆けておるわ」

「岩場!岩場にひとりでございますか!?ぼんやりして足を滑らせたら危険ですわ!!」

 居ても立ってもいられず立ち上がったユミの肩に、壁から現れた手が置かれる。

『ひとりの時間も必要だろう』

「落ち着け、外であればジンが気にかけておろうよ」

「そうですよ、そもそも行ってなんて言うんです?何も思いつかないままに会いに行っても逆効果じゃあないかと思いますねぇ」

 カラスとキツネがまあまあとなだめて言った。

「でも、ひとりでいると余計に気が滅入るじゃありませんか…辛いことばかり考えてしまって他へ目が向かなくなってしまうのでは。気を紛らわせるというだけでも、誰か一緒の方がよくはありませんか」

 しょんぼりと肩を落として座りなおしたユミを眺めて、カラスがふむ、とうなる。

「それも一理あるように思うな。今のところ改善の兆しは見えぬし、そろそろ我らが動くべきやもしれん」

『しかし、何かするにしても何をすれば良いのだろう。気の病そのものをなんとかしなければどうにもならない気がするのだが』


 一同は揃って考え込む。それぞれが普段請け持っている仕事に関しては完璧を自負しているものの、元気のない子どもを、それも自分の種族ではない子を元気づけるというのは、残念ながら専門外もいいところであった。

 そのときごんたろうがぽむっと前足を打ち合わせた。

「とりあえず、病は置いておいて、ひとりで居るのが良くないならさんたろさんがわたしらと一緒にいようと思えるようにすれば良いのでは?」

「ごんたろさん、何か考えでもあるんですか?」

 ごんたろうはぎんじろうに頷いてみせる。


「ちゃんと歓迎会をしてみるのはどうでしょうね。あの子が今ひとりでいるのも、わたしらがあんまり気心がしれてないから打ち明け話がしにくいというのがあると思うので」

「なるほど、顔を合わせて名乗りはしたが後は館の案内程度しかしておらぬし、考えてみるとはっきりと歓迎の意を表してはおらなんだな」

「そうですわね、確かにあの子はわたくしたちのことを殆ど知らないのだから、こちらが気にかけていることを察するのも難しいでしょうし、早く馴染めるようになるかもしれませぬ」


 漸くまともな案が出たことで、一同の顔が明るくなる。しかし、ヤタが首を捻りながら疑問を投げた。

「では、具体的に人間を歓迎するには何をすべきかわかるか?」


 一同はまたもや押し黙った。彼らは元人間の主に仕えてはいるものの、天狗になった後の高遠しか知らず、人間の扱いがどういうものなのかというのかは全く分かっていなかったのだった。

 先日三太朗が目覚めたときに御馳走を用意するように指示したのは高遠だったし、他にも色々な気遣いを指導したのもまた彼らの主だったので、高遠が出かけている今、配下たちはそれ以上のこととなると見当もつかないのである。

 しかし正解がわからないとはいえ、この三日で初めて出た建設的な意見を破棄するのはあまりにも惜しい。それがこの場の総意であった。


「むぅ……考え自体は悪いとは思わぬ。人流のやり方が分からぬなら、我ら流でやるしかなかろう。皆それぞれの一族のやり方で歓迎してみるしかなかろう」

 つまり、数撃ちゃ当たる作戦である。


「わたしは、妖狸の一族から見るとはぐれですからねぇ、一族のやり方は詳しくは知らないですけども」

「あたしもごんたろさんに同じくです。ですが、妖狐の一族は、祝い事があるときはみんなで集まって沢山狐火(きつねび)を灯すって聞いたことがありますなぁ」

「おお、それは明るくてなんだか景気が良さそうですねぇ!わたしも火の玉になら化けられますし、それでいきますか」

 ごんたろうとぎんじろうの提案に皆乗り気で頷いた。

「火を美しく見せるなら部屋は暗い方が良いでございましょうね、できますか?」

『無論だ』

 狐火とは、青白い光を発する火の玉である。実際の炎とは違って熱くはないので火傷や火事の心配はなく、夜闇の中でその光は揺らめきながらも遠くへ届くので、妖怪の間では灯火として重宝されている。

 因みに、人間の間では鬼火と呼ばれていて、物の怪やら悪霊やらが出す火としてあまりよろしくない類の認識をされているのだが、この場の者は知らない。


「ふむ、では会場は狐火で飾るのが良いか。我ら翼の眷属は頭数を揃えて迎えるものだ。数は多ければ多いほど良い。故に我は眷属を呼び集めて来よう」

「おお、確かに賑やかだと祝い事っぽいですね!」

「大勢に歓迎された方が良いでしょうし、よい考えでございますね」

 一同の肯定的な返事にカラスが誇らしげに胸を膨らませた。

 ヤタは八咫烏(やたがらす)であり、実はかなり格が上の(あやかし)である。なのでこれでも多くのカラスを配下として従えている。彼はその配下をずらりと並べて三太朗を歓迎するつもりであった。

 因みに人間は、カラスを不吉なものだとする傾向がある。黒くて不気味、死体に集って喰らう、日暮れ時に群れで鳴いて死を呼ぶ、などと実しやかに言われているが、当のカラスはそんなことを言われているなどとは全く知らない。


「わたくしたちは、新しい子を迎えたらぎゅっと抱きしめてあげるのですよ」

「ああ、さんたろさんはしっかりしてますけど、まだまだ子供ですしなぁ。人肌で安心するかもしれませんな!」

 三太朗を抱きしめることを考えているのか、ユミがほんのりと頬を染めて微笑む。

 姑獲鳥は子供を浚う妖だが、特に獲物として見ているということではなく、連れてきた子供を大切に育てる。育てられた子供は何年もかけて徐々に姑獲鳥の妖力に染まっていき、やがては妖となり、眷属として迎えられるのである。

 無論一度抱きしめたからといってすぐに変質していく訳ではないが、真実を知っている人間が居れば十中八九は何を置いても逃げ出す。ただ、妖怪でも美女に抱きしめられたいという者が皆無ということはないのが世の常であった。

 しかし常識的なところを言えば、物心ついた大きな子供が、親でもない女性にいきなり抱きしめられるのはどうかというのがまず問題になるだろうが、彼らは人間の常識に疎かったのでその意見は肯定的に受け入れられた。


『では大きく 歓迎 とでも書こうか』

 塗り壁が、予行演習として壁にでかでかと「歓迎」の文字を浮かび上がらせた。

「うーん、地味ですねぇ」

 それを見上げてごんたろうが腕組みをして考える。

「ああ、黒い文字だとなんだか不景気ですし、朱墨を使ってみてはどうでしょうね」

「おお、それは良いやもしれんな」

「お待ちを、すぐに持ってきます!」

「どうせなら、太い筆を使って豪快に書いてみたらいかがでございましょう」

「では、わたしが筆に化けましょう」


 朱墨を持ったぎんじろうが戻ると、ごんたろうがくるりと宙返りして巨大な筆に変化した。狐狸のお家芸、変化(へんげ)の術である。

『では失礼』

 壁から巨大な腕が伸びて筆をつかみ、大皿に注がれた朱墨をたっぷりと含ませると、白壁に豪快かつ伸びやかな筆致で「歓迎」と書き込んだ。

「おお、中々上手いではないか」

「壁は白いですから、紅白というやつですね!紅白は縁起がいいらしいですし、これは良かったのではありませんか」

「本当に。でも少々墨を付け過ぎたのではありません?」


 壁に書かれた字は、まず筆を置くときの勢いで飛んだ飛沫で飾られ、少々朱墨が多すぎたために、止め跳ね払いの箇所に溜まった液が壁を伝って筋を引いて流れていた。

『まあ、流れたが読める程度だし中々上手く書けたから良いだろう。会場ではこれを出そう』

 朱墨が壁に吸い込まれるようにして消える。どうやら塗り壁は文字が書かれた部分の壁を会場へそのまま移動させるつもりであるらしかった。


「うむ、では三太朗が戻り次第始めるとしよう。皆の者、準備にかかるぞ」

 ばさあ、とヤタが翼を広げて宣言する。彼も、それに頷き返す面々も、先ほどまでの沈痛な表情は鳴りを潜め、生き生きと瞳を輝かせている。

 彼らにとって、三太朗はもはや守るべき同胞であり、彼が苦しんでいるのを黙って見ている状況に歯がゆい想いをしていた分、張り切っていたのである。

 彼らを突き動かすのは、純粋な善意であった。


 そして準備のため散っていく者たちの中でひとり、ごんたろうは朱墨まみれの体を洗うために井戸に直行した。


きりが良いので今回はここまでにします。

次回は歓迎会です。


少し短いかな、と思ったりもしましたが、回を重ねる毎に文字数が増えて行ってるだけで、第一話とか同じくらいでしたwww


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