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天狗の弟子になった少年の話  作者: たまむし
三章 身
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百二 名を呼んだ

前回の続きです。





 三太朗が機嫌よく振り向くと、高遠もまた上機嫌に笑った。


「決めたか」

「はい!」


 目の端で小さい頭が動くのが見えて、三太朗はまた小さい顔を覗き込んだ。


 せっかく顔を上げていたのに、また少し俯いた所為で前の髪がぱらぱらと落ちかかってきた。

 さっきはとても良い顔で真っすぐ見つめ返していたのに、また時間が戻ったように強張った顔に戻ってしまっていた。

 三太朗は内心でやれやれと言ってみたりしたが、ちょっとそれは気遣いがなってない気がしたので実際にはやらなかった。


「ほら、顔上げて!またいらないこと考えてるでしょ!」

「ぁ…う」


 子どもらしい雑な手つきでまた髪をかき上げてやりながら、三太朗は『仕方ないなぁ』という顔をしてみた。


「どうせ、もし大きくなれなかったら、とか考えてるんだろ」


 子鬼は返事の代わりに大きく震え、顔は泣きそうに歪んだ。

 黙っていても明らかな肯定だったから、雛は得意満面で胸を張る。


「大きくなれないわけないんだよ!だってお前は、師匠が連れてきたオレの一番目なんだからね!!」

 実に自信満々に、彼にとっての真理を高らかに宣言した。


「…え?」

 当然ながら、白鳴山固有の論理は子鬼には通用しない。高遠天狗だから、というのは何の根拠にもならないという外界からやってきたのである。


 通じていないのは明白な様子を正確に読み取っているがしかし、三太朗はそんなことはひとつも構わなかった。


「師匠が連れて来たんだから、お前は完璧なんだよ!」


 急に堂々と完璧だと言い放たれ、自信の持ち合わせがない子鬼は震えあがった。

 完璧などではない自覚しかないのである。仕えたい主に、応えられる可能性がごま粒ひとつ分もない期待を寄せられるのはむしろ恐怖でしかない。


「あ、あの」

「師匠が選んだんだから、相性抜群なのは決まってるし」

「ふ、ふぁ…」

「素質は他と比べて飛びぬけてるし」

「え、ぅう…」

「強くてかっこよくて頼りになって、思いつく中で最高の配下」


 宙を見上げて指を振る三太朗がぽんぽんと、現実とかけ離れた形容を並べた最後、口も挟めずもはや血の気が引いて気が遠くなりかかった子鬼を振り向いて笑った。


「――になる(・・)のが決まってるの」


 ね、と振り向いた先では、兄弟子が三羽ほど、当然とばかりに真面目な顔で頷いている。

 その真ん中で、黒い天狗が遠い目で宙を見ていた。

 時と共にどんどん分厚くなっていく根拠がない信頼を寄せられるのはそれなりに大変なようである。

 しかし、今回も根拠がある話だったので、当然の顔で言葉を待っている末っ子に結局は微笑を返した。

 何がどうであれ、期待と信頼に満ちた顔を向けてくる末の弟子が可愛いのである。


「そうだな、育ち損なった理由が俺の思った通りならば、これから順当に大きくなって行くだろう」

 我が意を得たりと満面の笑みを浮かべる雛の横で、子鬼が少し眉を下げた。


「…りゆう…?」

「そう、理由だ。今から少し、説明してやろう。話を聞いて後、改めて考えろ。我が山の者が配下を定める術にはお前の心もまた必要だ」


 目を輝かせて「術!」と喜ぶ雛の横で、子鬼が目を丸めて「こころ…」と呆然と呟いた。


「お前が育てぬのには理由がある。それを示しているのがこれだ」

「つの…」

 これ、と指したのは、子鬼の頭にある小さな角である。


「そも、お前のような氷鬼(ひょうき)をはじめ、属性が強く出る鬼の血族は、成熟するまで角は生えぬ。つまり、角が生えるのは本来は一人前になった証」


 自分の角を両手で触っていた子鬼と、横から人差し指でつついてみていた雛が驚いて止まった。

 揃って見せる(いとけな)い反応に、黒い天狗は微笑った。


「本来、属性の力を使う鬼は、体がある程度育つまで属性の"()"は表出するほど強まりはしない。体が育ち、気が濃く属性を帯びて高まると、それが溜まり固まって角になる」


 いつもの授業を聞くときと同じく面白そうに目を輝かせる三太朗の横で、当の子鬼はぽかんとした。


「じゃあ師匠、なんでこの子は先に角が生えたんです?大きくなるより先に気の属性が育ったってこと…?体が育つのと、気が育つのとじゃ、いる食べ物が違うとか?でも、周りと同じもの食べてるなら普通(・・)と同じに育つだろうし…」


 自分なりに考察していく末の弟子に、高遠は満足して「良い読みだぞ」と灰色の頭をひと撫でした。


「気の属性が強まることと体が育つことには、それぞれ適した種類の、外界を巡る力…"()"を取り込まねばならん。先に角が生えたということは、普通の氷鬼よりも、属性を育てる霊を取り込む能力が秀でているということ。だが、体が育たぬということは、そちらの霊は普通の者より多く必要なのだろう。つまり?」


 師の急な目配せに背中の翼を少し膨らませた三太朗は、いつもの授業と同じようにすぐに考え始めた。

 話を振られてはいないのに、なぜか横の子鬼が緊張して顔が強張っている。


「えーと、今まで住んでた場所には、気が育つ方の霊は要る分あったけど、体が育つ方の霊は足りなかった…?」

「その通り。ということはどうすれば良い?」

「体が育つ方の霊がいっぱいあるとこに行ったら良い!それで霊を取り込みやすいことをする!」

「正解。完璧だ」


 満面の笑みで良い子良い子されている主と、我が子にするように撫でているその師を交互に見比べている子鬼に、高遠は悪戯が成功したような笑みを浮かべて言った。


「そして、この山はお前に足りぬ霊も豊富にある。ここで過ごす内に、体も年に追いついていくだろうよ」


 子鬼はぽかんとした後、のろのろと主の方を向いた。だから言ったでしょ、とでも言うような得意満面の笑顔をまじまじと見て、それから、ぼろぼろと涙をこぼして突っ伏した。











「この術は、至極単純でな。その上掛けたばかりでは効力もほぼなく、術とも言えぬと言う見方をする者が多い」


 仲良く並んだ子鬼と三太朗に、高遠は最初にそんなことを言った。


 泣いたところを見られた子鬼は恥ずかしそうにしているが、もう泣いてはいない。

 泣き崩れた後にここが出番とばかりに参戦した、新入りを構いたい兄弟子三羽に、高い高いと抱き上げられ、取って置きだという葛湯を振舞われ、良い子良い子と撫でくり回され――言うなればあやされて泣き止んだ。


 あやすのが成功したというより、位が上であろうと思っていた、偉いはずの存在が全然偉そうにせずに構い倒して来るのに驚いたというのが正解だろう。

 彼の新しい主もなぜか同じだけ構われて実に楽しそうにしていたので、これがこの山での子どもの扱いなのだと悟ったようである。


 まだ慣れずに戸惑ってはいるようだが、敵に囲まれた小動物のようなあのびくびくした様子は鳴りを潜めており、天狗勢はひと仕事終えた雰囲気で満足そうな様子であった。


 そのゆるい雰囲気の中で、子鬼を三太朗の配下とする術の説明が始まっていた。


「掛けたばかりでは」

 気になったところを三太朗が複唱する。師は弟子がきちんと気付いたことを喜び、子鬼は自分が聞き流してしまったことを自分の主が気付いたことに、頭が良いのだと素直に関心した。


「そう、掛けたばかりは、だ。だがこれはじっくりと長いときを掛けて素晴らしい効力を発する。我ら白鳴山の者が、これだけ少数でも山を保っていられるのは、(ひとえ)にこの術による。今日日きょうびは複雑で即効性の術ばかりもてはやされ、それ以外は見向きもしない者も多いが、俺に言わせれば何が根拠なのか不思議だな」


 少々年寄りのにおいがする言い回しをして、「せっかちは損さ」と高遠は笑む。

 子どもたちは『そういうものか』と疑問を持たずに受け止めた。

 すぐに効力がなくとも、後から高遠が褒めるほどの結果になるなら良いに違いない。そう自然と思える大らかな笑みだった。


「上位の天狗が持つ山では、大体がそれぞれが得意とする何か…そう、奥義と言える技がある。山の特色と言っても良い。白鳴山(うち)は選ぶとするならこれだ。俺の弟子は全員最初に教えることにしている」


「奥義…!」

「おうぎ…?」

 三太朗は目を輝かせた。"奥義"という響きは子どもを夢中にさせる魅力があるのである。

 隣にいる子鬼は、そんなすごそうなものを使う相手が自分で良いのか心配して、主をはらはらと見上げた。


「さあ、向かい合え。手順は簡単だ。三太朗はこの者に名を与える。お前はそれを受け入れ、己の名と認める。それだけだ」

「なまえ?」


 三太朗は思った以上に少ない指示と、術の意外な正体に戸惑った。

「そういえば、ヤタさんたちの名前、付けたの師匠だって聞いたことあります。その術かぁ」

 そうだ、と肯定を得て、三太朗は嬉しくなる。

 はじめてできた自分の配下の前で、今日はたくさん褒められている。三太朗だってすごいやつだと思われていたい。少しは見栄を張ってみたいのだ。


「大切なのは願うこと。この先相手がどのような存在(もの)になって欲しいか、間柄をどう育てていきたいのか。願いながら名付けろ」

「願いを込める…」

 難しそうな顔をした真面目な三太朗を、高遠はよしよしと撫でた。


「別に名は何でも構わない。なに、どんな名でも使っている内に違和感など消えていく」

「……」


 三太朗は思わず師を真顔で仰いだ。


 彼にとってはもはや遠い記憶であやふやなところも多いが、名前をもらったあのときの気持ちは強く焼き付いているように忘れられない。

 色々なものが三太朗の心を音を立てて流れていく。

 とても、そう、とても言いたいことがあるはずなのだが、沢山ありすぎてごちゃっと混ざり、上手く言葉に出来なくて結局黙り込んだ。


 今は違和感なく名前を使っているので高遠の言う通りなのだが、それを認める言動は取る気になれない、幼いながらも複雑な弟子心が籠った沈黙であった。


「かっこいいやつ付けてやれよ!」

「そぅそ、お師匠は直感で付けるから、配下が名前に慣れるまでちょいとかかるんだ。ちゃんと呼びやすいのが良いぞ」

「まぁま、さんたろならちゃんと考えられるから平気だろ。似合うやつにしてやれよ」


 外野は地味に真剣に言った。

 けっこう好き勝手言われているが、高遠は「良い名が付くといいな」と柳に風でも吹いたよう。

 自分の名付けが部下に不評なのを知っているのに、欠片も動揺がないのはさすがである。


 三太朗は兄たちに大きく頷いた。

 一番目の配下を自分の二の舞にしてなるものかと決意した。


 まずは隣にちょこんと座った子鬼を改めて見る。

 高遠の所業を知らない彼はきょとんとして、少しの戸惑いを発していた。


 初めて三太朗の下に出来た配下である。

 三太朗の目から見ても小さく、細く、喋るのさえも不慣れで、色々な事が覚束ない。先の可能性はともかく今はか弱く、気も弱い。

 行く行くは助け合える存在になれればと思うが、それまでは三太朗が助けてやるつもりでいる。

 その一番最初の一回が今になったと勘が叫ぶ。あのときの衝撃を味わわせてなるものか。必ずやまともで格好いい似合う名前を付けて見せると、小さい主は一丁前に奮い立った。


「大丈夫。任せて」

「ひゃ…?あの、あい…」

 三太朗の空気に乗り遅れた子鬼は目を白黒させたが、恐ろしく真剣な主に引き摺られて緊張の面持ちで頷いた。


 三太朗は目を皿のようにして子鬼を見た。


――――似合う名前にするなら、この子のどこかから取るのが良いよね。黒い髪、白い肌、つやつやの角。ぱっつん、こけし…いやいや、小さい、細い、頭丸い…こけし…。


 第一印象に囚われて無駄に難しくなっていることに気付いた三太朗は、考え方を変えようと深く呼吸した。

 ふと、戸惑いがちに揺れている黄色の瞳に目が留まった。


 彼の境遇を不幸なものにした要因のひとつだから、ここから取った名前を付けるつもりはなかったが、底に光が沈んだ透明なきらめきは、子鬼自身に不似合いなほど明るくて、心惹かれるものがある。

 

――――綺麗な色。


 黄色だとばかり思っていたが、よくよく見ているとほんの少し柔らかく緑がかっている。

 どこかで見たことがある色だった。


 冬のしんと透き通った匂いを嗅いだ気がした。

 寒さにも負けず、生き生きとさえずる小鳥。儚いほど小さいのに、群れで力強く飛び回り、何にも捕らわれずに自由を謳歌する。


――――そう、これからは小さいことを気にしないで、思った通りに生きて行ければいい。仲間(オレ)と一緒に、隣同士で。


「――鶸黄(ひわき)


 冬の小鳥の羽色が真ん丸になって見返してくる。


 きらきらとした鶸色はやはり美しく輝いていて、疎ましく思うには勿体ない。自然とそう思えるほど、三太朗はこの色が好きなのを自覚した。

 好きな色の名前は第一の配下によく似合う気がした。


「お前は鶸黄。ひわ、これからよろしく」

「……ひわき…」


 かちりと何かが合わさったような幻が脳裏に閃いて、三太朗はぱちりと瞬いた。

 見るように"気"や"霊"を認識する彼の感覚が、なにか不確かなものを感じ取っている。


「――あい。ありがとうございまし、ぬしさま。ひわきは全霊をもっておつかえしまし」


 深々と礼をする子鬼――鶸黄との間に光ったような気がするそれ。

 良く見ようと目を凝らすものの、焦点を合わせればわからなくなってしまう、そんな儚い幻だったが、うっすらとした線が、三太朗と鶸黄を繋いだような気がしたのだ。






 こうして三太朗は、これから永きを共にする、最初の配下を従えたのである。




次は幕間をひとつ挟む予定です。

おそらく誰も覚えていないだろう彼が出てきます。

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